第156話「譲れない、オモイ」

 青森に身を寄せて半日、ようやく長い一日が終わろうとしていた。

 リジャスト・グリッターズは疲弊ひへいし、その誰もが傷付いた。そして、涙もなげきも死者を生き返らせることはない。

 リジャスト・グリッターズの若者たちに、落ち込んでいるひまなどなかった。 

 それを理屈では理解できていても、多くの者が実感することができないでいた。


アカリ、大丈夫か? 少し休んだほうがいいな、お前は」


 東堂千景トウドウチカゲは、並んで歩く一条灯イチジョウアカリを見下ろす。

 ここは皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうく……幼年兵ようねんへいを育てるための軍事教練校ぐんじきょうれんこうだ。その格納庫ハンガーを借りて今、リジャスト・グリッターズのほぼ全ての機体がフルメンテに入っている。

 惑星"ジェイ"での戦いは、長く苦しいものだった。

 多くの人間の助けを得られたが、機体に蓄積したダメージは大きい。


「そうだよっ、灯ちゃんっ! なんか顔色悪いし……その、さ。わたし、上手く言えないけど……少し休んで、心も身体も休憩しなきゃ。じゃないと」


 皇都スメラギミヤコも、飛び乗るように灯の背中に抱き着いて表情をくもらせる。

 皆、大切な仲間を失った。

 隊長である以上に、同僚で、友人だった。

 そして、その姿はもうどこにもいない。

 記憶を取り戻したロキによって、命を奪われてしまったのだ。

 一瞬で。

 永遠に。

 だが、灯は気丈に笑みを浮かべる。


「大丈夫、大丈夫よ。私、平気だから」

「灯、お前……」

シナはもういないけど……それでも私は、私たちは生きてかなきゃ。だったら、もう後悔するようなことだけはしたくない。今できるベストを尽くしておきたいの」

「……そうか。強いな、灯は」


 しかし、その強さは少し痛々しい。

 千景は改めて、槻代級ツキシロシナの存在の大きさを知った。

 彼は仲間のために、命を賭けた。

 そして、灯のために命を盾に差し出したのだ。


がらにもねえことしやがって。戻ってきたらブン殴ってやる」

「千景?」

「ああ、いや、なんでもない。それよりなんだろうな。あの刹那ちゃんが呼び出すなんて」


 笑顔を取り戻した都が「きっと、ろくなことじゃないよー」と、ようやく灯から離れた。

 そう、三人は何故なぜか忙しい中、御堂刹那ミドウセツナに呼び出された。

 彼女は彼女で、皇国海軍との連絡および物資の融通で忙しいみたいだが……おかげで、この青森ではようやく羽休めができる。った仲間をとむらってやることもできるのだ。

 なにより、部隊の少年少女を一時とはいえ、戦いから解放してやれる。

 訓練校とはいえ、日常の学園生活へ帰してやれるのだ。

 そんなことを考えていると、指定された場所へついてしまった。

 どうやら刹那は、まだ来てないようだ。


「おいおい、なんだよ……呼び出しておいて遅刻かあ? あのお嬢ちゃんは」

「ふふ、千景。それ、気をつけた方がいいわよ? 御堂特務三佐とくむさんさ、子供扱いされると凄く怒るもの」

「子供を子供扱いして、それもなあ。な、都?」

「なんだよぉ、わたし今、すっごく共感がシンパシーなんですけどー? にはは、レディーに子供扱いは厳禁だよっ」


 格納庫ではあちこちで、整備員が忙しく働いていた。

 その半分は学生で、ここの生徒だ。十代の少年少女が、大人に混じって汗を流している。皆、作業着のツナギ姿で、真剣そのものな表情だ。

 ここもまた、すでに戦場……パラレイドと戦う最前線だ。

 だが、その光景はあまりにも寒々しい。

 春を忘れたような雪は、格納庫の中にも寒さを連れてくる。

 凍えて千景は、白い溜息ためいきこぼした。


「ん? そういや……こんな機体あったか? こりゃ……新型のレヴァンテインか」


 ふと顔をあげると、指定された区画の隅に見慣れない機体があった。ケイジに固定され、多くのケーブルやコードがメンテハッチから伸びている。

 曲線と直線が交わるスマートな外観は、かなりの高機動を感じさせる。

 そして、千景にはすぐにその機体の出自がわかった。


「こりゃ……メリッサ!? の、後継機? 発展型、か……もしかして」

「……似てるわ。ちょっと、見慣れない武器が装備されてるけど」

「見て見てっ! こっちのは、ほら……レナスとヴァルキリーっぽいの。うわあ、ピッカピカの新型だーっ!」


 よく見れば、真新しいレヴァンテインが並んでる。

 どれも塗装したてのように輝いていて、素材の匂いがまだ香るかのようだ。


「そういえば、俺のオーディンも改修するって唐木田カラキダさんが言ってたな」

「パワーアップだねー、千景ちゃん」

「ああ。都、お前の新型だろうな、あれ。使いこなせるか?」

「モチのロン! ……あとで、レナスにワックスかけたげよ。異世界まで行って、色々とお疲れ様だしさ。新しい子とも仲良くしたいけど、今までレナスにはお世話になったもん」


 恐らく、今までの機体は独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんの開発部が回収するだろう。千景たちが蓄積させた戦闘データは、普段の任務では得難えがたい貴重なものだ。

 まさか、レヴァンテインで神話生物やイジンといった化け物と戦うなんて……ラボの開発者たちも思いもしなかっただろう。

 そう思うと、千景の胸にも感慨深かんがいぶかいものが込み上げる。

 だが、目の前に立つ新型には……メリッサの意匠を引き継ぐ新たな力には、本来の持ち主が乗ることはない。それだけが寂しくて、ついつい感傷的になってしまう。

 背後で声がしたのは、そんな時だった。


「あの、オスカー小隊の方ですか?」


 振り向くと、そこには若い男女が立っている。

 共に、独立治安維持軍のジャケットを羽織はおっていた。

 男は無造作に切ったような短髪で、少し目付きが鋭い。強い反骨心を感じるが、それをこじらせた様子もなく、素直に千景たちに頭を下げてくれた。その横には、少女とも思えるくらいにあどけない姿。こっちは眼鏡めがねにショートカットで、どこかおとなしい印象を受ける。

 二人は挨拶の次に名乗って、軽く自己紹介してくれた。


「俺は郡山氷助コオリヤマヒョウスケ。本日付でオスカー小隊に配属になりました」

「私は瀬戸柊セトヒイラギです。よろしくお願いしますね、先輩」


 オスカー小隊に、以前から切望していた補充要員がついに来たのだ。

 千景は少し驚いたが、すぐにそれを受け入れた。

 安っぽいセンチメンタリズムだとしても、なにか二人が『』に思えたからだ。振り返れば、オスカー小隊も三人の隊員が去っていった。

 それは決して忘れられない。

 いつでも、いつまでも。

 そして、失い亡くす悲しみから市民を守るために、千景たちは戦っているのだ。


「えっと、じゃあ柊がオスカー6で、俺がオスカー5になるのかな」

「そうですね、氷助君。えっと、槻代隊長は」

「メリッサ、こっちに来てないんですね。まだふねの中ですか?」


 二人はまだ、事情を知らないようだ。

 千景は言葉に迷って、ちらりと灯を見やる。

 彼女も一瞬躊躇ためらいを見せたが、自然と笑顔になった。

 それは、哀しみを知るからこその優しい笑みだった。


「氷助君に、柊ちゃん、って呼んでもいいかしら。私は一条灯、ようこそオスカー小隊へ」

「はっ、はい! よろしくお願いします! 俺っ、頑張りますんで!」

「そうかしこまらないで、氷助君。柊ちゃんも……柊ちゃん?」


 カチコチになって、氷助は身を正す。気負っているが、やる気だけは十分なようで頼もしい。そんな彼の横で、何故なぜか柊は頬を朱に染め灯を見詰めていた。


「あ、あの……一条先輩」

「灯でいいわよ、柊ちゃん」

「は、はいっ。灯先輩は……高校の頃、射撃の……わたしっ、過去の大会の記録、全部見ました。ずっと憧れてて」

「昔の話よ。あと……隊長の級は今、不在よ。だから、彼の分も二人に期待させてね? 今日から私たちはチーム、なんでも気軽に頼って頂戴ちょうだい。ね?」


 うんうんと頷き、早速都がスキンシップ。二人の間に挟まると、ギュッと氷助と柊の腕に抱き着いた。ドギマギしつつ、二人も幾分か緊張が和らいだようである。

 そして、千景も自然とほおほころんだ。


「あと、な。氷助、お前はオスカー7、柊はオスカー8だ」

「えっ? いやでも、通し番号じゃ」

「だからさ。オスカー5もオスカー6も……オスカー1も、まだ一緒に戦ってる。ここにいなくても、見えなくても……確かに一緒に戦ってるのさ」


 そう、千景は決して忘れない。南雲清隆ナグモキヨタカ伊崎盾イザキジュン、二人の尊い犠牲を。だから、それを無駄にしないためにも戦い、戦いの中で常に二人を感じていたい。


 ――級、お前もそっちにいるのか?


 ふと、心の中で呼びかける。

 そして、仲間たちに誓う。

 新たな仲間を絶対に守る、共に戦い抜いて生き残ると。

 だが、そんな千景の新たな決意を、幼い声が嘲笑わらった。


「フン、甘いな! まあ、いい。郡山氷助、オスカー7。瀬戸柊はオスカー8だ。貴様等、すぐにオスカー小隊を再編成して働いてもらう。死んでもパイロットに代わりがいることを忘れるな!」


 全員で振り向くと、そこには皇立海軍の軍服を着た刹那が立っていた。

 妙な男と一緒だ……こちらは皇国陸軍の軍服姿である。その着衣の上からでも、鍛え抜かれたしなやかな筋肉が感じられた。いかつい印象はないのに、まるで研ぎ澄まされた剃刀カミソリのような印象を与えてくる。


「よく聞け、オスカー小隊。皇国陸軍特殊暴動鎮圧部隊とくしゅぼうどうちんあつぶたい、通称SRCTから出向してきた飯田秋人イイダアキヒト三尉だ。新しいオスカー1、


 突然のことで、しかも見事な上意下達じょういげだつだった。思わず千景は、絶句する。そして、次の瞬間には叫んでいた。今にも刹那に掴みかかりそうになって、遅れて励起した自制心が肉体を押し止める。


「なっ……待ってくれ、刹那ちゃん!」

「御堂刹那特務三佐と呼ばんか、馬鹿者が! 通達は以上だ、解散してよし! ああ、それと……一条灯、貴様には新しい任務がある。しばらくはそこの新型、レギンレイヴの調整作業と並行してやってもらう」

「おい、待てって! 俺の話を聞けよ! オスカー1は、級は!」

「槻代級は死んだ! 戦死だ! ……死んだ人間にこれ以上頼ってやるな。奴は……もう、戦わなくていいんだ。死者に引きずられれば、次に死ぬのはお前だぞ? 東堂千景」

「俺は、死なねえ! 死ねねえよ! まだ、あいつらに……級たちに合わせる顔がねえ! 胸を張って言えることもないんだよ!」


 だが、刹那は「例の件は頼むぞ、三尉」と秋人に言い残して、行ってしまった。

 そして、千景は新たなオスカー1として紹介された秋人をにらむ。

 そこには、理性のかたまりのような鉄面皮てつめんぴがあるだけだ。

 秋人は千景を笑わず、かといって共感も示さずに手にした書類をめくる。新しい隊長としての通達が淡々と行われ、千景は勿論もちろん、他のメンバーも呆気あっけにとられつつの再始動となるのだった。

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