第156話「譲れない、オモイ」
青森に身を寄せて半日、ようやく長い一日が終わろうとしていた。
リジャスト・グリッターズは
リジャスト・グリッターズの若者たちに、落ち込んでいる
それを理屈では理解できていても、多くの者が実感することができないでいた。
「
ここは
惑星"
多くの人間の助けを得られたが、機体に蓄積したダメージは大きい。
「そうだよっ、灯ちゃんっ! なんか顔色悪いし……その、さ。わたし、上手く言えないけど……少し休んで、心も身体も休憩しなきゃ。じゃないと」
皆、大切な仲間を失った。
隊長である以上に、同僚で、友人だった。
そして、その姿はもうどこにもいない。
記憶を取り戻したロキによって、命を奪われてしまったのだ。
一瞬で。
永遠に。
だが、灯は気丈に笑みを浮かべる。
「大丈夫、大丈夫よ。私、平気だから」
「灯、お前……」
「
「……そうか。強いな、灯は」
しかし、その強さは少し痛々しい。
千景は改めて、
彼は仲間のために、命を賭けた。
そして、灯のために命を盾に差し出したのだ。
「
「千景?」
「ああ、いや、なんでもない。それよりなんだろうな。あの刹那ちゃんが呼び出すなんて」
笑顔を取り戻した都が「きっと、ろくなことじゃないよー」と、ようやく灯から離れた。
そう、三人は
彼女は彼女で、皇国海軍との連絡および物資の融通で忙しいみたいだが……おかげで、この青森ではようやく羽休めができる。
なにより、部隊の少年少女を一時とはいえ、戦いから解放してやれる。
訓練校とはいえ、日常の学園生活へ帰してやれるのだ。
そんなことを考えていると、指定された場所へついてしまった。
どうやら刹那は、まだ来てないようだ。
「おいおい、なんだよ……呼び出しておいて遅刻かあ? あのお嬢ちゃんは」
「ふふ、千景。それ、気をつけた方がいいわよ? 御堂
「子供を子供扱いして、それもなあ。な、都?」
「なんだよぉ、わたし今、すっごく共感がシンパシーなんですけどー? にはは、レディーに子供扱いは厳禁だよっ」
格納庫ではあちこちで、整備員が忙しく働いていた。
その半分は学生で、ここの生徒だ。十代の少年少女が、大人に混じって汗を流している。皆、作業着のツナギ姿で、真剣そのものな表情だ。
ここもまた、
だが、その光景はあまりにも寒々しい。
春を忘れたような雪は、格納庫の中にも寒さを連れてくる。
凍えて千景は、白い
「ん? そういや……こんな機体あったか? こりゃ……新型のレヴァンテインか」
ふと顔をあげると、指定された区画の隅に見慣れない機体があった。ケイジに固定され、多くのケーブルやコードがメンテハッチから伸びている。
曲線と直線が交わるスマートな外観は、かなりの高機動を感じさせる。
そして、千景にはすぐにその機体の出自がわかった。
「こりゃ……メリッサ!? の、後継機? 発展型、か……もしかして」
「……似てるわ。ちょっと、見慣れない武器が装備されてるけど」
「見て見てっ! こっちのは、ほら……レナスとヴァルキリーっぽいの。うわあ、ピッカピカの新型だーっ!」
よく見れば、真新しいレヴァンテインが並んでる。
どれも塗装したてのように輝いていて、素材の匂いがまだ香るかのようだ。
「そういえば、俺のオーディンも改修するって
「パワーアップだねー、千景ちゃん」
「ああ。都、お前の新型だろうな、あれ。使いこなせるか?」
「モチのロン! ……あとで、レナスにワックスかけたげよ。異世界まで行って、色々とお疲れ様だしさ。新しい子とも仲良くしたいけど、今までレナスにはお世話になったもん」
恐らく、今までの機体は
まさか、レヴァンテインで神話生物やイジンといった化け物と戦うなんて……ラボの開発者たちも思いもしなかっただろう。
そう思うと、千景の胸にも
だが、目の前に立つ新型には……メリッサの意匠を引き継ぐ新たな力には、本来の持ち主が乗ることはない。それだけが寂しくて、ついつい感傷的になってしまう。
背後で声がしたのは、そんな時だった。
「あの、オスカー小隊の方ですか?」
振り向くと、そこには若い男女が立っている。
共に、独立治安維持軍のジャケットを
男は無造作に切ったような短髪で、少し目付きが鋭い。強い反骨心を感じるが、それを
二人は挨拶の次に名乗って、軽く自己紹介してくれた。
「俺は
「私は
オスカー小隊に、以前から切望していた補充要員がついに来たのだ。
千景は少し驚いたが、すぐにそれを受け入れた。
安っぽいセンチメンタリズムだとしても、なにか二人が『彼が遺してくれた者』に思えたからだ。振り返れば、オスカー小隊も三人の隊員が去っていった。
それは決して忘れられない。
いつでも、いつまでも。
そして、失い亡くす悲しみから市民を守るために、千景たちは戦っているのだ。
「えっと、じゃあ柊がオスカー6で、俺がオスカー5になるのかな」
「そうですね、氷助君。えっと、槻代隊長は」
「メリッサ、こっちに来てないんですね。まだ
二人はまだ、事情を知らないようだ。
千景は言葉に迷って、ちらりと灯を見やる。
彼女も一瞬
それは、哀しみを知るからこその優しい笑みだった。
「氷助君に、柊ちゃん、って呼んでもいいかしら。私は一条灯、ようこそオスカー小隊へ」
「はっ、はい! よろしくお願いします! 俺っ、頑張りますんで!」
「そうかしこまらないで、氷助君。柊ちゃんも……柊ちゃん?」
カチコチになって、氷助は身を正す。気負っているが、やる気だけは十分なようで頼もしい。そんな彼の横で、
「あ、あの……一条先輩」
「灯でいいわよ、柊ちゃん」
「は、はいっ。灯先輩は……高校の頃、射撃の……わたしっ、過去の大会の記録、全部見ました。ずっと憧れてて」
「昔の話よ。あと……隊長の級は今、不在よ。だから、彼の分も二人に期待させてね? 今日から私たちはチーム、なんでも気軽に頼って
うんうんと頷き、早速都がスキンシップ。二人の間に挟まると、ギュッと氷助と柊の腕に抱き着いた。ドギマギしつつ、二人も幾分か緊張が和らいだようである。
そして、千景も自然と
「あと、な。氷助、お前はオスカー7、柊はオスカー8だ」
「えっ? いやでも、通し番号じゃ」
「だからさ。オスカー5もオスカー6も……オスカー1も、まだ一緒に戦ってる。ここにいなくても、見えなくても……確かに一緒に戦ってるのさ」
そう、千景は決して忘れない。
――級、お前もそっちにいるのか?
ふと、心の中で呼びかける。
そして、仲間たちに誓う。
新たな仲間を絶対に守る、共に戦い抜いて生き残ると。
だが、そんな千景の新たな決意を、幼い声が
「フン、甘いな! まあ、いい。郡山氷助、オスカー7。瀬戸柊はオスカー8だ。貴様等、すぐにオスカー小隊を再編成して働いてもらう。死んでもパイロットに代わりがいることを忘れるな!」
全員で振り向くと、そこには皇立海軍の軍服を着た刹那が立っていた。
妙な男と一緒だ……こちらは皇国陸軍の軍服姿である。その着衣の上からでも、鍛え抜かれたしなやかな筋肉が感じられた。
「よく聞け、オスカー小隊。皇国陸軍
突然のことで、しかも見事な
「なっ……待ってくれ、刹那ちゃん!」
「御堂刹那特務三佐と呼ばんか、馬鹿者が! 通達は以上だ、解散してよし! ああ、それと……一条灯、貴様には新しい任務がある。しばらくはそこの新型、レギンレイヴの調整作業と並行してやってもらう」
「おい、待てって! 俺の話を聞けよ! オスカー1は、級は!」
「槻代級は死んだ! 戦死だ! ……死んだ人間にこれ以上頼ってやるな。奴は……もう、戦わなくていいんだ。死者に引きずられれば、次に死ぬのはお前だぞ? 東堂千景」
「俺は、死なねえ! 死ねねえよ! まだ、あいつらに……級たちに合わせる顔がねえ! 胸を張って言えることもないんだよ!」
だが、刹那は「例の件は頼むぞ、三尉」と秋人に言い残して、行ってしまった。
そして、千景は新たなオスカー1として紹介された秋人を
そこには、理性の
秋人は千景を笑わず、かといって共感も示さずに手にした書類をめくる。新しい隊長としての通達が淡々と行われ、千景は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます