第151話「四方草を揺らす暴風」
時はしばし巻き戻る。
激震に揺れて、爆発音。電源が全て消失したコスモフリートの艦内を、少女は疾走していた。その目には迷いも
手にした銃の安全装置は、
目標は今、検査のために医務室にいる
「くそっ、どうなんってんだ!? なにが……おっ、いいところに来た、なあ! 今――」
医務室の前には、ゼラトこと
かなり驚いているようだが、顔見知りの少女を見て
その瞬間にはもう、少女は
ゼラトは「っぐ!?」と、くぐもった声と共に崩れ落ちる。
言葉はいらないし、感情などもう捨てた。
怒りと憎しみ以外を、夜空の月に置いてきたのだ。
医務室の扉を開けると、非常用電源でここだけは明かりが通常通り
彼女は銃声一つで二人を金縛りにした。
攻撃対象の、驚きに満ちた声が静かに響いた。
「どうして……なにをしているのっ、ヨモギッ!」
そう、彼女はいつもヨモギと呼ばれている。
それはゲームでのハンドルネームで、本当の名前はリズ・ウェルチだ。
ヨモギは
「潜入を命じたノハ、アナタ。でも……先にアナタが裏切っタ!」
「っ……そ、それは」
そう、最初から仕組まれていたのだ。
ヨモギは、月の女王として祭り上げられた
彼は徹底的に、カグヤを
「ワタシは、それでも良かッタ。カグヤが月の女王をヤッてくれてたカラ」
「……でも、アタシは知ってしまった。それは悠仁が作った偶像。女王なんて所詮、お飾りでしかない。それでも、月のためになにかしたくてアンタを」
「ワタシは復讐を誓ッタ身……利害は一致してたシ、嬉しかッタ。同じ月のためニ、一緒に戦えるッテ。でも!」
ヨモギには、戦う意味がある。
アースリングを殺して、月の民を平和へ導く……などという大義名分ではない。この戦争の中で、
それを思い出すだけで、全身の血液が
「ワタシは、大事な人を失ッタ。なのニ、アナタは!」
「待って! 待って、ヨモギ……アタシだって、馬鹿だってわかってる。でも、アキラは……あの子も馬鹿なのよ。アタシのこと、疑いもしない。嫌いになってくれないの。こんな言い方、卑怯よね。でも!」
カグヤは今、悲劇のヒロインでもないし、その立場に酔うような素振りはみせていない。むしろ、
加えて、彼女を背に守るバウリーネが静かに言葉を選んできた。
「ヨモギちゃん、って私も呼んでいいかしら。ねえ、今は
「部外者ハ黙ってテ!」
再度銃声が響いた。
それがまた、ヨモギの激情を
どうして自分には、それが永久に失われてしまったのか。
その
そして、銃を持つ右手に激痛が走る。
「ッ! だ、誰!? ……クッ、そうでシタ。医務室には、アナタが」
「いやあ、すっかり
そこには、カーテンの奥から車椅子で出てきた
彼が投げたであろう小さな
痛む右手を押さえながら、慌ててヨモギは銃を拾おうとした。
だが、バウリーネを振り払ってカグヤが掴みかかってくる。
咄嗟にヨモギは、格闘技訓練の内容を思い出した。
「もうやめて、ヨモギ!」
「どの口でそんナ……離セ!」
「アタシを殺したいなら、全てが終わったあとでそうすればいい。でも、このリジャスト・グリッターズにいて、ヨモギも感じたでしょう? 正しさを求めても、それを表現する手段を間違えると!」
一瞬、胸の奥が傷んだ。
まるで心臓を射抜かれたように、激痛に
そう、ヨモギもこの部隊での短い時間で、平穏を感じていた。戦う意味と意義を考える切っ掛けにもなったし、同世代の少年少女は誰もが優しかった。
だが、今は復讐に燃えて拳を握る。
カグヤも訓練を受けているようで、あっという間にヨモギは腕をねじりあげられてしまった。
「観念なさい! ……アンタには、本当に悪かったと思ってる。アタシはその罪を、
「カグヤはいいよネ! 愛するアキラとこれから結ばれルモノ!」
「そうはならないかもしれないわ。
「なにヨ! 奪うくらいじゃないト……ワタシに弱いトコ、見せないデ!」
「それは……そうね。ふふ、ねえヨモギ。もう少し話せないかしら? 今、この艦は」
その時だった。
銃声が再び響いて、少年の声が走る。
慌ててヨモギは、自分を拘束するカグヤの身を案じた。そして、不意に考え直す。どうして自分は、月の女王を放棄したカグヤを……でも、彼女の言葉に動揺している自分も確かに存在した。
幸い、カグヤに弾は当たらなかったようだ。
だが、一瞬できた隙を先に利用したのはヨモギだった。即座に関節技をすり抜け、床の銃を拾う。
開いたドアには、ミド・シャウネルが銃を構えていた。
「行くぞ、ヨモギ!
「ミド!? ……引き際ネ。カグヤ、アナタはワタシが絶対に殺ス。アキラと一緒に、地獄に突き落としてやるワ!」
涙が込み上げて、その意味もわからずヨモギは走り出す。
この異変は、たった四人の反乱。記憶の戻ったロキが今頃、ブリッジを外から
ロキの瞬雷を止めることは不可能な筈……奇跡でも起こらない限り、無理である。
廊下を走りながら、ヨモギは脱出へと頭の中を切り替えた。
そして、ミドと共に艦外へ出るべく走る。
だが、リジャスト・グリッターズにもプロの軍人がいる。彼らの対応は素早く、異変に対しての即応性は高かった。それを思い知らされる羽目になり、咄嗟にヨモギはミドを
「止まれ! ヨモギちゃんと、ミドか……撃ちたくはない。撃たせないでくれ」
現れたのは、
なるほど、多くのパイロットは異変を察して格納庫に集まっているだろう。だが、愛機の
流石である。
突然の爆発と、動力の喪失。
その瞬間、艦内に敵対勢力が突如出現したと亮司にはわかったのだ。
わかった、理解したなどというものではない……そう感じたのだろう。
ヨモギは、亮司と銃を突きつけあって固まる。彼とは触れ合うことは少なかったが、その数えるほどの接触でいつも親切にしてもらった。ハルピンの魔王と恐れられた惑星"
だが、それも全て過去だ。
「
「なら、どうして!」
「三尉も軍人ナラ、祖国がアル筈。ワタシは、月の民のために戦うと決めマシタ」
「カグヤちゃんを見ろ。正面から突っ込むだけが
それは突然、そして偶然だった。
互いに銃を突きつけ合う廊下で、ヨモギは背後にプラスチック容器が沢山落ちる音を聴いたのだ。振り返ると、そこには一人の少女が立ち尽くしている。
どうやら彼女は、運んでいた飲み物のボトルを落としてしまったらしい。
「え……な、なに? どうして……あの、ヨモギさん」
明らかに少女は、突然の混乱を身に招いていた。理解し
瞬時にヨモギは、その小さな女の子を拘束して、
「動かないデ、篠原三尉! ミド、彼の銃を奪ッテ……ミド! しっかりして!」
「あ、ああ……でも、その子は。その子だけは」
「黙ッテ! 手段なんテ、選べる立場じゃナイ! 選べタラ、今頃」
ヨモギの腕の中で、ミリア・マイヤーズは怯えていた。恐らく、生活班の仕事で飲み物を運んでいたのだろう。その最中、突然艦が揺れて、停電状態になった。それで廊下を
ミドが銃を向けると、静かに亮司は両手をあげた。
ヨモギも、突然の幸運を喜べない。誰も巻き込まずに、まずはカグヤを殺して脱出するつもりだった。復讐の本命はアキラだが、まずは彼からカグヤを永遠に奪いたかった。愛する人を奪われる苦しみを味あわせてから、ヴェサロイド同士の戦闘で殺したかったのだ。
だが、それも全て
ミリアを盾にしながら、複雑な気持ちを抱えてミドと共にヨモギは走り去るのだった。
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