第152話「紅きエース、強閃!」

 宇宙戦艦コスモフリートの格納庫ハンガーは、騒然としていた。

 ユート・ライゼスもまた、周囲のパイロット仲間と同様に苛立いらだちを隠せずにいる。パイロットにとっては、格納庫を出た瞬間からそこは戦場だ。滑走路でタキシング中に撃破された機体を、ユートは今まで散々見てきた。発艦直後を狙い撃ちされた奴等もだ。

 だが、格納庫に閉じ込められたままの現状は、それと同じくらい酷い。


「オスカー小隊の各機で、電源を供給したらしいぞ」

「それっぽっちで足りるか?」

「なんか、砲塔一基回すので手一杯だってさ」

「くそっ、どうなってるんだ? ブリッジとはまだ繋がらないのか!」


 整備員たちにも動揺が広がっている。

 先程の激震は、ふねの深いところから響いてきた。恐らく、その後に全電源が喪失したことから見ても、動力部をやられたに違いない。

 すぐにユートは行動したし、機体も唐木田カラキダ班長に任せてある。

 だが、身動きが取れない状況にあせりを隠せない。


「ユート、どうする?」

「こりゃ、艦内でなんかあったな。けど、俺たち……機体に乗って戦う以外はただの子供だもんな」


 話しかけてきたのは、真道歩駆シンドウアルク佐々佐助サッサソウスケだ。

 二人共、一騎当千いっきとうせんのパイロットだし、Gアークとケイオスハウルという未知数の可能性を秘めたマシーンを使いこなしている。

 だが、その機体を使えない現状では、彼らの言う通り。

 そして、身をわきまえているだけマシだとユートは心に結ぶ。


「お前たちはそうだろうが、できることは存在する。それを探して、なければ作れ」

「お、おう」

「そっちはどうするんだ? 今、他の機体も起動させて、電源にしようとしててさ。零児レイジたちが工作班と……お、おい、ユート!」


 すでにパイロットスーツに着替えていたユートは、ヘルメットを被って出撃の準備をする。

 そう、出撃する……電源が落ちて格納庫のハッチは開かないが、そうも言っていられない。


「まず、外に出た瞬雷しゅんらいを確認、停止させる。あとは」

「あとは?」

「わかるのかよ」


 驚く歩駆の隣で、佐助も意外そうな顔をした。

 二人共、愛機に不思議な力を宿しており、その強さを発揮させる手練てだれだ。長い惑星"ジェイ"での戦いが、その旅路が少年を戦士へと成長させていった。

 だが、ユートは戦場で生まれたも同然の、生まれながらの兵士。

 その直感は時として、オカルトを疑いたくなる程に鋭い。

 それは経験に裏付けされたもので、今も悪寒おかんが止まらない。


何故なぜ、瞬雷は外へ? ブリッジを潰したとしても、あの機体に飛行能力はない。加えて、原因は不明だが下にはあるはずの北海道がないんだ」

「つまり、迎えがくる?」

肯定こうていだ、佐助。歩駆も、あとは頼む……後続が出るまでは持たせてみせるさ」


 ちょうどその時、格納庫の奥から愛機が運ばれてくる。

 文字通り、勇者たちの手でEYF-X RAYレイがそっと降ろされた。

 ブレイとその仲間たち、ヘルパーズである。

 勿論もちろん、ライト・ジンも一緒だ。


「ユート、持ってきたぜ!」

「唐木田のおやっさんに、ロケットブースターも付けてもらった」

「格納庫のハッチは任せろ! 今、電源を回してもらってる」


 すぐにユートは、コクピットへと飛び込んだ。手早くチェックを済ませて、キャノピーを下ろす。コンディション、オール・グリーン……左右からヘルパーズたちに支えられ、格納庫の狭い中で人型へと変形を行った。

 ゆっくりと強襲可変機レイダーが、二本の足で立ち上がる。

 そして同時に、ユートは愛機を屈ませ床に両手を突いた。

 その姿は、短距離走者スプリンターのクラウチングスタートだ。

 キュインと前を向いた頭部の先に、いまだ閉ざされたハッチがある。


『今、格納庫のハッチに電源を回す!』

『しかし、フォトン・カタパルトが使用不能だ。我々一人一人……一機一機の力を直列にしたくらいでは、全然電力が足りない』

『つまり……外に出た瞬間、下手すりゃ真下にボチャンだ!』


 ヘルパーズたちの声にうなずき、ユートは前だけをにらんで深呼吸。

 吸って、吐いて、吸って、その空気を肺腑はいふに留める。

 普段よりゆっくりと、ハッチが開き出した。

 急がなければ、ブリッジを叩かれてこの艦は沈む。

 それに……先程から胸騒ぎが収まらない。戦場でこの手の不快感を感じた時は、必ず誰かが死んでいった。何度経験しても、戦友の死は見えない傷を無数に残す。

 だからこそ、空への道が閉ざされても……がる。


「こちらクーガー、離陸する! ……やれるさ、俺とお前となら……RAY!」


 瞬間、開かれた四角い空へと機体を押し出す。

 全速力で走る鋼鉄の機神が、飛び出すと同時に天を仰いだ。

 普段ならば、フォトン・カタパルトによって機体は高速で打ち出される。フォトン・カタパルトは文字通り、粒子によって機体を浮遊させる。そのため、宇宙戦艦コスモフリートには飛行甲板はない。

 だから、今は光の道標みちしるべもなく、その先の空へは通じていない。

 だとしても、ユートは黙って指をくわえてはいられなかった。


「ロールとピッチをマニュアルで同時制御、ロケットブースター……点火! ――上がれえ!」


 落下しつつ変形、同時に主翼の左右に装備されたロケットブースターが火を吹いた。我ながら、とんだ曲芸サーカス飛行である。

 真っ直ぐ真上へと向かって、文字通りロケットのようにRAYが舞い上がる。飛行形態でようやく姿勢が安定すると、改めてユートは眼下の光景に言葉を奪われた。

 コスモフリートの主砲前に、例の瞬雷がいる。

 そしてその下は……北海道の大地など存在しない。

 赤く黒くにごって渦巻く、まるで汚水のような海が荒れていた。


「……なんてこった、……。――ッ、レッドアラート!?」


 不意に機体が危機を伝えてきた。

 刹那せつな、衝撃。

 超音速で何かが、RAYの横をすり抜けた。そのはやさは、形も輪郭も見せてはくれない。

 ――ただただ、血のようにあかい翼が背後に回る。

 同時に、右側のロケットブースターが小さく爆発を連鎖させた。

 すれ違いざまに、一撃もらったのだ。

 急激にバランスを失ってゆくRAYを、必死でユートは制御する。


「クソッ! 紅い機体だと? ……こちとら、別の地球で生き残ったんだ。自分の地球だからって、死んでやれるかよ!」


 咄嗟とっさにユートは、左右のロケットブースターをパージした。

 カタパルトを使わず離陸するための装備なので、もはや不要、デッドウェイトでしかない。だが、重力に掴まり落ちた右側が大爆発する中……変形を命じてユートはえる。

 再び人の姿へ変わったRAYが、左側から切り離されたロケットブースターを蹴飛けとばした。

 迷走するかのような煙を螺旋状らせんじょうに引き連れ、それは敵機へと吸い込まれてゆく。

 そう、やはり紅い機体だ。

 まるで鮮血に濡れるナイフのような色である。


「エース気取りの相手をしてるひまはない! やらせてもらうっ!」


 愛機に構えさせたガンポッドが、空薬莢からやっきょうで放物線を描く。

 吐き出された弾丸は、敵機の近くを漂うロケットブースターを蜂の巣にした。あっという間に、大量のロケット燃料が大爆発を起こす。

 その爆風と黒煙の中に、真っ赤な強襲可変機は消えていった。

 そう、ユートのRAYと同じ強襲可変機だ。

 それも、換装パーツなしで宇宙を含む全領域運用を前提とした強力なタイプである。そして、パーソナルカラーをまとうに値する腕をユートは思い知らされた。


「なに……消えた? どこへっ!」


 爆発の炎が風に消えてゆく、その奥で敵の姿は消えていた。

 あの爆炎から逃れたとでもいうのだろうか?

 それも、ユートの鷹の目ホークアイごとき警戒心をかいくぐって。

 だが、事実だ。

 ユートは紅い強襲可変機をロストしたのだ。

 現実を認識し、失点を取り返すべく行動を再開する。

 しかし……その時にはもう、死神の紅い翼がユートに迫っていた。


「なっ……いつの間に、真上にっ!?」


 天空の彼方から、振り下ろされた刃のように敵が降ってくる。

 直上から垂直落下しながら変形、そしてロックオン。

 ガンポッドの銃口を向けられ、咄嗟にユートは回避を試みる。だが、重力による落下さえも速度に変えて、紅の一撃がRAYを襲った。

 紅い強襲可変機は、人型に変形したその足でRAYを蹴落けおとしたのだ。

 ロックオンされながら、撃たれなかった……屈辱くつじょくの墜落がユートを襲う。


「クッ、俺を相手に撃つまでもない? いや、遊ばれてるのかッ!?」


 RAYは海面に叩きつけられ、そのまま沈む。

 海中では、強襲可変機の性能はいちじるしく低下する。そればかりか、海水が動力部不覚へ達すれば……機能停止してしまう。

 ユートが慌てて愛機を浮上させようとした、その時だった。

 モニターの端に何かが流れ出た。

 それを見て、絶句。


「な……ッ! こ、これは……この海は!」


 手が、足が……子供が渦巻いていた。

 どれも皆、死んでいる。

 千切れた死体が、バラバラになって漂っているのだ。その周囲には、大破したパンツァー・モータロイドやレヴァンテインなどもある。油と血と死体……北海道は消えて、そこにあった全てがただの物体、物質として海中を彷徨さまよっていた。

 百戦錬磨ひゃくせんれんまの兵士ユート・ライゼスでも、思わずゴクリとのどが鳴る。

 そして浮上した瞬間、機体の頭部に銃口が当てられた。


「……完敗、か……奴らはどこから。そして、この強襲可変機は」


 そこには、滞空しながらガンポッドを突きつける紅の死神が浮いている。

 その洗練されたボディラインは、どこかRAYを彷彿ほうふつとさせるのだった。

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