第144話「ザ・リターナー」

 歌が、聴こえた。

 先程からずっと、聴こえていた気がする。

 篠原亮司シノハラリョウジは、その声に導かれるように目を覚ました。


「っ、これは……アバラの二、三本は持っていかれたか? ……だが、まだ俺は生きている」


 トライRの三人のために、全員で時間を稼いだ。

 それでも足りない、わずか数秒のために飛んでもいいと思えた。

 だが、ハルピンの魔王と呼ばれたトップエースを、天国も地獄も拒んだようだ。

 そして、撃墜された時を思い出しつつ、コンソールを操作する。

 火花を歌うだけで、ディスプレイも電子機器も光を灯すことはない。


「おれは……ダルティリアの対空砲火の中で、被弾して……そうだ、脱出をしなかったんだ」


 唐木田カラキダ班長の整備は完璧だったし、脱出装置に異常はなかった。

 だが、亮司には脱出はできなかった。

 機体を……神柄かむからを捨てることができなかったのだ。ここは地球でも、亮司たちのいた惑星"アール"ではない。愛着等のロマンチシズムは持ち合わせていないつもりだが、修理すればまた飛べる機体を放棄できなかったのも事実である。

 結果、危険なアクロバットに踊ることになった。

 大破した神柄を強制的に不時着させるため、限界を超えた中で亮司は操縦桿スティックを握った。

 パリの街中に墜とす訳にはいかなかったが、幸運が……いな、悪運が彼に味方した。


「セーヌ川があって助かった訳だが、グッ……ふう、なかなかに痛む」


 妙な汗が滲んで、身体が熱い。

 やはり、肋骨ろっこつを衝撃でやられたようである。

 ともあれ、電気系統が全て死んでるため、亮司は非常用の炸薬さくやくに点火した。ボン! と音を立ててハッチが強制的に吹き飛ぶ。

 広がる空は今、朝日に染まっていた。

 立ち上がれば、快晴。

 ただ静かに、歌がたゆたう。

 神柄は、奇跡的な操縦で川へと墜落し、そのまま土手へと突っ込んで停止していた。外からざっと見て、亮二にはわかった。かなりの大修理が必要だと。


「……まあ、直るさ。直すからな。さて、と」


 持ち出し用のサバイバルキットを手に、歩き出す。

 遥か遠くに、大きく目立つサンダー・チャイルドが立っているのが見えた。

 そして、結構近くにダルティリアの巨大な残骸が墜落している。これだけの質量が空に浮き、重く遅いものの、通常兵器のごとく動くのだ。

 改めて亮司は、ジェネシードなる謎の組織の科学力に戦慄する。

 だが、同時に亮司たちリジャスト・グリッターズは証明した。

 通常火力と個々の連携で、十分にジェネシードの超弩級兵器ちょうどきゅうへいきは撃破可能なのだ。


「しかし、パリの被害は……そうでもないのか? 随分と人が」


 あちこちで今、賛美歌や聖歌を歌う市民たちが肩を組んでいる。

 その歌声が、自然と少女たちの歌に重なり響き合う。

 まだ、虹浦ニジウラセイルと十六夜迦具夜イザヨイカグヤの歌が続いてる。

 全く違うメロディが、不思議とシンクロしてハーモニーをかなでていた。

 だが、突然の悲鳴がパリの市街地を貫く。

 咄嗟とっさに亮司は、携帯している拳銃を引き抜いた。


「なんだ? この混乱で暴動か、火事泥棒か――!? あ、あれは!」


 ゆらりと路地から、満身創痍まんしんそういの男が現れた。

 背は高く、端正な顔は無表情。短く刈り揃えた髪も含めて、美形とも言える容姿だ。だが、その姿は奇妙なよろいにマント姿である。

 奇妙に思って近付けば、さらなる異変に亮司は気付いた。


「あの男……身体が、機械、なのか? あの傷……いや、損傷は」


 そう、男は全身に青いプラズマをスパークさせている。

 傷口から流れ出る血はなく、その奥にはメカニカルな金属パーツが入り組んでいた。

 ロボット、それも精巧に作られたアンドロイドのようだ。

 男は亮司に気付き、手にした銃を見て身構えた。

 その口から言葉が放たれ、亮司は男の正体を知る。


「ッ、地球人! ……見事、だった。私の負けだ。だが、キィ様は……ジェネシードはまだ、健在だ」

「お前……さっきのダルティリアの。確か、オルト、だったな」


 目の前の男は、ジェネシードの騎士……ダルティリアを操縦していたオルトだ。確か報告では、惑星"r"のドバイで、シルバーや吹雪優フブキユウたちが遭遇している。

 謎の少女キィを守る、寡黙かもくな護衛役だ。

 今はもう、抵抗する素振りは見せない。

 周囲の市民たちが逃げ散る中で、亮司は銃を降ろした。

 そのことに対して、オルトが不思議そうに瞬きを繰り返す。


「オルト、お前の身を拘束する。ジュネーブ条約に基づく捕虜としての権利を保証し……まあ、なんだ。お前さん、どう見ても戦闘不能みたいだからな」

「それで銃を降ろすのか? 私に剣があれば、この状態でもお前を殺すことが可能だ」

「剣があれば、だろ? それに……俺も見ての通りボロボロでね」


 リジャスト・グリッターズは、人殺しや破壊が目的ではない。寄せ集めの軍事組織だが、そうした戦争から人々を守るためにつどっているのだ。

 パリを破壊しようと試みて、亮司たちにオルトは負けた。

 今は、ただ一人の敗残兵……機械の身体でもそれは同じだと亮司は思ったのだ。

 言葉にできない奇妙な空気の中で、自然とオルタもやや緊張を緩めたようだ。

 そして、そんな二人に声が浴びせられる。


麗美御嬢様レイミおじょうさま! こちらです! あれは亮司様のようですね。それと、見知らぬ殿方とのがたが」

「わかってますわ! ああ、本当に……無事ですの。なにをどうやったら、あの撃墜状態で生還を」


 此方に向けて、メイド姿のロキが走ってくる。

 その背後には、救急箱を持った於呂ヶ崎麗美オロガザキレイミがいた。

 わずかにオルトが身構えたが、大丈夫だと手で制する。

 そう、大丈夫だ……亮司の仲間に、傷付いたものへ銃を向ける者などいない。


「亮司様、大丈夫ですか?」

「ああ、すまんなロキ。酷く痛むが、泣けてくるほどじゃないさ。皆は無事か?」

「はい! すでに市民への救護等に移行しています。で、あの」

「ああ、こいつはジェネシードの将、オルトだ。抵抗はしないようだぜ? な?」


 亮司の言葉に、オルトは静かにうなずいた。

 仲間の顔を見て安心したからか、亮司はどっと力が抜けたようにその場にへたりこんだ。機体の修理を考えただけでも滅入めいるし、オマケに今になって脇腹が死ぬほど痛む。ヒビが入ったぐらいで済めばいいが、最悪折れた骨が内蔵に食い込んでいるかもしれない。

 目の前では、機械のオルトに物怖じせず麗美が手当をしようとしている。

 まずは一段落だと思った、その時だった。


「! ……麗美御嬢様! みなさんも!、下がってください……なにか、来ます」


 不意にロキが、メイド服のスカートから銃を取り出した。

 この女装少年は、時々鋭い目つきで殺気をとがらせる。それは亮司には、よく訓練された兵士のそれだと思えた。そして、仲間から言われたことを思い出す。


 ――ロキの動向には注意していてくれ。


 それは、独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんから合流した槻代級ツキシロシナの言葉だ。

 その意味を今、なんとなくだが亮司は理解した。

 ロキは、負傷で疲労困憊ひろうこんぱいとはいえ、亮司より早く敵意に気付いたのだ。

 そう……眼の前に光が集束する。

 まるで、局地的な超小型の次元転移ディストーション・リープだ。


「ごきげんよう、皆様。……オルト、敗北をきっしましたね?」


 突如、光の中から蒼い髪の少女が現れた。

 年頃は、部隊の神塚美央カミヅカミオ真道美李奈シンドウミイナと同じくらいだ。

 だが、報告書で呼んだ通り……その人物は恐らく、ジェネシードの首領だ。その証拠に、静かな微笑を湛えていても、亮司を重苦しいプレッシャーで圧してきた。

 ロキの銃口に怯む様子もなく、無防備にドレス姿で近付いてくる。


「キィ、様。私は」

「オルト……三銃士に次ぐ近衛の騎士として召し抱えたのに、貴方あなたは機械、ロボットだったのですね。私は、今とても悲しいです」

「申し訳ございません、キィ様。いかなる罰も受ける所存です」

「当然です。では、選んでください。自ら死ぬか、わたくしに殺されるか」


 咄嗟に亮司は、銃を握って力を振り絞った。

 ロキと同時に、キィへと銃を向ける。

 ここで敵の頭を討てば、リジャスト・グリッターズに僅かながら余裕が生まれる。三銃士と呼ばれた騎士たちは、キィを失えば統制を乱すかもしれないからだ。

 だが、不意に激しい衝撃が亮司を襲った。

 ロキも同じようで、二人はそろって銃を落とす。

 なにをしたのか、キィが静かに手を伸べ、横へと優雅に広げただけだった。


「いけませんよ? 地球人の皆様、いけません。ああ、でも……邪魔をするのなら、わたくしも選ばねばなりません。ふふ、そこのメイドの女の子か、それとも」


 キィの細くしなやかな手が、亮司へと向けられた。

 息が詰まる用な圧迫感を感じて、身動きができない。

 そして、少女の手がバチバチと見えない波動を練り上げてゆくだけがわかった。


「では、まずはそこのパイロットさん。お別れです」

「危ないっ! 亮司様っ!」


 突然、目の前にロキが飛び込んできた。

 その華奢きゃしゃ矮躯わいくが、見えない電撃に撃たれたように空中で一瞬止まる。そして、そのまま悲鳴すらあげずにその場へ倒れた。

 麗美が「ロキッ!」と叫んで駆け寄る。

 同時に、パトカーのサイレンと、聞き慣れた仲間たちの声が近付いてくる。

 その大勢の気配に気付いたのか、キィはつまらなそうに溜息ためいきこぼした。


「時間切れ、ですわね。オルト、貴方を近衛騎士より解任します。二度とジェネシードに戻ることは許しません。敗者に選択肢などない……わかりますね?」

「承知、致しました……キィ様」

「今までの働きに免じて、この場はこれでよしとしましょう。では」


 キィは静かに微笑み、再び光をまとうと……光そのものとなって消えた。

 張り詰めた緊張が解かれて、再度亮司はその場へと倒れ込む。

 その耳は、いつまでもロキの名を呼ぶ麗美の泣き声が聴こえているのだった。

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