第142話「三機神装、その名は――」

 それは突然の出来事だった。

 八尺零児ヤサカニレイジはコスモフリートの格納庫ハンガーで、整備班を手伝って必死に働いていた。傷付いた機体を修理し、弾薬やエネルギーを補給する。すでにもう、格納庫それ自体が一つの戦場だった。

 そんな中で、異変が襲う。

 だが、どこかで零児はそれを待っていたような気がした。


「お、おいっ! 零児!」

「お前の……ザクセンがっ!」


 物言わぬ相棒、ザクセン……トライアールと呼ばれる、謎の設計書から生まれた三機の人型機動兵器である。

 先日の異変で、ザクセンはキューブ状に変形してしまった。

 そのまま、全てを拒むように沈黙していたのである。

 だが、今は違う。

 突如、鉄火場てっかばとなった格納庫の奥から、それは浮かび上がった。

 おどろく零児の目の前で、ゆっくりと人の姿にほどかれてゆく。

 ぼんやりと光りを放つザクセンは、零児を呼ぶように着地し、コクピットを開放した。

 思わず呆気あっけにとられていると、ポンと肩を叩かれる。


「零児、こいつぁ……お前さんに乗ってほしいみたいだぞ」

「えっ? 唐木田カラキダさん、わかるんですか?」

「わかるんじゃねえ、感じるのさ。ここはいい、こいつと一緒に行きな!」

「ありがとうございます、唐木田さん!」


 既にもう、リジャスト・グリッターズの損耗率は三割を超えた。

 すぐに応急処置が不可能な損傷で、出撃不可能になっている仲間たちもいる。

 そんな中で、修理と補給の機能を持つザクセンが現場に復帰する意味は大きい。

 急いでコクピットに乗り込む。随分久しぶりのような気もして、懐かしさが込み上げた。手早くチェックを済ませると同時に、すぐに零児は異変に気付く。

 サブモニターに見慣れぬ画像が浮かび上がり、見たこともないシステムが作動していた。


「これは……エヴォルツィーネとオンスロート? 他のトライRの機体と……なんだ?」


 だが、今は考えているひまはない。

 先程機能が停止したフォトン・カタパルトから、外へと出る。

 かろうじてパリの市街地は、小規模な火災で済んでいるようだった。仲間たちの奮戦が、あの日のドバイの悲劇を今も覚えている。決して忘れないからこそ、二度と同じあやまちを犯してはならない。

 それでも、圧倒的な物量と強大に過ぎる敵を前に、劣勢はまぬがれられない。

 すぐに戦列に加われば、アレックス・マイヤーズの声が響き渡る。


『これからマスター・ピース・プログラムで、リジャスト・グリッターズの全機体をつなげます! 並列処理で、同時に一斉攻撃……これなら、ダルティリアの巨体だってさあ!』


 ついにアレックスが、禁忌きんきのシステムを自ら使う。

 以前のような戸惑とまどいや躊躇ためらい、迷いは感じられない。

 そして、未知の謎を含んだプログラムに対して、皆の答えは一つだった。


『わかりました! 真道美李奈シンドウミイナ、アストレアをお預けします』

『こちら吹雪優フブキユウ! OKだ……どういう訳だ? アイリスの出力が、上がって』

『俺とブレイと、みんなの力……勇者の力っ、アレックスにたくす! 頼むぜ、トライRのみんな……逆転の一発、決めてくれよ!』


 集結する仲間の機体の、その頭部にあるアイセンサーから次々と光が消えてゆく。

 そして、頭上に浮かぶピージオンが、瞳の色を真っ赤に燃やして身体を広げた。

 零児もはっきりと、マスター・ピース・プログラムが発動するのを目撃する。真紅の瞳を燃やすピージオンの下で、全ての機体が一斉に再起動した。

 あらゆる機体が、アイセンサーに紅蓮ぐれんの光を灯して立ち上がった。

 エラーズからフリーズに切り替わり、ピージオンから冷たい声が広がってゆく。


『マスター・ピース・プログラム、第二種限定解除だいにしゅげんていかいじょ……全機体ヲ並列演算』

『照準っ、ダルティリア! エラーズ……いや、フリーズッ! 全ての火力をつむたばねて……シュートォ!』


 アレックスの声と同時に、苛烈かれつ光条こうじょうが迸った。

 アイリスが、トールが、オーラムが……全ての機体がありったけの火力を叩きつける。

 一斉射撃の光が、新しい朝に第二の太陽を生んだ。

 周囲のライリードを巻き込み、ダルティリアが巨大な火球に包まれる。

 皆から歓声が上がったその瞬間……ゆっくりと浮かび上がる巨体が絶望を振りまいた。


『くそっ! あのデカブツ、全然効いてないぞ!』

『いや、確かにチャージが止まった。けど……』

星華セイカ! ミラ! まだか……まだなのか! なにか切り札があるんだろう!?』


 零児も慌てて、サブモニターのインジケーターを見やる。

 どうやら、羽々薙星華ハバナギセイカのエヴォルツィーネ、ミラ・エステリアルのオンスロートにも異変が起きているらしい。

 そして、今はわかる……エンジニアでもある零児には、これから起こる奇跡が、わかる。

 ならばとタッチパネルに手を伸ばして、彼は機体を前へと押し出した。


「星華! ミラ! 聴こえてるよね? このシステム、!」

『えっ? その声、零児さんですか!? ――ザクセン! う、動いてる』

『はわわっ、零児君っ! ザクセンの引きこもりモード、直ったんですね? でも』

「いいから僕の言う通りにするんだっ!」


 時間はない。

 そして、失われてゆく。

 今この瞬間にも、悠々ゆうゆうと高度を取るダルティリアは、再びチャージを開始した。あの広域破壊兵器MAPWを、もう一度防ぐ力はオンスロートにはない。否、その巨体を操るミラに、さらなる消耗を強いてしまう。

 ならばと零児は、リモートでコードを解析し、必須とは思えない手順を全て飛ばしてゆく。

 同時に、エヴォルツィーネとオンスロートの側にも、修正コマンドを送り続けた。

 頭の奥が熱くて、加速する思考がどこまでも研ぎ澄まされてゆく。乱れ飛ぶ0と1との濁流が、あっという間に零児の意識を削り取っていった。

 鼻血が出ても、そのことにすら気付かない。

 安全のために幾重いくえにも展開されたシークエンスの、その大半をスッ飛ばしてゆく。

 その時、ダルティリアの両手が開かれた。


『くそっ、あいつ!』

『アレックス! 機体の制御をそっちに任せる。そのままマスター・ピース・プログラムで動かしてくれ! 俺たちの方で細かな制御をやる』

『わかった! くっ……同時制御、ランダム回避!』


 あっという間に、周囲の空気を光が切り裂いた。

 朝焼けの中で、パリを包む霊子波動障壁れいしはどうしょうへきが波打つ。ミラの悲鳴が聴こえて、いよいよオンスロートが広げるバリアがゆらぎだしていた。

 万事休すかと思われたが、不意に二機の翼がアレックスの手から羽撃はばたいた。


『アイ・ハブ・コントロール! ……くか? クーガー』

『アイ・ハブ! 誰に言ってんだ、サクラ付き』


 神柄かむくらとEYF-X RAYレイが、たった二機で飛び出した。

 篠原亮司シノハラリョウジと、ユート・ライゼス……二人のエースが、互いに先を奪い合うように突出する。あっという間にその機影は、地を埋め尽くすライリードの対空砲火につかまった。

 だが、炎が乱れ飛ぶ中で、まるで踊るように二機は飛んでゆく。

 そして、歌が割れ響く。

 戦いの空を塗り替えるように、虹浦ニジウラセイルと十六夜迦具夜イザヨイカグヤの歌声が響き合い、奏で合う。まるで踊るように、一対の翼は互いを庇い合い、無数のミサイルを連れ自在に舞う。


『行けっ、サクラ付き! 後ろは見なくていいぜ……地面の奴らは俺が黙らせる』

『すまん、クーガー! 背中は預けた!』

『死ぬなよ。でかい貸しを作ったまま、回収不能な不良債権になられちゃ困る』

『はは、違いない……今度、飯か女か、その両方をおごるさ。――フルブーストッ!』


 瞬時にEYF-X RAYが変形し、人型となって大地へガンポッドを向ける。その背で神柄を見送りながら、ユートはありったけの火力をばらまいた。

 爆炎が広がる中、さらに高く速く、はやぶ神柄。

 一瞬、ダルティリアのチャージが止まった。

 そして、全身から発した光が空を照らす。

 小さな爆発が、一つ。

 それを確かに確認して、一瞬零児の手が止まりかけた。

 だが、周囲の悲鳴を聴きながらも、彼は最後のエンターを押下おうかしていた。


『いっ、今! 神柄が……亮司さんが!』

『嘘……脱出反応、ナシ』

『クソッ! 奴がまたデケェのを撃とうとしてる! 例の広域破壊兵器だ!』

『無駄死にかよ……いやっ! サクラ付きが死ぬものかよ!』

『落ち着けユート! くっ! トライRの三機は……三、機、が!? なんだ、あの光!』


 この瞬間を終えて今、零児は初めて理解した。

 トライRから、そのことを裏付ける声が響き渡る。

 とても優しくて、どこか悲しそうな女性の声だ。


『この音声が再生されているということは、トライRの三機にその時が来た……そういうことでしょう。私の名は、ネメシア・J・クリーク』


 ――ネメシア・J・クリーク。

 惑星"アール"と呼ばれた地球で、人型機動兵器の各種フォーマットを確立した科学者だ。その出生や経歴には謎が多く、今は行方不明と聞いている。

 だが、零児にとって今この瞬間に大事なのは、彼女が設計した三機のマシンだ。


『トライR、それは試練TRIAL……そして、挑戦TRY。あらゆる困難に向けて、なおくじけず絶望へあらがうならば。その強さを人間の尊厳が持ち得るなら……秘められた力を今、解放しましょう』


 光が、あふれる。

 同時に、零児はザクセンが空へと吸い込まれるのを感じた。

 気付けば、エヴォルツィーネとオンスロートも周囲に浮いている。

 三機はそれぞれ、あかあお、そして金色こんじきに輝きながら巨大な三角形を描き出した。そして、ザクセンのコクピットに、最後の承認キーが表示される。

 迷わず零児は、気迫を込めてタッチパネルを叩いた。

 それは、星華が絶叫するのと同時だった。


『ネメシア先生……そっか、そうなんだ。これが……これがっ! 本当の! うっ、うう……うわあああああああっ! エヴォルツィーネッ! アーマーッ! アアアアアアップ!』


 オンスロートの巨体が、大きく複雑に割れて変形してゆく。

 同時に、ザクセンは再びキューブ状のコアユニットへと姿を変えた。あの姿は、合体してエヴォルツィーネとオンスロートを繋ぐためのコネクターだったのだ。

 巨大な四肢へと変わったオンスロートに、腹部としてザクセンが繋がる。

 その上で、真っ赤に燃えるエヴォルツィーネの輪郭が溶け、モーフィングしてゆく。複雑に三色の光が混じり合い、機械的かつ生物的に直線と曲線が結ばれ合った。

 誰もが息を飲む中、零児はメイン操縦ナーヴがザクセン側に回されてくるのを確認した。

 出力の調整は、ミラがオンスロートの方でやってくれるようだ。

 そして、サブモニターに……腕組み仁王立におうだちになる星華の姿が映った。

 彼女は、身を声にして雄々しく叫ぶ。


『これぞっ! 三機神装さんきしんそうっ! その名はぁ!』


























ス ー パ ー  ボ ッ ト 大 戦 カク ヨム


                -  地 球 選 択 の 日  -
















































第 ひゃく よん じゅう  話



 「三 機 神 装 、そ の 名 は ! エ ヴ ザ ク オ ン !」

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