第141話「もう一つの未来」
ミラ・エステリアルは奮戦していた。
周囲の仲間たちと連携して、極力市街地の被害を抑え込む。
だが、ジェネシードの人型兵器ライリードは、圧倒的な物量で数を押し込んでくる。いかにも無人のAI制御らしく、その動きは完璧な統制が取れて精密だった。
白無垢の機体に無数の文字列を走らせ、のっぺらとした頭部には
「これ以上はやらせない……私も戦う! 戦える! みんなのために……仲間のためにっ!」
もう何時間、闇の中で戦っているのだろうか? 真夜中に戦端が開かれてから、随分時間が経過した気がする。
ミラは自分でも、体力が常人より劣っていることを知っていた。
もともと研究所に閉じ込められていた、実験の被験者だったからだ。
だが、心は、気持ちは皆と同じ強さでありたい。
少しでも皆の助けになりたいから、己を奮い立たせる。
愛機オンスロートは、より一層強く
「くっ、
ドバイの二の舞だけは
だが、遥か遠くに巨大な人型兵器が熱量を凝縮させている。高エネルギー反応は
ジェネシードの将、オルトが乗るダルティリア。
その威容は、まるで空に浮かんだ人型の城である。
大地を揺るがし、今まさにジャンプしようとするサンダー・チャイルドの背中が小さく見えた。それでも、巨艦の四肢に魂を巡らせる少女が、銀色の叫びを
『こんのおおおおおおっ! また街を! みんなの暮らしを! ここにはこんなに光があって、人がいて、御飯も自然もあるのに! なんで!』
シルバーは怒っていた。
装甲の奥深くにあるコクピットにいても、ミラにはその激情が伝わってくる。
シルバーがもともといた世界は、荒廃して滅び終えた先の時代……既にもう、先がない地球らしい。そこでは自然の営みが消え、人々は文明を失っていた。今あるものは使えるが、それを直すことも生み出すこともできない。
だから、奪う。奪い合う。
そんな生き方しか許されない世界で、少女は多くの闇を見てきた筈だ。
サンダー・チャイルドは、何倍も大きなダルティリアに
『作れる! 育てることだって! 選べるし分け合える! そんな世界に来て、私は思った! ……すっごくいいなって! だから!』
火花が舞い散る中で、シルバーの声が勇気を叫ぶ。
気付けばミラは、オンスロートを強く前へと押し出していた。
より強く、広く、厚く……何度も意識を持っていかれそうになりながら、霊子波動障壁を拡大し続ける。それはバリアである以上に、パリの街並みを覆う天井となって全てを包み始めた。
限界なんか、とっくの昔に超えている。
そして、その先に向かって戦っているのは、ミラ一人だけじゃない。
空中でよろけたサンダー・チャイルドが、落下する。
その下に白く透けて光る霊子波動障壁があって、巨大な
「シルバーさん……そうか、少しでもチャージを遅らせるために? あの一撃が放たれたら、ここもドバイのように消し飛ばされてしまう。それだけは!」
ミラも必死だった。
だが、霊子波動障壁の制御に夢中で、気付けば周囲をライリードに囲まれていた。
それでも戦う意思を奮い立たせた、その時だった。
『ミラ
『そういうこと!
二機のトールが、市街地のビル群を超えて来た。リーグ・ベイナー中尉と、ルーカス・クレット少尉である。
リジャスト・グリッターズの少年少女も、想いは同じである。
あっという間に二機のトールは、巧みな連携でライリードを駆逐してゆく。
動きは正確だが、ライリードの動きはパターンがあって単調でもある。熟練のパイロットである二人にかかれば、その無機質な機動は先が読めていたようだ。
『大丈夫か? ミラ准尉』
「は、はい! すみません、ルーカス少尉」
『そういう時は、すみません、じゃないな。カワイコチャンなら、ありがとう、さ』
「はあ……あ、ありがとう、ございます」
『そうそう、それそれ!』
絶え間ない緊張と重圧の中での、
だが、すぐ近くで戦っていた仲間が空へ向かって叫ぶ。
奮闘虚しく、今まさに滅びの光がパリを焼こうとしていた。
『くっ、こちらスサノオンの
『
暴力的な輝きがダルティリアの周囲に広がり、あっという間に濁流となって街を襲う。全てを白く塗り潰す、それは、
瞬間、ミラは身を声にして叫んだ。
引き
押し寄せる殺戮の大波に対して、霊子波動障壁が
鼻血が出ているのも気付かず、ミラはその力を維持し、増幅して広げ続けた。
「……ァウ! うう……や、やった? 防ぎ、きっ――」
世界が色を取り戻した時、まだパリは無事だった。ミラの力が、焦土と化す未来を回避したのだ。だが、揺るがぬ強さでダルティリアは浮き続けている。
そして、無慈悲な声と共に再びチャージが始まった。
『理解不能。
どこか冷たく空虚な声だった。
そして、受け入れ難い言葉にミラは首を横に振る。
街は守れたが、代償は大きかった……バリアの外側で戦っていた仲間たちが、傷付き、一機、また一機と地上に降りてくる。
オンスロートも、強過ぎる力を絞り出した反動でオーバーヒート気味だ。
接触してくる小型の機体から
『もうよしな! ……それ以上、"力"を使うなんてさ。悲しいじゃないの』
声の主は、
見慣れぬ機体に乗っているが、その意匠はどこか
まだまだ未完成らしきその機体で、彰吾は倒れかけたオンスロートを支えてくれたのだ。
『あら、この機体? ふふ、まだまだ組み上げ中なんだけど、"
「で、でも! 守らなきゃ……みんなを! 街を!」
『力は力でしかないわよぉ? それを制御して初めて"強さ"になるの。アタシたちはそんなにやわじゃない、ミラちゃんにこれ以上は無茶させやしないわ! ……ほら、あの男ならそう言いそうでしょ?』
ミラは、見た。
夜明けの光がパリを朱に
新しい朝を呼び込むかのように、旭の雄叫びが響き渡る。
そして、その声に鼓舞されるように仲間たちが立ち上がった。傷付き損傷しながらも、少年少女の魂を灯した機体は戦いをやめない。守るべき明日が必ず来る、朝は必ず訪れると信じているから。
そして、ミラは耳を疑った。
「歌……? 歌が、聴こえる。この歌は……!?」
夜明けのパリに響く歌声は、あの
誰もが振り返る先に、白銀に輝くヴェサロイドがゆっくり浮上する。
その手にセイルを乗せて、あの
歌と歌とが螺旋を描いて、星空からゆっくりと闇を脱がせてゆく。
誰もが驚き、そして奮い立った。
『リジャスト・グリッターズ、応答して! あくまで月のため……アタシは、月の女王カグヤはパリを守る戦いに助力します! この歌が響く限り、何度でも立ち上がると信じて! そうでしょ、セイル!』
『もっちろんよ、カグヤ! 歌で世界は救えないかもしれない……けどっ! 世界を守るみんなを助けられる!』
ミラは、気付けば
だが、絶望の果てに常に希望がある。
あのバルトが言ったのだ……絶望することは許されないと。
ならば、希望を探して求め、なければ自分たちで作り出す。
「そ、そうだ。絶望、しない。して、やらない! 私は、みんなと戦う! ――え? な、なに? オンスロートの出力が……このインジケーターは? し、知らないシステムが」
決意を叫んだ、その時だった。サブモニターに表示されていた損傷だらけにオンスロートが、突然見知らぬデータで上書きされる。
驚いていると、同じトライ
『ミラちゃん! あのっ、これ……なんだか、エヴォルツィーネから光が。こう、ぐいーん、ぐぉんぐぉん、ぺっかー! って! ね、そっちも? もしかして、もしかして!?』
「えっと……ごめんなさい、ちょっと言ってる意味わからない。でもっ! 感じる!」
『これって、ほら、こぉ……こっち側にオンスロートとザクセンの表示があって』
「……今、こちらにもリンクしました。つまり、これは……まさか! なら――!」
信じられないことだが、間違いない。異なる地球、異なる国で造られ、全く共通点のないミラたち三人が乗る機体……トライRと呼ばれる三機の人型機動兵器。その本来の姿が、朝焼けの中にぼんやりと浮かび出した。
だから、ミラは意を決して仲間たちに叫ぶ。
「すみません! ダルティリアのチャージをあと一分……いえ、三十秒だけ止めてください!」
誰もが驚きの声を返してきたが、バルトが短く「了解した」と言い放つや、足並みが揃う。そこに言葉はいらなかったし、
そして、そこに失われていた
『こちらアレックス! ピージオンのパイロット、アレックス・マイヤーズです! これより戦線に復帰、援護します! ……みんなっ、僕に力を預けてほしい!』
空に今、日の出に女神像を輝かせてピージオンが飛んでいた。
ミラはその時、確かに耳にした。アレックスが、自ら進んでマスター・ピース・プログラムを起動させると。
その決意を祝福するように、歌は白み始める空へと広がってゆくのだった。
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