第133話「月影のスポットライト」

 国連総会は、すぐに舌鋒鋭ぜっぽうするどい論争の応酬とはならなかった。

 当然である……この場には、惑星"ジェイ"の主要国家が初めて一同に介したのだ。エークスとゲルバニアンが顔を合わせるなど久しぶりで、暗黒大陸のレオス帝国などは存在すら知られていなかったのだ。

 国連事務局がまず、なによりも最初にレセプションを開催したのも無理はない。

 そう、レセプション……歓迎会RECEPTIONである。

 文明や文化は勿論もちろん、風習や常識すら違う者たちが集っているのだから。

 佐々佐助サッササスケは、祈るような気持ちで会場の警備任務についていた。


「佐助さん、本部に提示連絡を入れておきました。異常なし、ですよね」


 ふと我に返ると、隣で御門晃ミカドアキラが見上げてきていた。

 若いながらもリジャスト・グリッターズの一員、皆が弟分としてかわいがっている少年。彼は、緊張感を張り巡らしつつも、なれない生身での任務に表情が硬い。

 佐助だってこういうのは初めてで、上手く声をかけてやれない。

 だが、落ち着いたバリトンボイスが二人に投げかけられた。


「佐助、アキラも御苦労。なに、俺たちも目を光らせている。大丈夫だ」


 振り返るとそこには、バルト・イワンド率いる試験先行運用部隊の姿があった。ミラ・エステリアルも含め、全員が黒いスーツに身を包んでいる。

 流石さすがに歴戦の勇姿だけあって、佐助には本職のボディーガードに見える。

 周囲に向ける眼光は鋭いものの、バルトは無骨な笑みにまなじりを緩めた。


「二人共、この仕事は半分は休暇だと思ってほしい。勿論、なにかに気がついたら報告を求めるが……さしあたって、料理を堪能し、場がなごむならそこに溶け込んでほしい」

「と、いう訳だ。こっちでしっかり見張るから、俺たちの分まで食ってくれよ? な、ナオト」

「勿論です、ルーカス。そういう訳だから、羽根を伸ばしてもらって構わないと思う」


 ナオト・オウレンとルーカス・クレットの言葉に、副官であるリーグ・ベイナーも神妙に頷く。今日は心なしか、ミラも普段より元気そうに見えた。

 周囲を見渡せば、広大なホールはさながら民族博覧会だ。

 色とりどりの料理が運ばれ、そこかしこで要人同士が懇談こんだんしている。

 ちらりと見れば、あのレオス帝国のアルズベックも大きの人に囲まれていた。

 これが、戦乱に満ちたこの惑星"J"の選択した未来なのだ。

 まずは言葉を交わし、互いを知ることからはじめてほしい。その先に、平和があればと佐助は願ってやまない。

 同時に、父の影が脳裏をチラつく。

 そんな彼を心配するように、腕に巻き付くチクタクマンが声をかけてきた。


「そんなことより、サスケ! パーティナイトの仕事が始まりそうだ。ジェントルマンをやりたまえ!」

「はぁ? なんの話だ、チクタクマン」

「ハッハッハ! 回れ右だ、サスケ。グッドラック!」


 言われるままに振り向いた。

 それは、隣のアキラが「わあ!」と感嘆の声をあげたのと一緒だった。

 そこには、真っ赤なドレスを身にまとった麗人が立っていた。


「見つけたわ、サスケ! どうかしら? 今宵こよいのワタクシ、いつにもまして……ふふふっ」


 着飾ったナミハナは、腰をしならせ優雅に美のポーズを取ってみせる。

 正直、目を奪われた。

 スタイル抜群の少女は、肌もあらわなドレスを完璧に着こなしている。普段から積極的で、ともすれば好戦的とさえ言えるラジカルなナミハナ……その突出した女傑じょけつっぷりが、今夜ばかりはナリをひそめていた。

 眼の前にいるのは、うたげの夜に現れた貴婦人、貞淑ていしゅくな乙女そのものだった。


「い、いやあ……ナミハナ、えっと。凄いよ、うん」

「あら、聴こえませんわ! 凄く? 凄くどうですの?」

「す、凄く、綺麗だ」

「よろしい。……ふふ、そんなに固くならないで頂戴」


 ナミハナは少し気恥ずかしそうに笑った。

 それがまた、普段にもまして可憐で美しい。

 顔が熱く火照ほてって、思わず佐助は目を逸した。だが、要人たちに溶け込んでの警護が目的だ。その証拠に、ナミハナの脚線美きゃくせんびは、太腿ふとももにナイフを忍ばせている。

 そして、続いて現れた女性陣たちも皆、美しいよそおいに鋭い爪と牙を隠していた。


「ここにいたのか、アキラ」

「これは愉快……ふふ、アキラはうぶなのじゃなあ。かわゆい、かわゆいのう」

「ちょっとリリスさん? からかっては可愛そうですわ」


 佐甲斐燕サカイツバメアカツキリリス、そして於呂ヶ崎麗美オロガザキレイミだ。ご丁寧に、メイドのロキまで一緒である。

 アキラが思わず言葉を失っている。

 言葉だけではない、彼は顔を赤らめ固まっていた。


氷威コーリィ、えっと……凄く、かわいい、あ、いや! きっ、綺麗だ」

「あ、ありがと、アキラ……でも、おかしくないだろうか」

「確かに……チャイナドレスに軍刀は、ちょっと変だけど」

「こ、これはっ! ……一応、警備任務、だから、そのぉ」


 氷威こと燕は、大胆なスリットのチャイナドレスを着ている。すらりとしなやかな脚は、黒いタイツの光沢がなまめかしい。普段はりんとした少女剣士のごとたたずまいだが、どこか妖艶ようえんな魅力さえ感じられる。

 免疫のないアキラが目を回すのも、これはしかたがないと佐助は思った。

 他にも、リリスは和服を着崩し華奢きゃしゃな肩を露出させている。

 麗美は胸元の大きく開いたドレスで、社長令嬢の貫禄が気品を感じさせた。

 皆、今夜はびっくりする程に綺麗である。


「さて、サスケ? エスコートをお願いしますわ。アキラはほら、氷威を」

「え、ちょっと待てナミハナ。俺たちは一応」

「周囲に溶け込むのも、警備の一環ですの! さ、ステージへ……始まりますわ」


 強引にナミハナが、ガッシーン! と佐助の腕に腕をからめてきた。

 ぐいと密着されて、二の腕に柔らかな膨らみが当たる。じんわりと布越しに、普段の男勝りな印象を裏切る温かさが伝わってきた。

 ナミハナは間違いなく、年頃の美しい乙女だった。

 ドギマギする佐助が面白いのか、周囲から笑いが巻き起こった、その時だった。

 突然、興奮した女性の声が……まるで幼女のようにはしゃいで響く。


「あっ! こんなところに……バルト大尉っ! バルト・イワンド大尉ーっ!」


 声を振り向いて、あのバルトが一瞬表情を凍りつかせる。百戦錬磨の軍人、たった一人でエークスの首都に殴り込んだ猛者もさが……ぽてぽてと走ってくる女の子を前に、身を固くしていた。

 親子程も年の離れた小さな女の子は、これまたブッピガーン! とバルトに抱きついた。


「大尉っ! レポートは読みましたわ。素晴らしい、素晴らしいです! まさかあそこまで第三世代型のトールを乗りこなしているなんて。しかも、小隊運用のデータが、これも凄くて――」

「あ、ああ、その……まずは離れてもらえないだろうか。諸君、紹介しよう。エークスの巨大複合企業コングロマリットG.K.companyカンパニーで兵器開発主任をしている」

「私のことなんかどうでもよくてよ、バルト大尉。嗚呼ああ……夢見たいだわ。さあ、早くお話を聞かせて頂戴。今夜はたっぷり、実戦での運用と実績について、二人で検証を――」


 バルトの部下たちは、苦笑しつつ一人、また一人と警備の仕事に戻っていった。

 謎の幼女に拘束され、あのバルトがタジタジである。

 なんだかよくわからないが、気の毒だ。

 そうこうしていると、ホールの照明が落ちる。

 待ってましたとばかりに、グイグイとナミハナが佐助を引っ張り始めた。


「始まりましたの! さあ、サスケ! もっと前でしてよ。観戦するなら近くじゃなきゃ」

「あのね、ナミハナ……観戦って、別に戦う訳じゃ」

「歌は、戦い! 本気の勝負は、恋だって何だって戦いですもの」


 妙な説得力を感じていると、ステージの上に光が戻った。

 そこだけが幻想的に切り取られた、闇の中に浮かぶ白……そう、スポットライトを浴びて、白い衣装を着た少女たちが現れていた。

 皆、こちらに背を向けマイクを握っている。

 徐々に佐助にも、耳に心地よいサウンドが聴こえてきた。イントロのビートが加速して弾ければ、自然と誰もが静かに舞台を注視する。

 気付けば佐助も、デビューしたての仲間たちを固唾かたずを飲んで見守った。

 司会者の声が響いて、少女たちは振り向くなり跳躍した。


「レディース・アンド・ジェントルメンッ! さあ、今宵地球の首脳が大集合! 違う文明、異なる文化を今……歌が、繋ぐっ! 世界のトップアイドル、虹浦ニジウラセイル! withウィィィィズッ! プロジェクトISHT@Rイシュタル! そしてええええええっ!」


 センターに躍り出たセイルが、佐助には大きく見えた。

 可憐な十代の少女とは思えぬ、圧倒的な存在感に気圧けおされたのだ。そして、彼女のリズムがレセプション会場を飲み込んでゆく。

 プロジェクトISHT@Rの五人も、驚くほどに息がピッタリだった。

 会場がどよめく。

 ソロで踊るセイルの輪郭シルエットが、徐々ににじんで二つに別れてゆく。

 佐助は、どこか夢のような光景の正体に、ようやく気付いた。


「そ、そうか……セイルちゃんの後! 完全に一人だと思ってたけど……! 完全にダンスがシンクロしてたから、見えなかったんだ」


 そう、中央の一人は、左右に割れて二人になる。

 完全に一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが、ミクロン単位で同期していた。あまりにも完璧であるがゆえに、見るものの脳を直接だましてくる。ありえない光景としか認識できないから、まるで魅了されたように黙ってしまうのだ。

 司会すらも言葉を忘れていたようで、慌てて再び声が走る。


「っと、そしてぇ! 月の女王っ、十六夜迦具夜イザヨイカグヤのスペシャルコラボだあああああっ!」


 そこには、地上のアースリングに宣戦布告した、ルナリアンの女王が立っていた。ライトの光を浴びて踊るその姿は、正しく月の狂美ルナティック……あっという間にステージは、二人の妖精フェアリーが支配するファンタジーへと変わってゆく。

 その圧倒的なパフォーマンスに、誰もが気付けば手拍子を叩いていた。

 だが、佐助は背後で唖然あぜんとする声を聴いて、振り向く。


「あ、あれは……カグヤッ! そんな……いや、そうか。女王様、だから? でも、こんな再会って」

「アキラ? なあ、アキラ……ま、待てよ!」


 驚きに表情を引きつらせつつ、後ずさるアキラ。彼はしまいには、響き渡る歌に背を向け走り出した。手を伸べども追いかけられず、固まる氷威の背中がさびしげだった。

 一夜限りのスペシャルライブは、若い少年の心を激しい動揺でかき乱したのだった。

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