第132話「乙女たちは今、女神になる」
そう、戦い……敵は
「落ち着くのよ、灯……大丈夫。きっと、多分、結構、大丈夫だから」
自分に言い聞かせる程に、言葉が
それでも、メイクを終えて灯は立ち上がった。
目の前の鏡に今、きらびやかなミニドレスを
そして、意外な器用さでそれを縫い上げてくれた人物が、ポンと肩を叩いてくれた。
「大丈夫よん? さ、灯ちゃん……リラックス、リラックス」
肩越しに振り返れば、
灯たちが今着てる衣装も、全て彼が忙しい中で縫い上げてくれたものだった。
「彰吾さん、その……私、上手くやれるか自信がなくて」
「いいのよぉ、上手にできなくても。だって、灯ちゃんたちは……プロジェクト
「みんなを纏める大役、務まるのかなって」
「あら、そぉ? ならちょっと、振り返って"見て"みなさいよ」
彰吾に促され、控室を見渡す灯。
そこには、
エリー・キュル・ペッパーは、何度もダンスの振付を確認していた。
皆、部隊では戦友、頼れる仲間たち。
だが、ステージの上は誰もが未経験、未知の領域なのだった。
「ま、死んだりやられたりはしないわよん? "
「そ、そうですね。私がしっかりしないと……一応、リーダーなんだし」
「それと、灯ちゃん。ステージを楽しむのよ。そんな余裕ないかもだけど、ネ」
「ステージを……楽しむ」
気持ちのいい笑みを残して、最後に灯の背中を軽く叩くと、彰吾は行ってしまった。
今では、リジャスト・グリッターズのおふくろさんと誰もが彼を思っている。そう歳も違わない
多くの戦いが、彰吾に悲しみを
誰よりも痛みを知るからこそ、彼は仲間に優しいのだろう。
「よしっ、私も頑張らないと! あっ、そうだ……セイルちゃん」
灯は、今日のステージの主役へと声をかけた。
こちらの日本のトップアイドル、
その横顔を見て、灯はハッとさせられた。
そこには、プロとしてのアイドルの顔があった。
笑顔をこれから振りまくために、一人の乙女が自分を
セイルは、パシィン! と
「あっ、灯さん! どうかしましたか?」
「えっ、あ、ああ、うん。あの、今日のこの、スペシャルゲストって」
「ふふふ、それは秘密です。気合い入れないと、このセイルちゃんでも食われちゃうかも……そういう大物との共演、凄く楽しみ」
「たの、しみ……なんだ。凄いなあ」
灯が感心してると、そっと頬にセイルが触れてきた。
レースの手袋をした、その小さな手は震えていた。
「武者震い、っていいたいけど……みんな最初は恐いし、いつだってブルッちゃうんだよ?」
「セイルちゃん……」
「でも、セイルとみんななら……プロジェクトISHT@Rなら、大丈夫。きっと素敵なステージになる。最高のパフォーマンスで、世界中の戦争を包んじゃおうよ」
「う、うん……ありがとう、セイルちゃん。私、駄目だなあ」
「そんなことないよっ! 灯さん、スタイルいいし綺麗だし……それに、あんな素敵な人が一緒で、
「ほへ? 素敵な人、って」
セイルが指差す先へと、視線を
そこには、一人の青年がドアの前に立っていた。
だが、他のメンバーに挨拶したあとで、その青年はこちらにやってきた。
「どうだ、灯。はは、凄い衣装だな。うん、似合ってるんじゃないかな」
さらりと必殺の一言をくれた。
それだけでもう、灯は心臓を撃ち抜かれたように動けなくなる。普段からあらゆる標的を射抜いてきた狙撃手は、彼の前では……
「な、なによ、級。……どうせ、からかいに来たんでしょ」
「まあな」
「ちょっとー、そこは否定してよ! もうっ!」
「はは、でも……気安くからかえないな。なんでも全力投球、一生懸命ないつもの灯だからさ」
「級……そんなこと言っても、なにも出ませんよーだ!」
「だろうな。でも、どうだ? 少しは緊張が取れたか?」
思わず灯は「えっ!?」と目を丸くした。
そんな彼女の頭を、ポンと級は
そのまま級は、他のメンバーにも声をかけて、控室を出ていった。
綺麗さっぱり、灯を包む無駄な緊張感が持ち去られてしまったようだ。
そして、気付けば美央がニヤニヤと締まらない笑みを浮かべてる。
「むふふ、灯さんってば、かーわいー」
「ちょ、ちょっと、美央! もうっ、大人をからかうんじゃありません!」
「またまたー、嬉しいくせに」
「それは……まあ、ねえ。ちょっとは、うん」
うりうりと美央が、
背中に結んだ大きなリボンが、まるで妖精の羽のように揺れていた。
改めて灯は、自分が凄い格好をしているのだと驚かされる。
そして、目の前の美央はその派手な衣装を、持ち前のスタイルの良さで完璧に着こなしていた。
そうこうしていると、セイルが声を
「よーしっ、気合十分! みんなーっ、ちょっと集まって! 円陣だよっ!」
皆でセイルの元に集まると、自然と互いに手と手を重ねる。
円になって、中央へと差し伸べた手に、仲間の体温が伝わってきた。
セイルは一同を見渡しながら、最後に灯に
「みんなはいつもは、パイロット。でも、今夜は……国連総会のレセプションを兼ねた夕食会で、一時の夢を見せるアイドルだよっ!」
そう、これからステージで灯たちは歌って踊る。
セイルと謎のゲストとで、夢のステージを作り上げるのだ。
それは、
練習もしたし、急な話でも特訓を重ねた。
その成果を今夜、要人たちの前で披露するのだ。
「じゃあ、考えてきてもらったやつ、はっぴょー! はいっ、歌は?」
セイルの声に、すぐに反応したのは美央だった。
「歌は、勇気! かな? ……正直ブルッてるけど、やるしかないでしょ、もう」
次はエリーが、気恥ずかしそうに
「歌は……願い? うん、願いかなって」
「ええ、そして歌は祈り。このシファナ・エルターシャ、
シファナの言葉に誰もが頷く。
そして、美李奈もそれに続いた。
「歌は、喜び! 喜びです……戦いだけが全てではないと、各国の方々にも伝わればと」
「おっ、いいねいいねー! セイルちゃん、気に入った! 勇気、願い、祈り、そして喜び。その全てだよねっ! ……で、灯さんは?」
皆の視線が灯に集中する。
だから、少し恥ずかしかったけど、しっかりと自分の気持ちを言葉にする。
これは、アイドルとして先輩のセイルから、先日出された宿題だ。
歌とは、なにか。
自分にとって、歌とは?
夢やお金、そして地位と名誉……それだけでは得られない多くのものがあると、セイルは教えてくれた。だから、漠然としてても言葉にしてみてと、彼女はそう伝えてきたのだ。
静かに息を吸って、吐いて、そしてまた吸って、息吹を言葉に変える。
「歌は、光……みんなと一緒に、照らしたい。私もみんなと、輝きたい」
「よーしっ! 虹浦セイル
皆で肩を組み、ステージの無事と喝采を祈る。
こうして、灯たちは光に満ち溢れたステージへと向かうことになった。その名の通り、灯の胸にはもう……不屈の勇気、平和への願いと祈り、そして歌う喜びが燃えている。確かに胸の奥に、小さな火が
その光が今まさに、戦争に塗り潰された世界に解き放たれようとしていた。
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