第98話「嵐へ向けて舵を取れ」

 その知らせを受け取った時、東堂清次郎トウドウセイジロウわずかな時間、放心した。

 そして、すぐに思い出す。

 バルト・イワンドという男がどういう人物かを。

 まだ出会って二ヶ月程で、司令官と機動部隊隊長という間柄あいだがらでしかない。一緒に酒を飲む時も、立場や身分がどうしても両者の間に横たわる。

 だが、その中でお互いの理解を深めてきた。

 信頼を積み上げてきたのだ。

 だから、次の瞬間……報告しに来た篠原亮司シノハラリョウジを前に、自然と笑みがこぼれる。


「おいおい、清次郎の旦那だんな。笑ってる場合かい?」


 宇宙戦艦コスモフリートのブリッジで、艦長席のキャプテン・バハムートが笑う。

 彼もやはり、バルトの人となりを知るからこそ笑みが浮かぶのだ。


「ふむ、艦長。不思議なことだが……なに、つい嬉しくなってしまってね」

「奇遇だねぇ、旦那。俺もさ、なんかこう……ハッ! やるじゃねえか、バルトさんよぉ!」


 振り向くオペレーターのエリー・キュル・ペッパーが不思議そうな顔をしている。

 逆に亮司は、ほれみたことかと苦笑した。

 人目もはばからず、清次郎はキャプテン・バハムートと笑った。二人の笑いが高らかと、ブリッジ内に広がってゆく。


「ふう、さて……あの実直さのかたまり堅物かたぶつなバルト大尉がか。助けにゆくのだな」

「だろうさ! そいつぁ、によってたつ男の行動、男だからこその選択だ。なら」

「ならばどうする? バハムート艦長」

「決まってるでしょう、いたいけな少女を救う……これは正しき義、つまりさ。それが仲間だってんなら、当然でしょう?」


 この男は、木星圏で宇宙海賊……否、宇宙義賊うちゅうぎぞくをやっていた歴戦の勇士だ。その事情は、一緒に酒をかわわした時に聞いている。そしてその場には、あのバルトも一緒だった。

 男が大人をやっているうちは、子供達への責任を果たそうと努力できる。

 事実、少年少女の多いリジャスト・グリッターズだからこそ、清次郎達は大人としての規範に心を砕いてきた。まかり間違えば、若い命を戦場で散華さんげさせかねない……だからこそ、慎重にして大胆、繊細かつ豪快に物事を進めてきた。

 だが、今は頭を使う時ではないということだ。

 そう思っていると、背後で声があがる。


「バハムート艦長。今、エークス側とことを構えるのは不味まずいのでは? ……バルト大尉も覚悟の上だ。ここは静観か、もしくは――」


 振り向くと底には、KTケーティが立っていた。

 このコスモフリートに搭載されたDSWダイバーシティ・ウォーカー部隊の隊長であり、旗艦きかん直掩ちょくえんとしていつも戦っている。その彼が、すでにパイロットスーツ姿でヘルメットを小脇こわきに抱えていた。

 清次郎はその瞳を穏やかな眼差しで覗き込む。


「もしくは? KT君、話を聞こうか」

「東堂司令! エークスからは一応、暗黙の不干渉の言質げんちはとってある筈です。その話を無視して、バルト大尉はスタンドプレーに走りました。静観か、もしくは……


 KTの目は真剣だった。

 そして、読み取りきれぬ切実さが滲んでいる。

 何が彼をそうさせるのか……KTもまた、常日頃からバルトを隊長とあおいできた。ドバイでの一件からずっと、縁の下の力持ちとしてこの部隊の中核メンバー達を支えてきたのだ。

 その彼が、今はあせりを隠せずにいる。


「ふむ……確かに先日、アレックス君が無断で出撃、消息を絶った……まあ、有り体に言えば家出といったところだろう。探しに出た佐助サスケ君も、報告が不鮮明だったな」

「ええ……東堂司令。今はピージオンの回収……と、アレックスの捜索を。そのためには、エークス領内での安全な自由行動が確保されていなければ――」


 その時、ふと清次郎は疑問に思った。

 この話は、先程亮司が持ってきたものだ。

 亮司には以前、日本列島を出る時に伝えてある。ミラ・エステリアルの身柄が抑えられている今、バルト大尉を見守ってくれと頼んだのだ。そして必要ならば、亮司の最良で即時対応を求めた。

 そして、彼の判断力はパーフェクトだったと言える。

 ソーフィア・アルスカヤと虹梅雪ホンシュェメイの二人なら、必ずエークスの制空権内でもバルトを目標地点へと降下させるだろう。

 だが……何故なぜ、KTはバルトの出奔しゅっぽんを知っている?

 いつでも出撃できるよう、彼はパイロットスーツを既に着ているが……?

 しかし、清次郎の思考を遮る声が響き渡った。


「くっ、東堂清次郎司令! なんということだ……バルト・イワンド大尉が無断で出撃しただと!?」


 また少し面倒なのが来たと思ったが、清次郎は顔には出さない。

 キャプテン・バハムートだけが、ヒューと口笛を吹いた。

 やってきたのは、小さな身体で大股に歩く御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさだ。


「おや、御堂刹那特務三佐……どこでそのお話を?」

「フン! バルト・イワンドの動向には気を付けていたつもりだがな。感情で行動するなど……軍人にあるまじき行為!」

「まあまあ、そう興奮なさらずに。……時に、特務三佐。顔にクリームがついてますな。美雪ミユキ艦長とシュークリーム、ですかな?」


 刹那は、ハッ! という顔をしてほおを手の甲で拭う。

 清次郎にひっかけられたと知るや、彼女はムムムとうなった。

 先程亮司から、刹那を遠ざけるために大友美雪オオトモミユキ艦長が骨を折ってくれたと聞かされていたのだ。とすれば、やはりみょうだ。刹那は勝手に人員を使って、バルトを監視するぐらいはやる人物である。

 だが、KTと連携した様子はない。

 では、誰が……?

 このリジャスト・グリッターズが、ここに来て一枚岩でいられない状況を内包している。それは、寄せ集めの寄り合い所帯であるから、ある程度は仕方がない。そして、清次郎は疑うばかりではなく、信じることも大事だと知っていた。


「さて……バルト大尉は出奔した。これに対して、我々は厳正かつ効果的な行動を取る必要がある……そうですな? 特務三佐」

「もっ、勿論もちろんだ! 敵前逃亡など銃殺刑、これは軍の常識っ! ……何故、それを知っていながら……どうしてだ!」

「おや、特務三佐にはおわかりにならない?」

「……そういう感情はとうに捨てた。私は、パラレイドを含む全ての外敵を殲滅せんめつする、それだけだ! そのためには、必要なこまを手元に管理する必要がある」


 刹那はさらに、先日アレックスが持ち去ったピージオンについても言及げんきゅうした。彼女はずっと、時間を作ってはピージオンの解析作業をしている。

 マスタ・ピース・プログラムと呼ばれる、特殊なシステムを調べているのだ。

 そして、あまり結果がかんばしくないことも知っている。

 ゴホン、と咳払せきばらいをして、清次郎はキャプテン・バハムートに目配めくばせをする。

 彼はすぐに、艦長席の肘掛ひじかけにあるマイクを渡してくれた。


「御堂刹那特務三佐。我々は超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたい……しかし、軍規ぐんきは存在します。そうですな?」

「あ、ああ。そうだ! 個人の感情を優先するなど、言語道断ごんごどうだん!」

「では……バルト・イワンド大尉を軍法会議にかけ、必要とあらば極刑きょっけいしょす……構いませんな?」

「えっ!? ……そ、そうだな! うむ、妥当なところだ!」


 一瞬、刹那が素顔を見せた。

 逆に、KTは予想だにせぬ清次郎の発現にも動じない。

 やはり、この二人に協力体制はないようだ。

 マイクのスイッチを入れると、彼はリジャスト・グリッターズの全艦へ向けて放送を行った。落ち着いて言葉をよく選び、自分の意図が仲間達に伝わるように話し出す。


「諸君、超法規的独立部隊リジャスト・グリッターズ司令、東堂清次郎だ。現在、バルト・イワンド大尉が独断で出撃、単身エークスの首都へ向かっている。我々はこれを、脱走として処分することにした」


 ブリッジでは、誰もが驚いた。

 キャプテン・バハムートと亮司以外の全員が。

 刹那は、信じられないものを見るような目で清次郎を見上げてくる。その後ろでは、KTも先程自分で主張した言葉を忘れたかのように固まっている。

 だが、清次郎は伝えるべきことがはっきりしてた。


「これより、バルト大尉のトール一号機を追跡、無力化して確保する。なお、エークスの首都防衛大隊との交戦は、これを可能な限り避けること。そして、脱走兵バルト大尉は軍法会議にかけるため、。以上だ」


 以上だ、と言っておきながら、マイクを離さず一拍の呼吸を置く。

 そして、悪巧わるだくみを思えば自然と口のはしに笑みが浮かんだ。


「尚、バルト大尉確保のため、やむを得ぬ場合に限り交戦を許可する。バルト大尉を生かして捕らえる、これを最優先とせよ。彼を攻撃する敵があらば、やむを得ん。軍法会議が待っているのだから、生かして捕らえるため……やむを得んなあ、うむ」


 最後に清次郎は、真道歩駆シンドウアルクにコスモフリートのブリッジに来るように告げて通信を切った。先日、IDEALイデアル経由で日本列島のとある企業から申し出があった。

 その名は、トヨトミインダストリー。

 まず、ユーラシア大陸をこのまま西進すれば、欧州でリジャスト・グリッターズの補給をしてくれるという。その時、国連本部と連携した音楽イベントがあり、この地球……惑星"ジェイ"での異変に対する世界規模の話し合いが持たれるらしい。

 それに先んじて、エークスに既に先行して物資が届いているらしい。


「さて、歩駆君をエークス空港へ向かわせたいが……亮司少尉」

「はっ! ……俺は多分、空港への人員じゃないでしょうね」

「当然だ。部隊長代理として指揮をたまえ。……言わんとすることはわかるな?」

「脱走兵の追跡ですからね。何があるかわからないので、その都度つど柔軟に対応ですね? そう、わからない…………?」

「そういうことだ。では、リジャスト・グリッターズ……全機出撃!」


 刹那が目を白黒させている。

 あまりに驚いてしまって、自分に文句を言うのを忘れているらしい。

 そして、キャプテン・バハムートだけが楽しそうに笑っていた。清次郎も、その笑みに笑みで応える。

 今、一人の男の勇気が、多くの男気に火をつける。

 義によってつ男の背中を、誰もが全力で追いかけ始めた。

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