第94話「苦悩のアレックス・マイヤーズ」

 リジャスト・グリッターズの行動方針が決まった。

 ドリル獣を生み出す謎の勢力を追いつつ、エークス側に拘束こうそくされたミラ・エステリアル准尉じゅんいを救出する。それはとても困難なミッションだ。

 だが、それとは別の問題を抱えてる少年がいた。

 名は、アレックス・マイヤーズ。

 彼は今、静まり返った宇宙戦艦うちゅうせんかんコスモフリートの中を歩く。

 深夜の艦内は、同乗している避難民達も寝入って静寂に満ちていた。


「……ごめんよ、ミリア。ごめん……みんなも、ごめん」


 それは、祈りというよりも呪詛じゅそだった。

 自分を正当化し、残された者達への責任を放棄する……そんな自分へ対しての呪いである。これから自分がしでかそうとすること、その卑劣で卑怯な行いを恥じ入る気持ちがある。

 一方で、そうまでして行動しなければいけない理由が、アレックスにはあった。

 脳裏を、昼間の地獄が蘇る。


『アレックス・マイヤーズ! 貴様きさまっ、甘ったれるな! ピージオンは貴様しか起動できんのだ。それを……もう嫌だと? 乗りたくないなどと抜かすか!』


 失意に沈んでコクピットに閉じこもったアレックスは、外側からの強制アクセスで引きずり出された。その時、御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさに言われたのだ。

 以前から、刹那はピージオンに異様な執着を見せている。

 そして、アレックスは彼女にとってなのだ。

 それでも、みんなのために役に立てるなら、よかった。

 人を殺さず、人の乗った機動兵器と戦わなくても、協力できる。日本列島ではむしろ異形の化物ばけもの達と積極的に戦った。上手くやれてる自信はない。だが、同じ世代の仲間達と一緒に、自分がピージオンでできることがあるのが嬉しかった。

 戦いを忌避きひし、不殺を誓うからこそ、できる戦いがあった。

 そう、思えていた。


『覚えておけ、アレックス・マイヤーズ……ピージオンは世界の全てを一変させる力を持った、兵器だ! 兵器とは、敵を破壊し、殺す道具に過ぎん。そして、はその力においては、戦略級の超兵器……存在自体が死の恐怖を宿命付けられているのだ』


 その姿は、白亜に輝くダイバーシティ・ウォーカーだ。

 頭部に黄金の女神像をいただく、その流麗な外観。

 電子作戦機として高い能力を持つ以外に、取り立てて特筆すべき性能はないことになっている。だが、ピージオンの真の力は、その中に封じ込められたシステム……マスター・ピース・プログラムにある。

 マスター・ピース・プログラムは、あらゆる兵器を支配することが可能だ。

 瞬時に敵を味方に変え、味方を敵へとおとしめることもできる。

 戦場を支配し、必要とあれば生み出すことができるのだ。

 木星圏もくせいけんでの混乱の中、偶然にもアレックスはこの機体に登録されたパイロットになってしまった。仲間を救いたい一心で、自らの運命を拘束こうそくされてしまったのだ。


「僕は……嫌だね。殴るくらいなら、殴られた方がいい。殺すくらいなら……」


 殺すくらいなら、死んだ方がいい。

 以前はそう言えたし、その信念を貫いてきた。

 だが、今はそれが揺らいでいる。

 きっと、本当の死を知ったからだ。

 アレックスにとって、人間の死はおごそかなものだと思っていた。その生涯を終える時、人間が今まで生きてきたあかしや、多くの親交、そして社会からの祝福のようなものがあると思っていたのだ。動物と違って人間は、信仰心やうやまいの気持ち、慈愛じあいを持っているから。


「でも、ムサシさんは違った……他にも沢山、死んだんだ。あんな……戦争じゃあみんな、あんなの……人間の死に方じゃない。ただただ、無残で無常で」


 アレックスは知ってしまった。

 殴るよりは、殴られる方がいい。

 それで自分が死んでしまってもいいと、今までは思っていた。

 だが、自分が死ぬと、生きていけない者達がいる。

 それに、もう自分は人の命を奪ってしまったのだ。人をおびやかす化物だと思って、。ドリル獣と呼ばれる異形は、地下に閉じ込められていた鉱山都市こうざんとしの罪なき人間達だったのだ。


「僕は……誰にも死んでほしくない。仲間は勿論もちろん、今は敵となった人達にも」


 格納庫ハンガーへついたアレックスは、迷わずピージオンへと歩く。

 愛機、そう呼べる存在かもしれない。

 同時に、自分を縛るかせのようなものだ。

 人気のない格納庫で、居並ぶ人型機動兵器の中に純白のピージオンが自分を待っていた。その荘厳とさえ言える優美な姿を見上げ、アレックスは決意を確認する。

 ピージオンを、このままにしてはおけない。

 この危険な機体がある限り、自分はそのパイロットという部品でしかないのだ。

 だから、このピージオンをなんとかしない限り……また、戦いの中でアレックスは罪を犯してしまう。仲間を守って、正義のために戦っても、他者の生命を奪う罪は消えないのだ。

 静かに機体へと歩み寄った、その時だった。


「待って、アレックス! ……行かないで。何で……どうして、相談してくれないの?」


 不意に、少女の声が響いた。

 それで、アレックスは親しい者の声に振り返る。


「……エリー。どうしてここに」

「俺だよ、アレックス。ピージオンから引きずり降ろされてから、お前はずっと変だった」


 そこには、エリー・キュル・ペッパーとミド・シャウネルがいた。

 共に木星圏から逃げてきた仲間、そして友人達だった。

 だが、彼等を見る目をアレックスはおびえさせてしまう。それは、アレックスにとってこのふねに乗る友達が、戦う理由だから。エリーの心配そうな瞳でさえ、自分に戦いを求めてくるように思えてしまったのだ。

 だが、ミドの暗い視線が冷たく光る。


「アレックス、すぐに部屋に戻れ……俺達は何も見なかったことにする」

「そ、それは……」

「無責任だとは思わないのか? 妹のミリアは勿論、エリーを……エリー達を置いていくなんて。……ま、俺はお前なんてあてにしてないけど。あてに、してやらない」


 ミドの言葉はいつになくとがって、アレックスの心を串刺くしざしにする。

 普段は皮肉屋でしゃに構えて、でも一緒に苦難を乗り越えてきた友達なのに。

 今、エリーの隣にいるのは別人のようだ。


「ねえ、アレックス……疲れてるんだと、思うの。こういう時は、少し休みましょう?」

「休んでなんか、いられない。また、戦いが始まるんだ。そうしたら、ピージオンは、僕は」

「ピージオン、アレックスしか動かせないもの……ねえ、アレックス。私に、!」


 突然の言葉だった。

 アレックスは勿論、ミドも目を見開く。

 だが、エリーは本気だった。


「いつもアレックスは、みんなを守ってくれた。なら、今度は私がアレックスを守るわ」

「それは駄目だっ! アレックス、わかってるんだろう! 彼女にこんなことを言わせてるのは、お前だ! ……何をやってるんだよ、お前はっ!」


 ミドが声をあらげる。

 だが、そのいきどおりよりも、エリーの優しさが怖かった。

 エリーが代わりにピージオンを操縦してくれる。でも、アレックスが乗っていないとピージオンは動かない。二人で乗った時、どうしようもない一瞬が訪れたら……エリーを守るために、銃爪ひきがねを引く時が訪れるのだ。

 アレックスは、握った拳の中に爪を食い込ませる。

 その痛みすら感じない程に、追い詰められてしまった。

 だが、そんな時に声をかけてくれたのも、昔からの友人達だった。


「そう大げさな話かよ……なあ、アレックス」

「……デフ。それに、ミランダも」


 デフ・ハーレイとミランダ・ミラーだ。二人は、ミリアにはテオドア・グニスがついていると教えてくれる。一番の気がかりである妹は、すでにデフ達にも気遣われていたのだ。

 その上で、デフとミランダはアレックスに駆け寄った。


「ちょっと外の空気を吸いたいって、それだけの話さ」

「そうですよ! アレックス先輩がみんなを置いてくこと、絶対にないです。……エリー先輩だって、いるんですから」

「ゲートはこっちで開けてやる。なあ、アレックス……戻って、くるよな?」


 今は、曖昧あいまいに無言でうなずくしかできない。

 だが、逃げ出したいと思った気持ちは本当だし、このふねは戦闘を目的に建造された軍艦だ。超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたいリジャスト・グリッターズは、戦争をしているのだ。

 正義のためとはいえ、異世界とさえ言えるもう一つの地球で戦っている。

 そして、その中心には常にピージオンがあるのだ。


「デフ、ミランダ。ミドも……エリーも。ごめん、僕は」

「お前はよくやったよ、アレックス。もう、殴られ屋だなんて言わせないぜ? お前を殴る奴は俺が殴る。お前のたてにだってなってやれる。だから、あんまり自分を追い詰めるなよ」


 そっと肩を抱いてきたデフが、ポンと背を叩いてくる。

 ミランダも大きく頷いていた。


「アレックス先輩、絶対に帰ってきてください……その時まで、私も生き残ります。生きて、ちゃんと……はっきりさせたいこと、あるから」

「ミランダ……デフも、みんなも」

「さ、行けよ。お前が誰も殺したくないこと、わかってたさ。それを、戦争だからってお前に甘え過ぎた。だから……刹那ちゃんにはさ、俺等で適当にごまかしとくし」


 アレックスは友人達のいたわる気持ちにふるえた。

 激しい戦闘の中、明日にもこの艦は沈んでしまうかもしれない。

 巨大な二つの超国家、その両方が敵になるかもしれないのだ。

 そして、ドリル獣が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする中で、謎の敵も増えている。魔人と呼ばれる男、佐々総介サッサソウスケの暗躍に、ジェネシードの影……そして、元の地球にはまだまだ戦いが待ち受けている。

 アレックスには今、心の整理をつける時間が必要だった。


「アレックス、これ……少ないけど。こっちの世界のお金、一応」

「エリー……本当に、ごめん」

「謝らないで。私達も、強くなるから……もう、あなたが謝らなくてもすむように、そうならなきゃって思うから。今度会う時までに……お互い、強くなりましょう」


 エリーが、自分の財布さいふを渡してきた。木星圏のコロニー、ミストガーデンにいる頃から彼女が使っているものだ。もう古くて色あせてて、ところどころほつれてる。

 それを握らせて、その手に手を重ねてエリーが微笑ほほえむ。

 ぽたりと一筋、涙がこぼれれた。

 それが自分の涙なのか、エリーのものなのかわからない……だが、夜陰やいんに乗じてアレックスはリジャスト・グリッターズを飛び出した。闇の中へ溶け込む白き機体は、あっという間にアレックスを孤独の中へと連れ去るのだった。

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