第93話「螺旋の宿業に導かれて」

 天原旭アマハラアサヒが招かれた、巨大な戦艦は騒然としていた。

 空を飛ぶ巨艦きょかんが二隻、そして巨大な鉄巨神ギガンティス……大規模な部隊は、名をリジャスト・グリッターズといった。

 虎珠皇こじゅおうから降りて、改めて旭は自分が再び人間の身体に戻ったことに驚いていた。

 宇宙戦艦コスモフリートの格納庫ハンガーは、騒然としていた。

 中でも、ひたい女神像めがみぞうを頂く白い機体の周囲には、人だかりができていた。


「アレックスさん、大丈夫ですか!? ハッチを開けてください」

「よそう、アキラ……今はそっとしておく方がいいかもしれない」

「つばねえ、でも!」

「誰にとっても、にがい戦いになったんだ。まさか、あの化物の正体が……人間だったなんて」


 旭が生まれ育った世界は、崩壊した。

 穴蔵あなぐらの中の鉱山都市は、全住民がドリル獣もされた挙句あげく、ゲルバニアン軍に見捨てられて滅んだのだ。

 そんな中で何故なぜか、旭だけが助かった。

 一度はドリル獣にされながら、虎珠皇との出会いでよみがえったのだ。

 ぼんやりと立って、少年少女の騒ぎを見詰める。

 すると、突然頭に何か布のようなものを被せられた。


「っぷ! おいおい何だぁ!?」

「何だ、じゃないわよ。まったく、裸でいられても困るわ。我輩わがはいはまあ、それも構わないのだけども」


 頭から引き剥がしてみると、それは服だ。

 下着と上下一式を乱暴に渡してきたのは、奇妙な少女だ。目も覚めるような美人なのに、どこか妖艶ようえんさが漂う。酷く蠱惑的こわくてきにも見えて、その実無邪気そうな瞳には何の偽りも嘘も感じられない。

 彼女はアトゥと名乗り、着替える旭をジロジロ値踏ねぶみするように見詰めてきた。

 旭は自他共に認めるきもの太い男だと思っていたが、流石さすがに照れる。


「何だぁ? そうジロジロ見ないでくれるか、姉ちゃんよう」

「いや……我輩びっくりよ? よくもまあ……何ていうか、複雑な因果いんがよねえ」

「見えるのか? そういうもんが」

「んーん、感じるの。ふふ……これだから人間って面白いわ。ね、そうでしょう? リリス」


 少女が振り向くと、そこにはもう一人……小さな女の子が立っている。

 やはり、尋常じんじょうならざる気配があって、人ならざる美しさがおごそかかに見えた。

 思わず旭が身構えてしまうと、二人になった少女は互いに顔を見合わせて小さく笑った。


「やれやれ、これまた複雑な男を拾ったものよのう?」

「ええ、まったくだわ。こんなにこんがらがった人間、我輩的にも初めてかも。サスケも大概たいがいだったけど、ええと」

「おぬし、名は? もうすぐこの部隊の責任者達が来るが……先ずは名乗られよ」


 旭は何やら、本能的な畏怖いふ畏敬いけいの念を感じずにはいられない。

 目の前の少女達は、二人共人ならざる者の不思議な存在感を伝えてくる。しかし敵意はなく、むしろ傍観者ぼうかんしゃのような言葉には全てを俯瞰ふかんするような含みをもたせていた。

 着替え終えて向き直ると、旭はひとまず二人に名乗りを上げる。


「俺の名は天原旭、そしてこいつは虎珠皇だ。拾ってもらったことには感謝している。……あんた、何者だ?」

「我輩はアトゥ、古き神々の一柱いっちゅう……まあ、居候いそうろうみたいなものよん?」

われの名はリリス、まつろわぬときの放浪者じゃ」

「……歩駆アルクの奴は無事か? あんた等、歩駆の仲間なんだよな」


 真道歩駆シンドウアルクはあのあと、あまりに衝撃的なことが続いたせいか倒れてしまった。そこにきてドリル獣が大量に湧き出た中、助けてくれたのがリジャスト・グリッターズという訳である。

 一緒にいた神塚美央カミヅカミオ達、アーマーローグの面々は自ら陽動を買って出てくれた。

 あえてドリル獣の群れに飛び込み突っ切る形で、分かれて敵の大半をひきつけてくれたのだ。彼女達が無事ならばと思うし、そう簡単にやられるタマではないと信じている。


「あのドリル獣は……全て、俺の街の人間だ。人間、だった。だから……俺がほうむってやるしかなかった」


 握った拳の中にはまだ、圧縮された悔しさだけが感じられる。

 生まれてこの方、ずっと暮らしてきた街。毎日鉱山で汗を流し、家族や友と過ごした街だった。外の世界の話は入ってこないが、外に憧れながらも故郷を愛していたのだと気付かされる。

 その全てが、暴虐的ぼうぎゃくてきな悪意に奪われた。

 今でも、非道の限りを尽くされた家族の姿が目に焼き付いている。

 そんな旭に不思議と、リリスと名乗った少女の声が優しくなった。


「それもまた、因果……ならばどうする? 天原旭よ。お主の因果はねじれながらとがり、さらなる宿命へと集束しつつある。もはやありきたりな人の幸せなど望めまい」

「うわ、リリス……我輩、ドン引き。それ、言っちゃう? 教えちゃう?」

茶化ちゃかすでない、アトゥ。……どうじゃ、天原旭。今ならまだ引き返せるがのう? 隠者いんじゃとなって俗世ぞくせを離れ、静かに暮らす生き方もあろう」


 漠然ばくぜんとした話で、あまりピンとこない。

 だが、見えない何かが旭に囁く。心の奥底から、静かに呼びかけてくるのだ。

 戦え、戦えと。

 運命にあらがい、この世のことわりを破壊せんとする存在を穿孔せんこうせよと響いてくる。

 それは祈りのような声となって、今も確かに聴こえていた。


「……世捨て人は性に合わねぇ。俺はまず、きっちり落とし前を付けさせてやる。俺達を見捨てたゲルバニアンと……故郷を地獄に変えた連中にな」


 ふむ、とうなったリリスが笑った。

 そして、アトゥも笑顔を向ける。

 不思議と少女達は、憐憫れんびんにも見たかなしげな瞳で笑って、そして祝福してくれた。

 そうこうしていると、騒がしさの中でこちらに男達が歩いてくる。オイルと火薬の臭いに満ちた中、行き交う声と音との中で近付いてくる。

 中央の壮年そうねんの男は、厳しい表情を引き締め手を伸べてきた。


「私はこの超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたいリジャスト・グリッターズの指揮官、東堂清次郎トウドウセイジロウです。歩駆君の救出と保護、感謝の言葉もありません」

「あんたがここのあたまか……なに、あいつが生き残ったのはあいつの力だ。俺はちょいと手を引いただけに過ぎねえよ」

「だが、彼には闇夜の月にも見えただろう。月明かりがなくば、人は容易に夜道で迷ってしまう」

「……歩駆は無事なんだな?」

「よく眠っているよ。本当にありがとう、彼は私達の大事な仲間だ」


 旭は清次郎と握手を交わす。

 どんな人物かはわからないが、触れて手と手を交えた瞬間に感じた。

 嘘のない人間、そして組織を背負う責任に向き合っている人間だと。そういう男は信じられる、それは旭の経験則だ。どんな場所でも、自分の責任を全うする覚悟を持った男は強い。

 清次郎の背後には、エークス軍の軍服を来た目付きの鋭い男。そして、身を揺する巨漢がひかえていた。清次郎はすぐに、二人を旭に紹介してくれる。


「彼等は私達の協力者だ。機動部隊の現場での指揮を執ってくれる、バルト・イワンド大尉。そして、先程合流した宇頭芽彰吾ウズメショウゴ君だ」


 旭は二人とも握手を交わす。

 バルトには鋭いナイフのような感触があって、その刃を律する鋼の精神力をも伝えてくる。生粋きっすいの軍人という雰囲気だが、故郷の鉱山都市に駐留していたゲルバニアンの軍人とは雰囲気が異なる。常在戦場じょうざいせんじょうという言葉を思い出した。

 そして、彰吾と握手を交わした瞬間、絶句する程の衝撃が旭を襲った。


(なん、だ……? 今、何かが……この男、こいつぁ)


 それは一瞬だった。

 永遠にも思えた刹那せつな、旭の脳裏を無数のヴィジョンがよぎる。

 そして、あっという間に現在の時間軸へと意識が戻った。

 その間、わずか一秒にも満たぬ瞬間である。

 だが、旭の手を握る彰吾もニヤリと笑った。


「奇妙な"えにし"があるようね? アタシ達」

「の、ようだな。それで? その、超法規的独立部隊とやらが、どうしてエークスとゲルバニアンのにらみ合う戦場にいる。何が目的だ」


 その当然の問に、清次郎は真っ直ぐ目を見て答えてくれた。

 だが、最初は言われたことがよくわからず、旭は同じ質問を繰り返してしまう。


「理解しがたいかもしれない、旭君……もう一度言おう。我々の多くは、。その名を、惑星"アール"という」

「おいおい、本当かよ……もう一つの地球? ってことは」

「そう、この地球は惑星"ジェイ"と呼称されている。小さな地球と大きな地球、二つの地球がこの宇宙には存在するのだ」


 突然大きなスケールの話をされて、旭は困惑した。

 だが、バルトが手短に概要を説明し、かいつまんで端的に話してくれる。


「我々は現在、はぐれた仲間を捜索しながら地球の敵と戦っている。二つの地球、双方を狙う脅威があり……さらには、二つの地球を生み出した者達の末裔まつえいが暗躍している」

「なるほどねえ……どうやら嘘じゃねえようだな、その目は」

「残念だが、今の我々にジョークで笑っている余裕はない。現在、探している仲間の最後の一人を救出すべく行動している。……大事な……大切な……仲間だ。今、形ばかりの軍法会議にかけられ、銃殺刑を迫られている」

「穏やかな話じゃねえな、そいつぁ」

「こちらの母艦も、三番艦さんばんかん愛鷹あしたかがイレギュラーな大気圏突入から大気圏飛行用改修をしたため、再艤装さいぎそうにまだ時間がかかる。今は少しでも戦力が、人手が欲しい」


 初めてバルトの瞳に感情らしきものが宿った。

 だが、すぐにそれは消えてしまう。

 代わって彰吾が、旭が一番知りたかったことを教えてくれた。


「次はアタシよ? アンタ達を襲ったあの惨劇……あれは全て、に仕組まれたこと。鉱山都市全体を、超物質DRLを用いた人体実験の地獄へと作り変えた"連中"がいるのよ」

「……へっ、それだぜ。俺はそれが聞きたかった」

「知ってどうするのかしら? "復讐"するつもり?」

「そうでなきゃ、死んでやった奴等が浮かばれねえ。ありゃ、人の死に方じゃねえからな……きっちり落とし前をつけてやる。もう、俺にはそれしかできねえからよ」


 それだけ言って、旭は一同に背を向ける。

 再び虎珠皇で、その組織とやらを追うのだ。復讐の旅、それは破滅へと転がりおちるだけの修羅道しゅらどう……だが、それでも何かが旭にささやきかけてくる。

 因果に応報おうほうせよ、家族の無念を晴らせてと怒りを掻き立ててくるのだ。

 だが、そんな旭を引き止めたのは彰吾だった。


「復讐もいいけど、もう少し"周りみんな"を見たらどうからしら?」

「……放っといてくれ。俺は俺で好きにやる」

「放っとけ、ねえ……ふざけんじゃないわよっ! 虎珠皇を任された、虎珠皇に選ばれたなら半端は許さねえって言ってんだ! 一人で復讐ごっこがしたいなら、さっさと一人だけで出ていきなっ!」


 啖呵たんかを切った彰吾の瞳に、憎しみにとらわれた自分の顔が映っていた。

 恐らく旭の目にも、激昂げきこうに声を荒げた彰吾の顔が映り込んでいる筈。

 旭は黙って、その場に留まった。引き止めた彰吾の中に、自分と同じか、それ以上の悲しみが感じられた気がした。こうしてまた一人、リジャスト・グリッターズに戦いを宿命付けられた男が加わるのだった。

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