第86話「地底の星々、煌めいて」

 夜の鉱山街は、活気にあふれていた。

 夕食のあと、天原旭アマハラアサヒ真道歩駆シンドウアルクを連れ出し歩く。

 陽気な歌と踊りとで、あちこちで酒盛りが行われていた。その喧騒けんそうも、少し歩けば背後へと遠ざかる。巨大な地下空洞の中の街は、その外れに向かうほど勾配こうばいのきつい斜面になっていた。

 獣道けものみちを登って丘にたどりつくと、旭は脚を止めて振り返る。


「歩駆、見てみな。あれが、俺達の街……俺達の世界だ」


 言われて振り向くと、そこには意外な景色が広がっていた。

 温かな明かりが灯る、町並み。

 その上には、本来ありえないはずの夜空が広がっていた。


「す、凄い……地下なのに、星が見える」

「あれは全部、鉱石さ。DRLの他にも色んなものが掘れるからな。ただ、宝石にも資源にもならない石屑いしくずは、そのまま天井の岩盤で光ってんだ」


 満天の星空にも匹敵する、壮大な光景が広がっていた。

 高い高い天井一面に、星屑ほしくずのように光がまたたいている。

 それを旭は、石の息吹いぶきだと笑った。

 密閉された地下都市にも、見上げる夜空の星がある。それはなんだか、歩駆に不思議な感動を届けてくれた。

 そして、気付く……旭は自分をはげますために、これを見せてくれたのだと。

 そのことを素直に礼とともに伝えたら、旭はカラカラと笑った。


「よせよ、歩駆。ガラじゃねえぜ、そういうのは。ただ、もっと俺達の街を知って欲しかった……それだけさ。それと――」


 不意に、旭の視線がするどくなる。

 彼は丘の上で、今来た道の方をにらんだ。

 そこはただ、闇の中にほたるがぼんやりと光りながら飛んでいる。だが、旭の全身から闘気にも似た威圧の気配を発散していた。

 歩駆には見えない何かを、彼は見詰めて言葉を選ぶ。


「おう、そこに隠れてんの……出てこいよ。家からずっと俺等を付け回して、どういうつもりだ?」


 素直に歩駆は驚いた。

 何の気配も感じなかったし、以前にIDEALイデアルの施設で軽く訓練も受けてる。尾行されているなどとは思わなかったし、注意も払っていたつもりだった。

 だが、その時……がさりと草むらから人影が立ち上がった。


「へえ、驚いた……私の追跡に気付くなんて。まるで野獣ね」


 出てきたのは、美しい少女だ。

 しかも、その顔を星明かりの中で見て歩駆は驚く。

 それは、見知った仲で戦友だ。

 仲間だった女の子である。


美央ミオさんっ! どうしてここに?」

「ん? 何? あんたも私を知ってるの? ……ふーん、機獣無法者アーマーローグも有名になったってことかな?」

「え、いや……一緒に戦ったじゃないですか。そう、一緒に……戦って、いたんだ。俺も」

「あんたもそう言う……どういうこと? ま、いいわ。対象を確保、っと」


 無防備に神塚美央カミヅカミオが歩み寄ってくる。

 そして、歩駆を守るように旭が立ちはだかった。

 二人の眼光が交わり、ひんやりとした夜気やきに熱が篭もる。

 ぶつかり合う眼差しの距離を縮めながら、両者は同時に身構えた。

 それが互いの体術の間合いで、もう一瞬で相手に触れられる距離なのだろう。


「おっと、かわいこちゃん。俺に女の子は殴れねえ……少し説明してくれっかな?」

「その子、真道歩駆よね? 私は神塚美央、歩駆を探すよう依頼された者よ。さ、私は名乗ったわ……あんたは?」

「俺は天原旭、鉱夫だ」

「ただの穴掘り屋って感じには見えないけど」

「そうだな、しいて言えば……ってとこだな」


 一触即発いっしょくそくはつの空気だった。

 歩駆はただ、両者の間に割って入ることもできない。

 それほどまでに、緊迫感が満ちていた。

 そして、その緊張状態が突然解かれる。

 街中に突如として、サイレンの音が響き渡った。


「な、何だっ!? 旭さん、この音は!」

「……とりあえず、一時休戦だ。いいかい? かわいこちゃん」

「そうね。睨み合っててもらちがあかないわ」


 そして、街の向こうで無数のサーチライトが光を屹立きつりつさせる。

 あの方向には確か、ゲルバニアン軍の駐屯地がある筈だ。迎撃態勢に入ったようで、この距離からでも機械音が連なり響き渡った。どうやら人型機動兵器トールを出して、何かと戦うようだ。

 そう、戦いの雰囲気がビリビリと歩駆のほおを震わせる。

 そして、突然の風圧が襲った。

 上空から何かが、駆動音を響かせ降りてくる。


「エグリム! 対応早いじゃない、香奈カナ!」


 吹き荒れる嵐のような風の中、顔を手で守りつつ美央が叫ぶ。

 歩駆の頭上に、見たこともない機動兵器が現れていた。それはまるで、荒鷲あらわしのように雄々しい異形の姿だ。人型機動兵器が一般的な地球、惑星"アール"と惑星"ジェイ"では珍しい半人半獣のようなタイプである。

 そして、やはり自分の知っている美央が目の前に居ると直感でわかった。

 他ならぬ美央自身が、黒い竜の威容を誇る神牙シンガのパイロットだからだ。

 エグリムと呼ばれた機体のコクピットが解放される。


「美央さん! 大変です、妙なバケモノが街に」

「ゲルバニアンはそれと?」

「今、駐屯地でスクランブルが……でも、全く対応できていないみたいで。飛鳥アスカさんがそっちには、アーマイラで出ました」

「飛鳥の腕なら5分や10分は余裕で稼げるわね。オッケー、こっちも対象を――」


 その時だった。

 立つのもやっとな暴風の中で、旭が走り出した。

 恐るべき胆力たんりょくである。


「ちょっと、あんた! 待ちなさいよ!」

「こうしちゃいられねえ! 俺には家が、家族があんだ! ……歩駆を頼めるか、かわいこちゃん」

「そりゃ、仕事だからいいけど……私を信用するの?」

「当たり前のこと聞くなよ、目を見りゃわかる。じゃあな、歩駆! お前はこんな場所で終わる男じゃねえ……何があったか聞かねえが、誰にだって何かはあるさ」


 それだけ言って、一度だけ旭は振り向く。

 歩駆を見て力強くうなずくと、彼は走り去った。

 呆然ぼうぜんと立つ歩駆の元へ、美央が駆け寄ってくる。


「私達も行くわよ、まずいことになったわ」

「その、謎のバケモノって……イジンとか黄泉獣ヨモツジュウ神話生物しんわせいぶつじゃ」

「なら、対処も容易たやすいけどね。急いで、嫌な予感がする」


 歩駆の手首を、躊躇ちゅうちょなく美央が握る。

 だが、歩駆は一緒に走り出せなかった。

 脚が大地に根を張ったように、その場から動き出せない。


「ちょっと、何? ……あんた、震えてるじゃない」

「お、俺は……もう、戦えない。ゴーアルターも失って、ヒーローには……なれない」

「あんたがそう言うなら、そうかもね。そこは私の仕事の範疇はんちゅうじゃないし。でもね、さっきあの旭って男が言ったでしょ?」


 美央の言葉は、とても強くて、そして凛々りりしかった。

 しっかりと歩駆の目を見て、自分でも噛みしめるように言葉をつむぐ。

 思わず歩駆は、星空のような美央のひとみから目を逸した。


「何があったかは、私も知らない。何かがあったとしかね。そして、この先にもずっと何かしらがある。あんた、進むの? それともここで終わりにする?」

「ちょっと、美央さん!」

「ごめん、香奈は黙ってて……どうするの、真道歩駆」


 歩駆の耳に、遠くから爆発音が響いてくる。

 そして、その紅蓮ぐれんの炎が燃え盛る臭いが届いた。鉄と人とが焼かれる臭いだ。そして、悲鳴と絶叫も響いてくる。

 その中へと、旭は行ってしまった。

 大事な家族を守るために。

 だが、歩駆は歩くことも、駆け出すこともできない。自分の感情が激発して、その沸点を超えた怒りがゴーアルターを変えてしまった。そして、そのまま憎しみに身を任せて戦った挙句……全てを失い、この街に連れてこられたのだ。

 恐怖に振るえる身体は冷え切って、美央の握ってくれる手首だけが温かい。


「歩駆、あんあたのことは資料で見させてもらったわ。exSVエクスサーヴァントのゴーアルター、そのパイロット。ヒーローになれない? !」

「まだ、なれてない……?」

「最初から何でもホイホイできりゃ、世話ないわ。ただ、はっきりしてることは一つよ……ここでやめたら、本当にヒーローにも、何者にもなれないわ。続けるなら、あとはあんた次第」


 美央の瞳が光を増す。

 その強さが、不思議と自分を支えてくれる気がした。

 いつもの美央なのに、まるで初めて会うかのような違和感はまだある。

 だが、歩駆はしっかりと今の正直な言葉を口にすることができた。


「俺は……怖い。けど、あの街には……お世話になった人達が、いるんだ」

「そうね。誰だって怖いわ。私だって。でも、怖いだけで終われない、それだけの理由があるでしょ?」

「……ああ!」

「決まりね。香奈! 私達をピックアップしてくれる? 神牙も出すわ!」


 ゆっくりと伸べられたエグリムの手へと、軽やかな足取りで美央が飛び乗る。そして、振り向き伸べてくる手を、迷わず歩駆も握った。

 香奈と呼ばれた女性は、繊細せんさいな操作で二人を胸にいだくように保持する。

 上昇し始めたエグリムにかかえられて、歩駆は見た。

 街が火の海になる中で、炎に異形の影が揺れている。

 それは今、ゲルバニアン軍のトールを歯牙しがにもかけず蹴散らしながら、破壊の限りを尽くしているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る