第84話「戦いへと続くシルクロード」

 ユーラシア北部、ゲルバニアン領。

 ウラル山脈を遥か彼方に望む、広大なステップ地方が広がっていた。見渡す限りの大自然は今、静かに冬へ向かう中で静まり返っている。

 どこまでも続く地平線を振り返って、神塚美央カミヅカミオは目を細めた。

 日本を出てこの一週間、大陸奥地へと続いた旅。

 その一つの終着点へと、彼女達は辿り着いた。


光咲一等陸士コウサキいっとうりくし、こいつぁ……間違いなさそうだ、だがこの姿は何だ?」

「一等陸士は余計です。それと、香奈カナで結構ですので……私も流郷リュウゴウ一等陸士のことは飛鳥アスカさんと呼びますので」

「ンだよ、くすぐってえな。で? 例のヤングエリートは何をやってんだ?」

優里ユウリさんはエークス側で後方支援してくれてます。現地ガイドも紹介してくれたじゃないですか」


 美央の頼れる仲間……かどうかは、これからわかる。二人の名は、光咲香奈コウサキカナ流郷飛鳥リュウゴウアスカ。共に陸上自衛隊の一等陸士だ。美央は今回の依頼を引き受けるにあたって、所属する軍産複合体キサラギの助けを借りた。それで紹介されたのがこの二人と、ヤングエリートこと黒瀬優里二尉クロセユウリにいだ。

 彼女達がライトスタッフだということは、美央も感じている。

 書類や数値では計り知れない実力を、文字通り直感で読み取っていた。

 そして、この三人の腕を確かめるような事態にはなって欲しくない。

 荘厳な景色に別れを告げて、美央は仲間達へと向き直った。


「周囲には敵影ナシ、と。で……これが例のゴーアルターってことかな?」


 目の前に今、巨大な鉄塊てっかいがある。

 それは、身を丸めて膝を抱えたゴーアルター、だった何かだ。

 美央達がIDEALイデアルから調査の依頼を引き受け、このユーラシア大陸で探していた機体である。だが、変わり果てたその姿には言葉を失った。

 一緒に見上げる香奈が小さくつぶやく。


「まるで……さなぎみたい」


 言い得て妙だ。

 ちょうの幼虫は皆、美しい羽根を広げるために蛹になる。その中で自分を再構成するのだ。もしこれがそうした蛹と同義の形態なら……かつてゴーアルターだったモノはどのような変化を辿るのだろう?

 人をよそおう神のうつわには、何が満たされるのか。

 だが、それは美央にはわからないし、今は考える時ではない。

 計測器を手に周囲を一周してきた飛鳥が、小走りで戻ってきた。


「姐さん、中に生体反応はねえぜ。例のガキ、真道歩駆シンドウアルクは見当たらない」

「そう……何処へ?」

「さあな。ただ、ここから更に奥に行ったか……それとも、連れてかれたか」


 飛鳥は彼なりの初見と推論を話してくれた。

 最初に会った時は、もっと直情的で突進ばかりの自爆タイプに見えた。だが、この青年はそうした勢いに長けた反面、時折鋭い洞察力を見せる。その上で普段は、割りと本気で馬鹿じゃないかと思うような言動で馴染んでいた。

 要するに、馬鹿は馬鹿でも使える馬鹿で、馬鹿にしていい人間ではない。

 それは能力云々以前に、彼の性格と人格に触れてわかったことだ。


「向こうに軍用車両の走り去った痕跡こんせきがある。タイヤのあとから、8台から10台の大型車両だな。それがもし兵員輸送用なら、ざっと一個中隊規模のゲルバニアン兵がここいらをうろうろしてたことになる」

「ゴーアルターはどうして放置していったのかな」

「トレーラーの中のアレで動かしてみるか? 姐さんの神牙しんがでも、ちょっと無理だと思うがよ。ざっと磁気反応や電磁波パルス、その他もろもろを調べて面白いことがわかった」


 飛鳥は、隣で見直したと言わんばかりに見上げる香奈を遠ざける。

 そうして、手に持つ計測器の数値を見ながら話を続けた。


「IDEALから提供されたデータよりも、何十倍も質量がデケェ。こりゃ、この場を動かすにしたって艦船用のパワークレーンとドックが必要になる」

「要するに、重くて運び出せなかったってこと?」

「ああ。んで、持ち帰れねえならと破壊を試みた訳だ。調べたら、大量の高性能火薬が発火した痕跡があった。だが、傷一つついちゃいない」


 確かに、かつてゴーアルターだった物体の装甲表面は鏡のようだ。

 近付けば、美央の美貌びぼうゆがんで映り込む。

 手で触れるとわずかに温かく、まるで鼓動を拾うような錯覚さえ覚えた。

 ゴーアルターは壊れた訳ではないようだ。

 そして、破壊を試みても壊せなかったという。

 見かねた香奈が、そっと手でコンコンと叩く。まるでノックをするような音が、妙に甲高く響いた。ゴーアルターは今、現状の科学や物理法則を無視した存在となって眠っている。この大きさで想像不可能な質量の塊となって、己を閉ざしてしまったのだ。


「何の反応もないですね……美央さん、どうします?」

「ここから去った軍の車両を追うか? だが、そんなことをすりゃ……大事おおごとになる。姐さん、ゲルバニアンともエークスとも、戦闘はなるべく避けるんだよな?」


 飛鳥の言葉に美央は首肯しゅこうを返す。

 そして、自分達が乗ってきた大型のトレーラーを振り返った。

 三台の大型車両はそれぞれ、偽装した貨物の中に三人の愛機をひそませている。エークス軍のさるお方からの根回しで、フリーパスで持ち込まれたものだ。そして、ゲルバニアンへの緊張した国境線も楽に超えられた。

 仲間が手配してくれた優秀な現地ガイドが、防衛ラインの抜け道を知っていたのである。

 その人物は先頭のトレーラーから降りると、巨体を揺すって歩いてくる。


「調査の方は進んでるかしらん? ……少し嫌な"風"が吹いてきたわね」


 彼は――そう、言動とは裏腹に男性である――恰幅かっぷくのいい体躯たいくで近付いてきた。くま刺繍ししゅうが背に入ったツナギを着ている。身を揺するように歩く男の名は、宇頭芽彰吾ウズメショウゴ。仲間の優里が見つけてくれた、土地勘のある現地ガイドだ。

 だが、美央は革ジャンのポケットに両手を突っ込み、彰吾に振り返った。

 どこか気が許せない、野獣のようなギラつきをいつも感じる。

 そして、彰吾もまた美央を見下ろし鼻を鳴らした。


「いつもそういう"目"でアタシを見るのね。美央ちゃん、だったかしら」

「あんたの腕は信用してるし、水先案内人として信頼できると思ってる。でも、隠し事をされてると気持ちがいいものじゃないわ」

「あら、お互い様だと思わない?」

「……それもそうね」


 美央はそっと右手を伸ばし、自分達が乗ってきたトレーラーを指差す。


「あの中には私達のアーマーギア……ううん、が隠されてる。貨物に偽装してあるけど、一騎当千の戦闘マシーンよ」

「お、おいっ! 姐さんっ!」

「ちょっと、美央さん!」


 飛鳥と香奈が血相を変えたが、美央は構わず話し続ける。

 別段驚いた様子もなく、彰吾は片眉を跳ね上げ先をうながした。


「私達は日本のIDEALから密命を受けて派遣されたエージェントよ。一応、所属はキサラギコーポレーションってことになってる」

「キサラギ……知ってるわ、日本の兵器会社、"武器商人"ってやつね」

「ええ。そしてアーマーギアが人の姿を模したものなら……アーマーローグは人を超えた獣の姿を極めた戦闘兵器。その建造目的は、


 イジンとは、昨今日本を始めとする世界各国で暴れる、正体不明の怪物のことである。特に日本近辺で出現例が多く、今は黄泉獣よもつじゅう模造獣イミテイター、神話生物などとも群をなして大挙することもあった。

 そして、そのイジンの正体を美央は知っている。

 アーマーギアを作るために月面から採掘された、アルファ鉱石が原因だ。そして、この応用性に溢れた万能鉱石は、大量に掘るために酷使されたルナリアンを生み出し、ルナリア王国の建国と独立戦争を生んだ。

 そのことも話したが、彰吾は腕組み黙って聞いて……ようやく口を開く。


「そう……美央ちゃん、"背負って"るのね」

「まあね」

「それがわかるから、何も聞かないけど……ここから先は危険な旅になるわよ? この先に、ゲルバニアン軍の前線基地がある。を守るための要塞都市ようさいとしよ」

「あるもの? それは」

「地下採掘場。エークスとゲルバニアンが奪い合う、"DRL"の巨大な鉱脈があんのよ。DRLの有用性と貴重さはわかるわよねえ? 日本人なんですもの」


 二つの超大国を長期に渡って戦争状態で戦わせている原因……それは一説には、地下資源を巡る争いだと言われていた。その真相を美央は、彰吾の口から知らされたのだ。

 そして、彼はさらに遠くを見据みすえて風の中にえりを立てつつ、さらりと言い放つ。


「今ならまだ日本に戻れるわ……後悔しても遅いもの。覚悟がないなら"帰ん"なさいよ」

「帰る? 私達が? あんたはどうするのさ」

「アタシは……行かなきゃいけない。丁度アシを探してたの。羽振りがよくて、事情もあって、トラブルも実力で排除できそうな人をね。こんな"可愛い"子達になるとは思わなかったわ」

「なるほど、私達を利用した訳ね」

「お互い様よ。それで? 今ならまだ引き返せるわ。どうするの?」


 美央は飛鳥と香奈を一度振り返る。

 そして、確認を取ろうとしたその時だった。

 二人は互いに競うように迫って声を張り上げる。


「おいおい姐さん! 俺達に帰れって言うんじゃねえだろうな」

「美央さん、ここまできたら一蓮托生いちれんたくしょうです。それに、危険へ飛び込むからこそ……仲間がいたほうが絶対にいい筈。飛鳥さんは兎も角、私は足を引っ張ったりしません!」

「あっ、香奈手前てめぇ! 何だその言いぐさは!」

「それはこっちの台詞せりふです! なんですか、こんな綺麗な子を捕まえて姐さんって」

「姐さんは姐さんだ! 姐さん本人がいいって言ってんだ、それに……かっ、かか、格好いいだろ」

「センス最悪です」

「なんだとコラァ!」


 あっという間に香奈が逃げ出し、両手をあげて飛鳥がそれを追う。

 それを見送り、改めて美央は彰吾を真っ直ぐ見据みすえた。

 彰吾も、すでに言葉での返答を求める顔ではなかった。


「このまま進むよ……皆で。引き続き、案内をお願いできますか? 彰吾さん」

「わかったわ。ふふ、いい"仲間"じゃないの。じゃ、行くわよ! 美央の姐さんとやら!」

「そ、それっ! ……結構、恥ずかしいんですけど」

「あらぁ、いいお顔。ちゃんとできるじゃない。女の子の顔。じゃ、乗って。少し飛ばすわよ……急いでも丸一にとちょっと掛かるし、途中からは歩いての潜入になるわ」


 彰吾に続いて、美央もトレーラーへと向かう。

 大陸のかわいた風は今、美央が向かう先へと吹き抜けてゆく……飛鳥と香奈がトレーラーへ別れる声だけが、いつまでも聴こえていた。

 そして四人の男女は超大国同士が奪い合って隠し合う、大いなる謎へと進み始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る