第84話「戦いへと続くシルクロード」
ユーラシア北部、ゲルバニアン領。
ウラル山脈を遥か彼方に望む、広大なステップ地方が広がっていた。見渡す限りの大自然は今、静かに冬へ向かう中で静まり返っている。
どこまでも続く地平線を振り返って、
日本を出てこの一週間、大陸奥地へと続いた旅。
その一つの終着点へと、彼女達は辿り着いた。
「
「一等陸士は余計です。それと、
「ンだよ、くすぐってえな。で? 例のヤングエリートは何をやってんだ?」
「
美央の頼れる仲間……かどうかは、これからわかる。二人の名は、
彼女達がライトスタッフだということは、美央も感じている。
書類や数値では計り知れない実力を、文字通り直感で読み取っていた。
そして、この三人の腕を確かめるような事態にはなって欲しくない。
荘厳な景色に別れを告げて、美央は仲間達へと向き直った。
「周囲には敵影ナシ、と。で……これが例のゴーアルターってことかな?」
目の前に今、巨大な
それは、身を丸めて膝を抱えたゴーアルター、だった何かだ。
美央達が
一緒に見上げる香奈が小さく
「まるで……
言い得て妙だ。
人を
だが、それは美央にはわからないし、今は考える時ではない。
計測器を手に周囲を一周してきた飛鳥が、小走りで戻ってきた。
「姐さん、中に生体反応はねえぜ。例のガキ、
「そう……何処へ?」
「さあな。ただ、ここから更に奥に行ったか……それとも、連れてかれたか」
飛鳥は彼なりの初見と推論を話してくれた。
最初に会った時は、もっと直情的で突進ばかりの自爆タイプに見えた。だが、この青年はそうした勢いに長けた反面、時折鋭い洞察力を見せる。その上で普段は、割りと本気で馬鹿じゃないかと思うような言動で馴染んでいた。
要するに、馬鹿は馬鹿でも使える馬鹿で、馬鹿にしていい人間ではない。
それは能力云々以前に、彼の性格と人格に触れてわかったことだ。
「向こうに軍用車両の走り去った
「ゴーアルターはどうして放置していったのかな」
「トレーラーの中のアレで動かしてみるか? 姐さんの
飛鳥は、隣で見直したと言わんばかりに見上げる香奈を遠ざける。
そうして、手に持つ計測器の数値を見ながら話を続けた。
「IDEALから提供されたデータよりも、何十倍も質量がデケェ。こりゃ、この場を動かすにしたって艦船用のパワークレーンとドックが必要になる」
「要するに、重くて運び出せなかったってこと?」
「ああ。んで、持ち帰れねえならと破壊を試みた訳だ。調べたら、大量の高性能火薬が発火した痕跡があった。だが、傷一つついちゃいない」
確かに、かつてゴーアルターだった物体の装甲表面は鏡のようだ。
近付けば、美央の
手で触れるとわずかに温かく、まるで鼓動を拾うような錯覚さえ覚えた。
ゴーアルターは壊れた訳ではないようだ。
そして、破壊を試みても壊せなかったという。
見かねた香奈が、そっと手でコンコンと叩く。まるでノックをするような音が、妙に甲高く響いた。ゴーアルターは今、現状の科学や物理法則を無視した存在となって眠っている。この大きさで想像不可能な質量の塊となって、己を閉ざしてしまったのだ。
「何の反応もないですね……美央さん、どうします?」
「ここから去った軍の車両を追うか? だが、そんなことをすりゃ……
飛鳥の言葉に美央は
そして、自分達が乗ってきた大型のトレーラーを振り返った。
三台の大型車両はそれぞれ、偽装した貨物の中に三人の愛機を
仲間が手配してくれた優秀な現地ガイドが、防衛ラインの抜け道を知っていたのである。
その人物は先頭のトレーラーから降りると、巨体を揺すって歩いてくる。
「調査の方は進んでるかしらん? ……少し嫌な"風"が吹いてきたわね」
彼は――そう、言動とは裏腹に男性である――
だが、美央は革ジャンのポケットに両手を突っ込み、彰吾に振り返った。
どこか気が許せない、野獣のようなギラつきをいつも感じる。
そして、彰吾もまた美央を見下ろし鼻を鳴らした。
「いつもそういう"目"でアタシを見るのね。美央ちゃん、だったかしら」
「あんたの腕は信用してるし、水先案内人として信頼できると思ってる。でも、隠し事をされてると気持ちがいいものじゃないわ」
「あら、お互い様だと思わない?」
「……それもそうね」
美央はそっと右手を伸ばし、自分達が乗ってきたトレーラーを指差す。
「あの中には私達のアーマーギア……ううん、アーマーローグが隠されてる。貨物に偽装してあるけど、一騎当千の戦闘マシーンよ」
「お、おいっ! 姐さんっ!」
「ちょっと、美央さん!」
飛鳥と香奈が血相を変えたが、美央は構わず話し続ける。
別段驚いた様子もなく、彰吾は片眉を跳ね上げ先を
「私達は日本のIDEALから密命を受けて派遣されたエージェントよ。一応、所属はキサラギコーポレーションってことになってる」
「キサラギ……知ってるわ、日本の兵器会社、"武器商人"ってやつね」
「ええ。そしてアーマーギアが人の姿を模したものなら……アーマーローグは人を超えた獣の姿を極めた戦闘兵器。その建造目的は、イジンを殲滅すること」
イジンとは、昨今日本を始めとする世界各国で暴れる、正体不明の怪物のことである。特に日本近辺で出現例が多く、今は
そして、そのイジンの正体を美央は知っている。
アーマーギアを作るために月面から採掘された、アルファ鉱石が原因だ。そして、この応用性に溢れた万能鉱石は、大量に掘るために酷使されたルナリアンを生み出し、ルナリア王国の建国と独立戦争を生んだ。
そのことも話したが、彰吾は腕組み黙って聞いて……ようやく口を開く。
「そう……美央ちゃん、"背負って"るのね」
「まあね」
「それがわかるから、何も聞かないけど……ここから先は危険な旅になるわよ? この先に、ゲルバニアン軍の前線基地がある。あるものを守るための
「あるもの? それは」
「地下採掘場。エークスとゲルバニアンが奪い合う、"DRL"の巨大な鉱脈があんのよ。DRLの有用性と貴重さはわかるわよねえ? 日本人なんですもの」
二つの超大国を長期に渡って戦争状態で戦わせている原因……それは一説には、地下資源を巡る争いだと言われていた。その真相を美央は、彰吾の口から知らされたのだ。
そして、彼はさらに遠くを
「今ならまだ日本に戻れるわ……後悔しても遅いもの。覚悟がないなら"帰ん"なさいよ」
「帰る? 私達が? あんたはどうするのさ」
「アタシは……行かなきゃいけない。丁度アシを探してたの。羽振りがよくて、事情もあって、トラブルも実力で排除できそうな人をね。こんな"可愛い"子達になるとは思わなかったわ」
「なるほど、私達を利用した訳ね」
「お互い様よ。それで? 今ならまだ引き返せるわ。どうするの?」
美央は飛鳥と香奈を一度振り返る。
そして、確認を取ろうとしたその時だった。
二人は互いに競うように迫って声を張り上げる。
「おいおい姐さん! 俺達に帰れって言うんじゃねえだろうな」
「美央さん、ここまできたら
「あっ、香奈
「それはこっちの
「姐さんは姐さんだ! 姐さん本人がいいって言ってんだ、それに……かっ、かか、格好いいだろ」
「センス最悪です」
「なんだとコラァ!」
あっという間に香奈が逃げ出し、両手をあげて飛鳥がそれを追う。
それを見送り、改めて美央は彰吾を真っ直ぐ
彰吾も、
「このまま進むよ……皆で。引き続き、案内をお願いできますか? 彰吾さん」
「わかったわ。ふふ、いい"仲間"じゃないの。じゃ、行くわよ! 美央の姐さんとやら!」
「そ、それっ! ……結構、恥ずかしいんですけど」
「あらぁ、いいお顔。ちゃんとできるじゃない。女の子の顔。じゃ、乗って。少し飛ばすわよ……急いでも丸一にとちょっと掛かるし、途中からは歩いての潜入になるわ」
彰吾に続いて、美央もトレーラーへと向かう。
大陸の
そして四人の男女は超大国同士が奪い合って隠し合う、大いなる謎へと進み始めた。
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