第77話「混沌への再臨」

 地球の引力を振り切る、強力な加速。

 外付けのブースターを装着したエヴォルツィーネが、羽根はねを広げて宇宙そらへと舞い上がった。そのコクピットの中で、羽々薙星華ハバナギセイカは歯を食いしばる。愛機の動きを全身で制御するため、包帯だらけの彼女は球形の全天スクリーンに囲まれていた。

 周囲には、痛み止め等の投薬をする点滴てんてきが無数にぶら下がっている。

 エヴォルツィーネの前へと飛び出た僚機が、ブースターをパージして星の海へ飛び出した。それはライト・ジンのスカイブレイと、変形したブレイだった。


『大気圏を離脱した、ライト。すでに戦いは始まっている! こちらで〝オーラム〟とアイリス・プロトファイブの反応をキャッチ。スザクチーム、合流する!』

『セイリュウチームはヘルパーズに任せてある……大丈夫さ。オッケー、ブレイ。それと、お客さん達を落とさないようにな。飛ばしていくぞっ!』


 二機の機影が、爆発が咲き乱れる宙域へ加速する。

 すぐ背後を追う星華のエヴォルツィーネ。

 ライトとブレイの機体は、背に数機の仲間達を乗せている。勇者の翼として鍛えられた飛行形態の推力は、そのままサブフライトシステムとして仲間達を乗せて地球を飛び立った。

 目的はただ一つ……戦闘の集束と、佐々総介サッサソウスケの野望の阻止である。

 星華も荒い呼吸をきざみながら、周囲の暗闇に目を凝らす。そこかしこで爆発の炎がまたたいて、その中で生命いのちが消えてゆく。宇宙の戦場は、冷たい真空で死を連鎖させ続けていた。


「この宙域のどこかに……エヴォルツィーネ、見つけるんです! 悪い人、必ずいます!」


 レーダーは今、無数の敵意をとらえた光点で埋め尽くされている。

 立っているのもやっとの星華は、必死で周囲に目を凝らした。

 ミスリルの声がスカイブレイの背から走ったのは、そんな時だった。


『……見つけた、魔素まそよどみ。僕が行ってやる、行ってやるからな。だから、なにやってんですよ、シファナッ!』


 ミスリルのベネルが、虚空こくうへと跳躍ちょうやくする。気密処理は万全だが、推進系には申し訳程度の改修しかほどこされていないはず……IDEALイデアルで生まれ変わったベネルは、器用に宇宙の波間を泳ぎ出した。

 その先で、不意に空間がゆがんでひずみが広がる。

 星華も他の者同様に目を見張った。

 飛猷流狼トバカリルロウ佐々佐助サッササスケも、口々に驚きを叫ぶ。


『待つんだ、ミスリル! 一人で飛び出しては危険だ!』

『あそこに魔力が渦巻いてる……出るぞ!』


 宇宙が色を失ってゆく。

 白と黒の世界が広がり、それを象徴するモノクロームの双子星ジェミニが輝いた。

 それは、スメルの姫巫女ひめみこまつるジェネス。そして、対なる闇の神輿みこしシエルだ。二機はまるで十字架にはりつけにされた殉教者じゅんきょうしゃのように、両腕を広げて浮かんでいる。

 その間に、生身の人間が静かに微笑ほほえんでいた。


『……来たか、佐助。お友達も一緒だね? ようこそ、復活の日へ』


 ――魔人、佐々総介。

 一連の事件を影で操り暗躍する、謎の男。マモルやミスリルの話では、暗黒大陸を流離さすらう前後からずっと、リジャスト・グリッターズの行く手をさえぎっていたらしい。その目的は、謎に包まれている。

 だが、一つだけはっきりしていることがあって、それを星華の仲間達は共有していた。

 彼は大事な仲間を拉致らちし、なにかしらの儀式を行おうとしている。

 その阻止と仲間の奪還は、誰もが望む共通の願いだった。

 佐助もケイオスハウルをブレイの背から飛び立たせる。


『父さん! いったいなにを……今すぐ二人を解放してくれ! 俺は、わからない……説明してくれよ、父さんっ!』

『佐助、これは必要なことなんだ。今、陰陽いんようつかさど神楽かぐらがそろった。ジェネスとシエルは、内に秘めたる高貴な血をにえとし……神話の世界を再臨させるだろう』

『そんなことを聞いているんじゃないっ! どうして、なんでっ!』

『恐れる必要はない……また家族全員で仲良く暮らそう、佐助。僕が求める愛もまた、お前に与えられる愛を呼ぶ。愛とはすなわち、与えることで得られる概念の結実』


 話が噛み合っていないまま、総介は両手を広げる。

 この宇宙空間で、スーツのたぐいは着ていない。それなのに、まるで見えない中空の大地を踏みしめるように……総介は歩み寄ってくる。

 彼の左右を固める二機の操御人形そうぎょにんぎょうは、瞳に力がない。

 そして、考えるよりも先に行動を選ぶ少年がいた。


『シファナッ! 今すぐ引きずり下ろして、言ってやる! ああ、言ってやるぞ! 僕は……俺はっ、お前みたいなのは放っとけないってさ!』


 ミスリルのベネルが、手にしたさすまたを構えて突進する。

 だが、視線でその覇気を受け止めた総介は、まるで楽団を指揮するマエストロのように手を振り上げた。そして、闘争音楽シンフォニーが奏でられる。旋律が戦慄を呼んで、次の瞬間ミスリルの悲鳴がソロパートを歌い上げた。

 ジェネスとシエルからほとばしる光が、ベネルを飲み込み塗り潰していった。


『くっ、ライト! ブレイも! 君はユウとアキラに合流してくれ。俺は……やってみるさ!』

『わかった、流狼。それと、佐助。無茶はするなよ。必ずチャンスは巡ってくるからな!』


 先行して活路を切り開く仲間のため、二人の勇者が飛び去る。

 それを追う素振りを見せなかったが、総介は陶酔感とうすいかんみなぎるままに戦争を煽動し始めた。名も無き交響曲は今、星華達を圧するプレッシャーとなって真空に満ちてゆく。

 大破したベネルは、それでもジェネスに手を伸べていた。

 そして、信じられない光景に星華は目を見張った。


『待ってろ、シファナ! ってでも、目を覚まさせる』

「ま、待って、ミスリル君っ! 宇宙っていうのはね、空気が――えと、目をつぶって! ギュムーってつぶって!」


 誰もが絶句する中、総介だけが姿なきオーケストラの高まりを振り回す。

 ミスリルはベネルのコクピットを這い出ると……。勿論、生身で。そして、彼には総介のような超常の力はない。ただの人間……極寒の宇宙では数分と持たずに血液が沸騰ふっとうして、助ける手立てもなく死んでしまう。

 だが、ジェネスの中心へとただよってゆく彼の先で……奇跡が起きた。

 星華が瞬時に叫んだ声が、そのまま奇跡という名の結果を表現したのだ。


「シファナちゃんっ、ミスリル君だよっ! ミスリル君なんだよ、その子! 抱き留めて!」


 その時、音もなくジェネスのハッチが開いた。

 そして、ミスリルを吸い込み再び閉じられる。

 次の瞬間、総介の指揮が乱れた。周囲で誰もが感じていた悲劇のオペラが、あっという間に遠ざかる。

 うつむき十字をかたどっていたジェネスが、瞳に光を走らせた。

 それは、男の拳が振りかぶられたのと同時だった。

 流狼のアカグマが火の玉のように加速して飛び出す。


『ミスリル、やったんだな? なら、次は俺だ! 仲間は返してもらいます、佐助のお父さん!』

『飛猷流狼君、だったね。その拳でなにがつかめるのかな? 神が握った創生の拳さえ操る、その手で……なにが』

『握ったその手に、拳はいつでも全てを掴んでいるっ! 大事で、大切で、そういう全てを!』


 総介を守るように、横へとスライドしたシエルが盾になる。広げた黒い全身から、目に見える程に強力な波動が広がった。

 アカグマのいかつい拳が、漆黒の装甲の前でピタリと押し留められる。

 だが、流狼は拮抗きっこうする力と力の中……もう片方の左拳を天へと振り上げた。

 そして、彼の頼れる相棒が小さく叫ぶ。


『マスター、同調したヨ! 空間固定、次元境界線じげんきょうかいせん歪曲率わいきょくりつ……イイネ! でも、こういうことはこれっきりにしてヨ? 無茶すると本体の修復が遅れちゃうからネ!』

『わかった、アルッ! ――おおおっ! その手で掴めっ、拳で握れッ! アルカッ、シィィィィドォォォォォッ!』


 星華は目撃した。

 あの総介の顔に、焦りの表情が浮かぶのを。

 そして……頭上の空間がたわんで、まるで次元転移ディストーション・リープのようにいびつにじを走らせる。そして、不安定になって渦巻く次元の狭間はざまから、巨大な白い手が伸びてきた。

 神々しい眩さで輝く手は、シエルの頭部を鷲掴わしづかみにする。

 巨大な腕部は、幾重いくえにも連なるスリットから排熱の白煙を渦巻かせた。そして、強引に総介の領域からシエルを引っぺがす。


『支配域を脱出、結界を固定したヨ! 腕を戻すからネ、マスター』

『助かる、アル! 無事でいてくれよ、フィリアさん……うっ!?』


 巨大な剛腕は、シエルをアカグマへと抱かせて消えた。

 徐々に修復されてゆく空間を、総介が虚ろな表情で漂っている。その顔は今、珍しく動揺もあらわだった。

 だが、今が好機と突出したケイオスハウルが、総介を掴む直前で機体をひるがえした。

 チクタクマンの驚きの声を残して、全てが強力なビームの光に飲み込まれる。

 そして、巨城にも似た戦艦級の敵意が舞い降りる。


『ジェネシードとキィ様の騎士、キィボーダーズの三銃士が一人! 我が名はタブ、タブである! 我が魂の肉体よ、父祖ふその代よりジェネシードを守りし神騎しんきよ……えろ! !』


 それは、総介を守るように現れた。

 以前も地球で立ちはだかった、岩盤のような巨大機動兵器である。タブはその名を、ポルポストラスと叫んだ。見た目はまるで、鎧を重ね着した甲冑のバケモノドレットノートだ。厳ついヘルムの奥で、単眼鬼サイクロプスのようなモノアイが光っている。

 ポルポストラスは両腕の拳を握って振り上げると、それを胸の前で打ち合わせた。

 凝縮された光が弾けて、周囲の全てを薙ぎ払う。

 そして、遠ざかる意識の中で星華は聴いた。

 総介の苦しげな声の奥に……蘇る追憶のなつかしい言葉を。


『ふむ、完全な儀式とはならなかったか。だが……比翼の巫女を復活させる過程で僕は取り戻した。さあ、迎えに行こう』


 総介の気配が消えると同時に、エヴォルツィーネが激しく揺れる。

 ポルポストラスが放った広域破壊兵器M.A.P.W.の余波が、仲間達の悲鳴を連鎖させる。

 そして、より鮮明になってゆく過去の声は、脳裏ににじみながら響いた。


(せんせーい、ネメシアせんせーいっ!)

(まあ、星華……この絵はなにかしら?)

(わたしがかいたの、エヘヘ。ネメシアせんせーはね、ロボットをつくってるんでしょ?)

(そうね……今という時代では、人型機動兵器でしかないけれども。でも、文明の叡智えいちはいつか、兵器や武器に破壊と殺戮を忘れさせる時が来るわ。その時……トライアールの力が必要なの)

(とらいあーる? なにそれ! せんせーのロボット? ねえねえ、せんせー!)

(三つの可能性……地球と地球に必要な、未来へのしるべ。過酷な運命を切り開く、光)

(わあ、すごい! せんせーはやっぱり、すごいすごい! じゃあ、じゃあね、せんせー! わたしのこれ、つかっていーよ! わたしもせっけーずかいたの。ほら!)

(あらあら、星華はいつもいい子ね……これね?)

(これはね、せんせー! エボルチーネだよ! てんしなの!)


 今は恩師おんしの声が、遠ざかる。

 そして、現実の肉体へと戻りゆく意識の中で、まだ星華は立っていた。E.R.O.イーアールオースーツでエヴォルツィーネを制御し、星天使の子宮たるコクピットに立っていた。自分の脚で、確かに。そして、思い出す。自分の夢と理想を体現する、恩師がたくしてくれた力に。

 瞬間、星華の瞳に星がひらめくるう。

 声は叫びとなって、天使の中の眠れる翼を呼び起こした。


「ネメシア先生……思い出しましたっ! わたしのっ、エヴォルツィーネの……本当の力! 今こそ、その力を使います! みんなのためにぃぃぃぃぃ、使うんですっ!」


 応急処置で急遽きゅうきょ出撃したエヴォルツィーネの、まだダメージの残る機体が光を放つ。その頭上で輝く光環リングが、超新星スーパーノヴァにも似た光で広がっていった。

 そう、天使の輪が大きくなってゆく。

 そして……別の空間へと繋がった円環ゲートの中から、それは降りてきた。

 誰もが驚く中で、星華の声が神の鎧を呼ぶ。


「エヴォルツィーネ、メイルアップ! インディグネート・モードッ!」


 光の輪の中から、甲冑が降りてきた。まばゆく輝く黄金の鎧は、すぐに分離してエヴォルツィーネの肉体を覆ってゆく。半裸も同然の可憐なデザインは、あっという間に装甲をまと熾天使ミカエルへと姿を変えた。

 星華が両手を振り上げる先で、エヴォルツィーネは最後に兜を手にする。

 それを真っ直ぐ被れば、左右から純白の羽根が広がった。

 今、輝く翼を広げたエヴォルツィーネは……眠れるメイルアップ・システムを呼び覚まし、真に戦う姿へと変身を遂げていた。


熾天使装星セラフィック・クラインッ! エヴォルッ! ツィーネッ! あまねく世界の勇気をたばねて……今っ、悪い人達をやっつけちゃいます!」


 背に六枚の紅蓮ぐれんの翼、真紅に燃えて黄金の鎧を纏った熾天使……その中心で腕組み仁王立ちに、星華はタブのポルポストラスをにらんだ。

 星華の声に呼応するように、仲間達も闘志を奮い立たせて並び立つ。

 今、決戦の火蓋ひぶたが切って落とされようとしていた。

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