第28話「闇と影とが蠢く夜」

 眠らない街、ドバイの摩天楼まてんろう。それは現代に蘇った、第二のバビロンだ。そして今、この不夜城の片隅に七十二柱ななじゅうにちゅうの悪魔が集う。ソロモン王のくびきを解かれた、それぞれが地獄の軍勢を率いる恐るべき魔神デーモンたち。

 東堂清次郎トウドウセイジロウの依頼で、世界経済の裏にひそむ金の流れを日暮昭二ヒグレショウジは追っていた。

 そして、恐るべき陰謀の尻尾を掴んだのである。


「やれやれ、そろそろ現場仕事もキツいな……歳は取りたくないものだ」


 ひとりごちても、その呟きが眼下の空気に震えを伝えることはない。

 昭二は今、とある高級ホテルのパーティホールに潜入していた。屋根裏に気配を殺して忍び、僅かな隙間から部屋の中をうかがう。完全に闇に溶け込んだ昭二を、察知できる人間などまずいないのだ。

 そして、板一枚へだてた下では、酒と料理が並ぶ豪華絢爛ごうかけんらん酒宴しゅえんもよおされている。

 各界のセレブや政財界の重鎮じゅうちんの顔がチラホラ確認できて、昭二の緊張感は増した。

 どの人物も、昭二が突き止めた不穏な金の流れの、その延長線上に名を連ねる者ばかりである。そして、とうとう今夜この場所で、それらを牛耳る連中の集まりを確認することができるのだ。


「さあ、皆さん! まだまだうたげはこれからです。今宵こよいは我らが新たな秩序を世界に、宇宙に広げてゆく記念日。祝いましょう! 我らの繁栄と、きたるべき調和の時代に!」


 マイクを手に、ステージの上で笑顔を振り撒くのは、さわやかなスマイルの少年だ。名は、龍常院昌リュウジョウインアキラ。今や世界経済のあらゆる分野に影響を及ぼす、龍常院グループの若き会長である。鉛筆から飛行戦艦まで、なんでも作る多国籍企業の裏の顔……その本質は軍産複合体ぐんさんふくごうたい、死の商人である。

 そして、彼が生み出す死を届ける者たちが、この祝宴に招かれたセレブたちだ。

 昭二は目を凝らして、注意深くドレスやタキシードで着飾った者たちを観察した。

 その間もずっと、クラシック音楽が静かに流れる中で談笑が交わされる。


「木星圏はまだバタバタしてますなあ。お陰で商売繁盛、願ったり叶ったりですわい」

「これも地球圏の皆様の支援あってこそ……オミクロン様の采配さいはいもお見事でした」

「まさか、インデペンデンス・ステイトが月のアラリア共和国と手を結ぶとは。流石ですなあ。LOCAS.T.C.ルーカス・ティー・シーの持つ木星市場への本格参入、抜かりなく……楽しみですぞ」

「また戦乱と混迷が一層いっそう強まり、兵器や弾薬が飛ぶように売れる。ありがたいことです」

「先程、皇国元老院こうこくげんろういん佐藤サトウ首相から連絡をもらったわ。PRECプレック、使えそうね。パナセア粒子の実用化で、世界はまた飛躍的に加速し始めるわ……大きなビジネスチャンスよ」


 昭二が見下ろす光景は、まさしく悪魔と魔女が集うワルプルギスの夜だ。魂を邪悪な神々へささげた者たちが、まるで他人事のように戦火の輝きに宝石を見出している。

 彼ら彼女らが目の色を変えて群がるその光は、人が燃えるりんの炎だというのに。

 率直に言って胸糞むなくそが悪い、昭二は込み上げる吐き気に胸元を押さえた。

 そうこうしていると、パーティ会場がにわかに騒がしくなる。

 そして、脱いだトレンチコートを手に、スーツ姿の紳士が現れた。


「あら、スルト様だわ……今日も素敵ね」

「誰ですの? 紹介して頂戴」

「御存知ありませんか? 今や我々の大きな取引先、そしてお得意先ですぞ。失楽園パラダイス・ロスト……破壊と暴力で我々に富をもたらす者たち。その首魁しゅかいを務める方ですな」


 穏やかな笑みを湛えた長身の男は、撫で付けた髪にメガネを掛けている。一見すると、物腰穏やかな印象を受けるが、すぐに昭二は察知した。

 スルトと呼ばれた男は、笑顔の仮面の下に素顔を隠している。

 失楽園とは、先日の山梨県甲府市での『あかつきもん』のテロを拡大、謎の黒い機動兵器群と共に混乱を増長させた武力集団の名乗った名だ。

 スルトは皆の前で優雅に一礼して、張り付いたような笑みを広げてゆく。


「皆々様、御機嫌うるわしゅう……本日はささやかながら、手土産を持参いたしました。瞬雷しゅんらいの件では、多くの方に根回しや工作をお願いしましたもので、そのお礼です」


 パチン! と、スルトが指を鳴らす。

 すると、ステージに巨大なスクリーンが降りてくる。そしてホール全体の照明が落とされ、自然と誰もがそちらの方を向いた。

 昭二も目を凝らして凝視する中、不鮮明な映像がぼんやりと浮かび上がる。

 これは、どこかの海、それも深海の映像だ。

 海底の暗がりをライトが照らす中、映像は徐々になにかを捉えてズームしてゆく。撮影している潜水艇が移動しながらポジションを変え、ようやくその物体は全貌を表した。

 そして、昭二は目を見開き絶句する。


「おお、スルト様! こ、これは……!」

「ノア……アンゲロス大戦の折に破壊され喪失した、忌むべき方舟はこぶね

「紛争や軍事行動、あらゆる武力行使を公平に鎮圧するべく造られたと言われる、自律型アーマーの苗床なえどこ。今、人類同盟の各国が血眼になって探しているという、これが……!」


 説明ご苦労様、と心の中に呟き余裕を演出してみるが、昭二は冷たい汗が止まらない。

 ――アンゲロス大戦。

 それは、パラレイドの襲撃が地球上の各地で激化する中、足並みの揃わぬ各国に一部の科学者が業を煮やした結果だという。当時、まだパラレイドが人類の天敵、侵略者だと認識し切れていなかった各国は、利害や権益のために小競り合いを起こし、第二次冷戦と呼ばれるゼロサムゲームに没頭していた。

 武力を突き付け合い、時には行使して自己中心的な国力強化に専心する……そんな風潮に一石を投じたのが、人工衛星ノアを中心としたアンゲロスのシステムだった。国家間の利害やしがらみに囚われず、公平で公正、そして無慈悲な武力介入を行う無人自律型アーマーの軍団。

 だが、天使たちは謎の暴走で世界をさらなる混乱に叩き落とした。

 後にアンゲロス大戦と呼ばれる戦いは、各国が疲弊する中で人類同盟と呼ばれる史上初の大規模常設多国籍軍を誕生させたのである。パラレイドという天使と戦うため人類は、アンゲロスという天使の反乱……堕天だてんの戦いに巻き込まれて尻に火がついたのだった。


「とある海域、深海にてノアを発見しました。私たち失楽園では、このノアのサルベージも計画し、既に龍常院グループの支援のもとで作業に取り掛かっております」


 スルトは目を細めて、笑顔の仮面を醜く歪める。

 盗み見る昭二には今、温和そうなスルトの顔が邪悪な破滅の神に見えた。彼は拍手喝采はくしゅかっさいの中で四方に再び慇懃いんぎんなお辞儀をして、周囲に集まり出した御婦人たちに囲まれている。

 今なら取れる……確実に、あのスルトという男を殺せる。

 昭二は物音一つ立てず、静かにホルスターに手を当てる。サイレンサーのついたオートマグは、この距離なら必中だ。それで恐らく、失楽園の勢力を大きく減退させることができるだろう。

 だが、慎重な上に大局を見据える冷静さで、その案を昭二は却下する。

 この場でスルトを殺すと同時に脱出、それで一つのテロ組織を潰せるかもしれない。

 しかし、スルト暗殺が他の組織に警戒心を呼び覚まし、恐らくさらなる深い闇の中へと悪の全てが隠れて消える。ここは耐え忍んで、多くの情報を持ち帰らなければならない。

 そうしていると、下のパーティ会場が騒がしくなった。


「おいおい、なんだい? あの小娘は……なんて失礼な。場をわきまえぬか」

「い、いや、待ちたまえよ。あれは……なんと優美な。さぞかし名のある家の令嬢かもしれん。名は? どこの者だ?」

「これは……かぶいてますな。いやはや、こうした場にあのような格好で」

「それにしても、美しい。是非、お近付きになりたいものですな、フォッフォッフォ」


 昭二はこの場の雰囲気に場違いな少女を見た。

 それは、あおい長髪を僅かになびかせ静々と歩く、楚々そそとした女の子だ。その姿は、フォーマルに統一された場の全員と比べると、余りにカジュアルだ。Tティーシャツ姿にミニスカート、そして胸には大きくイワシ楷書体かいしょたいで書いてある。

 趣味の悪いプリントTシャツの少女は、その格好に不似合いは優雅さで微笑んでいた。

 背後にはまるで影のように、長身の青年が護衛についている。


「皆様、ごきげんよう。……あら? あらあら? どうしたのでしょう、わたくし注目を浴びてますわ。オルト、わたくしの顔になにかついておりますか?」

「いえ、キィ様……ただ、やはりドレスコードは守った方が良かったのでしょう。龍常院グループの方からは、身内の集まりでもあるので気楽な格好で結構と言われていたのですが」

「そうですか……少し、失敗してしまいましたわ。サバという鳥の漢字、とても素敵なデザインですのに」


 ほわほわ笑うキィと呼ばれた少女は、まるで闇夜に浮かぶ蒼月だ。その冷たくあわい光に照らされたように、周囲の者たちは美貌に見惚みとれている。

 異様に整った顔立ちは、大きな蒼い瞳が濡れるように輝いていた。

 すらりとスタイルのいい華奢きゃしゃな体付きは、少女が大人の女性へと生まれ変わる瞬間の、その一瞬を閉じ込めたように美しい。清楚せいそ可憐かれんなのに、野性的なめすの香りすら感じられるようで、思わず昭二も目を奪われた。

 だが、そんな昭二の背後で突然、撃鉄げきてつの上がる音がカチリと響く。

 そして、後頭部に冷たい銃口が押し当てられた。

 反射的に両手をあげ、屈めていた身体をゆっくりと昭二は立ち上がらせる。


のぞき見だなんて、いけない人ね」


 女の声だ。

 背後で自分の命を握り締めているのは、女だった。

 自然と身を硬くしつつ、昭二は状況の打開を探りつつ時間を稼ぐ。完璧に気配を殺していたのに、勘付かれた。そして、昭二に全く気配を察知されずに、この女は肉薄の距離に容易たやすく侵入してきたのだ。


「火遊びが好きでね、昔から。でも、もうそろそろ退散しようと思っていたところさ。帰してもらえるかな?」

「あら、もう帰ってしまうの? お土産みやげくらい持たせてあげるわよ? なまりの弾をたっぷりとね」

「それは困るな……レディからはキスの一つも欲しいものだね」

「ふふ、本当にいけない人。嫌いじゃないわ、そういうの」


 女の人差し指が、銃爪トリガーへと軽く触れる気配。

 同時に昭二は、奥歯に仕込んだスイッチをみ潰した。

 瞬間、屋根裏の真っ暗なスペースのあちこちで爆発が起こる。派手な音と閃光は、昭二があらかじめしかけておいたものだ。殺傷能力は全くないが、大騒ぎを演出する小道具……もうもうと白煙がたちこめ、瞬く間に眼下のパーティホールも覆っていった。

 そして、背後でほんの一瞬、僅かな刹那の間だけ女が動揺した。

 その好きに昭二は、振り向きざまに回し蹴りを御見舞おみまいする。

 今時珍しいリボルバータイプの拳銃が宙を舞った。

 白煙が満ちてゆく闇の中に、昭二は金髪の美しい女性を見る。胸元が大きく開いた赤いドレスの、グラマラスな美女だ。見事に均整の取れた肢体は、それを覆うドレスが邪魔に思えるほどに妖艶ようえんで、蠱惑的こわくてきだった。


「……やるわね。お名前は? コソ泥さん」

「人に名を問う時は、自分がまず名乗るものだよ。違うかい? レディ」


 それだけ言って、昭二は足元を蹴り破る。そのまま舞い降りたパーティーホールの中は、大混乱のさなかにあった。最初はドライアイスのスモークを使ったパーティの出し物だと思われていたが、突然の爆発音と閃光、そして焦げ臭い煙でパニックが起こっている。

 視界の効かぬ中でも昭二は、落ち着いてセレブたちを掻き分けながら出口に向かった。

 乱暴な手段を取る形になったが、混乱に乗じて脱出するなら今だ。

 パーティ会場の出入り口に到達せんとした、その時……脱出口が見えた瞬間に、昭二は突然吹き飛ばされた。余りに強力な一撃をもらったため、呼吸が奪われ「カハッ!?」と短い声がれ出た。

 そして、昭二は摩天楼の夜景を閉じ込めたガラスの窓に叩き付けられる。

 背後の窓に無数のヒビが走った。

 ずるりと床に落ちた時には、既に周囲には警備の黒服たちが集まっていた。先程の女もスルトの隣だ。そして、その奥から長身の男がやってくる。


「キィ様、お怪我はありませんか? 不届き者の処分、如何いかがなさいましょう」

「ありがとう、オルト。皆様も大丈夫ですわ、この煙は無害なものです。落ち着きましょう、落ち着いて……そう、落ち着くには素数そすうを数えるといいのですわ。わたくしと一緒に数えましょう。素数が一匹、素数が二匹、素数が……」

「キィ様。素数を数えるとは、そういう意味ではありません」


 先程の蒼い髪の少女だ。周囲を安心させる笑みに、どこか天然な言動が周囲の緊張と恐怖を和らげてゆく。そして、その隣には自分を蹴飛ばしたであろう青年、オルトと呼ばれた男が立っている。

 脇腹に手を当て、肋骨が数本折れて肺に刺さっているなと、昭二は冷静に状況を把握する。喉の奥から込み上げる粘度の高い血に、ともすれば呼吸を潰されおぼれそうだ。


「ヘル、不手際だな。何故こうなる前に殺さなかった?」

「私は貴方の部下ではないのよ? スルト。言葉には気をつけることね」

「フッ……まあいい。キィ様、そしてオルト君。ありがとう、助かったよ。例の月……『あちら』の月の連中にもパイプ役として接触してくれてるらしいね。皆、喜んでいるよ。ルナリアンの建国宣言が楽しみだね」


 慇懃にスルトは、ヘルと呼んだ先程の女と共に頭を垂れる。Tシャツの少女キィは、ニコリと温かな笑みで静かに蒼髪を揺らした。

 そしてキィは、オルトが止めるのも聞かず歩み寄ってくる。

 身動きできぬ昭二は、どうにか背の窓ガラスに身をるようにして立とうとした。


「泥棒さん、大丈夫ですか? わたくしの護衛の者が、オルトが失礼しました」

「い、いや……気に、しなくて、いいさ……はは。なに、見苦しいだろう、から……失礼、させて……もらえ、ない、かな」

「残念ながらそれはできませんわ。わたくしたちの遠大えんだいな計画の、その一部を泥棒さんは知ってしまいましたもの。でも……でも、大丈夫ですわ。慈悲を……オルト」


 オルトが胸から銃を抜く。それを突き付けられながら、昭二は少女の声を聞いた。どこか浮世離うきよばなれした少女の声が、冷たい月光のように冴え冴えと凍って響く。


、泥棒さん。楽にして差し上げられますし、それを拒めば怖いおじ様やおば様にお話を聞いて頂かなくては。拷問というのは、わたくしも好きではありませんわ……さ、選んでくださいな」


 無慈悲むじひな月の女王のように、キィが微笑む。その周囲に居並ぶ者たちも皆、抜き放った銃を突き付けてきた。ヘルが、スルトが、そして龍常院グループの御曹司である晶もが……無数の銃口が瀕死の昭二を取り囲む。

 だが、答は決まっていた。


「お嬢、さん……悪いが、やっぱ、り……失礼、するよ。どちらも、選べ、ない……から、ね」


 そして、最後の力で昭二は、前のめりに倒れそうな自分を引き起こす。そのまま死力の限りを尽くして、背後のガラスを木っ端微塵にしながら外へとおどり出た。

 同時に無数の銃声が響いて、なまりつぶてが昭二を蜂の巣にする。

 キラキラと舞い散るガラスの破片の中、昭二は夜景の空を落ちていった。

 その脳裏に自然と、昔の記憶が蘇る。


『日暮さん、あの……お話が。やはり、日暮さんが新型を使うべきだと思うのですが』

『はは、なにを言ってるんだ。パンツァー・モータロイドやアーマーと違って、レヴァンテインは個人に合わせて最適化されたワンオフ機が多い。お前の専用機だよ、メリッサは』

『でも、日暮さんの方が技量も経験も上です。機体を活かすならやはり』

『相性はお前が一番いい。度胸があって、少し向こう見ずだが判断力も洞察力もある……そういう男だと思うがな、俺は。それに』

『……それに?』

『新型をお前専用に組んだんだ、期待してるってことさ。なら、やってみせろよ……なあ』


 ――なあ、槻代級ツキシロシナ

 自然と末期まつごの笑みが口の端に浮かんだ。

 同時に、司令であり同胞、独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんの東堂清次郎へのびの気持ちが浮かび上がる。大地に激突するまでの、ほんの数秒が永遠のように感じられた。

 そして、昭二の時間が突然止まる。

 コンクリートの上に染みとなって叩き付けられる筈だった昭二は、ふわりと浮いてゆっくり着地した。大の字に身動きできぬまま、月の浮かぶ夜空を奪い合うビル群を見上げる。

 その耳元に二つの足音が響いた。


「ふむ、ギリギリで間に合ったようだね……さ、彼を連れて行くといい。君の運命の、その先へ……既に前を歩いて駆け出した、あの少年の元へね」


 ひどく落ち着いた男の声だ。

 そしてもう一人は、年端もぬかぬ少女のような……中性的な男とも女ともつかぬ静かな声で触れてくる。昭二は華奢きゃしゃで小柄な身体に、肩を貸されて抱き起こされた。


「じゃあ、もういいんだね? ボクも、アルクのとこに行っても」

「ああ。めぐ連理れんり狭間はざまで、君という存在の確定がゆがんでしまったんだ。だから、僕が因果いんが調律ちょうりつした。ここはもう、『あちら』ではなく『こちら』だからね。そして、今度は……今回こそは、彼を幸せにしてやって欲しい。マモル君」

「うん……ボクはまたアルクに会いに行くよ。待ってて、アルク。歩む道を歪められた、『あちら』の物語から飛び出してしまった『こちら』の異邦人エトランゼ。もうすぐ、会えるよ」


 昭二の頭上を通り過ぎる、謎の会話。

 少女に引きずられて歩き出した昭二は、月明かりの中で意識を失ってゆく。朦朧もうろうとする中で最後に見たのは、死人……日本皇国にほんこうこく第二皇都廣島だいにこうとひろしまくれで、息子に殺されたと噂される御殿医ごてんい佐々総介サッサソウスケだった。

 総介は月光の中、マモルと呼ばれた少女に支えられる昭二を見送り……まるで溶け消えるように闇に薄れて霧散むさんする。それが、昭二が最後に見た光景だった。

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