第27話「自ら選んだ先にあるものは」
寧ろ、
だが、優が両手に大量の紙袋をぶら下げているのは、それだけが理由ではなかった。
今、巨大なショッピングモールを優は、友人の
「見たか? 優……ドバイでもハイストは、『ハイライフ! ストリーム!!』は人気だな。見ろ、今日の戦利品を」
「うんうん、やっぱ優についてきて良かったよ。免税店でアニメグッズ……最高ぉ……」
「まあ、品揃えは日本に比べたら、少し見劣りするけどね。ドバイはやっぱ俺らみたいなオタクより、リア充が海だ夜景だで騒ぐ場所なんだよな」
「でも、プラモやフィギュアの品揃えはよかったぜ? 1/144の
「だからお前さ、雄斗。なんで三つずつ買うんだよ」
「保存用、布教用、そしてブンドド用だって。
前を歩く二人の友人が、優にはいつもと変わらぬように見える。
ちょっと
だが、優の中の不安は消えるどころか、膨らむばかりだ。
実質山梨を、
皇国海軍の一部が既にウロボロスとかいう組織に
そして優たち三人は、
『
「どした? 優……暗いぞ、ちょっと」
「そうだぜ? それより、帰ったらコスモフリートの中を探検しよう。見たこともないロボが沢山
「あ、ああ……」
振り返った流や雄斗が、そろって小首を傾げる。
あくまで平常運行な彼らに対して、優は
賑やかな観光客たちが行き交う中、優の胸中に
「お前らは……よかったのかよ。特殊部隊だって、フブキ隊だってさ……俺たち、戦争するんだぜ? 殺したり、殺されたりするんだ。このクレジットカードだって、先に払われる
巻き込みたくなかった。
それは、相手が誰でも同じで、それでもこの二人は特にそうだった。
友達、だから。
訳も知らされずにパナセア粒子の実証実験を行い、その産物だからと言われて、人型機動兵器アイリス・シリーズの開発に
だが、違った。
全ては、元老院の反乱に備えた力だったのだ。
「なあ、流。雄斗も。……
だが、奥歯を噛みしめる優を見て、二人の友人は笑った。
そして、流も雄斗もポンポンと肩を叩いてくる。
「でも、優。お前は生きてるだろ?」
「それに、俺たちを……第三高校と甲府を守って戦ったじゃないか」
「だな。だからさ、優。そんなお前を俺らが守るぜ」
「ロボットアニメのお約束だろ? 今まで辛い戦いをさせて悪かったな……お前、今日から仲間だぜ!」
「待て雄斗、それは死亡フラグだ」
「おっと、まあ、あれだ……みんなで頑張ってさ、いつか一緒に甲府に帰ろうぜ? 俺、この戦いが終わったら
「だから死亡フラグだっての。な、優?」
そう言って二人はニシシと笑う。
流と雄斗は、ここぞとばかりに買い込んだグッズでパンパンの紙袋を持ち上げてみせた。それも強がりで、本当は怖いのがわかる。怖いから気丈に明るく振る舞っている。
でも、それが自分のため……吹雪優という友達のためだと、今は断言できる。
守る物を失う中で、守るべき者に守られながら戦う。
それで明日が、未来が開けるならと、優はようやく顔をあげた。
その時、流と雄斗の背後に見違えた姿の少女が立った。
普段の制服姿とはまるで違う、少し大人びたワンピースに帽子を被った
「優さ、難しく考え過ぎ。もっと
「
「でも、クヨクヨしてなかったでしょ? なんか、砂漠で辛いことがあったって。でも、それを乗り越え少しだけ前を見てるって。なら、見据えた先にきっと歩き出すよ」
シルバーちゃんがそう言ってたよ、と少女は笑う。
彼女の名は
いつも優は、彼女の優しさに助けられてばかりだった。
篤名が話題に出したのは、
そんな彼を待っていたのは、過酷な現実だったのだ。
「えっと、バルトさん? あの隊長さんさ、
「それはさ、渡辺。……え? 篤名でいい? じゃあさ、篤名。お前さ、考えてみろよな。頭に脳ミソ入ってんだろ?」
「つまりさ、篤名。ゴーアルターって凄く強いけど、よくわからない動力で動いてるんだよ。ダイナムドライブ? だっけ? それに、戦略級の
篤名の言葉に、流と雄斗が同調してすぐ打ち解ける。
いつもの悪友、三馬鹿トリオだと外から見守ってくれてた篤名は、あっという間に話の輪の中に
そして、詳しい経緯を聞かされても篤名の言葉は変わらない。
「でもでもっ、バルトさんに言われても……歩駆君は、自分のできることを頑張ってる。それってみんな、同じことだよ! ねっ、優っ!」
「……バルト大尉はいい人だよ。責任の
「ご、ごめん。でも……わたし、軍人さんは怖いよ。優やみんなを、どっかに連れてっちゃいそうで」
そう言って一度俯いたが、すぐに篤名は顔を上げた。
いつもの優しい笑顔が、なにごともなかったように向けられる。
「でも、だからなの! わたしもついてきちゃった。優のこと、連れてかれないように一番近くにいたくて。それに、わたしにもできることが沢山あるから!」
「できる、こと……?」
「今、コスモフリートのエリーさんたちと、炊事係のシフトを組んでるの。でね、半分はあのでっかいの……えーと、三段チルド?」
「冷蔵庫じゃないだからさ、篤名。サンダー・チャイルドね」
「そそ、サンダー・チャイルドの中をアレコレ改修してるから、そっちのキッチンに行こうかなって」
基本的にサンダー・チャイルドは、人の姿をした戦艦だ。居住性は皆無だし、機動兵器の艦載機能も基本的にはない。だが、その辺も少しずつ、ドバイの外の基地で改善中だ。シルバーという少女が動かしているのだが、サンダー・チャイルドは一番遅れてこのドバイにやってきた。
中東連合の包囲をくぐり抜け、パラレイドの脅威を退けながら。
どうやらシルバーたちは、なんでも拾って資材にする風習の場所から来たらしい。
そんなことを考えていたら、目の前に紙袋が突き出された。
「とにかく、優っ! 大丈夫だよっ、任せて。支えるから、みんなで。助けて、守って、そして一緒に戦うから。だから優も、できることしよ? 一人じゃないんだから」
「ああ……そうだな。ありがとう、篤名。流も雄斗も」
「ふふ、わかればよろしー! じゃあ優、これも持って! あと、これも!」
「……篤名、まだ買うの? 今度はなに?」
「えへへー、ハンドバッグとか、靴とか? だって、
篤名は、あのおっかないチビッ子
全然似てない。
そしてそれは、真似られた本人もそう思っているらしかった。
突然背後で、じっとりと暗い声がお腹あたりの高さで響く。
「誰が刹那ちゃんだ? 渡辺篤名、たるんでおる! いつまで民間人気取りだ、甘ったれるな! 私のことは
「あっ、刹那ちゃん……ご、ごめぇん」
「だから貴様……ああもう! イライラする! どうして私が子供のお守りをせねばならんのだ! 全く! それで? 渡辺篤名、ちゃんと冬物も買ったか? 戦闘とあらば南極にも行くし宇宙にも出るぞ。衣服は万全を期して多様なものを買い揃えろ!」
「は、はいぃ……そっか、ドバイって暖かいから」
「くっ、馬鹿か! ったく、いいから来い! 私が選んでやる! 貴様のような
有無を言わさぬ上から目線、これが
だが、篤名を連れて大股に歩く姿は、どう見てもせいぜい低学年の小学生だ。
長い銀髪を揺らして、彼女は優たちをどんどんと奥へ、ブランド品の衣服が並ぶコーナーへと進んでゆく。
「まったく、シルバーといい貴様等といい……面倒見きれんな! これだから子供は嫌いなのだ」
「えー、でも刹那ちゃんって、ずっとシルバーちゃんの面倒見てたじゃない。さっきも」
「う、うるさい! ……似てるのだ。シルバー、あの顔立ち、面影……似てるんだ」
「えっ? なになに、刹那ちゃん」
「うるさい! 渡辺篤名、御堂特務三佐と呼べと言っている!」
クスクスと篤名は笑っている。流も雄斗も、なんだかニヤニヤとしながら不快感は感じていないようだ。優もそれは、なんとなくわかる。高圧的で不遜な態度だが、恐らく悪い人間ではないらしい。
見た目で得をしてるな、と優はぼんやり思った。
現場での隊の指揮を取るバルト・イワンド大尉より、刹那はさらに多くの権限を持ち、必要とあらばいつでも優たちに『死んでこい』と言える立場だ。篤名の嫌いな軍人そのもの、軍という組織の非情さと冷徹さを凝縮したような人間なのだ。
だが、どう見ても幼女にしか見えない、やはり見た目で得をしている。
「いいか、軍から日用品は必要最低限、支給される。だが、化粧品や私服の類は買い逃すと、次はいつ買えるかわからん! だから……む、ちょっと待て! ええい、シルバーめっ!」
突然、刹那が走り出した。
とてとてと小さな歩幅で駆けてゆく華奢な背中を、苦笑しつつ優は友人たちと追う。
その先では、銀腕の少女が服を選んでいるところだった。
名はシルバー……彼女もまた、次元転移によってこの世界にやってきた人間だ。
そして、人間ではなくアンドロイド、ロボットだと言われている。
さらに言えば……次元転移によって、この時代にやってきた者なのだが、それを知る術は誰も持ち得ていない。刹那以外の誰も、一人として。
「おい、シルバー! 貴様、なにをやっている。……
サンダー・チャイルドを駆る
彼女は今、観光客向けの土産物コーナーでTシャツを選んでいる。
「あ、刹那ー! 凄いね、買い物って。買う、ってこういうのなんだ。このカードを見せれば、殴ったり脅したりしなくても、なんでも手に入るんだね!」
「あ、ああ。だからな、シルバー。服を……冬物や下着の替えとか、あとは少しは女の子だから洒落た服の一つや二つをだな」
「なんか、じんるいどーめー? ってのの人が、作業着とか軍服とかくれたよ? 着れればいいんだ、私。でも、温かい服は欲しいな、寒いとこに行ったら風邪引いちゃう」
「い、いや……その心配はないと、思うぞ。た、多分……いや、でも……そうだな! ああ、そうだ! とりあえず服を買うぞ! 荷物持ちトリオ、お前たちのもだ!」
だが、シルバーはよほど買い物が楽しいのか、土産物コーナーから動く気配がない。そして足元には、なにやら怪しげな民芸品などを買った袋が置いてある。
刹那に言われる前に、優が黙って荷物持ちの責務を果たそうとそれを拾った、その時だった。突然、シルバーの「ああーっ!」という声が響く。
そして優は、奇妙な二人連れを見た。
不思議な違和感……説明も表現もできないのに感じる、奇妙な感覚。
「それ、いいな。私、そういうのが欲しかったんだー」
シルバーが指差す二人組は、うら若き少女と、その護衛らしき長身の青年だ。男の方に表情はまったくないが、蒼い長髪の少女は優雅に微笑んでいる。ここはドバイ、今や地球唯一の観光名所にして一大リゾート都市だ。彼女はきっとどこかのご令嬢かお姫様だろう。
その少女の手に、二枚のTシャツが握られている。
優が思わず「うへぇ」と声に出してしまうくらい、悪趣味なTシャツだ。
「まあ……
「うんー、だって格好いいじゃん。でも、いいんだ。早い者勝ちだもん」
シルバーはそう行って笑うと、綺麗な銀髪をバリボリ掻きながら「同じようなのないかな」と、棚のTシャツを引っ掻き回し始めた。苦い顔で刹那が手で顔を覆う。
だが、その時少女は、シルバーの前に購入予定のTシャツを差し出してきた。
「あの、もしよければ片方どうぞ。わたくしも気に入ったので、両方は差し上げられませんが」
「え? いいの? どっちも凄くいいのに」
んな訳あるか、と優は心の中で突っ込んで、友人たちの顔を見る。自分と同じ表情で、篤名も流も雄斗もフラットな無表情になっていた。
少女が両手にそれぞれ差し出すのは、胸にでっかく漢字が書いてあるTシャツだ。
外国人にはやはり、漢字というオリエンタルな記号は格好良く見えるのだろう。
だが、不思議と優の耳に少女の
「では、選んでください。お好きな方を、選んでくださいな」
そう言って少女は、
シルバーの顔がパッと明るくなる。
「いいの? え、どっちにしようかな。どっちもいいなあ。これ、なんて書いてあるんだろ。この絵、文字なんでしょ?」
「ええ。これは日本……『こちら』だと日本皇国の文字ですわ」
少女は両方のTシャツを「こちらがサバで、こちらはカツオですの」と掲げて微笑む。優美なその笑顔に、シルバーの表情は一層明るくなった。
因みに間違っている、優たちの目に見えるTシャツのプリントは、
「ふむふむ、サバ! そして、カツオ! かっこいいなあ」
「どちらも鳥の名前ですわ」
「なるほどー! なんか、美味しそうだよね!」
違う、間違ってる……もはや突っ込みが心の声を逸脱して口から出そうである。だが、優がぐっと我慢してると、シルバーは鮭の方を選んだ。
そして、それを待っていたかのように、黒服に身を包んだ男が静かに喋る。
「キィ様、そろそろお時間です。パーティに遅れてしまいますので」
「あら、まあ……オルト、もうそんな時間なのですか?」
「お召し物の着替えもあります。お急ぎを」
「そうですか。ですが、とてもいい品が手に入りました。わたくし、これを着ますわ」
「……ドレスコードというのがあるのですが。先方と会場に確認を取ります」
「ありがとう、オルト。では皆さん、御機嫌よう。銀椀銀髪の方、カツオを選んだ方……大事に着てくださいね。ふふふ」
だから
シルバーはレジに走るなりカードで買って、早速その場で着替えようとして止められていた。彼女がカツオを鳥だと信じて着ようとする中で、優はエレベーターへ消える先程の令嬢をいつまでも見送っていた。
なぜか不機嫌になった篤名に、理不尽極まりなく脚を踏み
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