第三章 三原夏菜子は縁に立つ

「道化。葉蔵が津島修治自身であるとするならば、津島は幼い頃から常に自分を殺していた、すなわち生粋の、自殺男だったと言えるだろう。しかし、様々なコンプレックスを鑑みると、一概にそう断言することも出来ないのだろうか……」

「太宰の死について安吾はフツカヨヒ的、つまり陶酔の中の戯れ的自殺でもあったのかもしれないと言っているわ。そう考えると、太宰が常に抱いていた漠然とした虚無感みたいなものが、たまたま勢いで振り切れてしまっただけなのかもしれないわね」


 全校生徒に配布された図書室便り。そこに見事掲載されたこのワタクシめの読書感想文を読みながら、唯先輩と高島は敬愛する太宰先生についての議論を交わしている。

 ――オイオイ、なんだこの空間は。漫画しか読んでない文芸部よりよっぽど文芸部しているじゃないか! 自殺部、サイコー! ……ハッ、危ない危ない。思わずこの空気に飲まれるところだった。目の前で喋っている二人は先週謹慎を食らった暴徒(暴走する生徒、の略)だぞ。何をケロッと笑っているんだこの女生徒たちは。それに唯先輩によれば謹慎中、先輩の家で一緒に映画観たそうじゃないか。なんだそれは! 謹慎ってなんだよ! そもそもいつの間にそんな仲良くなったんだよ! 「唯ちゃん」て! 名前呼び! 俺も友達と一緒に映画とか観たりしたいよ……。

 嗚呼、ツッコミが追いつかない。高島が入部してからツッコミの数が増えたような気がする。どうも、自殺部唯一の良心、青木和海です。

 文芸部の月イチ定期部会がある今日は自殺部には参加できない、という旨を伝えようと自殺部室に立ち寄った俺は、目の前の会話に思わず立ち尽くしてしまう。お、俺も参加したい! こんな会話絶対にできない文芸部の会合に参加するための連絡をしにきたのに、なんという皮肉!

「あら、和海くん。こんにちは」

「あ、ども。あの、今日は文芸部の部会があるのでこちらは欠席しますね」

「ええ、分かったわ。紗代がいるから大丈夫よ。やっぱり部員が増えるっていいわね」

 ところで、とそのまま唯先輩は高島に新しい話題を振り、花の咲いた会話に戻っていく。

 ……なんだかちょっと、ムッとするぞ、高島。そのポジション、俺のものだったんだからな。――って、この気持ちは何だ。もしかして、これって、嫉妬とかいうやつなのか? 教えてください誰か……えっと、太宰先生?

「じゃあ、今日はこれで。また明日」

 口惜しくも自殺部の部室を後にし、文芸部の部会へ向かう。


     *


 ……重い、なんか空気が重い。ウチの文芸部はどうしてこうも暗いんだ。ざっと見て八人くらいは集まっているのに、さっきのたった二人の自殺部員の方が比べものにならないくらい賑やかだったぞ。

「えー、では時間なので部会始めます」

 死んだ魚のような目をしたやる気無さげな部長が小さな声で言う。部員の名前を読み上げ出欠席の確認をしたりすることもない。おいそこ、ケータイいじるなよ……。

 文芸部室ではさすがに狭いとの判断なのだろう、この部会だけは放課後の空き教室を適当に利用して行われるのが通例となっていた。十人ほどしか集まっていないガラガラの教室には白けた空気が流れている。部長が冬休み明けの部内イベントの告知と、四月の新入生勧誘のための合同誌についての少し早めの概要を説明する。

 話半分で聞きながら教室をぐるりと見回して、今日来ている部員が誰なのか、知り合いはいるのかなどをそれとなく探る。先輩方とは交流もないのでまるで判らないが、きっと見知った顔の同級生くらい何人かいるだろう。

「あ」

 目についたのは、教室の端で遠慮がちに部会に参加しているお下げで眼鏡の女の子。この前部室で見た、あの子だった。

 俺がそのまま何となく彼女の方を見ていると、視線に気づいたのか小さく首を動かしこちらを見た。「あ、目が合った」と思った瞬間には彼女はもう目を逸らし俯いてしまった。

 上靴の色を確認して、同じ学年だと判った。廊下でも見かけたことないけど、何組なんだろうか。

「――――じゃあ、今日の部会終わります。詳しいことは書面にしておくので、後日文芸部室に立ち寄って各自確認してください」


 文芸部の活動は、部員全員が強制参加というわけでもない。帰宅部の隠れ蓑にしているような人も多いし、合同誌に寄稿する生徒もほんの一部に限られている。俺も未だ参加したことはない。六月にあった文化祭の時一度機会があったけれど、今回はいいかと見送ってしまった。完成したその合同誌、読んだけれど、載っている作品は正直どれも、……こんなこと偉そうに言うのはどうかと思うけれど、微妙という言葉が似つかわしい出来栄えだった。――ある一作を除いて。

 一作だけ、純文学に依ったあの作品だけは、短いながら文章も凝っていて印象に残ったんだよな。著者の三原って子、誰なんだろう。紙面だけのものだから、著者の顔まで把握ができない。編集担当と仲が良ければ誰なのかを教えてもらったりできるかもしれないけど、学年も違うし第一、文芸部員なんてほとんど交流ないからなぁ。

 ――しかし、思った以上に早く終わっちゃったな、部会。自殺部寄っていこうかなぁ。

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