第5話 従者、鬱憤を晴らす
「はあ……」
夜になって雨が降り始めていた。
駆けこむように自宅へ戻って来たアランはため息をついた。
この町の人々を守る。その使命の下で自警団に入った。人の役に立てるこの自分の仕事にも誇りを持っている。
だが最近になって町長が変わってから、流れ者たちが町に増えた。
町長に取り入り、町で暴れる荒くれどもを取り締まることができないことに彼は歯がゆさを感じていた。
先程も、旅人の少女が連れていかれるのを見ているしかできなかった。
あのままあの子はどうなったのか。一介の自警団員には知る由もない。
棚から酒を取り出す。
この数か月、飲む量が増えていた。それだけ現実を直視できなくなっているということだった。
「……ん?」
外にある納屋の辺りから物音がした。
剣を持ち、納屋へと向かう。
もしも賊だとしたら自警団員の家に忍び込むとは運がない。
「誰だ!」
扉を開け放つ。
そこにいたのは、つい先ほど見たばかりの旅の一行だった。
「ふむ、あっさり見つかったな」
「ですから雨宿りとは言え、民家の納屋に忍び込むのは良くないと言ったのに……」
「お前たちは!?」
思わずアランが剣を抜く。
事情は知らないが、町のゴロツキどもを叩きのめした腕の持ち主だ。早々に捕縛して無力化しなければならない。
「――はーい、その剣を床に置いて」
アランの後頭部に硬い感触が当たる。
続いてカチリと撃鉄を起こす音が聞こえ、アランの背筋に冷たいものが走る。
「侵入したことは謝るわ。でも、捕まるわけにはいかないのよ。わかる?」
「あ、ああ……」
アランは剣を手放して両手を挙げる。無抵抗の証だ。
「大丈夫よ。大人しくしていれば危害は加えないわ」
「エミリア、口上が完全に悪人だぞ」
「うっさい、黙って」
後ろから銃を突きつける姿は、どう見ても悪人のそれだ。
「それで、ここで雨をしのいだ後はどうするんだエミリア」
「うーん、まずファリンを探さないといけないわよね」
「ですが、どこに連れていかれたのか……」
「……あんたらの連れなら、町長の屋敷だよ」
アランの言葉に三人の視線が集まる。
「本人は保護って言ってるけど、正直俺はあんたらの下へ帰れるとは思っていないよ」
「詳しく話してもらえる?」
「話すから銃を押し付けないでくれ」
どう見ても脅迫している構図にしか見えない。
それに気づいたのか、エミリアは突きつけていた銃を下ろした。
「町長には色々な噂があってね。人身売買組織と裏で繋がってるんじゃないかって言われてるよ」
「何よそれ。この国でそんなのが動いてるって言うの?」
「詳しくは知らないが、魔族との戦争の余波なんじゃないかって噂だよ。昔は滅ぼされた町や村に行けば戦災孤児を拾えたみたいだけど、停戦してからは孤児を探すのも一苦労らしい。だから旅人の子供を拉致しているんじゃないかって話だ。現に最近この町を訪れた旅人の子供が行方不明になる事件が多発してる」
ディオンが眉を顰める。
彼は停戦すれば平和になって人間たちもまともな生活を営めると思っていた。しかし、現実には別の問題の引き金にも繋がっていた。直接的な原因ではないものの、あまり良い気分はしない。
「だが、そこまで噂が広がっているならなぜ確かめないのだ?」
「証拠がないんだよ。行方不明になっているのはいずれも旅人だ。町を発った旅人の足跡まで追う義務はないし、もし町長の屋敷に捜査の手を入れて何も見つからなかったら、こちらの責任が問われる」
「なるほど……話は大体わかったわ」
「エミリア。どうするつもりだ?」
「当然、町長を締め上げるわ」
アンリが額を抑える。
彼女の性格上、困った国民を守ろうとするのは分かっていた。
「わかりました。ですが、町長の屋敷に突入する正当性がありません。その辺りはどうするおつもりですか?」
「そこが問題よね……いっそのこと中で何か問題でも起きれば踏み込めるんだけど」
「……いや、もし噂が本当で、ファリンが屋敷に連れ去られているのなら夜明け前に何か事が起きると見ていい」
「そうなの?」
ディオンの言葉には確信があった。
「ファリンは両親を幼い頃に失っていてな。親元から引き離されるとか、こういった話は人一倍我慢できない性格だ」
それに、責任感も強い。なんだかんだ言ってディオンの御付きを続けている以上、主君と離れ離れのままをよしとするわけがない。何か脱出の方策をとるに違いないとディオンは思った。
「よし、決まりね。それじゃファリンが行動を起こし次第屋敷に突入よ」
「早い内に蹴りをつけてしまいましょう……どの道、ファリン殿が戻らなければ私の剣の修理代が払えません」
「やれやれ。仕方ないか」
「……あんたら、一体何者だ?」
アランが唖然とした目で三人を見ていた。
自分たちの仲間がさらわれて、取り返したいという気持ちはわかる。
だが、噂が本当なら町長の裏には組織がいることになる。報復を恐れた旅人や町人は下手に行動を起こせないでいた。だが、この一行は全く恐れていない。
「ただのお節介焼きの旅の一行よ」
「お節介焼きは一人だけだがな」
「なんか言った?」
エミリアが銃口を向けてくる。
この姿を見て、彼女がこの国の姫だということを誰が信じられるだろうか。
アンリも同じ思いだったらしく、盛大にため息をついていた。
◆ ◆ ◆
「そうですか……みんな、両親から引き離されて」
その頃、目を覚ましたファリンは同じ部屋の子供たちから事情を聞いていた。
狭い部屋の中に何人もの子供たちが押し込まれ、扉の向こうには柄の悪い男たちが酒を飲んで騒いでいる声が聞こえた。
漏れ聞こえてくる限りでは、明日にでも取引相手がやってきて、この部屋の子供たちは遠くの国へ売りさばかれるとのことだ。
まったく、人間は不合理なことをするとファリンは思っていた。
そもそも魔族の世界では「欲しければ奪い取れ」が原則だ。細かいルールはあるものの、故に人身売買などという商売は成立しない。
「……お父さんとお母さんに会いたいよぉ!」
ファリンと話していた女の子が泣き出した。
それにつられて次々と嗚咽が広がっていく。
「やかましいぞ、ガキども!」
隣の部屋から野太い声で怒鳴り上げられる。
扉を蹴る音で子供たちが身をすくませた。
「へへへ……その内新しい“お父さん”と“お母さん”ができるからよ」
「運がよけりゃあ金持ちの養子だ。悪けりゃ……げへへ」
男たちの言葉に何人かは最悪の場合を想像してしまう。
奴隷ならまだいい方かもしれない。異常性癖者の慰み者や、魔法の実験の検体にされることもあり得る。
「帰して、お母さんの所へ帰してぇ!」
「やかましいって言ってんだろ!」
ファリンはため息をつく。
こんな雰囲気の悪い環境に一分一秒だって居続けたくない。
そもそも、こんな奴らを放置しておくこと自体、精神衛生上よくない。
「あのー、ちょっといいですか?」
子供たちを押しのけ、扉の前にファリンが立つ。
後ろ手に、皆へ伏せるようにサインを送りながら。
「あ、何だよ?」
「ええ、ちょっと聞いておきたいことがあって」
扉に手を添える。
「聞きたいのはですね――」
「あ?」
そこで、ファリンは声のトーンを落とす。
ぼそぼそと呟く彼女の声が扉越しでは聞こえづらい。男は耳を扉に付ける。
反対側から体重がかかったのを確認すると、ファリンは一言告げた。
「――『
呟いていたのは魔法の詠唱だ。唱え終わったと同時に魔力で圧縮した空気を掌から解き放つ。
木製の扉は吹き飛び、扉にもたれていた男ごと壁に激突した。
「ふう。やっと体が伸ばせます……って、この部屋、酒臭いですね」
突然目の前を仲間が吹き飛んでいくという異様な光景に面食らう男たちの前に、ファリンが背伸びをしながら部屋から出てくる。
「な……なな。何だ今の」
「単なる攻撃魔法ですけど?」
「お前、
「プリーストが攻撃魔法使っちゃいけないなんて決まり、あります?」
攻撃魔法のエキスパートのディオンがいるから普段自重しているだけで、ファリンも攻撃魔法は使える。
そもそもプリーストを務めているのもパーティのバランスを考えてジョブを選択しただけだ。
「と、取り押さえろ!」
部屋の中にいたのは最初に吹き飛ばして気絶している男を含めて五人。
近くにいた二人の男がファリンに手を伸ばし――。
「あがぁ!?」
「ぎえっ!?」
彼女から発せられた電撃に射抜かれ、その場に崩れ落ちた。
「触らないで下さい、汚らわしい」
魔王軍参謀の孫娘として、淑女の教育を受けて来た彼女にとって、蔑む対象である人間の、しかも礼儀も弁えないゴロツキ風情に触れられるのは生理的な嫌悪を覚える。
旅の仲間として、そして王族や騎士と言うことで多少礼儀を弁えているエミリアやアンリは大目に見ているが、いまだにファリンは人間に触れる、触れられること自体が好きではない。
「……あ、でもちょっとは役に立つかもしれませんね」
にっこり笑ってファリンが掌に魔力を集める。
集中した力は紫電に変わり、高密なエネルギーが眩い光を放つ。
「最近、色々あって鬱憤が溜まっていたんですよ。折角なので解消させてもらいますね」
「お前、本当に神に仕えているのか!?」
「えーっと……こういう時は何て言えば。あ、神のご加護を」
「違えよ!?」
掌の魔力を解き放つ。部屋の中を荒れ狂う電撃の嵐は男たちを黒焦げにする。
さすがに命は奪っていないが、しばらく目は覚まさないだろう。
「あー、すっきりしました」
久々に晴れやかな気分を味わったファリンだった。
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