第4話 従者、争いに巻き込まれる
町の人混みをかき分け、ファリンは走る。
別行動をとる前、ディオンは飲食街へと向かうと言っていた。
屋台でディオンらしき人物を見たという証言を得ながらその居所を探す。
「見つかった!?」
「いえ、こちらには」
交差路で三人は落ち合う。いずれもディオンを見つけられてはいないようだった。
「この辺にいるのは間違いないんですけど……何かが起こる前に見つけないと!」
「でもファリン。あいつ強いし、心配いらないんじゃない?」
「むしろ心配なのはディオン様じゃなくて、巻き込まれる側です!」
「……ああ」
「……納得しました」
思わずエミリアもアンリも頷いてしまった。
旅をするようになって二人がわかったのは、ディオンが世間の常識に疎いということだ。
見るもの全てを物珍しそうに見る姿はとても無邪気に見えて面白いのだが、世間一般で知っていて当然の知識がどこかで欠けている。
本来、ファリンが身の回りのお世話をしているので雑事は全て彼女任せだ。旅人としての最低限の知識はあっても、ローカルルールへの対処やトラブルに巻き込まれた際の対処は不慣れだ。
「例えば酒場でお金がないのをネタに絡まれて、酔ったお客さんに失礼なことをされたとすれば、次の展開は?」
「……喧嘩ね」
酔っ払いに常識は通じない。
仮に本人がやる気がないとしても、ディオンのような精悍な顔であれば「兄ちゃんのすかした顔が気に食わない」とでも因縁をつけて殴りかかってきそうだ。
「ディオン様が喧嘩をしたら。相手や巻き添えになったお店がどうなるかなんて――」
「どわああああああ!!」
突如、店の壁を突き破って男が外へ飛び出してきた。
「――ほえ?」
そして、その吹っ飛んだ先にはファリンがいた。
「ぎゃん!」
「ファリン!?」
「ファリン殿!?」
よける間もなく、ファリンは飛んで来た大柄な男に潰され、絞り出すような悲鳴が聞こえた。
「やれやれ、先に手を出したのはそちらだぞ?」
飛び出した男に続いて、埃を払いながらディオンが顔を出した。
男は完全に伸びており、巻き添えを食らったファリンも目を回していた。
「……あんた何やってんのよ」
「ん? 酔っ払いに絡まれて殴り掛かられたのでな。正当防衛だ」
「……ファリン殿の予想が当たりましたね」
「予想?」
「こっちの話よ」
「そうか。だが、少々困った事態になっていてな」
「これ以上何があるってのよ」
訝るエミリアが見ている前でディオンが裏拳で後ろに回り込んでいた男を沈める。
続いて襲い掛かってきた男も店の壁まで蹴り飛ばす。
「どうも酒場の客全員が仲間だったらしい。次から次へと湧いてきてたまらん」
「何人いるのよ!?」
「エミリア殿、自警団が!」
人混みをかき分け、武装した男たちがこちらへ向かっていた。
「こらー、お前らそこで何をやっとるかー!」
「どうしますか?」
「厄介ごとは面倒。みんな逃げるわよ!」
「全員叩きのめせば良いのではないか?」
「あんたは黙ってなさい!」
混乱する群衆の中に飛び込む。
幸い店先で倒れている男たちの対処でエミリア達を追うのが遅れたらしく、二、三区画を過ぎた辺りで追手は見えなくなった。
「はあ……はあ……どうやら逃げ切ったみたいですね」
「うう……グラオヴィールの姫が問題起こして逃げたなんて知られたら何て言われるか」
「姫と名乗るのは控えているのだろう?」
「あんたも勇者って自覚持ちなさい!」
行く先々で身分を隠した勇者と姫が人々を助けていくという美しい魔王討伐の物語。
だが、現在は絡んできた酔っ払いを叩きのめし、自警団から逃げ延びた身。
当初予定していた世直しの旅からはかなり外れてしまっていた。
「しかし、これからどうしましょう。路銀もあまり無いみたいですし、そろそろ宿に入った方が良いかもしれません」
「そうね……これ以上の無用なトラブルは私もごめんよ」
「よし、決まりだな。ところで今、どれだけお金は残っているんだ?」
「ファリン、どうなの?」
ふと、エミリアが視線を移す。
だが、その先にファリンはいない。
「ファリン?」
周囲を見渡す。だが、気の強い小柄なプリーストは影も形も見えない。
「あの……私が訪ねるのもどうかと思いますが、どなたか逃げる際に気絶したファリン殿を連れていかれましたか?」
思わず三人で顔を見合わせる。
「エミリアが一番近かったから、連れて行くものと」
「私が先導していたから後ろのアンリが連れて行ったのかと」
「ディオン殿がこちらへ向かってきたのでファリン殿を担ぎ上げるものかと」
「……」
「……」
「……」
結論。
ファリンはあの場に置いて行かれたままだった。
「どうすんのよ、全員の財布あの子が持ってるのよ!」
「何、それじゃあ今晩は宿をどうすればいいんだ?」
「二人とも、少しはファリン殿の身を案じてください!?」
◆ ◆ ◆
「まったく、昼間から飲んで暴れるなど……」
「へへへ……悪いね」
呆れる自警団に男たちは悪びれた様子もなく言う。
こんな問題を起こしても彼らは捕らえられたり、罰を受けたりすることはない。何故なら――。
「何事かね」
人混みが割れる。
その向こうから歩いてくるのは、この町で町長の立場に就いている者だった。
「は……喧嘩があったようで」
本来ならば一方的に絡んで来た男たちによる集団暴行未遂だ。
酒場のマスターも証言できる。だが、それをしたところで何も意味はない。
むしろ自分の立場が悪くなることを知っているからこそ、彼らは口をつぐんだ。
「喧嘩ごときでこれだけ集まるなんて暇ですねえ皆さん」
視線を向けられた人々が目を逸らし、それぞれ解散していく。
「おや、この子は?」
「ううーん……」
町長の足元に、いまだ眼を回すファリンがいた。
「は、どうやら騒動にかかわった一味らしく、これから連れて行こうかと」
「必要ありません」
「は?」
「見た所、まだ子供じゃないですか。この子は私が保護しましょう」
「しかし……」
町の流通を支配している彼には黒い噂があった。
食料が高額になり、旅人が滞在しなくなってからというもの、旅立った直後にその行方が知れなくなった者がいるというのだ。
勿論証拠があるわけではない。だが、このプリーストの少女が連れていかれてどうなるのかは全くわからない。
「何か?」
「いえ……」
「よろしい。おい、連れて行きなさい」
「へい!」
話が付いたところで、ゴロツキの一人がファリンを担ぎ上げた。
そこにいた男たちは皆、彼に雇われている者だった。
町の治安を守るべき立場の彼は、少女が連れていかれる様を見ていることしかできなかった。
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