距離感
帰宅。佳代さんはかばんから引っ張りだしたエプロンをつけると台所に立つ。冷蔵庫を開けて絶句した後眼力いっぱいの顔でこっちを見る。
「ゆーくん、ちゃんとご飯食べてる?」
「んー・・・ごめんなさい」
「お仕事忙しいのはわかるけど、ちゃんと食べないと体壊すよ?」
「はい。ごめんなさい」
「しょうがないなあ。お世話になったし、定期的に様子見に来ないとね」
「え、やった!」
「ちょっと、わたし怒ってるんですけど-!?」
思わず抱きしめてしまってお互い顔を真っ赤にして撃沈している。調子に乗ってしまった。悪い癖だ。だが反省はしていない。
「ゆーくん、なにドヤ顔してるの?」
「なんでもないよー」
「あやしい・・・」
包丁とまな板のたてる音。じゅわっと油の跳ねる音。グツグツ、コトコトと鍋が煮える音。全てが俺の空腹感と幸福感を刺激する。いい匂いがしてきた。こっそり台所に向かうと声がかかった。
「ゆーくん、お皿どこ?」
「ああ、どんなのが良い?」
「うん、深いのが良いかな」
「じゃあ、これで」
「うん、ありがとー」
テーブルに並んだのはまあ、見た目は普通のカレーだった。スープはインスタントらしいが一手間加わっているらしい。後はサラダ。ドレッシングは手作りしたと。うん、美味そう。俺の腹の虫はもう限界だった。
「いただきます!」
「召し上がれ」
スプーンを手に取りひとすくい。口に入れる。普通のルーのはずがとても美味しい。
「うまい!」
「よかった」
佳代さんの笑顔が眩しい。これが幸せってやつか。ッて思ったら口に出ていたらしい。佳代さんは微笑みながら顔が真っ赤だった。
一人暮らしになってからは食事はただの栄養補給だった。味も気にしなかった。とりあえず腹を満たしてエネルギーになればいい。そう考えていた時期が俺にもありました。なんだろう、このしあわせ感。もう一人の食卓に戻れる気がしない。ってこれも口に出ていたのか。佳代さんは再び顔を真赤にしていた。かわいいなおい。
「ごちそうさま!」
「お粗末さま」
お互い笑顔だ。この人といると自然と笑顔になる。ああ、幸せだなあ。などと独りごちる。
「お互い様です」
耳まで真っ赤な佳代さんがパタパタとキッチンに引っ込んでいった。
俺はそのまま彼女を追いかけ、一緒に並んで洗い物をする。なにをするのも楽しい。気づくと笑っている自分がいる。なんかテンションあがって、思わず口にした一言。
「ああ、ずっとこんなふうに過ごせたら良いな」
「え・・・なんでわたしの今思ってることがわかったの?」
「え?」
「あれ?」
お互い顔を見合わせて笑う。全く同時に同じことを思ったようだ。
リビングに戻ってTVを見ながらくつろぐ。けど彼女が気になってTVの内容なんて目に入らない。なんとなく気まずいが心地よい。寄り添ってゆったりとした時間を過ごす。
そんな時流れてきたメロディ。どっかのアイドルがカバーして有名になった野菜の歌。軽快なギターとハーモニカの音がイントロを奏でる。好き嫌い、育ってきた環境、様々なスレ違い、ズレをお互いの気持と妥協で埋めてゆく。そして、辛いとき、素敵な時間をお互いで分け合う。だからがんばろう、頑張ってと言い合える二人でいたい、それはきっと素敵なことだから。
なんかすごく胸に来た。佳代さんもなんか涙ぐんでいる。違って当たり前でいいんだ。合わせるにしてもお互いの丁度いいところに合わせよう。そうして、一緒になっていけばいい。素直にそう思えた。
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