第六章 玄冬の『豪』雪 記憶視点 PART7
★.
春つばき
夏はえのきに
秋ひさぎ
冬はひいらぎ
同じくはきり
「あおいちゃん、いつも唄っているけどさ」
少年は彼女に向けていった。
「それは何の歌なの?」
「これはねお花の名前の歌なの。お花はたくさんの名前があるから、迷わないように短歌にしてあるんだってさ。季節を並べてね」
「お花の名前?」
そういって少年は気がついた。全てを漢字にすれば、季節が入った花になる。
春は椿
夏は榎に
秋楸
冬は柊
同じくは桐
「でも、一つだけ入ってないね」
彼はぽつりといった。
「桐っていう字。これだけに季節が入ってない」
「んーん、そうじゃないってお父さんがいってたよ」
彼女は口を尖らせていった。
「みーんな仲間なんだって。季節がないってことも季節を証明するんだってさ」
「……ふうん。そうなの?」
「そうだよ」
彼女は口を尖らせた。
「桐は私の苗字の字なんだから、仲間はずれにしないでよ」
「そうだったね。ごめんごめん」
彼が頭を下げると、彼女は彼の視線を解きながら告げた。
「かおる君、花言葉って知ってる?」
「うん、知ってるよ」
少年は彼女のご機嫌をとるようにいった。
「花に対して心に思っている言葉を載せるんだよね? あおいちゃんの花には何て意味があるの?」
「それはねあなただけを見つめます』っていう意味があるの。素敵でしょ? 『向日葵』の花言葉」
「なんか照れちゃうなぁ」
少年は思ったことを口にした。
「でも素敵だね、あおいちゃんの花言葉」
「そうでしょ? この花言葉、結構気にいってるんだ。私はずっとかおる君だけを見てるよ。大きくなったら、ちゃんとお嫁さんにしてね」
「それはどうかなぁ」
「えーなんで」
あおいは唇を尖らせた。
「他に好きな子がいるの?」
「うん」
少年は大きく頷いた。
「だけど、その子と結婚しちゃ駄目だってお父さんにいわれたんだ」
「……よかったぁ」
あおいははにかんで頬を緩ませた。
「じゃあ、かおる君がその人と結婚することはないんだね」
「うん、残念だけど」
少年は近くにある川を眺めた。薄暗い中、蛍がぼんやりと光って飛んでいる。
「あおいちゃん見て、蛍が飛んでるよ」
「うわぁ、本当だ」
彼女は目を丸くした。
「もう夏だねぇ。今年は鬼灯笛を鳴らせるようになりたいなぁ」
「なれるよ。僕が教えてあげるからさ。大丈夫、吹けるようになる」
「約束だよ」
彼女はにっこりと笑っていった。
「そういえば鬼灯ってなんで鬼灯っていう名前なのかな? 鬼に、明かりなんて怖いよねぇ」
「祖先の霊を導くために飾るんだって。鬼っていうのは幽霊のことを指すんだってさ」
「なんだぁ」
少女は吐息を吐きながら胸を撫で下ろした。
「怖い鬼を退治するための光なのかなって思ってた。かおる君の眼も強い光は苦手でしょ?」
「うん、僕は鬼じゃないけどね」
かおるは小さく頷いた。
「けどそう考えると面白いね。もっと他に面白い考えはないかなぁ」
「かおる君」
あおいはかおるの目をまじまじと見つめた。
「好奇心が強いのはいいけどさ、他の人を好きになっちゃ駄目だからね。私だけを見ないとかおる君に火をつけちゃうかもよ」
「え? 僕達はまだ付き合ってもいないよ?」
「付き合ってなくても私達は結ばれるの」
彼女の目には優しい火が灯っていた。それは彼の心を穏やかにしてくれるものだった。
だが彼女と恋仲になる日は考えられない。それは決してあおいのことが嫌いなわけじゃない。それ以上に、『アオイ』のことが好きなだけだ。
「鬼灯にも花言葉があるんだよ。知りたい?」
彼女は彼から離れて川の方に向かいながらいった。薄暗い闇の中で蛍と戯れている。
「……うん、知りたい」
かおるは息を呑んで答えた。ごくりと唾が喉を通っていった。
「それはね……」
あおいは一つの間をとった。その時、彼女の眼が不気味に光った。
「…………『偽り』だよ」
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