第一章 青春の『華』花 PART7
7.
「こっちに来て、リー君」
彼を誘導して椿の花が咲いてある場所に足を進める。
だが彼の足は止まっており、目の前の小さな宮を眺めている。
「あれも神社なんです?」
「うん、そこには『サルタヒコ』様が祀られているの」
「サルタヒコ様?」
「うん。アマテラス様の孫、『ニニギ』様が天界から地上に向かう時に先導した神様ね」
葵は唇を舐めて続ける。
「『サルタヒコ』様は鼻が高かったから、天狗のモチーフになった人物ともいわれているの。それに目が鬼灯(ほおずき)のように照り輝いていたんだって。今でいうと西洋人のような顔立ちね」
「なんとなく想像できます」
彼は宙に視線をやったまま眉を八の字にした。
「ところで、鬼灯というのは何ですか?」
「え? 鬼灯を知らないの?」
葵は困惑した。中国から移り渡ってきた植物だと聞いたことがあるからだ。
「鬼灯っていうのはね、橙色に染まった提灯みたいな果実なの。古くから灯りを連想させる植物としてお盆に供えるのよ。鬼灯笛って聞いたことない?」
リーは眉間に皺を寄せて熟考し始めた。だがすぐに両手を上げて肩をすくめた。「……うーん、ないですね」
「鬼灯はね、中に入っている種を鳴らすことができるの。それがまた難しいんだけど、子供の頃に流行った遊びだったんだ」
葵は幼少時代を思い起こした。子供の頃に何度やっても袋を破り失敗していたが、一緒に遊んでいた子が簡単に吹いていた記憶がふと蘇る。
「どうしてサルタヒコはここに祀られているんです?」
「アマテラス様と繋がりがあったからよ」
彼女は彼に視線を送りながら答えた。
「ただそこまで深い関係にないから、末社という関係で宮は小さいの」
「なるほど」
彼は写真を撮りながら頷いている。
「日本には確か、八百万の神様がいるんですよね。本当にたくさんの神様がいるんだなぁ」
リーは納得した表情を見せると、背の高い椿の方を向いた。
「おお、これは綺麗ですね」
「そうでしょ。これは太郎庵(たろうあん)椿というのよ。綺麗な桜色でしょう」
ほんのりと色付いた椿を見て、リーは子供のような無邪気な笑顔を見せた。
「椿にはこんな色があるんですね。白と赤以外にもあるなんて知りませんでした」
彼の喜ぶ姿を見て、葵は心の中でガッツポーズをとった。やはり彼を連れて来てよかった。今日の夜、あらかじめ立てていた計画を実行しよう。
「実はね、今日一日空けて貰ったのにはわけがあるの。今日の夜、もう一度ここに来る予定なんだ」
「へぇ、それは楽しみです」
リーは葵を見て口元を緩ませた。
「何だろう、雛祭りと関係しているのかな」
葵は無表情を装い手を振った。「まだいえないよ。見てからのお楽しみ」
「そうですか、じゃあ我慢して待つことにします。でも、夜に神社の中に入ったりできるんですか?」
「もちろん普通には入れないよ」葵は両手を交差した。「抜け道を通るの。私が子供の時から知ってる抜け道があるんだ」
そういうとリーの眼に光が灯った。葵が思っている以上に彼は椿に興味を持っているようだ。
あの幻想的な椿を二人で見ることができれば、今日は二人の記念日になるかもしれない。そんな淡い期待を持ちながら、彼女は椿に視線をやった。
椿の花は葵の気持ちと同様に仄かに色をつけ、ゆらゆらと風になびいていた。
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