罪の烙印 ~Prototype~
宵霧春
第1話 プロローグ
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「ねぇ、おかあさん。せいざってなぁに?」
これは、私が4歳の頃の記憶。母が七夕の話をしていた時に、言った質問である。
「んー、そうねえ……」
お母さんは、私にもわかるように言葉を選び、そしてこう答えた。
「星座はね、星と星が繋がって出来る、一つの絵のようなものよ」
「ひとつのえ?えほんみたいに、かわいいうさぎさんとかがいるの?」
「そうよ。星はいつも見えないリボンで結ばれているから、いつも一緒なのよ」
「ほんと!?それじゃあ、おほしさまはさみしくないね!」
「ええ」
そういうと、お母さんはにっこりと笑って、私を抱き上げた。
後日、お母さんは私を鳥取県のアストロパークというところに連れて行ってくれた。そこには色んな星のことが説明されてあったのだが、中でも特に印象に残ったのは、プラネタリウムだった。
「うわー、きれい!」
私は、辺り一面に広がる星々を見て、すごく感動したのを覚えている。その時の季節は夏だったので、語り手のお姉さんは夏の大三角の話をしてくれたのだが、私は色んな星座を眺めるのに夢中になっていて、全く聞いていなかった。まあ、もし聞いていたとしても、その時の私にはあまりわからなかっただろうけど。
「でしょ?星座はいつも、私たちをこうやって見守っているんだよ。・・・そういえば、アキは私が明日には宇宙に行くのは知ってるよね?」
もちろん知っている。お母さんは、火星に行くのだ。この一大プロジェクトに参加することが決まった日、お母さんは子供みたいに飛び跳ねて、私やお父さんと手を取り合って喜んでいたのを覚えている。
「うん!『かせい』ってところにいくんだよね! おみやげまってるね!」
「もう、抜かりがないなあ」
お母さんは、いつものように笑った。
そのときのお母さんの笑顔は、作り物ではあるが、星をバックとしていていつもより数倍美しく見えた。
そしてそれが、最後に私が見たお母さんの笑顔だった。
「おかあさん、おかあさん!」
私は、誰も入っていない棺の前で、ひたすら最愛の人を叫ぶ。お母さんは、火星にいく途中で宇宙船の中にある気密室で窒息死した。事故の原因となったのは、バルブのゆるみであった。そのせいで、宇宙船内部の空気が外界に漏れ出し、酸素が不足してしまったのだ。
私は、自分の母親をここまで惹かせ、そして殺した宇宙を、星を恨んだ。
「うわあああああああああああああ!」
私は、その場に落ちていた石を掴んで上空へと放った。だが、虚しいかな、その石は数メートル上昇したのち、重力の力に押し負け、来た道を戻るようにして落下していく。
私は感情を剥き出しにして、何度も石を投げる。落ちる。投げる。落ちる。
数回の投擲を繰り返した後に、その手を掴まれる。お父さんだ。そう認識した途端、再び両目から涙があふれ出る。私はお父さんに抱きつくと、顔をうずめる。
「アキ」
お父さんの声がして、顔をそちらへと向ける。今まで見たことのない、真剣な表情だった。お父さんは私の目をしっかりと見て、こう言った。
「お母さんは、死んではいないよ」
「……え?」
私は目を丸くする。そんなはずはない。お母さんは死んだはずだ。今、お母さんの葬式をしているのだから。
「でも、そこにはお母さんはいないよね?」
そう言って、目の前の棺を指さす。
確かにいない。でもそれは、宇宙で死んでしまったから、お母さんの遺体を回収出来ないだけなのではないか。
「そうではないよ。今の科学の力では、宇宙船の中にいるお母さんを回収するのは簡単なことだよ」
……じゃあ、おかあさんはどこにいったの?
「お母さんはね」
お父さんは一拍おいた後に、空を指さして言った。
「お星様と友達になって、今もアキやお父さんを見守っているんだよ」
お星様と、友達になる。
お母さんとの会話を思い出す。つまり、お母さんは星になったと言いたいのだ。星座を紡ぐ、一つの星になったのだと。
私はそれからはもう、泣かなかった。お母さんは、星座を作る1つの星となって、私を見守っているんだと考えたからだ。
お父さんが言ったのは、子供でもすぐにわかるような、簡単な嘘。
けれども、私は今もその答えに満足しているのであった。
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