2「強くなるために」
「どう? リーナには負けたけど、あたしがへっぽこじゃないって証明はできたと思うけど?」
「だから偉そうに言うなって! ったく……認めてはやるけどさ」
プレイベートモードでのバトルを終えて、フードスペースで一息つく四人。
代未は絢萌に負けて、悔しそうにテーブルを叩いていた。
その姿を、じっと見つめる絢萌。
「なんだよ。リーナちゃんは勝ったんだから、言うこと聞くとかは無効だぞ」
「はいはい。……それより。今バトルしてみてわかったんだけど。あんた、攻めっ気が足りないわね」
「せ、攻めっ気?! 私が?」
絢萌の言葉に、ガタンと立ち上がる代未。
晃人とリーナも驚いた顔になった。
代未の性格は、むしろ好戦的だと思うのだが……。
「いつも後衛か中衛やってるでしょ? 攻め方に戸惑いを感じたのよね。いつもは守る対象があって、いざとなったらそれを守れば良い。でも今みたいな一対一のバトルだと、どう攻めたらいいかわからない。違う?」
「そっ、そんなこと、あるわけ……ないだろ!」
「う~ん……言われてみれば、ヨミちゃんはそういうところあるかもねぇ」
「ちょっとリーナちゃん! どっちの味方だよぉ!」
「敵とか味方の話じゃないよ~。いつも一緒だからかな、逆に気付かなかったなぁ」
「ぐっ……! ええい、別にいいだろそんなの! 後衛やってるなら、守るの優先でなにが悪いんだよ!」
「そうね、いいかもね。……でもバトル中なにが起きるかわからない。攻めに転じることで打開できるパターンもあるけどね?」
「むぅ……」
不満そうな声をあげて、代未はイスに座り直した。
晃人は昨日の沙織のことを思い出す。少し違うかも知れないが、後衛だった彼女が攻めに転じたことで、晃人側はかなり混乱した。あれがもっと早ければ、逆転されていてもおかしくなかった。
「あ、あのさ。俺は……どうだったかな?」
「はぁ?」
リーナも気付いていなかった代未の欠点を、あっさり見抜いた絢萌。
そんな彼女が自分のことをどう思ったのか、晃人は聞いてみたくなったのだ。
「なんであんたのことなんか……。まぁいいわ。確かAランクだったわよね」
「うん、そうだけど」
「ひょっとして、Aランク歴長い?」
「うっ……どうして、それを」
「半分は勘だったけどね。あんた、動きに迷いがありすぎなのよ。自信なさげって言うか」
「自信……なさげ?」
「Aランクで行き詰まっている人にありがちなのよね。負けすぎて、自信無くしちゃうの。こっちとは別の意味で攻めっ気が足りないわ」
代未を指さしながらそう言った。代未はじろっと睨むが、絢萌は気付かず話を続ける。
「そこで質問なんだけど。あんた、Bランクに落ちたことはある?」
「上がりたての時に、一度だけ。あとはAランクを維持できてる」
「そう。なら上出来。自分が思ってるほど、弱くはないんじゃない?」
「えっ……」
「もちろん、Sランクじゃ通用しないわよ。ただAランクなら問題ないレベルでしょ。いい? 周りはあんたと同じAランクなのよ。確かにSランク崩れのちょっと強いのもいるかもしれないけど、勝てない相手じゃない。慎重になるのは大事なことだけど、もう少し突っ込んでもやられないはずよ」
「でも、それじゃSランクには通用しないんだろ?」
「あのねぇ。そんなのランク上がってから考えなさいよ。自分の実力がSランクで通用するかどうか、Sランクになってバトルで揉まれて実感してみないと、なにが足りないかなんてわかりっこないわよ」
「……!!」
晃人はハッとして顔を上げ、絢萌の顔を見る。
確かに晃人は迷っていた。ずっとSランクに上がれなくて、セッティングが悪いんじゃないか、カスタム魔法を変えようかと悩んでいた。
結果セッティングに自信を無くし、プレイングにも迷いが出ていたのかもしれない。
(でも……戦うのは同じくらいの強さの相手なんだ)
もっと大胆に、強気に攻めてよかったんだ。
それがSランクでは通用しないのなら、Sランクに上がってから通用する戦い方を身に付ければいい。
「な、なによ。じっと見て」
「いや。ありがとう、ちょっと目が覚めた感じする」
「なっ……ふんっ! 言っとくけど、この中では一番弱かったからね!」
「あはは、わかってるよ」
「おぉ~。アヤメちゃんすごい! わたしより的確なアドバイスしてる!」
「あっ、リーナのアドバイスもすごく役にたってるぞ?」
リーナのは技術的なアドバイスが主で、絢萌のは心構えの話だ。
両方とも晃人に必要なアドバイスだったと思う。
「ねぇねぇ! わたしは? わたしはどうだった? 絢萌ちゃん!」
「えぇ? そ、そうね……あなたは、個人技は文句ないでしょ。余裕でSSランク狙えるレベルよ。少なくともSランクであなたほど強い人、見たことないわ」
「おおぉ……そっかぁ。えへへ。照れちゃうなぁ」
「でも、やっぱりそれは個人技のレベル」
絢萌の言葉に、リーナは首を傾げる。
晃人と代未も、絢萌がなにを言いたいのかわからなかった。
「リーナ、やっぱりあなたにチームプレイは無理よ」
「ええっ?! ど、どうしてそう思うの? 今、一対一のバトルだったのに!」
「今のバトルでわかったのは、あなたの個人技のレベルの高さ。よぉく実感できたわ……。で、チームプレイについては、フリーモードの動画を見た時から思っていた感想よ」
「動画? あ、ああぁぁ! もしかしてもしかして、フリーモードの……魔女とか言われちゃってる、あれ?」
「そうそう。フリーモードのま……じょ……よ。もちろん、フリーモードだし、チームモードとは違うってわかった上で言ってるわ。いい? あなたはね、結局いつも一人で戦ってるのよ」
「そんなことねーよ! 私はいつも一緒にやってるからわかる!」
「じゃああんた、バトル中に前衛やったことある? 途中でスイッチして前に出たことある?」
「なっ……それは」
「例えどんな状況になっても、敵陣側まで来てって、言われたことないんじゃない?」
代未が絢萌から目を逸らす。
その反応で察する。……無いのだ。前衛に回ったことが。
「そっ……そんなのタッグなんだし、役割分担で……っ!!」
何とか言い返すが、その言葉に力はなかった。
例えば先日のシンタたちとのバトル。リーナはなかなか拠点を取れないでいた。
対して、拠点を二つとも取られていたあの状況で、もし相手が儀式塔に魔力を注入していたら。75%を越えられていたら。
その時は、全員前に出てでも拠点を取らなければ、勝ち目がない。
何度もプレイしていれば、きっとそういう場面だってあったはずだ。
「役割分担ね。確かに大事よ。そういう意味ではタッグだったんじゃない? でも……横に並んで戦うことはできた?」
「それは……っ!」
「ま、待ってよ絢萌ちゃん! ヨミちゃんがいつも後ろにいてくれるから、わたしが前衛で暴れられるんだよ! 確かに前衛に出てきてもらったことはないけど、でも! ずっと隣りにいてくれたのと同じだよ!」
「り、リーナちゃん……私はっ……」
リーナがフォローをするが、代未は歯を食いしばり、強く拳を握って俯いてしまう。
「ふぅん? ……まぁいいわ。あたしがいいたいのはね、そういうことじゃないのよ。ずっと気になってた。さっきの実戦で確信したわ。リーナ」
ビシッとリーナを指さす絢萌。
「あなた、自分の手に入れた情報、きちんと味方に伝えきってないでしょ?」
「えっ、そんなこと……」
「フリーモードの魔女の視野の広さは異常。そんな風に言われてるの知らない? 動画だけじゃわかりにくかったけど、実際にバトルしてわかった。思っていた以上に、恐ろしいくらいに視野が広い。あたしがどれだけ死角を突こうとしたことか……。
だけどその視野の広さを、あなたは味方のために使わない。得た情報を伝えず、自分のためだけにしか使ってない」
「……っ!!」
絢萌の言葉に、リーナは明らかに動揺していた。
そしてその理由に、晃人はすぐに思い至った。
(彼女の言う通りなんだ。リーナは持っているすべての情報を、味方に流していない。何故なら、それはEVSで得た情報だから……)
例えば昨日の茂みの潜伏だって、EVSが発現した晃人にだからこそ、揺れたと説明ができた。
もちろん、あそこに隠れるのが見えたと言えばいいのかもしれない。でも次々と場が動くバトル中に、EVSで見た情報と普通に得られる情報を分別し、言い換えるのは難しい。
ましてやリーナは最初からEVSが発現してるのだ。普通のゲーム画面との比較が、一瞬ではできないのかもしれない。
「でもおかしいのよね。それならどうして、この――沖坂だっけ。彼と一緒に前衛組んだの? そもそもどうして情報を伝えようとしないの……?」
「もういいだろ、そんな話」
絢萌の追求を、代未が遮る。
「リーナちゃんはこれからもずっと、フリーモードしかやらない。チームモードもランクモードもやらないんだ。だからそんな話、意味がない!」
「まだそんなこと言ってるの? この子にはSSランクを目指してもらわなきゃ困るのよ!」
「目指してもらわなきゃ困るー? なんだそりゃ!」
「うっ……も、もったいないでしょ! そんなに強いんだから! SSSランクだって狙えるレベルなのよ?」
「ま、まぁまぁ二人とも落ち着いて~」
二人に割って入るリーナ。いつもの調子に戻ったように見えるが……。
「ランクモードはやらないけど、でも、チームバトルはできるようにならなきゃって思ってるよ。実際チーム登録はしないと思うけど、フリーモードでやる分には構わないから。晃人くんとも約束したしね」
「リーナ……」
「でもそっかぁ。絢萌ちゃんの言う、チームモードに向いてないって意味、やっとわかった。確かにわたし、そういうところあるかも。自分じゃ気付けなかったよ、あはは……」
きっと本当に気付いていなかったのだ。無自覚にそうしていたのだ。
情報をすべて伝えることができないから、隣りで戦うことができない。ひとりで戦っていた。
その事実をはっきり突きつけられて、ショックを受けているようだ。
(でも……今は)
「リーナ。今の、本当か?」
「え? 今のって? どれ?」
「チームバトル、できるようにならなきゃって」
「うん。それは本当にそう思ってるよ。仮メンバーだからって、まったくチームプレイができなかったら意味ないからね」
「そうか。じゃあ……」
晃人は立ち上がり、絢萌の方を向く。
「な、なによ?」
「神津原さん、頼みがある! 俺たちに、チームプレイの指導をしてくれないか!」
「は、はぁ?! なんであたしが!」
「そうだぞ沖坂! 俺たちってリーナちゃんも入ってるんだろ? そんなの必要ない!」
「必要あるんだよ! ……リーナ、聞いてくれ」
今度はリーナの方を向き、じっと見つめる。
「俺が、リーナの隣りで戦うよ」
「晃人くん……」
自分なら、リーナが得た情報を一緒に受け取ることができる。
隣りに並ぶことができるんだ。
「だからチームプレイを教わろう。俺たちのことをこんなに分析してくれたんだ、絶対強くなれるよ」
「ふ、ふざけんな! そんなの絶対ダメに決まってんだろ!」
「待って待って、ヨミちゃん。……そっか。うん! ナイスアイデアだと思う! 絢萌ちゃんに教わろう! 教わりたい!」
「う、うそ、だろ……?! リーナちゃん……」
「待ちなさいよ! ていうかそんなの、あのマジシュー部の部長に頼みなさいよ!」
「それがそうもいかないんだ。部長、チームメンバーが揃わないと教えても意味がないって言ってさ。それに今は部員集めに奔走してて、忙しいみたいだし」
どうも、今月中に部員が五人にならなければ、廃部もあり得ると言うのだ。
現時点で晃人たち以外の入部希望者は来ていない。
「で、でも、だからって! なんでっ」
「頼む! 神津原さん!」
「わたしからもお願い! 絢萌ちゃん!」
たじろぐ絢萌。ゆっくりと頬が赤く染まっていく。
……やがて、がたっと椅子から立ち上がり、
「どうして? どうしてあたしなのよ。だいたい、あたしはランクモードをやれって言ってるのよ?」
「そうだけど……。でも神津原さん、チームプレイについて詳しそうだし」
「うんうん! 詳しくなかったら、あんなに分析できないよね? わたし、絢萌ちゃんにもっと教わりたいな。あんな指摘してくれた人、初めてだったから!」
「っ……! で、でもいいの? もし指導するとなったら、もっとズバズバ言うわよ。ボロクソに言うわよ。特に沖坂、あんたなんて、弱いのには変わりないんだからね! さっきはAランクだから今のままでいいみたいな話したけど、チームバトルをやるならそうも言ってられないのよ? リーナと一緒にやるなら、それなりの強さが必要! ダメ出しいっぱいするわよ?」
「望むところだ!」
「なっ……なんでよ! なんでそこまで!」
「強くなりたいからだ! そのためなら、どんなにきついこと言われたって、受け入れられる! ちゃんと聞く! そんなの当たり前のことだ!」
「あんた……」
絢萌は驚いた顔で晃人を見つめ、やがて小さくため息をつく。
「……しょうがないわね。わかったわよ」
晃人とリーナが顔を見合わせて笑顔になる。絢萌も小さく笑って続けた。
「引き受けてあげる――」
「あれー? あそこにいるの、絢萌じゃない?」
――絢萌の後方から聞こえたその声に、絢萌はゆっくりと振り返る。
「やっぱりー。絢萌だよ!」
「……ほんとだ。そっか、絢萌って
そこには、二人の女子高生。電車で何駅か行った先の、女子校の制服だ。
「シホ……。アイも……」
絢萌は名前を呟いて、二人の方へと歩いて行く。
「久しぶりー。……絢萌、まだマジックシューターズ続けてるんだね」
「うん。……当たり前でしょ」
「……椎名は? あの子も、真ヶ峰だったよね」
「やってるわよ。一緒には、やってないけど」
「……そっか。そうなんだ」
「あ、あのさー、絢萌……」
そこから声が小さくなってしまって、晃人たちの場所からでは話が聞こえなくなってしまった。
ただ二人の女子高生はなんだか申し訳なさそうな様子で、絢萌は背中しか見えないが驚いている風だった。
ひとまずその話は終わったのか、女子高生の声のトーンが元に戻る。
「あ、ねぇ絢萌。向こうの三人、もしかして新しいチームとかー?」
「ち、違うわよっ」
「そうなのー? なんだぁ」
「……絢萌。私たちのことは、もう気にしないでいいよ?」
「そうだよー。こっちはもう、チーム解散したんだからさ」
そんな会話が聞こえ、晃人たち三人は顔を見合わせる。
「い、今、チーム解散って言ったよな。俺の聞き間違いじゃないよな?」
「うんうん! 言ってたよ! 間違いなく!」
「ってことはあいつ、中学ん時チーム組んでたのか」
再び視線を向けると、絢萌は二人に手を振って、こちらに戻ってくるところだった。
「な、なぁ神津原さん……今」
晃人が今のことを聞こうと声をかけるが、絢萌は三人の誰とも目を合わせず、自分の鞄を手に取る。
「……さっきの続きだけど。指導の件は引き受けるわ。でも明日からでいいでしょ? 今日はこれで。さよなら」
一方的にそう言うと、絢萌は早足でハガ―アミューズメントを出て行くのだった。
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