終機神カグヅチ
片山順一
1.僕とラジオナ
大真面目に、『人を愛する』なんて言ってる奴の気が知れない。
恋愛とか、家族とか。
綺麗ごとを言って、どうせ自分の遺伝子を残したいってだけだ。
可哀想な奴扱いされるから、誰にも言った事は無いけど。
16年と7か月生きた僕の、偽らざる本心。
べつに親から無視されたわけでも、人からいじめられたわけでもない。
でもとにかく、人間がめんどくさい。
人間に頼れないと生きていけないってことは分かる。
理解したうえで、そんな現実が嫌でしょうがない。
めんどくさいめんどくさい。
なんで僕以外のことで、悩んだり苦しんだりしなくちゃいけないんだ。
ひねくれた僕の心が、覆ることなんてあるのかどうか。
時間のある人には、確かめて欲しい。
鉱物の反応で、緑や黄色に染まった洞窟だとか。
偶然できたはずなのに、誰かが彫刻したようにしか見えない山岳だとか。
あっちで、だらだらネットをうろつき、大抵のものは見たつもりだったけど。
『ラジオナ』というこの世界の光景は、そういうもののどれでもない。
村はずれに組まれたやぐらから見渡す、この景色。
手つかずの森や、羊の歩く野原、緑の山を、黒い金属の塊が少しずつ侵していく。
金属。鉄、銅、銀――化学で習った物質のどれでもない、黒い塊だ。
見ようによっては、ヘドロみたいに思えるのに、近づいて触れたら、冷たく、固い。
人間が何をやっても、けっして砕けず、海水にも錆びず、あらゆる酸にも溶けず、無論空気や日光で劣化する事もなく。日々膨張しながら、じわじわと広がっている。
大くくりに『キカイ』と呼ばれる、ラジオナの人間全てを脅かすものだ。
ひと月前、知っている村が呑まれたばかり。こことて、いつまで持つだろうか。
ラジオナの大陸のほとんどは、すでにキカイに覆われている。
ふわり、と襟首にまとわりつく感触。
さらさらした真っ赤な髪が、僕の頬から胸にかかった。
髪と同じ真っ赤な衣をまとった、たれ目気味の少女が僕を抱きしめている。
『……ヒロ、今日も暗いわ。マナみたいに笑ったらどう?』
小さい鈴がさらさらと鳴る様な、耳に心地よい綺麗な声。
すべすべとした細い腕、鼻をくすぐる石鹸の様に穏やかな匂い。
流されそうになるのを、押しとどめる。
「うるさいな、作り物のくせに。いちいち構うなよ、僕はできそこないだろ」
酷いことを言ったと、思っている僕を気遣ってか。
怒ったふりをして、頬を膨らませ、腕を組み、空中を漂う。
『ひどい。私は、あなたの理想なのに。カグヅチが分析したあなたの脳波が、思い描く通りの存在なのに。魅力的でしょう。人間らしく、愛を覚えてもいいのよ?』
「つまり作り物なんじゃないか。それに、僕にお前を動かす事はできないよ。色んな人に残念だけどね」
少女姿のカグヅチの向こうには、そびえ立つ彫刻の様なその本体が立ち尽くしている。
本体。一言でいうなら、鳥の顔をした巨大な鎧騎士。
大きさは、20メートルほどあるだろうか。あっちで通ってた高校の校舎ぐらいだ。
大きな剣を正面に突き立て、束を両手で握り、鷹の様に鋭い目は、はるか空の向こうをにらんでいる。
こいつはキカイに対抗できる、『機神』と呼ばれるロボットみたいなもの。
このカグヅチの様に抜け殻みたいな状態で、ときどきキカイが捨てていく。
そして機神は、僕の様に平和な世界から来たものにしか動かすことが出来ない。
ラジオナに呼び出された異世界の人間は、基本的にこいつを駆って戦う。
歴史をひもとけば、数百年という月日、ラジオナの人間は機神を操る異世界人と共に、辛うじてキカイから生き延びてきたという。
べつに異界人みんながお人好しってわけじゃなくて、キカイは勝手に攻撃してくるのだ。人間として生きたいなら、協力して戦うしかない。
『惜しいわ。あなたには強く戦いを憎む心があるのに、人を愛する心がない。一年も一緒に戦って、それでも誰にも、何も芽生えていない』
「……機神で戦える奴が異常なんだよ」
うっとうしいインターフェイスめ。僕の脳が作っただけの音と映像の分際で。
どういうわけだか分からないが、機神は異世界人に操縦の資格を求める。その条件が、優しさと愛情なんて抽象的なものだが。目の前に浮かんだインターフェイスなんかを通じて、脳波のパターンとかで識別しているらしい。
要はこいつが、僕の中に人を愛する気持ちを読み取ればいいらしいんだけど。
『マナは、こっちに来たその日に戦えたそうね』
「あいつの事を言うのはよせよ!」
振り向いて怒鳴った、僕の怒りに呼応するように。
爆発音が響いた。
さっきまで見ていた森の方。目をこらすと、金属の塊の影から、人型の機械がよろめき出た。
「キカイの奴らか……!」
僕はやぐらから飛び降りた。ここは見張り台とハンガー兼用だ。機神の方のカグヅチの腰あたりに、警告用の木の鐘がある。
来た当初は重かった木槌や、上り下りが怖かったやぐらにも大分慣れてきた。
分厚い板を思いっきり叩いて、村中に警告を響かせる。
回数は10回。防戦と避難の合図だ。
やぐらの足元の詰所から、皮ズボンに胸当て、ブーツにゴーグルの村人が次々に出てくる。ラジオナ人の衛視達だ。1年ですっかり馴染んだ。
僕より少し年上くらいの男が、こっちを見上げた。
「ヒロ! キカイだな、何体だ!」
「見た限りだと、火吹きが2、大砲が1だよ。まだ増えるかも知れない」
キカイは金属で地表を覆うだけじゃない。目の前に来ている奴らの様な、無人のロボットみたいなものを次々と繰り出して、人間を攻撃してくる。
こいつらは、キカイが生み出す金属で、『冷たい仔』なんて呼ばれてる。無人ロボットでもいい気がするけど、ラジオナにはロボットという概念が無い。キカイは身近だけど、蒸気機関ですらまだ普及し始めたかどうかという程度だったりする。
冷たい仔達を破壊すれば、機神の動力源になり、その装甲や武器はキカイに対して有効だ。また機神の知識を応用して改造すれば、ラジオナ人でも操れる、『機械人』の素体になる。
衛視小屋から、一人の女の子が、猫の様な動きでやぐらに上った。遠眼鏡で冷たい仔たちを確認している。
「ヒロの言う通り、火吹きと大砲だね。バーナーは使えない、棍棒は足りてる。大砲はヤードに売ろうかしら」
「あの型のは、余ってるらしいよ」
「じゃあいつも通り、カグヅチとシラサギのご飯だね。大砲のやつはおばさんの村を壊したから、確実にやらなきゃ」
ゴーグルを降ろすと、森の方へ駆けていく少女。今から戦闘するというのに、軽い調子に思えるが。
これがラジオナ人の感覚だ。何百年もの間、キカイと戦い続けてきた村人達は、戦うこともキカイを憎むことも何とも思っていない。
『手伝いならできるのにね』
「うるさいな、それより、何かあったら知らせてくれよ」
カグヅチに捨て台詞を残して、僕は村の方へと走った。
機神も動かせず、冷たい仔にも乗れないけど。
僕だってただ厄介になってるわけじゃない。戦うこと、身を守る手伝いをすることが、この世界で生きるために必要な条件だ。
村の周囲は、冷たい仔の残骸を使ったバリケードや城壁の様になっている。そのところどころに、さっき『大砲』と呼んだ冷たい仔の武器がすえ付けてある。がらくたでできたトーチカみたいなものだろうか。
武器は機関銃みたいなものだけど、人間には相当にでかい。仔からもぎ取った腕のパーツに引き金と銃身を握らせ、その腕を2人で操ってターゲッティングと銃撃を行う。
機械人に乗れるなら、腕を動かすこともできる。
僕が銃座に近づくと、からっと日焼けした精悍な2人の青年がゴーグルを上げた。
「ようヒロ、あんだけなら、そんなに弾が要らねえかも知れねえぜ」
「そうさ。キカイの降る中、無理して走らなくてもいいんだよ」
僕の仕事は弾の補給だ。冷たい仔の武器は特別で、液状になった金属、キカイの塊を銃身に注入して撃ち出す。キカイを液状に溶かすのは、異界人の僕か、マナにしかできない。
2人の言う通り、正直出番が無ければいいと思うのだが。
冷たい仔の攻撃が始まる。
大砲が不格好な両手を地面に突き立て、リクガメみたいな構えで背中の砲を傾ける。
どおん、どおん、と村中を揺るがす様な地響きを立て。液体金属の質量弾が放たれた。
キカイが作った金属の塊だから、着弾しても、爆発しないけれど。あれだけ重いものがぶつかれば、村の建物はぺしゃんこ、機械人だってひとたまりもない。
ぐしゃり、と潰れたのは、今しがた慌てて海の方へ逃げて行った住民の家だ。飛び散った泥の塊が、他の家の柵や窓を打ち壊した。
「ちっくしょう、ひと月前に立て直したばかりだぜ」
「焦るなよ。まだ射程内じゃねえ」
じりじりする気持ちも分かる。僕だって、草を刈ったり、木を切って運んだり、家を建てるのに色々協力したんだ。
砲撃は続いている。潰される家は、1つや2つじゃない、トーチカの近くにも、キカイの塊が着弾し、貴重な土の地面をえぐる。
火吹きも前に進み始めた。緑と銀が交じった装甲、二足歩行だが人でいう首の部分には何も無い。ただ、胴体というか胸の所にトカゲの顔みたいなものがあり、その口の中からバーナーが覗いている。
そのバーナーから炎が放たれる。火吹きという名の通り、トカゲの顔から放出された火柱が、農具小屋や収穫を控えた小麦に近づく。
「畜生、照準合わせろ、麦をやられたらパイも食えねえ!」
「ヒロ、次の弾頼むぜ!」
巨人の腕の様な機械人のパーツが、プラグを握った2人に反応。銃口が1体の火吹きを目指す。
指関節が握り込まれ、機関銃がうなりを上げた。
ぼ、ぼ、ぼ、ぼ。
ポンプ車がとぎれとぎれに水柱を放つ様に。キカイの弾が銃口を飛び出す。
金属音と水音が交じった独特の音を立て、火吹きの足元にキカイの塊が張り付いていく。弾痕を察知したのか、火吹きがよたよたと横移動を始める。
「逃がすか!」
左上、銃口を支える砲手が、向きを調整。放たれたキカイが、右足をえぐった。
よろめいた火吹きは、トーチカの砲を目指そうとするが、胸元の頭を、金属棒がいきなり貫く。
棒、あれもキカイの一種、液体金属を固めた投げ槍だ。あれを使うのは、村の衛視たちが駆る機械人。
村はずれの森を見れば、黄土色のすね当てに、胴鎧と手甲、羽飾りを模した兜の機械人が立ち上がっていた。背中のかごにはさっきの投げ槍が入っている。
砲手の1人が、口笛を吹き、叫んだ。
「衛視隊か。投げ槍はジャベリナのだな、ランスの野郎、いい腕してやがる」
「ヒロ、補充はもういいぜ、こっちの機械人が出てきた」
もう1体の火吹きに向かい、銀色の影が近づいていく。
飾りの無い円形の兜に、滑らかな表面の白っぽい甲冑、丸盾と、直剣を握り込んでいるのは、代表的な接近戦用の機械人、ポーンだ。
火吹きは慌てたように腰の棍棒を取り、ポーンのけさ斬りをおしとどめる。
円形の兜の奥で、ポーンの目が青く光った。乗り込んだ衛視の意思を受け、液体金属の駆動系に力がみなぎり、火吹きの細腕を圧し折らんばかりに押し込んでいく。
胴体の顔が、必死でいななき、剣を押しとどめようとするが、ポーンがいきなり膝をけりつけた。
バランスを崩した火吹きの胴体に、剣が突き刺さる。光が消えて、関節から液体のキカイがもれていく。完全にやっつけた。
ジャベリナとポーンめがけて、大砲が背中の砲塔を向ける。2体は左右に動いてかく乱、砲弾をかわしながら、少しずつ距離を詰める。
大砲の両肩から、機関銃の化け物のようなものが出てきた。僕たちのトーチカで使っているのと同型の副砲だ。
副砲はトーチカと同じように、液体金属を連射。機敏な照準で、ポーンを捉えた。
動きを止められたものの、盾をかざして耐えるポーン。
ジャベリナが再び槍を投げつけ、片方の副砲を破壊した。
さらに。
東側の森から、飛んできた矢が、大砲の足を射抜いた。
「リンのハントレスだ」
女狩人の名を持つ、リンの機械人。赤い軽鎧に、マントを羽織っている。20メートル近い堂々とした体躯の機体、その剛腕に見合った大弓の威力は侮れない。
副砲を破壊され、自慢の砲台の発射体制も崩された大砲。しかも警護の火吹きはもう居ない。ポーンとジャベリナが一気に距離を詰め、剣で首を斬りおとし、胴体を槍で貫く。
煙を上げて、液体金属をまき散らし、大砲は崩れてパーツ状態になった。
どうやらやったらしい。
「いやっほう! やっぱうちの衛視隊は優秀だな」
満面の笑みで拳を突き合わせる2人の砲手。
機神の援護なしに、損傷もなく3体の冷たい仔を片付けた。しかも破壊した相手のパーツはことごとく無事で、機神の餌としても結構な量になる。
「マナとシラサギが、遠征に出ちまったからどうなるかと思ったが、いけるもんだな」
マナ、か。僕と同じ異界人。機神シラサギを操れる村の要。今は冷たい仔が作られるキカイの拠点を潰しに行ってる。優秀な人だ。
「パーツ拾わなきゃな。商業船はいつ来るんだっけ?」
「曇ってきたな、雨が降るのかよ、めんどうくせえ」
青空が急に陰りだした。天気予報なんてないけど、雨になるかは肌で分かる。
この黒い雲、カグヅチが教えてくれた、機神の特徴。
「違うよ、これは違う!」
『……うるさいのが来るわね』
カグヅチの冷たいつぶやき。
急速に膨れ上がった黒い雲から、雷鳴と共に、目玉がつぶれるほどの稲妻が走る。
トーチカにかんかんと当たってるのは、溶けて固まった液体金属の雨。こんなものを降らせるやつといえば。
真っ黒い雨の中、轟く雷のもと、地上を覆うキカイの丘の上にそいつは立っていた。
ポーンよりひとまわりでかい黒い鎧、ごつごつとした刃のような禍々しい装飾がされている。昔の侍の大鎧、そのクワガタ兜を模したような頭部には、鋭い目が赤く光る。背中には、真っ赤マントのようなものがあるが、膝のあたりで空気に消えている。あれは機体が出す液体金属の粒子だ。
こいつは、機神ライゴウ。
機械に寝返った異界人の機体。
『調子に乗ってんじゃねえぞ、ナマモノども。ベースからここまで何日かかると思ってんだ。てめえらが半端に粘るから、この俺様がこんな辺境まで来るはめになっちまう』
男の声が響いてくる。通信回路か何かあるのか、異界人の僕は機神に乗った異界人の声が聞こえてくる。まるで、気に食わないペットを殴ってしつけるような調子。
ライゴウが片膝をつく。足元のキカイに手を突っ込むと、細長い塊を引きずり出した。
どろどろした金属の塊は、みるみる形が整っていき、ポーンやジャベリナの二倍くらいある大きな刀に変化していく。
その昔、斬馬刀という騎馬武者をたたき切るばかでかい刀があったらしいが。あれはまさに機神サイズの斬馬刀だ。ライゴウが巨大な刀を下段に構えた。
『喜べよ。俺様が直々に殺してやる、ナマモノどもがよおおおぁぁぁぁっ!』
怒声と共に、つっこんでくるライゴウ。
その先には、大砲を屠ったポーンとジャベリナ。
ジャベリナが素早く右に回り込み、ポーンが直剣と盾を構える。
大砲のパーツをたたき切り、キカイの塊も打ち砕いて、斬馬刀が横なぎに迫る。
ポーンの目が強く光り、盾と剣をたたきつけるようにして横薙ぎの一撃を受け止めた。
瞬間、ポーンの足と腕関節が破裂、筋肉の役割を果たしていた、液体金属が飛び散る。これが機神のスペックだ。一撃受け止めるだけで、機械人なんて軽く性能限界を超える。
でも一撃は止められた。回り込んだジャベリナが、投げやりを取り出し、森ではハントレスも弓を構える。
斬馬刀でポーンの体をへし折りながら、顔を上げたライゴウの目が真っ赤に光る。
『しゃらくせえぞ、雑魚がッ!』
怒りを体現したかのように、黒雲から稲妻が走る。
落雷はジャベリナを直撃。跡形もなく吹き飛ばした。半分になった頭のパーツが、トーチカの脇に転がってくる。乗り込んだ衛視が、生きてるわけがない。
「ランス! ちっくしょう、やりやがったな、半機械め!」
砲手たちが、ありったけの金属弾を発射する。
だがライゴウは半壊したポーンを引きずりあげ、即席の盾にした。
着弾でポーンの手足がもげ、胴体が穴だらけになっていく。
コックピットも、無事では済まないだろう。
『ひゃっはっはあ、中身ぐちゃぐちゃだぜ! 失敗作のミンチだなあ! まあ気にすんな、すぐお前らもぶっ潰してやるよ』
ポーンの残骸を地面に捨て、斬馬刀を振り上げたライゴウ。
こっちに駆けだそうとした胴体に、飛んできた矢が命中した。だが装甲には、毛筋ほどの傷も見えない。
ハントレスの仕業だ。こっちも落雷で足を吹き飛ばされ、胴体を損傷してるけど。森の木に寄りかかって体を支え、どうにか一本矢を放ったのだ。
『あぁん? 外してやがったか、めんどうくせえ!』
ポーンやジャベリナと比較にならないスピードで、距離を詰めるライゴウ。
斬馬刀を振るうと、麦でも刈り取る様に、森の木とハントレスがまとめて両断される。
輪切りになったハントレスの胴体部。液化した金属にまみれて、あらわになったコクピットで、リンが呆然としている。
『女かあ。まあまあだな、一晩くらいもつかよ』
下卑た笑顔が思い浮かぶような声と共に、ライゴウの太い腕が伸びる。
なす術もないリンだったけれど、僕は心配していなかった。
なぜなら、もう一人、異界人が近づいていたから。
突如、黒い雲が、一筋の何かに切り裂かれた。
のぞいた青空に、真っ白な銀色の矢。
いや、矢と見まごうスピードの機神だ。
ライゴウが立ち上がり、頭上を仰ぐ。真っ赤な目が矢の姿をとらえた。
『シラサギ……マナかあああっ!』
怒声を上げて、斬馬刀を振りかぶるライゴウ。
その眼前に、矢は姿を現した。
『やはり品があるわね。綺麗な体をしてる』
ため息と共に、うっとりとつぶやくカグヅチ。僕にもはっきりと見える、美しい機体。
大陸北部の村や町を守り、数年来キカイと戦ってきた異界人、
無骨なライゴウどころか、ポーンよりもさらに小柄で細身。銀色の光を吹き出す、白い翼のついた、白銀の機体だ。
優雅に空舞うしなやかな翼と、繊細にして迅速な反応。
その名も、機神シラサギ。
『おりゃああああっ!』
ライゴウのふるう斬馬刀を、受け止めるそぶりすら見せないシラサギ。さきほどのハントレスのように、小さな機体が両断された。
かと思うと、上下に分かれたシラサギの像が空気に溶ける様に消える。
ミラージュスライド。翼からばらまく霧状の液体金属で、様々な波長を屈折させ、機神でさえも欺く。シラサギの能力の一端だ。
機神は機械人を上回る機体のスペックにくわえて、機械人や冷たい仔にない固有の能力がある。ちなみにさっき、ライゴウが落とした雷も、能力のひとつだ。ばらまいた金属粒子の電位差を利用し、人工的な雷雲を作り出すという。
背後に現れたシラサギに、ライゴウが斬馬刀を振るう。両断されたシラサギは、再び空気に散ってなくなる。また幻影。
『この汚い腕、いただくぞ』
冷たい呟きと共に、ライゴウの両腕が切り裂かれる。分厚い装甲ではなく、液体金属の関節部を的確に切り付けた。
同時にシラサギの本体が現れた。振り抜いたのは腰にあったレイピア状の剣、ライゴウの斬馬刀と同じく、液体金属が高密度で固まったものだ。
機械人の攻撃をものともしなかったライゴウだが、その腕が見事に飛ばされ、斬馬刀ごと村の真ん中に突き立った。
『いつもいつも俺に逆らいやがって! 生意気なんだよマナあああぁぁぁぁ!』
振り上げたライゴウの右足、裏から刃が突き出す。だがシラサギはこれをかいくぐり、軸足の付け根を切り裂いた。
バランスを崩し、倒れるライゴウの左足も切り取り、だるまになった胴体と顔面にレイピアを突きつけるシラサギ。
『お前が殺したのは、覚悟して戦場に出た衛視だけだ。引っ込むなら見逃すぞ』
『わ……わかった、お前の、隙を突いて悪かったよ。やっぱりだめだ、お、俺もう半機人だけど、引っ込んで余計なことはしないから』
打って変わって、弱気な声で憐れみを誘うライゴウ。
パイロット、裏切ってキカイについた男は、マナと一緒に来た一人だと聞く。あっちじゃ仲間だったらしい。個人的な思い出もあるのだろう。甘いという人も居るだろうが、戦の鬼に成りきってないところが、マナの完璧な点。
シラサギがレイピアを収めて、ライゴウに背を向けた。
その瞬間だった。
だるまになったライゴウの両肩が開き、砲塔が飛び出す。
『死ね! 俺になびかねえ女はいらねえ!』
バルカン砲のように吹き出す金属弾。冷たい仔や機械人のものとは比べ物にならない威力だ。まして軽装甲のシラサギじゃ、ひとたまりもない。
もちろん、当たればの話だけれど。
金属弾は、むなしくもキカイを砕いてえぐった。
身をかがめてかわしたシラサギが、滑るように間合いを詰める。
『ま、待ってくれ、できごころで』
『余計なことをやる癖、キカイになっても変わらんな!』
マナの叫びが、断末魔をかき消す。
ライゴウは腹と首を縦横に断ち切られ、液体金属をまき散らして無残に転がった。
『これでやっと……ディベート同好会も私一人だ、先輩』
レイピアを一振り、腰に戻したシラサギ。霧の放出が止まり、ゆっくりと地上に降り立つと、閉じた翼がマントのように小柄な体を覆う。
戦いの姿勢を解いた機体とは裏腹に、マナはいよいよ勢いよく叫んだ。
『ベースは落とした。近づく敵も居ない。皆よく守ってくれた、救護と復興を急ごう』
二人の砲手が、悲しみを殺してトーチカを駆けだす。
まずはハントレスの救護だ。リンは無事なんだから、助けなければ。避難していた海からも、村人を乗せた船が戻ってくる。
戦いは終わった。どこまでも完璧な異界人、マナは機神をも退けた。
ラジオナは広いし、町や村も多いし、戦う異界人も少なくないけど。
この人ほど勇敢で強い人の噂を、僕は聞いたことがない。
もっとも、だからこそ、僕はマナが嫌いなんだけど。
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