【二】逆転
私が次の日春平を見たとき、彼は何事もなかったかのように友達と話していた。
彼は立場的にも外見的にも、同年、先輩問わず人気で、周りに誰もいないなど考えてみればなかった。
逆に言ってしまえば、人気過ぎて近づくことすら困難であるということだ。わかると思うが、これはある人物が同性と話している状況に、異性が話しかけようとしているところだ。だが現実にはきっかけがなければ話しかけられないし、もし話し相手が既に二人以上いたら春平はそちらを優先させるだろう。
この時はそれであり、痛くも、挨拶をきっかけに話しかけることはできそうになかった。
だから私は、春平の話し相手が一人になるタイミングを待った。
見覚えのない青髪の少年のみが春平についたとき、私は好機と彼に近づき始めた。
こうなったのは体育で移動であったためであり、大半の男子はテンションを上げて外に出ていった。
しかし彼らのテンションとは裏腹に、いつも笑いのある春平の会話が、今は聞こえてこなかった。
私はそれがどうも気になったのだが、今更きっかけを変えまいと自分を抑止した。そして勇気を出してほぼ無心となり、なぜか君付けで刃釜と呼んだ。
赤青髪の二人が
すると、青髪の奴が「一口貰うよ」と春平から奪うようにそれを取り、口の中に放り込んだ。
春平の顔がむすっとしていたような気がするが、別に何も言わず手も上げなかった。
対して、青髪のやつは満足そうに外へと歩を進めていった。
私は複雑な気持ちで口を開けられず、彼とふたりで外へ出ていった。
春平は体育が終わって昼食時間になると、私のところへ来て弁当を広げた。
周りの男子は空気を読んだのか、ただ女々しいだけなのか一人も近づいては来なかった。
そして、彼の第一声はゴメンであった。私は訳が分からず彼の話を聞いた。彼曰く、あの青髪の少年はやはり春平の弟らしい。名前は
彼は身勝手な弟を許して欲しいと謝りに来たのだ。別に罪になるほど重いことをしたわけでもないのに、と私は思った。むしろ春平が弟思いのいいやつに見えて、少し好きになった。
しかしその分気になっていた笑いのない会話のことを訊きたくなって、気が付いたら無責任にも質問していた。
彼は黙り込んで足組みをやめた。そして答えずにチョコ美味しかったよと話題を変えてくるのである。
私もそれに合わせようと、自信作なんだとない胸を張った。もちろん菓子など初めて作ったが。
そのおかげか、昼食時間は楽しく話せた。今までの高校生活で、一番笑った時だとこの時私は気がついた。
授業が終わって、私はどういう風の吹き回しか文芸部室の前に立っていた。普通なら、部室前の廊下を通ることすら嫌なのに、会話が楽しすぎたのか真面目にも部室前に体が動いていた。
その時、私は元道のことを考えていた。今となっては嫌いだが、小説家としての彼を私は尊敬していた。「生存の理由」彼が最初に書いた作品に私は衝撃を受けた。それは読者に公的な自殺権を訴えるものであったからだ。
部室には中学時代でも先輩であった
だが、彼女の様子はおかしくて、床に枯れているかのように座っていた。彼女はリンチにでもあったかのように大泣きしていた。突然のことで、当たり前だが私には状況が理解できなかった。
そして、放置して彼女を見過ごすことなど私にはできなかった。私は彼女に大丈夫ですかと声をかけた。彼女が顔を上げるとやはり見苦しかった。涙と鼻水と真っ赤な頬で言い換えればグチャグチャだった。
まさかとは思うが元道に……、と私はピンときたことを口にした。
彼女は首を横に振った。
では何があったのですかと私は尋ねた。
彼女は疲れたとつぶやくように答えた。続けて彼も疲れたんですってと涙を増やした。
何に疲れたのですか、と主旨がわからない私は訊いた。いや、訊いた直後に答えがわかった。だとしたら元道は、どうなってしまうかわからなくなってきた。
私は明宮先輩の手を無理やり引っ張って、元道がいそうなところを問いただした。
学校の屋上。それが彼一番のお気に入りの場所らしい。
私は先輩を引っ張って屋上に走った。人生に疲れた人物を、私は放っておけなかった。まるで昨日の春平のように咄嗟に助けたくなったのだ。
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