11『試合』

 試合の場として選ばれたのは、第三訓練場。床の素材や壁など、体育館に近いが、大きく違うのはその形だ。中心の円形のフィールドは通常の体育館の二・五倍ほど。その周囲を下り巻くように観客席で埋められている。高い天井は序列決定戦やその他重要な行事がある際には開くということだ。


 いわゆるコロッセオや、ドームのような建物。それが第三訓練場だ。




 高等学校の敷地内に、ドームがでんと鎮座している光景は圧巻だが、春花曰く、その巨大さゆえに常設の結界の設置の苦労は他と比べ物にならなかったという。


 その巨大な施設の一角――訓練場の半分ほどを占拠するのは響と隼人だ。




 隼人からの試合の提案を、当然、響は断ろうとした。


 そも、今の響が隼人に勝てるはずがないのだ。これは隼人の言った通り、響と隼人の間の実力差をまざまざと見せつけるためのモノであり、そこに響のメリットは微塵もない。


 だが、クラスメイト達から集まったいくつもの視線。それが、響をその場から逃がさなくしていた。




「別に、こんなことしなくても俺と新垣の実力の差は分かってるんだけど……」




「ああ? 分かってねえだろ。分かってんならもっと惨めに暗く生きてろよ」




 自分勝手に、弱者であることを押し付けてくる隼人。


 響が弱者であることだけは間違いないが、そんなイメージを強制される筋合いはない。




 そもそも、現在の響が学んでいるのは、単に実力をつけるだけのものではない。あくまで”勝つ”ことを目的とした邪道――戦術である。


 最近はもっぱら、戦術を組み立てるための知識や技術の吸収、戦術を組み立てるうえで最低限必要な魔術技術の習得が主だが。


 ともあれ、弱者のまま勝つ方法を模索している響にとって、自分の実力が他より劣ることなど前提条件に過ぎない。実力がないからと言って、下を向いて生きることなどできるはずもなかった。




「それに、ここで何かやるわけにもいかないしなぁ……」




「あ? なんか言ったか”落ちこぼれ”」




「いや、なにも」




 まだ本格的に戦術を武器とした戦いをしたことはないが、そこに至るための下地は、奏によれば大方出来てきているらしい。その気になれば、隼人に勝つとまではいかずとも、一矢報いることくらいはできるだろう。だが、それをするわけにはいかないのだ。




 あくまで本番は序列決定戦から。響のものとなる予定の戦い方は、相手の意表を突くことが最大のアドバンテージとなる。事前に漏らして対策を取られてしまっては、もしくは響の実力が侮られていなければ、勝率が下がってしまうのだ。


 少なくとも今、何かをするわけにはいかない。それは奏に厳しく言い含められている。




「それにしても、結構な野次馬が集まってきてんなぁ」




「え……?」




 隼人の意地の悪い声に、響は反射的に辺りを見渡す。なるほど、第三訓練場はこの時期、室内であることも相まって人気だが、それでも目を見張るような数が響たちに視線を注いでいる。


 最初からここにいた者はもちろん、そうでない者も数人。巻き込まれることがないように充分な距離を保って立ち見。さらには観客席の一部に陣取って、見下ろす者も何人もいた。その中に、隼人の取り巻きがいることに気がつく。




「もしかして、あの二人に人を集めてくるようにって言った?」




「はっ! ”落ちこぼれ”のくせに勘が鋭いじゃねえか。その通りだよ。テメーが無様にいたぶられる様をみんなに見せてやろうと思ってな」




「……趣味が悪いね」




「うっせえな雑魚。こんなに大勢が見てる中で惨めに負けて泣きわめいて、恥かくのはテメーなんだぜ? もっと怖がれよ」




「…………」




 恥なら、”落ちこぼれ”という呼び名が定着してからというものかきっぱなしだ。全校生徒にも広まる無才さを露呈している響が、今さらこれでどうしろというのか。




 辺りを愉快そうに見渡す隼人だが、あらかた見納めると鼻を鳴らして視線を正面に戻した。




「んじゃ、始めるか」




「審判は?」




「んなもんいらねえよ。負けを認めた方が負けだ」




「ああ、なるほど……」




 それなら、手っ取り早い。ある程度まで撃ちあってからすぐに降参すれば、この意地の悪い茶番は簡単に終わる。


 隼人が納得するラインを探すことには難儀するが、出来なくはないだろう。この試合は勝つ必要はなく、全力で取り組む必要もないのだから。むしろ、全力で取り組むわけはいかない。




 ――そう考えを巡らせる響に、唐突に火球が撃ち込まれた。




 迫る紅蓮を、考えるより先に回避できたのは、日ごろの訓練のたまものか。


 数瞬前まで響がいた地点をえぐる魔術は、一年生としてはかなりの威力。少なくとも響など足元にも及ばない。




「ちょっ……始めの合図は!?」




「あん? なに言ってんだ。始めるかって言ったばっかだろうがよ、”落ちこぼれ”!」




 無理があることは明らかだが、隼人は響の事情まで鑑みない。ニヤニヤと下卑た笑みを口元に張り付け、両腕を前へ。




火よignis!」




 火の元素を生成し射出するだけの簡単な攻撃。響もつい最近八割習得した下級魔術が、響をはるかに凌駕する速度と威力でもって射出される。右掌から、左掌から、連続して放たれるそれは、まるでマシンガンのように掃射される弾幕だ。




「ぅ、おっ……!?」




 奏には遠く及ばない、しかし響を圧倒するには充分な威力。即座に身をかがめて転がるように走りださなければ、全身に浴びてまた保健室の世話になるところだった。




 弾幕の音を背中に聞きながら、響は訓練場の中を円を描くように逃げ惑う。


 足元を狙った火球を跳ねて躱し、頭に迫る紅蓮を上体を倒すことでやり過ごし、すぐ前に射出された火の玉はターンすることで狙いを外す。




 実技の時間、響と行った模擬戦ではまだ手加減していたのだろう。隼人の魔術構築速度は、目を見張るものがある。




「おらおら! どうした”落ちこぼれ”っ! 反撃しねえのかぁ!?」




「する余裕なんてないって……!」




 余裕綽々な隼人の挑発に、響は小さく呟くだけで乗りはせず、回避に専念する。


 この回避行動なら、模擬戦でも数回披露しているため見せても問題あるまい。だがそれだけではどうにもならないのも事実。




 ここでやるべきことはこちらの手の内をなるべく見せずに、隼人を満足させること。それには隼人の勝利が必須だが、ただ負けるだけでは意味がない。ひとまず、隼人が言った通り反撃を。




金よmetal!」




 ターンする挙動に合わせて、裏拳を放つ動作で魔術を発動。なんとか成功率八割を引き当て、魔術陣から生成された鉄の矢が放たれる。




「馬鹿が!」




 だがそれは隼人の動きを止められるような動きではない。


 響の魔術は、隼人の放った魔術に打ち消される――




「熱っ!」




 どころか、相殺され切らなかった火の粉が、一部響にかかった。


 攻撃しておいて、威力でまったく敵わずむしろダメージを受けるとは。最初から届く反撃だとも思っていなかったが、相殺さえできないとは恐れ入った。




 周囲の歓声が聞こえる。見れば、隼人の怒涛の攻撃が”落ちこぼれ”を追い詰めていく様子に沸いているらしい。




「つくづく嫌な学校だなぁ」




 浸透した実力主義が、弱者をいたぶることを肯定している。もっとも、隼人の取り巻きの誘いに乗るくらいなのだから、ここにいるのは最初からこれが目的の生徒くらいだろう。この反応も是非もない。




「よそ見してんじゃねえよ、”落ちこぼれ”!」




「――っ!」




 進行方向を阻むように張られた弾幕を危機一髪、緊急停止で回避する。そこを狙いすましたかのように襲う火球を、後ろに飛んで回避、回避、回避――。




 避けた魔術の隙間から、再び反撃。




木よwoodっ!」




 合間を縫って伸びる蔓が、未だ両腕を前に突き出し、響をいたぶる熱に酔っている隼人に襲い掛かる。しかし、




「遅せえよ!」




 響の魔術では速度に難がある。生成された蔓も細々としたもので、とても隼人の火に耐えられるようなクオリティではない。やはり届かず消えてしまう。




火よignis!」




 隼人の視線が下のそれた瞬間を狙って、響は第二射を叩き込む。


 隼人よりも二段階ほど構築速度も威力も下回る魔術はしかし、




「遅せえって言ってんだろ」




 向けられた片方の腕から発射された魔術に飲み込まれ、響の魔術で削り切れなかった分の熱が飛んでくる。


 それを躱している間に、隼人は体勢を立て直し、再び弾幕を張る――。




 嗜虐的な笑みを張り付けて、響の攻撃の一つ一つを的確に潰していく隼人。まさに言っていた通り、格の違いを見せつけるように。


 魔術の連続発射は隙が無く、なるほど自らを指して天才と嘯くだけのことはある。ただ勝つことだけに主眼を置いたとしても、今の響にどうにかできる相手とは思えない。




「――まあ、このくらいでいいかな……」




 駆けながら呟く響は、降参の機会を見極める。勝つ必要なんてないし、こちらの手の内を見せてやる必要もない。


 ここまでことごとくを潰せば、隼人とて満足だろう。これ以上付き合って時間を無駄にするわけにはいかない。




 とにかく、頃合いを見て軽く一撃を受ける。出来るだけダメージを殺しながら受け身を取って、大げさに効いたふりをしてみせ、参ったと言えばそれで終わりだ。


 響は隼人の周りを走りながら、次々繰り出される火球の軌道上から体を移動させていく。そして機会を見計らって、足をもつれさせた。




「おっ――と」




「はっ! 馬鹿だな!」




 転倒こそしないものの、隼人を欺くには充分だ。短い罵倒を挟んでから、「おおっ」と沸く周囲の視線を一身に浴びる隼人の攻撃。


 火の魔術が響の胸をとらえ、大きく後方へと吹き飛ばす。はじかれるように飛んだ響は、地面を転がって倒れた。




 火球の威力はかなりのものだ。飛んで衝撃を散らし、大げさに転がることで落下のダメージを減らしてなお、受けた胸には鈍い痛みが走る。これは単に、響の受け身がまだ未熟ということかもしれないが。




 とはいえ、これで目的は果たした。あとは弱々しく、白旗を掲げるだけ。




「……ま、参っ」




火よignis




 今まさに負けを認めようとした響を、紅蓮の塊が打ち抜いていた。

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