しつこい人間たち

 そう思ったのに――。

「出てきました。たった今容疑者だった青年が釈放された様です。異世界人であるという少女と女性も一緒です。あの、容疑を掛けられていた事と異世界についてお話を聞かせて頂けませんか? 今世間では異世界否定派と異世界肯定派で論争になっているんです」

 変な物を持った女がワタルにそれを向けながら走り寄ってきた。

 異世界の武器かとも思ったけど殺気は無い、でも――何か、悪意のようなものを感じる気がする……。


「急いでるんで」

 相手したくないって感じでワタルは女とその仲間を避けて進みはじめた。

「待ってください! 少しだけ! 少しだけでいいんでお願いします。全国、いいえ! 世界中の人が異世界について注目していて知りたがってるんですよ。これだけの騒ぎの中心に居るあなたには話す義務があると思いませんか?」

 異世界について調べたがる人間はアドラにも居た。

 異界者を痛め付けて情報と知識を絞り出す。

 嫌うくせに利用する。この女たちも同じ?


「ワタル、なんなのあの人たち? みんなして変な物持ってるし、この世界の文化か何かなの?」

「あぁ~、あの人たちは珍しいものを人に広めて飯のタネにしてるんですよ。俺たち、というか姫様とフィオを晒し者にして飯のタネにしたいんでしょ」

 私はたぶん今心底不快そうにするワタルと同じ顔をしてる。

「ムカつくわね」

「ちょ、ま! 駄目ですって、無闇に抜いたら駄目って警察で言われたでしょう? ほっといてさっさとお金を手に入れて休める所に行きますよ」

 それから姫も――私は我慢したけど姫は拘束期間の鬱憤が溢れてきたみたいで剣に手をかけたのをワタルに止められて引き摺られていく。


「むぅ~」

 姫が大人しく歩き始めたのにワタルは繋いだ手を見て頭を抱えてる。

 嫌ならもう放せばいいのに――。

「えっと、そちらのお嬢さん! 少しお話を――」

「煩い、しつこい」

 全然柔らかくもない張り付いたような笑顔と一緒に変な棒切れをしつこく向けてくる。

 殺気は無くても悪意は含まれてる、だから武器を向けられてるみたいで体が反応しそうになる。

 邪魔……平和ボケしてるのか鈍いのか威圧しても反応しない。

 大きい荷物を持ってる男の表情が少し曇ったくらい……あたたかくも優しくもないけど平穏な世界なんだっていうのは分かった。

 アドラの人間なら今のですぐに謝罪して去っていく。必要であれば金品すら置いて、それくらいには死は身近なものでそこに繋がりそうなものは敏感に察知して避けるもの……でもこの人間たちは違う。

 強さからくる余裕じゃない、無知から来る無謀のような――。


『きゅぃー、きゅぃー!』

 もさも不機嫌、声が変だし鼻先をひくつかせて威嚇してる。

「か、可愛い動物ですね~、異世界の動物ですよね? 少しでいいからその子について教えてくれない?」

「…………」

 今のもさの顔のどこが可愛いの? 明らかな嘘に私の心は女たちを完全に不快なものに分類した

 なんでこれだけ拒絶されてるのに分からないの? 獣よりも鈍いとしても……これは家畜ですら感じ取れるくらいなのに……ワタルとは違う意味で変な異界者が多いみたい…………。

「あ、あの、じゃあ! そちらの、エルフ? の女性の方、お話を――」

「私人間は嫌いなの、その上不躾に押しかけてくる人間なんて最悪よ」

 姫は分かりやすくハッキリ拒絶した。

 そうすると流石に理解出来たみたいで固まって――。

「あの、でもそちらの男性、如月さんと女の子は人間ですよね? 如月さんはこの世界の人ですし、それはいいんですか?」

 馬鹿かもしれない……姫のさっきの言葉は警告、それなのに立ち去る事もせずに突撃していった。

「ワタルとフィオは特別よ、ワタルは私の婿にするんだもの。それにフィオはワタルを共有する娘だからいいの」

「む、婿!? お二人は婚約なさってるんですか? それにこんな小さい女の子までなんて…………異世界では重婚が許されているんですか? それにしても子供と結婚なんて…………あなた方が現れた現場に居た方から、お二人が妻だという発言を聞いたという証言があったので、事件の事と合わせて如月さんは少女性虐待者なのでは? という疑いを持ってる方も多く居るようですが、その事についてはどう思われますか?」

 少女性虐待者? ……今、私はすごく不愉快。この女たちもワタルが子供を殺したと思ってる。

 知りもしないくせにっ、ワタルは他者の為に命すら投げ出す馬鹿なのに――それを子供殺しの犯人扱い。

「ええ! わた――」

「行きますよ! ほっとくって言ったでしょ!」

 自慢げに話しだそうとする姫様を引っ張って店に急ぐ。


 この世界のお金を手に入れる為に警察署の近くにある換金所に向かった。

 そして換金を済ませたワタルはぼーっとした状態のまま店を出た。

 この世界の通貨の価値はわからないけど商談中に何度も驚きで顔を引きつらせてたから結構大きい金額になったみたい。


 店を出てもしつこく待機してる変な集団。強引に何かしてくるとかじゃないけど……とにかくしつこい。

 次の目的地に急いでるとワタルが不意に驚きの声をあげた。

「え? あれ? なんで? どうなってるんだよ…………」

「どうしたの? 暑くて疲れちゃった?」

「いや、能力が……また使えなくなってます」

「え!? 本当なの?」

 使え、ない……? ならリオの所に帰れないの?

 胸の奥が苦しくなる。これ……不安? 自分が動いて変えられる事ならいくらでも変えるけど覚醒者の能力なんて超常のものは変えられない…………。

「はい、また能力を使う時の感覚が無くなってるんです」

 ワタルも顔を曇らせて縋るように姫を見てる。

「…………もしかしたらケイサツショでの事が原因かもしれないわね。偶に精神的に疲れたり傷を負った者が一時的に能力を失うって事が報告されてたから、覚醒者であるワタルにもそれが起こってるのかも」

 っ! あの人間たちのせい……知りもしないくせに勝手な事ばかり言って――警察にも、付いてくる集団にも腹が立ったけど、ワタルに傷を負わさせるような状況を放置してしまった自分に一番腹が立った

「戻す方法はないんですか?」

「疲れや傷が癒えれば戻ると思うわ。でも……」

「でも?」

「未だに戻ってないって者も数名居るって聞いてるわ」

 戻らない……? リオにもう会えない? 胸の苦しさが増していく。そんなの、嫌…………。


「まぁ悩んだって仕方ないわ。気持ちを切り替えて異世界観光しましょ」

 そんなっ――。

「そんないい加減な――」

「精神的なものなのよ? なら楽しい事、気持ちが楽になる事をしていた方がいいでしょ? それとも気持ちがいい事の方が良いかしら?」

 ……なるほど? 姫はワタルを治そうとしてるのかも……なら私も姫の真似した方がいい。そうしたら能力が戻ってリオに会える。

「ちょ!? ふざけてる場合ですか、戻れなくなるんですよ? 向こうが心配じゃないんですか?」

「心配に決まっているでしょ! でも、向こうには戦える者もちゃんと居る、自分の身と大切な人くらいは協力すればみんなで護れるはずよ。それにワタルの能力を戻すのが一番の早道なのよ? ならワタルの気の休まる様にしているのが一番でしょう?」

 やっぱり姫は治そうとしてる? ――私もリオの安全の為にコウヅキに頼んで対策はしてる。コウヅキはワタルみたいに甘さはない、きっと無事で居るから早くワタルを治して帰らないと――でも、なんで抱きついたら治るの……?


「てかあんたらいい加減にしろよ! さっきからずっと付け回しやがって! 俺たちは撮影の許可なんか出してないぞ!」

「ですから、少しだけお話を聞かせてもらえれば私たちも引き上げますから――」

「プライバシーの侵害で訴えますよ? さっき充分お金が入ったから裁判を起こしても問題ない位はありますよ」

『…………』

「犯罪者のくせに何がプライバシーだよ」

「鬼畜犯罪者にプライバシーなんてあるかよ」

「晒し者にされて当然だろ」

 我慢の限界を迎えたワタルが怒鳴ったけど集団は気にした風もなく、逆にワタルが悪いみたいに言ってくる。

 こういうのがワタルを苦しめてる。こんなどうでもいい人間の言葉まで気にして――。

 これ以上は許さない。

 威圧じゃなく殺気、それをワタルに気取られないように集団に叩き付ける。

「二人とも走るぞ!」

 動きが止まったのを見てワタルが私たちの手を取って走り出した。

 流石にまだ追う気にはなれないみたいで一団はその場に立ち尽くしてた。


 大きい建物……でもこの世界の建物はなんと言うか……装飾が無い? 違う、変なのは色々付いてるけど、ヴァーンシアの宮殿とか城とかと全然違う。

「ここでは何をするの?」

「服を買うんですよ。姫様は全身目立ちますし、フィオは……下は良いとしても上半身が露出し過ぎだ」

 服……こんなに暑いのにこの上にまだ着るの? 私は要らない。そんな事よりワタルを休ませて早く治す方がいい。

「このままでいい、暑い」

「私は着替えたいわね。異世界の服なんて興味があるわ、ワタルが選んでね」

「はぇ!? なんで俺なんですか、自分で選ぶか店員に選んでもらうのが無難ですよ。俺は女性の服なんて詳しくないんですから」

「妻の頼みよ、聞きなさい」

「妻とか意味わか――」

「なんでも聞くって言ったわよね? 結婚、はまだ待ってあげてもいいけど恋人にはなってもらうわ」

「そんな無茶苦茶な…………」

「だってもし、このまま帰れなかったらこの世界で唯一気を許した男だもの、当然でしょ?」

 帰れなかったらって……帰る為にワタルに引っ付いてるんじゃないの? ……ワタルを治す為ならいいけど、帰れない事前提の行動なんて……。


 ワタルと一緒に居られるのは嬉しいけど、最初はそれだけでよかったけど、今はそれじゃ嫌、リオも居てくれないと――帰るって約束したんだから。

「あ、ナハトと違って束縛はしないわよ? だからフィオに手を出しても怒らないし、もし戻れたら一緒に居た娘とナハトなら許すわ。でも他の人間だと嫌ね」

 ……リオを受け入れてくれるのは嬉しいけど、いまいちこの姫の考えが分からない。

「まぁとりあえず服を買いましょ! 楽しみね~」

 困り顔のワタルと私を引っ張って姫は店へと踏み込んだ。

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