戻るから

 迷う心を急かすようにエルフ達の動きは慌ただしさを増していく。

 どうするの? 決めないといけない。

 リオか、ワタルか――。

 そんなもの……決められない。二人とも私が初めて得た大切な存在、どちらか片方なんてあり得ない――。


「フィオちゃん行って下さい」

「リオ?」

「ワタルはきっと危ないことをします。そんな時に助けてあげられるのはフィオちゃんだけなんです」

「でも、リオが……」

「私が行っても荒事に関しては何もしてあげられません。それどころかきっと邪魔になっちゃいます……だから私はここで待ちます。フィオちゃんとワタルが戻ってくるのを待ってます」

 エルフ達の慌てようからしてリオも事の異常さを感じてる。不安を押し殺して搾り出したその言葉に私は返事を返せない。


 ここに居るのは人間を警戒するエルフばかり、リオが危険に陥ってもたぶん誰も助けてはくれない。

 何が起こるか予測もつかないのにこんな場所に置いていけない。

「フィオちゃんっ! ティナ様に追い付けなくなります。早く行って下さい――」

「だめ……」

「ダメって……フィオちゃんにとって一番大切なのは――」

「コウ……ヅキ、お願いが、ある」

「へぇ? 珍しいこともあるものね」

 ワタルの所には行かないといけない、でもリオを一人にも出来ない。

 この場でリオを任せられる実力のある存在、それはコウヅキだけ。コウヅキならエルフとも渡り合える、これ以外の選択肢は思い浮かばない。だから――。


「お願い、リオを守って、ほしい――守って、ください」

 不慣れな動きでワタルやリオがするように頭を下げた。

 本当は二人とも私が守れればいい、けど敵の規模も能力も分からない。そんな場所には連れていけない。

「ふ~ん……あたしなんかに頼むの?」

「コウヅキが、一番適任。お願い」

「……そ、ならこれは貸しにしとくわ。あと……もしあそこに綾乃が居たら――」

「連れてくればいい?」

「そうね、そうしてくれると助かる」

「分かった」

 頷き駆け出そうとしたところをリオに抱き留められた。


「リオ?」

「フィオちゃん……ワタルの事よろしくお願いしますね」

「ん、ちゃんと、帰ってくる。待ってて」

 視界に入ったワタルの大切な荷物を引っ掴み今度こそ駆け出す。

『きゅきゅっ』

 駆け出した私の身体をよじ登ったもさが定位置に陣取った。

「危ないよ?」

『きゅむむ』

 私の頭に被さって抱え込んで降りる気はないみたい。もう止まっていられない、もさくらいならどうにでもなる。このまま行く。

 城壁を駆け上がりそこから城下の建物に飛び降りて屋根伝いに氷の槍の方角へ。


 森へ入り込んだ瞬間に異常さに気付いた。

 気配がない、獣も、鳥も、虫でさえもその存在が感じられない。

 逃げられるものは既に逃げ去り、逃げられないものはじっと気配を殺している。

 生き物全てがそうしないといけない異変が起ころうとしてる。

 ワタル……私が行くまで無茶をしないで――。


 森の奥深くに踏み入り気温の変化を感じ始めた頃に魔物それは現れた。

 なんて言い表せばいいのか分からないそれ。

 人型で頭部は醜く、胴体は巨漢で大抵の人間ならその腕力で押さえ付ければ殺せてしまいそう。

 そんな化け物がニタリと笑って言葉を発した。


『グハハ、数百年ブリノ肉ハメスガキカ』

『オデ太腿食ベル』

『待て馬鹿共め、せっかくメスなんだ、まずお楽しみがあるに決まってるだろ』

『耳喰ウ』

『頭シャブル』

 細身の奴が制止しようとしたけど巨漢の魔物は涎を垂れ流して暴走気味に突っ込んできた。

 魔物の群れをすれ違い様に斬り刻んで通り抜ける。

 丈夫なのか魔物達はさっき私の居た所に群がって押し合いをしてる。

 私の動きが見えてなかった。この程度なら問題ない、全力じゃなくてもすぐに片付く。


『あーあーあー、せっかくのメスを喰っちまいやがっ――なんだ? 視界がズレて?』

「さよなら」

 頭部を両断されて後ろを取られたことにも気付かないなんてなんて間抜け。

 頭の割れたのと首が落ちたのを放置して先を急ぐ。


 あの程度ならワタルでも対処できる。そうなってくると寧ろ危険なのはあの氷の槍の方、姫が戻ってくれれば簡単なことなのに……強いエルフがこんな弱い生き物の何を恐れるの?

 本当に昔あんな生き物に苦戦したの?


『肉ダァ――』

「邪魔」

 私の姿を追えもしないくせにさっきからやたらと魔物に遭遇する。もう封印は破壊されたの?

『イイ匂イ、メスノ匂イ』

 匂い? ……私そんなに臭う? ちゃんと水浴びしてリオに洗ってもらってるのに。

 苛立ち紛れに落とした首を踏み潰した。

『面白いガキだ。返り血を浴びてもいないのにこの血の臭い……どれだけ殺した? クク、ただのオークじゃ相手にもならんか。良い母体になりそ――』

「デブも細い奴も同じ」

 本来ある場所から離れた魔物の顔には驚愕だけが張り付いていた。


「しつこい…………」

 肌を刺すような冷気を感じるくらいには目的地に近付いたけどそうすると魔物の数も膨れ上がった。

 殺しても殺してもキリがない。

 その上連携して進路を塞ぐ。

『潰シテ喰ウ』

 大斧を振り下ろし人ひとり埋まりそうな程地面が抉られる。この魔物はさっきまでのとは違う種類? 顔の系統が違う。体格も更に大きい、でも――。

「当たりもしない力に意味はない」

 大斧を駆け上がって腕を伝いそのまま両目を抉る。ナイフに刺さった目玉を払い捨てつつ頭部を蹴って倒しながら後ろに飛んで背後に迫ってた細身の奴の懐に飛び込んで一突きにした。


 処理速度よりここに群がる量が多い……ナイフじゃ追い付かない。

 このまま引き連れてワタルの所に行くわけには――。

『肉、肉、ニグゥッ!』

 異常な飢餓状態の魔物が仲間を押し退けて斧を振り回して木々を薙ぎ倒し岩を砕いて地形を変えていく。

 力だけは大したもの、それでも狙いは全く外れてるけど。


「肉ならここにある。勝手に食べればいい」

 狩った魔物の首を蹴り飛ばして大口開けた魔物の口に突っ込ませる。

『ただのガキと思うな、極上の母体になる。捕らえた奴には四肢の好きな所をくれてやる』

 まともに喋れる細身の奴が吠えたのに合わせて巨漢の奴も巨体の奴も我先にと私に群がってきた。


 興奮しすぎてる、大振りも大振り、狙いを付けられてるのなんて一体も居ない。

 敵の合間を縫うように移動すると私を無理に追おうとして仲間の身体を抉り斬り飛ばす。

「やるだけ無駄、あなた達は届かない」

『ニグゥッ!』

 この言葉も無駄だった。

 魔物になんか届くはずもない――目の前で火花が散って炎が爆ぜた。

 コウヅキやナハトと同じ能力!? 細身の奴がやってる。倒れた木々に燃え移って私の道を塞ぐ。

 そう……熱で弱らせるつもり――。


 冷気の雪崩れ、そう表現するのが正しそうなものが突如押し寄せて全てを飲み込んだ。それに続けて氷の槍が飛んできた。

 私は燃え盛る木片を高い木に蹴り上げてそこに移る。酷い冷気……地面を伝って魔物を凍り付かせそれを氷の槍が貫いていく。

 木に燃え移った炎がなかったら私も凍り付いてたかもしれない。

 ワタルは無事なの? 焦りだけが募る。

 冷気の流れが変わったのを見計らって樹上を伝って先を急ぐ。


 雷鳴が鳴り響き、閃光が周囲を包む、それがまだワタルが無事でいる証。それを確認した私の足は速くなる。

『きゅっ!』

「もさ! 離れたらダメっ」

 一際強い閃光と大きな雷鳴の後もさが急に飛び降りて私よりも先に駆けていく。

 どうして急に――風がっ、行く先に引っ張られるほどの暴風で態勢を崩して樹上から下りた。冷気が止んでる今のうちにもさに追いつかないと――。


 ようやく見つけたワタルはもさを顔に張り付けて空間の裂け目に飲み込まれそうになっていた。

「げぇ!? ちょっと待て、ちょっと待て! ヤバいヤバい!」

「一体どうし――っ!? な、なんとかして! というかしなさい! ワタルが引き起こした事でもあるんだからなんとかしてぇ~! 絶対に放さないでよ!」

 ワタルが引き起こした?

 裂け目の吸い込む力が増していって支えにする為の剣が地面から抜けかかっている。

「フィオー! ロープかなんかないかー!? 剣が抜けそうでヤバい!」

 流石にそんなもの持ってない、強い敵は想定しててもこんな現象予想外……何とかしないとこのままだとワタルが――。

「げっ!?」

 ワタルの表情が引き攣り始めた。もう時間がない。


「姫様、残念なお知らせが――」

「聞きたくない! 聞きたくない! そんなの聞きたくないぃ~、ワタルなんとかしなさい! 姫の命令なのよ? ちゃんと聞きなさいよー!」

 ダメなやつだ……選ばないといけない。

「あ、うわぁぁぁあああ」

「え、きゃぁぁぁあああ」

 私はリオに任された。一緒にリオの所に帰る――。


「って、なにやっとんじゃお前はー!?」

 裂け目の吸引に任せて私はワタルの元に向かう。

 リオ、必ず戻るから――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る