異変が始まる

「考えなくても戦ってみればわかるわね」

 楽しそうに笑ったエルフの姫は警戒してなかったワタルに切り込んだ。

 回避しきれずに額から顔に血が伝ってる。

 殺気が無いのは分かってるけど……今のはむかむかする。あのエルフ手加減が下手かもしれない。


「なっ!? こらー! ティナ! よくもワタルに怪我をさせたな! 後で私と戦えー! 徹底的に打ちのめしてやる!」

 血相を変えて怒鳴り散らすナハトに少しだけ釣られそうになるけどまだ手は出さない。訓練と違って実戦で相手の動きの癖が分かってる事なんて殆どない、私やナハトの動きばかり覚えて他に対応出来ないようだと困るから他の強い相手とも戦ってみる方がいい。

 姫は連続で打ち込んでるけど初撃と違ってワタルは一応凌いでる。姫は初撃でワタルがかわせる速さを計ってギリギリに合わせてるのかもしれない。


 体捌きだけで躱せなくても刃で受けて流す事は出来てる。そう、ちゃんと見てれば今のワタルでも対応出来る――。


「なら今度はこんなのはどう?」

 笑った姫は加速して剣を振り抜いた。

 ワタルは見えてなかった。それだけに吹き飛ばされて尻餅をついてることに驚いてる。

 能力を見せろって挑発されてるけどワタルの顔に焦りが浮かんできた。


 姫は言葉を続けてるけど挑発から脅迫に変わって顔を顰めたワタルは――速攻で降参した……他人の命が懸かってる時と全然違う…………自分でも知らない内に顔が引き攣る。訓練とはいえそんな簡単に降参……もっと鍛え直そう。


「…………ワタル? あなたには男としてのプライドは無いのかしら?」

 姫がぷるぷる震えて怒気を纏った。

 でも、少し分かる。

「えっと、俺は――」

「やっぱり勝敗はどちらかが気絶したらって事に変更します!」

「うぇ!?」

 怒りのままに一撃見舞われてまた吹き飛ばされたけど今度は堪えて姿勢を保ってすぐに次を警戒した。けど姫の動きを追えずに結局見失ってる。


 あれが姫の能力……加速してワタルの視界から外れた瞬間自分の目の前の何もない空間を切りつけた。

 そこには裂け目のようなものが出来てそこへ姿を消した。

 ワタルが姫を探して視線を彷徨わせていると後ろに同じ裂け目が出来て姫が姿を現した。

 面白い移動法……でも移動の度に切る動作が必要なのはつけ入る隙になりそう。

 そもそもの姫の動きを追えてないワタルじゃどうにもならないけど。


 気配なく後ろを取られて驚愕してるワタルはまた脅されてようやく能力を使う覚悟を決めたみたい。

 雷を放ったけどあっさりかわされてる。

 どう避けたのか見えてなかったみたいだけど今度は残留してる裂け目を確認出来たから何が起こってるか理解はした様子で周囲を警戒し始めた。


 ワタルの力を計りかねたのか姫は大きく距離を取った位置に現れた。

 警戒しつつも余裕を見せて笑ってる……ワタルを低く見られてるようでもやもやする。

 エルフの紋様で誤魔化してても身体能力だと混血者やエルフには当然劣る。

 それでもワタルは――何かを庇う時のワタルは凄い。それを知らないくせにと苛立つ私が居る。


 本気で能力を使わないワタルを本気にさせようと嬉々として向かってくる姫にとうとう根負けしたらしいワタルが両手から雷を出して空に放っている。

 空中で折り返した雷は姫にあっさりかわされた。姫も拍子抜けして期待外れって気持ちを隠しもしない。

「どうしたの? 空になんて撃って、空に撃った後に落とさなくても直接狙えばいいじゃない、こんなのじゃ絶対に当たらないわよ?」

「今みたいな数だとそうかも知れませんね。でも無数に降ったらどうですか?」

 無数に? 今のは躱されたのもあるけど狙いがブレてるように見えた。どのくらいの数になるのか分からないけど少し増えたくらいだと姫は対応出来てしまう。

 かと言ってクラーケンに使ったようなのだと殺しかねないから使えない。能力の部分でもワタルはもっと訓練しないと。


「へぇ~、面白い事言うのね、雷の雨でも見せてくれるのかしら?」

「この場が雷だらけになったら姫様だって逃げ場所が無くなりますよ」

「む、その言い方だとずっと私が逃げ回ってるみたいな言い方ね、それに――名前で呼んでって言ったでしょ!」

「げぇ!?」

 ワタルは仕返しのつもりの挑発だったのかもしれない。

 でもそれに乗って突貫した姫が躊躇なく剣を振り下ろす。飛び出そうか迷ったけどワタルの目が姫の姿を捉えているのに気がついて私は足を止めた。

 対応は間に合ったけど慌てて受けたからワタルの変わった剣の二叉の部分で受けていて少し突き込まれれば串刺しの状況になってる。


「いった~、ビリッってしたわ、乙女になんて事するのよ」

 なるほど、剣を伝って姫に雷を流した。

 受け方は間違えたけどそれでものらりくらりと対応出来てる。もっと経験を積めばワタルはきっと強くなる。

「打ち合うと駄目ね、後ろから斬るわ」

「ちょっ!?」

 反撃を受けて本気になった姫はワタルの視界から姿を消した。裂け目に入り込んでもすぐに出てくるわけじゃない。

 それでも現れる時の裂け目は隠しようがない。それさえ捉えられれば――偶然か気配を感じ取ったのか真上から突き下ろされる攻撃をどうにか躱した。


 危ない時ほど動きがよくなる。ワタルのこういう所はちょっと面白い。

「あら残念、次はどうかしら?」

 獲物を狙う獣のような目をした姫の動きが変わった。

 一撃打ち込んでは姿を消して翻弄している。

 ワタルが雷を纏って防御に専念しようとすると姿を現さない、打ち込める時までじっと潜み隙を見つければ鋭く打ち込む。

 性格に似合わず戦闘事には冷静なのかも?


 再び上空から狙う姫にワタルは棒立ちしてる。

 なに? ……姿は捉えてるはずなのに、なんでなにもしないの?

「こら、何故回避も防御もしないの? 私が止めなかった串刺しよ?」

「いや……あの、姫様…………」

「だから姫様は止めてって言ったでしょ? それで、なに?」

「見えます」

「? なにが見えるのよ?」

「…………白いの……」

「白いのって何よ?」

 …………ワタルはパンツを見て固まってた。どうしようもなく脱力して大きなため息が出る。

 リオとナハトが顔を赤くして怒ってる。ワタルはこういう所があるのがダメ、前もヴァイス相手に大笑いして注意力散漫になってたし。


「おい! なんだあれ!」

 見物の兵士が遠くの空を指差す。

 そこに広がる異常を私は知ってる。

 あれは――ユウヤが前にやった氷の槍と同じもの――ただ、あの時とは規模が全然違う。

 空を埋め尽くさんばかりの氷の槍であの一帯が昼間なのに薄暗くなってる。


「何あれ!? あっちは封印の地の方角、誰かが封印を壊そうとしてるの?」

 姫の言葉でこの場に居るエルフの表情が凍り付いた。そして次の瞬間には慌ただしく武器を手に動き出す。

 魔物の封印を壊す? ユウヤが? ……アドラに仕返しする為? 海岸で見たような怪物が増える?


「あれをやってる者を排除しないと……封印が破壊されたらこの大陸だけじゃなくヴァーンシア全体が魔物で溢れかえる事に…………」

 世界全体に魔物……姫の顔色はどんどん青ざめていく。それほどの規模? 海岸で見たようなのが溢れたら人間は生きられないかもしれない。

「すぐに排除しないと!」

 姫が能力で移動しようとしているのに気が付いたワタルが姫の腕を掴んだまま裂け目へと消えた。


 っ!? またワタルは自分から危険に飛び込んでっ――追うために駆け出そうとしてすぐに足を止める。

 リオをここに一人で残すの? でも、まだワタルは一人にしても大丈夫なほど強くない。私が見てないと……私はどうしたら…………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る