これからも続いていく

 旅行を終えた後のヴァーンシアでの日常、それはとても穏やかで――新鮮さに溢れていた。

 学校から戻った娘たちが日々の出来事を楽しそうに報告してくれる。

 嫁の愚痴を聞かされる。

 そしてみんなで飯を食う。

 こんなものありふれているだろう、時が経てば慣れてしまうものなのかもしれない。

 それでも今はやっぱりこの時が楽しいと――幸せだと、こんな時間が続けばと思う。


 綾との式の話は本人たちそっちのけでティナ達が楽しそうに進めている。

 というかこの際だから自分たちももう一度、なんて盛り上がっていて話が膨らんでいってる。

 そこにどうにか自分を捩じ込もうとリオたちの周りをうろちょろする魔神が一人……もう誰もこいつを殺し合いをした相手だと覚えてないんじゃないだろうか。

 扱いがぞんざいになっていて華麗にスルーされて娘たちに慰められている。


「航君式場の候補がいくつかあるみたいなんですけど、どこがいいですか?」

「綾の好きな所でいいと思うけど、希望を言うなら俺は静かな所がいいかな。流石に前みたいに大々的なのは……」

「あら、ワタルは私たちとの結婚式に不満があったの?」

 そういう事じゃないがあれだけ大勢に見られるってのは……祝福されてるのはありがたかったがやっぱり多少の見世物感を感じてしまったというのは実際ある。

「私も今度は静かなのがいい」

 フィオやシエルは賛同してくれたがティナやリュン子は大々的にやりたい派のようだ。

 まぁもう家族にはなってるから式自体は焦った事じゃないというのもあってじっくり準備しようというのだけは一致してるみたいだが。


 嫁の輪に弾かれて部屋の隅で膝を抱えるアスモデウスと同じように少し離れた位置からそれを見つめているレヴィ。

 ティナ達はまとめてやってしまおうって気になってるが俺とレヴィの距離感は微妙だ。

 一緒に旅行したし娘たちとの関係も良好で店でも家でも働き者のレヴィに好意が無いわけじゃない、少しずつ蟠りはなくなっていると思う……それでもやっぱりレヴィの行動の中に贖罪を感じてしまうとこのまま一緒にという気はしない。


「それはそうとステラ、完全に居着いてないか?」

「そ、それは……しょうがないじゃないですか! ここのご飯が美味しいのが悪いんです。ちゃんと使命は果たしてますから細かいことを言わないでください」

 いやお前神龍は他と関わらずひっそりと暮らさないといけないみたいな事言ってクーニャを説得しようとしてただろ……完全に食欲に負けた黒い神龍様は遺跡崩壊で散った生物の事後処理が落ち着いてからはうちから自分が居た遺跡に通っている。

 今も先ほど作ってやったオムライスに瞳を輝かせて一掬いごとに恍惚としているくらいで料理に慣れるどころか溺れている印象がある。


 夜には必ず帰って来てその日の気分で誰かの部屋に潜り込んでは一緒に寝ている。どうやら人恋しさも覚えてしまったらしく誰かと一緒に居ないと寂しいようだ。

 そして俺がリオと居る時は確実に潜り込んできてリオとの間でリルと一緒にぬくぬくしている。

 お嫁様方は最初女として警戒してたようだが最近はステラの行動を見て娘が増えたような感覚で接している。

 それが余計にここに居着こうとする理由になっているのかもしれない。

 まぁ寂しいってんなら好きなだけうちに居ればいいと思うけど。


「リオが小遣いやってるだろ、近場で済ますとか――」

「それはダメですっ、ここのご飯が美味しいんです。ここで食べたいんです」

 追い出されると思ったのか皿を抱えてリオの陰に隠れてしまった。

「ならステラ交換条件な、うちに住んでいいからルナに会いに行けるタイミングを教えてくれ。結局あれ以来繋がらなくて困ってるんだ」

 日常生活で忙しい中時間を作っては全員であの海域を訪れまた会えないかと期待している、が――。


 今のところその期待は裏切られてばかりだ……造物主が設定した事なら造物主の遺跡を扱えるステラならどうにか出来るんじゃないかと何度か交渉をしたがこれまでは首を縦には振らなかった。

 しかし完全に堕ちた今のステラなら或いは――。


「関わる事を推奨したくはないのですが……私のように色々教え込まれてしまったら夢幻島から出られない事できっと辛い思いをしてしまいます。夢幻島の住人には夢幻島にしか自由がありませんから」

 拒もうとしているようだがルナに会えるかもという事で娘たちに群がられて押され気味だ。


「そうだ、それはどうにもならぬのか? お前は造物主の遺跡を使えるのだろう? ルナ達はもう他に危害を加えるような気性ではなくなっておるぞ。見よこれを、覚えたばかりのお絵かきで儂を描いてくれたのだ。ミュウももっと小さい頃には毎日のように描いては儂に見せてくれたものだ」

 クーニャしみじみと更に小さかった頃の娘たちを語る。

 娘たちに本気で遊べる友達というのは少ない、となれば小さい頃は姉妹だけが遊び相手だ。みんなで遊んでいれば同じものにハマったりもする。

 リルが絵に興味を持ってからしばらくはみんな絵にハマってたらしい、だが描かなくなった。

 他所の子に絵の出来映えを指摘されたらしい、リルが飛び抜けて上手い分その差が際立ってしまったんだろう。それ以来他の娘たちは恥ずかしがってあまり描かなくなったとか。

 どんなものだろうと一生懸命子供が描いてくれたものって親としては宝物だろうなぁ――と期待の眼差しをフィアに向けてみるが――あっさりと描かないと言われてしまった。無念。


「知性があるのは認めます。しかし生命改変のような機能を私は使用出来ません、あれは造物主だけに許されたものなのです。スペリオルと言えどそこは変えられません」

「なら通えるようにしてくれ、頻繁じゃなくてもいい、不自由をしてないかたまに見に行ける程度でいいんだ」

「あなたは本当に変わった人ですね――というよりひどい人です。無知でいることはある意味幸福でもあるのに」

 自分の生活を一変させてしまった俺に恨み言でも言いたそうにしてるが……口いっぱいに頬張ったオムライスと一緒に飲み込んだようだ。

 そしてほにゃほにゃ笑顔――。

 戸惑いはあるだろうし与えられる事全てがが良いことじゃないのかもしれない――それでもこの顔を見てるとに引き込んだのは間違いじゃないと思える。


「まぁそこは自分からワタルに関わった自分を呪うのね、こいつ不幸な女の子にはぐいぐい突っ込んでくるし、あんなに信用出来ないって思ってたのに今はすっごく幸せにされちゃったもの」

 リエルは呆れたようにため息を吐いて自分の左手の薬指で輝くものを見つめている。

「リエルの言うとおり女誑しではあるわよね、人生初のプロポーズがまさか他の女の子とまとめてだなんて思わなかったもの」

 一人言えば次々と不満が……その視線やめて!

「ま、ワタル君の場合自分の欲を満たすために誑してるわけじゃないからいいんじゃないか?」

「リュン子、寧ろそこが問題なんだ。邪なものが無い分相手が警戒を解いて受け入れてしまいやすい」

 ナハトは自分が独占するはずだったのにと拳を握り締めている。

 式の計画から俺への不満に話がシフトし始めて居場所がなくなりそうなので早々に撤退する事にした。


 夜の王都を散歩する。

 向かうならあそこだ、花の舞う王都を一望出来るあの場所――。

 大切な人たちと暮らす家がある町、砕かれてもそこから立ち直った町、幾度の絶望に襲われながらもその度に立ち上がった町、俺たちが家族になった町――。

 俺はここが好きだ。そんな大切な町を視界に収める事の出来るこの場所が、花の舞うこの町の景色が堪らなく好きなんだ。


 帰って来て、旅行して、今はこっちで普通の生活を再開してる。

 それでもまだ不安になる時がある。そんな時には町を歩いて日本じゃない景色を目にする。

 一番良いのはリオたちに甘えてしまう事だけど、流石に頻度が増えると情けない。

 だから適当に騎士としての見回りの仕事だと理由を付けてこの場所に来る。


 俺がこの世界から消えた場所、最後に見たのは朝陽が昇るところだった――。

 今は枝葉の間から零れた月明かりが舞い散る花びらを照らしている。

 ここにしかない景色……安心する。この世界はまだまだ綺麗なものに溢れてるだろう、それをこれからも家族みんなで見たい。

 同じものを見て同じものを感じたい、褪せる事のない思い出を共有していきたい。


「うちに居るならそうあってほしいんだ――レヴィ」

「気付いていましたか」

 別の枝の陰から姿を現したレヴィ伏し目がちに近寄ってくる。

「流石にこのシチュエーションじゃな、俺をまた消しにきたか?」

「ち、違いますっ。わたくしはっ、私はもう二度とあのような事はっ」

 顔を歪め言葉を詰まらせるレヴィは今にも泣き出しそうだ。

 それほどレヴィにとってもあの出来事は傷になっているんだろう、だから今もうちに居るのは贖罪の為というのが大きい。

 いつもどこか表情に影があって罰を待っている。

 今を楽しんだらいけないと思い込んでいる。


「悪かった、冗談が過ぎた」

「いえ……警戒して当然だと思います。私はあなた方から幸せを奪ってしまった。本当はもっと罰を受けるべきで――やはり許してもらう資格なんて――」

 伸ばした手をさ迷わせるレヴィの手を取って抱き寄せる。

 その瞳は驚きに大きく見開かれ――少しの怯えを含んで俺を映している。

 また消されるんじゃないか、なんて思考は捨て去る。一緒に過ごせばお互いの緊張も解れると思っていたがレヴィは常に一歩引いていて……もうこの罰を受けたいって顔は見飽きた。


「言ったろ、は許すって。レヴィは俺たちと居て楽しくなかったか?」

「それは……」

「俺たちはもう許した。それでもレヴィが苦しそうにしてるのは自分が許せてないからなんだろ? もういいんだ。自分を許してやってもいいんだ」

「わた、くしは……」

 脚に力が入らなくなったのか俺の腕から抜けて座り込んだ。

 それに合わせて腰を下ろしてレヴィと目線を合わせる。本来澄んでるはずの瞳は曇り、不安に揺れて戸惑いから視線を逸らした。

「レヴィ、罰が欲しいからうちの人間に尽くすとか罪滅ぼしの為に身を差し出すとかってのでこれからもうちに居るなら割りと本気で怒るぞ?」

「私は……傍に居れば居るほどに気付かされます。あなたが優しい人だと、彼女たちがどれほどあなたを大切に想い、求めてきたかを……そしてそんなあなた方の繋がりに惹かれていく自分に……でもそんなのはやっぱり許されません。奪ったくせに、自分も幸せにしてほしいなどっ――」

「分からん女だなぁ」

 悲痛に叫ぶレヴィの頬を摘まんで思いっきり伸ばしてやる。おぉ……美人エルフのぶさ顔――ではないな、美人ってズルくない? この顔もちょっと可愛いんだけど。


「いひゃいれしゅ」

「罰が欲しかったんだろうが」

 みょんみょんした後に勢いを付けて放すとやや嬉しそうなレヴィ……困ったやつだな。

「いいかっ、もう旅行を終えてしばらく経つしこの先もうちに居るなら立場をハッキリさせろ。一つ、如何なる感情も挟まないただの監視役――二つ、お互いに支え合う俺の嫁――三つ、さぁ選べ、すぐ選べ。選べないならうちを出ていけ、監視のハイエルフをチェンジだ。このままの状態はお互いによろしくない」

 指を三本立てて突き付けると彼女はそれを見つめたまま動かなくなった。

 どれほどの葛藤があるのかなんて俺には理解できない、それでもすぐに監視役を選ばない程度には俺たちの事を想っていて、だから苦しんでいる。


 レヴィを許してないのはレヴィ自身だ。だから俺が許してやっても余計に苦しむだけなのかもしれない、それでも同じ場所に暮らしていて一人だけ笑えないやつが居るのは納得いかない。

「あの……」

「決めたか?」

「いえあの……二と三は同じではないかと……」

「微妙に違うぞ。二は俺の女で三は女としては見ない、まぁアスモデウスとステラがこの枠だ。いつの間にか勝手に住み着いてるだけだけど……で、どうするんだ?」


「私は…………選んでもいいのでしょうか?」

「選べって言ってるだろ」

「いえその、でも……私はあなた方から幸せを奪って――」

「もう奪わせないしもし奪われても絶対に取り戻す」

 凄んだ俺の勢いに飲まれたレヴィがびくりと身体を震わせる。

「俺は――俺たちは今ある幸せが何より大切だ。でもそれはふとしたことで簡単に失われるのも理解してる。だから敵には容赦しない、奪われたらどれだけ掛かろうと死に物狂いで取り戻す。絶対にだ。だからもう気にするな、レヴィのしたいことを選べ。帰りたいなら帰ればいいしハイエルフとしての役目を捨てられないってなら監視役を続けばいい。でももし俺たちと同じ時間を過ごしてくれるなら歓迎する。自分の気持ちで自分の選びたいものを決めてくれ」

 大概自分の女性関係は無茶苦茶だと理解しつつ、まぁ元々こっちに居られる条件ではあったわけだし、ならお互いに納得出来るように整えようじゃないかと――。


 少なくとも今の、レヴィが従属しようとしているみたいな状況は嫌なんだ。

 だから――。

「私は……ハイエルフが他との関係を断った時寂しく思っていました。ですが世界に再び災厄が降り注いだ時にはすぐには動き出せなかった。そんな中力では劣るはずの人間が世界すら飛び越えて戦っている事にとても興味を持ちました。あなた方は潰されても絶望しても何度でも立ち上がる、力が足りなければ過去の確執さえ乗り越えて繋がり、立ち向かっていく。そんなあなただから――あなた方だから私たちハイエルフは――」

 思い詰めたように捲し立てたレヴィは言葉を詰まらせぎゅっと目を閉じた。


「私は、あなたとあなたの家族に惹かれています。もし許されるのなら……私もその場所に居たい。繋がりを断ってしまったハイエルフと繋がってくれますか?」

「レヴィがそう選ぶのなら」

 縋ってくるレヴィを抱き締めながら――最初から最後まで見張っていた呆れ顔のフィオ達に苦笑いを返す。

 一人で引きこもってた時には考えられない暮らしが今ここにある。

 今――もう一度ここで誓おう。

 もう二度と失わないように、みんなを必ず守り続けると――必ず幸せにしていくと。

 だって俺はこんなにもみんなに幸せをもらっているのだから。

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