まうまう

 スプーンを差し出せば食い付く、しかし自分は警戒しているという振りはかろうじて忘れず唸る。

「ま、まう゛~……」

「まぁまぁ、そんな唸らず、ほら味染み染みのごろごろお肉」

 今まで生肉を喰ってたなら人間用の味付けなんて想像もしない味覚だろう。そしてそれを知ってしまったならもう抗えない、それはステラで実証されている。

「まう~ッ……」

 どうでもいい事だが……この威嚇ちょっと可愛くない? 肉を噛み締めて味が染み出してくるのがお気に召したようで早くも顔がとろけ始めている。

 しかし俺の存在を思い出しては唸る――だがスプーンを差し出されてはとろけ顔で食い付く。

 この娘とステラだけかも知れないがどうやら卵が好きらしい、肉多めの時よりも卵多めの方が若干とろけ具合が上だ。


「まう……まう……」

「なっ!? なんだと!?」

 ちょっとだけしおらしくなった娘を見てジョシュアさんが愕然としている。

「まうまう」

「はいはい、次ね」

 催促されて次を差し出すが食べない。

 催促じゃなかったのか? 一皿分食べたからもうお腹いっぱいなんだろうか? 小さいとはいえ痩せているしズィーヴァ種のはしくれなんだからもっと食べそうなもんだけど。

「まうまうっ」

「ええ!? 何? ちょっとジョシュアさん訳して、なんで威嚇しながらくっついてくるんだ」

 料理を押し退けてすがり付いてきたロリに困惑して彼に助けを求める。ほら早く何とかしてくれ、フィオの機嫌が悪くなってるから!


「それは威嚇ではない。『まうまう』とは親しいものに親愛を示す時のもの、良好な関係を保っている者同士でもほとんど聞く事はないものなのだが……お前はなんなのだ?」

「ワタルは一級フラグ建築士って恋が言ってた」

 うちの嫁に変な言葉教えてるんじゃないよ!

 というか懐きすぎなんだが!? そりゃ野良猫を手懐けるのは得意で引きこもり中は野良が友達だったけども。

「まうまう~」

 食べさせてた俺を真似て焼き飯を掬って俺の口元に持ってくる――が、俺の反応が遅いことに腹を立てたのか自分の口に運び――。


「んむっ!?」

 口移しされた…………そして顔を引き攣らせたフィオに引き離された。

「説明して、これはなに?」

「まう゛ー」

「確信はないが、食事を分け与えられて気を許したのではないだろうか。そして自分も同じ事をする事で更なる親愛を示そうと――」

 完全ではないとはいえ神龍に連なりあのズィーヴァ種の群れが逃げ出す程のジョシュアさんがフィオの怒りオーラに押し黙った。


「ふぃ、フィオー? 落ち着けー、別にこの娘に意図は無いと思うぞー?」

「あったら許さないけど」

「恋愛感情なんて分からない娘にやきもち焼かんでも……」

「ならワタルは私が知らない男の子とキスしてもいいの?」

「……それは駄目! 絶対駄目だぞ! 捨てないでくれ、そんなの見たら確実に鬱病再発して引きこもる!」

 速攻で土下座をした。

 それはもう地面に頭を擦り付けながら!


 必死の土下座の甲斐あってかあの娘にしたのと同じように食べさせる事でお許しを得た。

 ようやく目を覚ましたみんなに白い目で見られたが……あの娘は俺がフィオに食べさせているのを見てショックを受けた様子で逃げ去ってしまった。

「ふむ、なるほど……これが獣の同然の彼女らを懐柔する食べ物か……なんという味か……これは魔性の食べ物だ」

 そんなに言う程の物じゃないが……醤油が良いおかげでそこそこの味になっているとは思う。


「旦那様妾たちが気を失っている間にまた餌付けしてたのじゃ?」

「ワタルには困ったものねぇ、本当にロリに弱いんだから。こんなに美人に囲まれてるんだからそろそろ満足したらどうかしら? 旅行の後は綾とレヴィとの結婚式をしようっていうのに、ねぇ?」

 話を振られた綾さんはそういうのも俺だからと苦笑いを浮かべレヴィは頬を染めながら俯いてしまった。

 その様子にナハトがもっと主張しないと俺がふらふらするぞと叱りつけているが……。


「まぁなんにせよ討伐すべき獣は狩られたのなら早く戻らぬか? ここが神龍に連なる者たちの島だと言うのなら危険すぎる。このままだと主はこの島を制覇してしまうぞっ!」

 青ざめたクーニャが混乱している。とのキスがかなりのダメージになっているらしい。

 頻りに主の神龍は儂だけと繰り返して右往左往している。


「そ、それは待ってほしいぞ。見てくれこの鱗、クーニャのと近い硬度なんだ。ジョシュアの話だと喧嘩で鱗が零れる場合があってわりと落ちてるらしいから少し素材として集めたいぞ」

「んなっ!? リュン子! お前まで他の神龍が良いと言うのか!? 鱗くらい儂のをくれてやるからすぐに帰るのだ! なんなら爪でも牙でもよいぞ」

「いや、そういう事じゃなく……まだ少し調べただけだけど微妙にそれぞれ特性が違うみたいだから子供たちの武具作りの為にも集めておきたいんだぞ」

 アダマンタイトにはない特性を興味深そうに語り物質の結合が可能な覚醒者に頼んでアダマンタイトと組み合わせた場合の案を披露するリュン子とミシャは生き生きしている。

 神龍の鱗は大きくてもそれほど重さはないから大きな武具に使えば取り回しが楽になるし熱への耐性、冷気への耐性などアダマンタイトの特殊加工を使わずに付加出来る分特殊加工を他に回せると目を輝かせている。

「でもクーニャの鱗は私の鎗で砕いてるわよ? アダマンタイトの方が良いんじゃないの?」

「チッチッチ、甘いぞアスモ、そんなのあたしとミシャの加工技術次第でどうにでもなるぞ。それに元々複合素材にする予定だから硬度の問題はどうとでもなるぞ」

 アスモデウスが作り出す魔神の鎗についても調べがついているようでそれを防げる武具も作れると息巻いている。


「う……む……ミュウたちの為になるというのなら――しかし主! 主の神龍は儂だけなのだからな! 浮気は許さぬ、よそ見も許さぬから――」

「まうまう~!」

 問題が飛び込んできた……どうやらもう一度食べさせ合いに挑戦したいらしく小さな果物らしきものと食べる部分の少なそうな小さな獣を獲ってきたようだ。

「なんだ貴様っ、そんな身の無い獣を献上して何のつもりだ? 主は獣ではないからそんなもの食わぬぞ。そもそも! そんなもので儂の主を奪おうとは片腹痛いわ!」

「クーニャ意地悪言うなよ。ありがとな、でも流石にこっちは捌けないかなぁ……果物もらうな?」

 痩せ細っているんだから食料集めだって楽じゃないだろうにわざわざ獲ってきてくれたんだから少しは貰わないとな。

 昔飼ってたにゃんこがおやつ貰う度に色々獲ってきたのを思い出すなぁ……痙攣してる小鳥とかトラウマだが…………。


「まうまう!」

 果物を指差すと口に押し込んできた。

 少し驚いたが口移しされたのを思えば可愛いものだ。が、苦酸いい……酸味が強いな……普段これを食べてるんだろうか? 甘味は無い、食料用の物が揃ってるこの島でこれは……ハズレを作る意味はないだろうし食料用の生き物を育てる為の飼料か他が手を付けない熟れてないものなのか……めっちゃ不憫だ!

 ヤバい、涙腺が緩む。


「なぁ、クーニャ――」

「駄目だ」

「まだ何も――」

「駄目ったら駄目だ! 絶対に駄目だ!」

「えー……ルナだってうちの子になりたいよなー?」

「まうまう?」

「また勝手に名前付けちゃったんですね……ワタルのそういうところは困りものですね」

 呆れ顔でため息をついてるがリオは許してくれそうだ。

 飛び跳ねた時に舞った前髪の奥に三日月形の傷があった。たぶんこの娘はあの獣を喰った娘だろう、飢えて飢えて、他が食べないような獣を見つけて喰った。それでも足らなくて匂いに釣られてここに来た。

 ならもう連れて帰るしかないじゃないか! そして腹一杯飯を食わせる!


「ワタル様ここに来た目的が完全に変わってますね」

「女性関連でこうなるのがワタル様かと……その結果が今の如月家ですし」

 不満があるなら言ってみろ! この状態が出来上がった理由の半分はみんなが許容したからでもあるだろ。

 許容に甘えて大家族になってしまったが。

「クーニャ諦めたらー? その子一人で済ますのとワタルがこの島制覇し始めるのどっちがいいの?」

 アリスがクーニャを脅かすものだから青ざめてびくびくしている。

 信用が無い! 流石にそんな事はしませんが!? 何より不仲な相手が一緒だとルナが困るだろう。


「まうまう~、ルナちゃんも一緒ー。友達の証にこれあげるね」

「まうまう!?」

 リルの突然のまうまうと抱擁に困惑して後退るが手渡された物を見た瞬間固まった。

 渡したのは画用紙っぽかったが――。

「え? あ、あれ? ごめんね、嫌だった?」

 今度はリルの方が困惑し始める。

 ルナは画用紙を見つめたまま静かに涙をこぼしていた。頬を伝い落ちた雫が画用紙に落ちて美しい色彩を滲ませていく。

 弾かれた存在の彼女には自分の回りに誰かが居る絵というのは心に訴えかけるものがあったんだろう。


「ねぇジョシュア、本当にこの島の神龍は知性が無いの? 知性が無いのにこんな風に泣くなんておかしい。そうあるように強要してた?」

 シエルが苛立たしげにジョシュアを睨む、昔の自分たちのように感情すら出せない状況に居るんじゃないかと勘繰っているようだ。

 確かに今のルナは獣とは言えない感情を滲ませている。寂しいとか嬉しいなんて知性のある存在が持ち得るものじゃないだろうか?

「知性は無い――無かったはずだ。群れの中でも親愛を示す行動を取るのは本当に稀で彼女らのこれまでは他種と交流出来るようなものではなかった。だからこそ造物主たちは箱庭には居場所を与えなかった。お前も見たなら分かるだろう? あれは知性のある存在の行動だったか?」

 一心不乱に獣の肉を貪る姿……俺の存在すら忘れるほどの食欲、それのみの姿。見た目は少女だとしても外見に見合うだけの知性があるようには到底見えなかった。


「いや……でもルナは――」

「るー?」

「はは、そうそう、ル・ナ。お前はルナだ」

「るー!」

 全部は理解してないだろうが俺の言葉に反応を返す。今のルナと滝に居た子たちが同じとは思いづらい。

「うにゃ!? ルーはルーなのじゃ!」

「るー」

「ルーなのじゃ!」

 ルーるー戦争勃発!? ルーシャとルナの取っ組み合いを引き離す。ルーシャは妙なところに拘りがあるんだな……一人称が自分の名前ってのは幼い子特有っぽいけど――ってまだ七歳なんだから幼いか……更に幼いのが居るからどうにも……。


「ルーシャ、自分より小さい相手と喧嘩なんてカッコ悪いぞ。ルナはちゃんとした言葉は話せないんだ――」

「小さいと言っても年齢は遥かに上だがな」

 要らんことを言うなとジョシュアさんを睨むが後の祭りだ。ルーシャはルナが譲るべきだと主張して引かない。

「やれやれ……ルナ? お前はるーじゃなくてルナだ。分かるか? 言えるか?」

「るー……ぁ?」

「惜しい! ル・ナ」

「るぁ」

「おぉ、近くなってきたぞ。やれば出来るじゃないか。偉いぞ」

 撫でられる、そんな経験すら当然無かっただろう。頭の上の手を不思議そうに見つめている。わしゃわしゃしてやる度に驚き、困惑、そして笑顔になっていく。


 これが獣? ――ふざけるな、この子はちゃんとだ。ヴァーンシアを作った神様ってのは相当せっかちらしい、というより堪え性が無いのか?

 ここに来てからの少しのコミュニケーションでこんなにも色んな表情を見せてくれている。

 きちんと育てればいくらだって賢い子になっだろうに――。

「不思議だ……永い時間見てきたが食欲とちょっとした縄張り争いの真似事しかなかったはずの存在がこんな短期間で……お前は何なのだ?」

「どうも初めまして、世界一のドラゴンブリーダーです」

 この直後クーニャのジャンプアッパーを貰って空を舞ったのは言うまでもない。


「真面目な話私はフィオの話を聞いてあれしか原因がないと思ってるんだけど」

「ん、たぶん私もアリスと同じ考え」

「そう、じゃあ答え合わせしましょ。せーの――」

『ワタルの血』

「もう俺の血原因説から離れないか……」

 無言で自分と娘を指差すの止めなさい。

 なんか俺自分が人間である自信が無くなってきた。

 血……血ねぇ? 


「お前は人間ではないのか? ……ん? いや待て、もしやそういうことか」

「ワタルに関係する事なら一人で納得してないで教えなさいよ」

 ドラっ娘たちの扱いに何か悪意があったんじゃないかと疑っているリエルもシエルもジョシュアさんへの態度を硬化させている。

「造物主たちは手を尽くし変化の限界と見切った時点で次を生み出している。造物主側のやり方では変化が得られなかった。だが彼は何度となく造物主の創造の力を取り込んでいると箱庭のスペリオルは言ったのだろう? ならばそれに耐える為に体が変化している可能性は十分にある。であればその血には彼に最適化された力が濃縮されているかもしれない。彼を介する事で受け入れられなかった造物主の力を彼女も取り込めて変化が起きた」

 俺は力の変換器か何かか!? いやでも……血は変化してるんだよな。おかげでフィオが助かったりもしてるから嫌な事とは思ってないけど……能力なんてある時点で純粋な地球人とは言えないし今更か?


「しかし不思議だ。異世界の存在にそれほど相性良く造物主たちの力が定着するものだろうか……?」

「…………あ゛っ!?」

 何か思い当たったのかナハトが顔をひきつらせて固まってしまった。

「どうしたんですかナハト?」

「あー……その、フィオの頼みでワタルの剣には成長を促し強化する紋様を付加していたわけだが、許容量以上に取り込んでしまった力に対応する為に体が変化するように促していたりしないだろうか? と……」

 レヴィの問いに答えたナハトの言葉で全員が妙に腑に落ちたようで頷いている。なるほど……日本に戻る前に仕掛けられていてその後の暴走で変化、適応って事なんだろうか? ならフィオを救ったのはフィオ自身が仕掛けていた事のおかげとも言えるのか?


「成長の促進……確かにそれは負荷を減らそうと変化しようとする身体の状態を変える可能性が高い。お前は既に人間の枠を超えた生き物なのだろう」

 いやうん……死にかけたり能力強化されたり、人として見れば異常の極みかも知れないが、人間じゃないと言われるのは妙に堪える。

 エルフや獣人、ドワーフや神龍といった別の種族ではなく種族の枠から逸脱してしまった存在――そんなものが父親で子供たちは嫌じゃないだろうか?

 嫁たちの事は流石に心配しない。彼女たちの気持ちを疑っても全力否定とお仕置きが待っているだけだから、こんな事では揺らぐ事はないだろうし。


 しかし娘たちはそうもいかないだろう。他と違う、それは子供の頃は酷く気になりやすい、それが自分の出生、存在にまで関わってくるなら尚のこと。

「わ、ぁ……ぅ。まうまう」

 元気出せとでも言うようにルナが飛び跳ねる。

 どうやら頭を撫でるということをしたいらしい。真似をするってことは撫でられるのが気に入ったのかもしれない。

 よし、気分切り替えてクーニャを説得しよう。ルナ一人くらいどうにかなるはずだ。

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