落書き
英雄になりたいサトミ君
俺、佐藤拓海は英雄になりたい。
理由は簡単だ。あの日あの時あの戦いを目にしたからだ。不死身の怪物に怯む事なく何度も立ち向かう、そんな
誰かの為に必死になれる、そんな人間になりたいからだ。
十二歳を迎えたあの日目にした光景は今でも瞼を閉じれば鮮明に思い出せる。
それほどの衝撃、混血者に身体能力で劣るはずの彼が混血者やエルフ、身体能力の高い他の種族を率いて怪物をヴァーンシアから追い出した瞬間は村中が沸き上がった。
俺もあんな風になるんだと、戦後すぐに両親に無理を言って都会の騎士養成学校に入れてもらった。
混血者である俺は普通の人間より有利だ。普通の人間よりは
『拓海、次の英雄は君しかいない!』
とか言われてぇ! あの人に認めてもらうために頑張るんだ。
入学後俺は馬鹿みたいに張り切った。それでも戦後は忙しく自国の騎士すら訪れる事は稀だ――。
そんな中英雄たちの結婚式をクロイツが大々的にやるって噂話を聞いた。
行きたい! 世界を救った英雄を祝うのだ。そんなお祭り是非とも参加したい! それに、もしかしたら直接会えるかもしれない。淡い期待を胸に貯金を引っ張り出した。
幸いこの町には覚醒者が設置した陣と言うものがある。船賃よりも安く利用出来るのに一瞬で移動出来る代物だ。
暴漢を追い払った時にもらった謝礼の銀貨がまだ残ってる。大丈夫さ、一日くらい休んだって構わない。そのくらい俺は他より努力している。
英雄に自分を見つけてもらえる。そんな夢を見ながら俺は当日を待った。
当日、クロイツの王都は人で溢れかえっていた。
「こんな数の人都会のアメスでも見たことない」
式場は王城、でもこんなの辿り着けるはずがない……式の様子はあの時の戦いと同じように覚醒者がみんなに見せてくれるらしいけど、ここまで来たなら直接見たい!
俺は知りもしない町の裏路地を駆けた。
そこで見つけたんだ――。
ガチガチに緊張して膝を抱えている英雄を……。
なっ、なんでこんな所に!? 確か鐘があと十回なったら式が始まる。さっき鳴ったのは六回目、もうあまり時間がないはずなのに――というかあの英雄が目の前に……………でも膝を抱えているような情けない姿を見たくなかった!
「あの、何してるんですか?」
「あぁ……これは所謂マリッジブルーってやつだと思うんだ」
あの勇ましい姿しか知らない俺からしたら信じられないくらいに英雄の声は弱々しかった。
「……結婚、嫌なんですか?」
「嫌じゃないっ、嫌なわけあるか。俺が望んだんだ、俺の希望なんだ……なんだけどっ、俺なんかがみんなを幸せに出来るのかとか思ったら一気に落ちちゃってなぁ。こんなの引きこもってた時以来だ」
引き、こもり……? この英雄が? ……何かの冗談さ、今のこの人は緊張でおかしくなってるんだ。
「あんたは英雄なんだから誰だって幸せに出来るに決まってるだろっ! この世界を守った英雄なんだ、何だって出来るよ。お嫁さんくらい幸せに出来るよ! 出来ないとおかしい!」
「英雄、か……」
俺、変なこと言ったかな? 英雄って言葉を聞いた瞬間彼は顔を曇らせた。
「君は俺を英雄だと思うのか?」
「当たり前だろ! 俺はあんたみたいになりたいんだ。俺の目標なんだ! だから、そんな顔すんなよぉ。英雄はどんな時も前を見てるもんだろ」
「前を、か…………そう、だよな。俺はあいつらとの未来だけを見てきたんだ。だからここに居る、俺一人で悩んだって仕方がない、か。もう一人じゃないんだもんな、俺たちで悩んで話し合っていけばいいんだよな……よしっ、吹っ切れた。君、ありがとな」
英雄にお礼言われた……彼は立ち上がった。あの時と同じ強く、前を見ている瞳、そこから感じる力強さにゾクゾクした。これだよこれ、この人はこうでなくちゃ!
「あ、あのっ! 俺、騎士学校に行ってて、あなたみたいになりたくて、努力だって他人よりしてて……俺も――俺もあなたみたいになれますか!?」
「……俺は君を知らない、だから軽はずみな事は言えない。でも、君が必死にやっているのならその努力は必ず何かに繋がると思うよ。あと一つ訂正、俺は何でもは出来ない。むしろ助けてもらってばっかりだ」
「そんな事ない! だってあの怪物を倒したのはあんただろ! だから――」
「ん~……最後を俺がやっただけであの結果は俺一人のものじゃない。あの場に居なかった数多くの英雄が手を伸ばした結果なんだ。君も含めてね」
何でそんな事言うんだ。あれはこの人がやった事だ、だってそうだろう? この人が居なかったら今ヴァーンシアはあの怪物に喰い荒らされてた。
「もし俺を目指してくれるならさ……誰かを助けろ、そして助けてもらえ。大切なものを絶対に放すな。そうしたらさ、繋がっていくから、誰だって一人で出来る事なんてたかが知れてる」
敵を睨んでいた鋭い視線とは違う、俺の知らない優しい英雄の眼差しがそこにあった。
鐘が鳴った。もうあまり話している時間がない。
「やっべ、じゃあ俺行くから――」
「あの時っ!」
「ん?」
「あの時、何で何度も立ち上がれたんですか!?」
「決まってるだろ、未来が欲しかったからだよ」
「でも、あんな死なない怪物を相手に……怖くなかったんですか? 諦めそうにならなかったんですか?」
「……良いことを教えよう。潰される時もある、負けそうな時もある、心が折れそうな時もある。そんな時は思い出すんだ、自分の大切なものを、そしてそれでもと立ち上がれ。失いたくないのなら」
「それでも?」
「それでも、だ。その時辛くても失ったらもう取り戻せない、だからそれでもと立ち上がるんだよ。失わない為に」
「それでも…………」
再び鐘が鳴った。
「うわっマズい、行かないと――そうだ君名前は?」
「俺は――です!」
英雄に名前を覚えてもらえる、そんな大事な時に鐘が鳴った!?
「またなサトミ、頑張れよ」
名前……聞き間違えられてる!? ……いやでも、英雄がつけてくれたあだ名かもしれない……なわけないか……この日から俺はしばらく改名するか悩むことになった。
式直前にどうにか城壁に上ることが出来た。城壁の内側には直接式を見ようと集まった人々で溢れかえっている。
そんな人々の視線を一身に集めている英雄は再び緊張していた。
「なんか思ってたのと違うんだよなぁ」
お嫁さんの一人のティナ様に抱きつかれておろおろしている。
「はっはっは、決戦の時のあの人しか知らない人はみんなそう言うね。でもボウズ、あれも如月航だよ。女の人にはめっぽう弱くて振り回される」
兵士のおっさんが楽しそうに英雄を語る。それは俺が思っていたのとは違っていて、でも最後は全部を守ってくれる英雄の話だった。
式が始まり英雄が自信と幸せに満ちた表情で誓う。膝を抱えて悩んでたなんて誰も信じないだろうな……俺だけが知ってる英雄の秘密だ。
町は式が終わってからが本番だとでも言うようにそこら中で楽しげな声が上がっている。クロイツの王都は今国をあげてのお祭り騒ぎだ。
英雄は帰ってしまったけど祝いたい人たちの気持ちは治まらない。俺も空気に流されてただただ騒いだ。この町に住む人たちから俺が思いもしない英雄の話を聞くのはとても楽しくて遅くまで歩き回った。
宿に帰ったのは月が沈み始めた頃だった。心地良い気分のままベッドに倒れ込んで眠りにつく――。
でも、そんな眠りは長く続かなかった。
日がまだちゃんと昇ってもいない早朝に都を悲鳴に近い泣き声が包んだ。
誰の声かはすぐに分かった。昨日英雄と家族になった如月フィオさんだ、英雄の一人の彼女の声を聞き間違えるはずがない。
あの人が泣くなんて嫌な予感がする――怪物を前に怯む事すらなかった彼女の絶叫――それが何を意味するのか…………。
たった半日、たったそれだけの時間で町の空気は全く別のものになってしまった。
英雄が……死んだ。
俺が尊敬して、いつか追い付いて認めて欲しかった人が殺された。
みんなにはまだ知らされていないけど、現場に辿り着いた時に盗み聞いた英雄達の会話では、犯人はハイエルフ……あの戦いに参加していた人、らしい。
どうしてこんなことに? 昨日はあんなに幸せに満ちていた町が今は世界の終わりを迎えているように静まり返っている。
こんな事ありなのか? なんでこの世界を守ってくれた英雄をこの世界の住人が殺すんだよ!
俺はナイフを持って町を駆けた。
英雄の顔は全部覚えている。見つけてやる、見つけてやる、見つけてやる! 見つけて――。
「うわっ!? ご、ごめんなさい」
「ナイフなんて持ったまま走ったら危ないよ」
「ごめんなさい…………」
英雄の顔は全て覚えている。ぶつかった相手はドラウトの騎士団長だった。
彼は悲しそうに笑い俺からナイフを取り上げた。
「ありがとう、君の気持ちは痛いほど理解できる。でもあいつはこんなものは望まない、調査もその後の事もこちらが引き受ける。君のその悔しさも俺が預かる。だからその憎しみは捨てるんだ、子供の頃からそんなものを抱えていたら歪んでしまう。あいつはそれを喜ばないよ」
「う……ぐぅ……」
俺は……自分が一番悔しいつもりでいた。馬鹿だ。そんなわけない、悔しいのはお嫁さん達だ。悔しいのは親友の天明さんだ。俺がでしゃばった所で何が出来る訳でもないんだ。あの戦いに参加していたようなハイエルフに勝てる強さなんてまだないんだから…………。
悔しさで唇を噛みしめ拳を握る。もっと、俺も強かったら、協力してくれって言われたのかな。尊敬する人の為に何も出来ないなんて――。
「君、サトミ君かな? 式の後に航が少し話していたよ。真っ直ぐで澄んだ目をした少年に励まされたって、英雄になるのが夢なんだろう? ならこんな暗いものは抱えず前を見るんだ。あいつは中々見込みがありそうって言ってたからね、期待を裏切らないでやってくれたら嬉しい」
「英雄が……? 俺に、期待? 本当?」
「君にはちゃんと大切なものがあるんだろう? それを感じ取ったみたいだ。大切なものが分かってるなら強くなれるってね、俺もそう思う。だから、すぐには無理でもその暗いものは捨てるんだ」
大切なもの……俺のわがままを聞いて無理して騎士学校に入れてくれた両親、応援してくれた村の人たち、一緒に勉強して競い合う友達……大切な人たちを思い浮かべると心が少し落ち着いてきた。
そして途端に怖くなった。俺はハイエルフを見つけてどうするつもりだったんだろう?
店の窓ガラスに映る暗く恐ろしい表情の子供……こんなの英雄の顔には程遠い、むしろ……あの化け物たちに近い。その事実に動揺して駆け出した。
英雄に会えたのは嬉しいけどこんな顔見られたくなかった。
一目散に陣へ駆け込んでバドの騎士学校のある町に戻って寮に逃げ込んだ。
「こんなの……こんなのは違う! 俺はあの人みたいになりたいんだ! こんな顔してちゃ駄目だ」
前を見ろって言われた。
英雄が期待してるって言われた。
なのにこんな顔してたら駄目だろ! 気合いを入れ直す為に自分の顔を思いっきり殴り付けた。
勢いをつけすぎたせいで壁をぶち破り二部屋隣まで飛んでしまった。
「あぁ……どうしよう…………」
授業に出ていて隣人たちは今は居ない、それでもそろそろ帰ってくる時間だ。
おろおろしていたその時、地獄の扉が開いた。
「た~く~み~? あんた他人の部屋で何やってんのよ。てか壁破って侵入とかどんな豪快な変態だこらっ」
「うぎゅっ!? リリィ待て……話せば分かる。俺はお前のパンツなんか興味ない」
壁を破った時に倒れたタンスから零れた下着を慌てて隠したまな板な学友に必死に訴える。
「俺はもっとおっぱいが大きい人が――」
「言いたいことは――言いたいことはそれだけかぁーッ!」
俺はこの日、初めて空を舞った。
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