神様のいない世界

 来る途中の町に戻り宿を取って疲れを癒す事にしたのだが――。

「狭い!」

「仕方ないじゃないですか。私たちは大所帯ですし、名所だった遺跡がなくなった事でここに戻ってきた人も留まる人も居て部屋が足りないんですから」

 だからって二人部屋に全員居るのはおかしいだろ!? 俺を合わせてニ十八人も居たらベッドもソファーも簡単に埋まる。床だって娘たちがごろごろしてて踏み場もない。

「それでも四部屋借りただろ……」

「主が話があると言うから皆集まったのだろう」

「俺は二人っきりでって言ったんだ」

『へぇ~、それはそれは、とても楽しいをするんでしょうね?』

 何を勘違いしてるんだ!? 声を揃えたリオとティナにじっとりとした視線を向けられる。そりゃ帰って以来常に娘たちが居て誰かと二人きりになる事なんてなかったけども……あの騒動の直後にナニするはずないでしょうよ。


「クーニャが覚えてる限りの昔の記憶について聞きたかっただけだ。話したくない事もあるかもしれないから二人でって言ったんだ」

「主よ、儂は家族に隠す事は何もない。こと今回は皆巻き込まれたのだ、聞きたいと思うのが当然だろう」

「母上……わし達のせいで、すまぬ」

「まったくだ。まぁ主が帰って来てはしゃいでしまう気持ちも分かるが、今後は気を付けるのだぞ? 本当に無事でよかった」

 宿を取るまで一頻り叱られたミュウとアウラはしょんぼりモードだ。しかし母に抱きしめられてその気持ちを理解したことでそれも解けたようだ。

「しかし……儂の記憶か……正直な話あの施設に関する記憶など無いしそもそも儂がいつから存在しているのかもよく分からぬのだ」

「親の事とか同族については? 見つけるのが困難だとか言ってたろ」

「親は分からぬ、本当に朧気な記憶の中に儂を世話していた人型の存在を微かに覚えている程度だ。そしてよくよく考えてみると誰に聞いた覚えも無いのに神龍についての知識はあれども同族に会った事がない。永い刻の中で幾度も探し回ったから確かだ」

 知識があっても同族に会った記憶には無い? ならどうやって神龍について知ったんだ? 知識を植え付けるか記憶の改竄が行われた?

 俺を含めクーニャの話を聞いた嫁達が彼女の生きてきた孤独な時間を思い皆一様に黙り込んでしまった。


「皆そのような顔をするな、幼き頃は確かに寂しかったと記憶しているが時が経てばそんなものは薄れていく。そして主に出会ってからは鮮烈な思い出が連なって今の幸福に繋がっている、儂は今幸せだ。そんな顔をする必要はないのだ」

 クーニャからあれに関する情報を得るのは難しいか。レヴィの話だとああいうのを他にも見たことがあるって話だし……超常的な景色の場所が旅行先としてピックアップされてたりするし、今後の予定を考え直した方が良いかもしれない。触らぬ神に祟りなしだ。

「レヴィの方で情報はないか?」

「いえ……あれがあの様なものであることすらわたくしは知りませんでした」

 まぁそりゃそうだろう。ハイエルフより古い存在なら詳細なんて分かるはずもない。

「神……造物主のようなものについての言い伝えとかもないか?」

「……そう、ですね。わたくしは聞いたことがありません」

「人間の側にもそういう話はないのか?」

「ん~、アドラにはありませんでしたよ」

「ディアにもそういった類いの話は伝わっていませんね」

「そもそも造物主というような存在が登場するお話がヴァーンシアには存在していないと思いますよ。子供たちに読み聞かせるのにクロイツにある物語なども調べましたけどヴァーンシアには異界者の方々が言われるような天地創造をしたような神様というのは存在していないんです」

 リオとクロの言葉を捕捉したシロの発言に違和感を覚えた。神様が居ない? 実在するかはともかく、大抵の神様なんてのは人が信じて初めて存在するものだ。そして人は超常の存在を求める。文明が発展していない時代なんかは特にそうだろう。そういった古い時代の話が語り継がれて、必要な部分は誇張され付け足されて、不要な部分は削ぎ落とされ抜け落ちて、色んな形で広がり伝わる。

 そういうものだと思うんだが、神に関する話が全く無いというのは何らかの作為を感じてしまう。世界規模の意識操作、あの施設を見た後だとそれも可能かもしれない、そう思えてしまうんだ。


「主、唸っていても仕方あるまい。分からぬものは分からぬ、次を楽しもうぞ」

 楽しげに旅行先の資料を開くクーニャを見るとため息が漏れてしまう。次の観光地でも似た事が起こってお前が気に病む可能性を気にしてるんですよ!?

「ワタル、旅行先の候補の調査をしてもらいましょうか?」

 俺の気持ちを汲んだリオが耳打ちをしてきた。

「調査って誰が? 調査会社なんてあるのか?」

「はい、オカマさんたちが」

 この世界に居るオカマって何者なんだ……何でもありか!? 秀麿手広くやりすぎだろう。

「オカマは最強なんだそうです」

 もういい、気にしたら負けだろう。依頼の件はリオに任せることにして俺たちはしばらく他国への渡航を延期した。

 今回は全員無事だったが誰かを巻き込んでしまうなんてこともあり得るから仕方ない。

 床に飲まれたという三人は気絶した状態で施設外に排出されていたからよかったものの……覚醒者に診察してもらったが異常は無いということだからよかったとは思うが、得体の知れないものに何かされてしまうというのは気味が悪い。


「そういえばレーヴァテインのレプリカが怪物に効いたのは何なんだろうな……リュン子、これって特殊な素材なのか?」

「ん? ん~、これはヴァーンシア特産のものであたし達の鉱山では出ない鉱石だから詳しくはなぁ。確か竜忌鉱だったか……あまり硬い物じゃないから武器には向かないって事くらいだぞ」

 レプリカを眺め撫でるリュン子は職人としての意見を語るが俺が知りたいのは金属として優秀かどうかじゃないんだか――。

「竜忌鉱なら他国ではレッサードラゴンの調教に使うと聞いたことがあるのじゃ。あとはワイバーンなど竜種の退治に使う事もあるのじゃ、嫌う理由はよく分かっておらぬのじゃが竜種は相当嫌うし打ち込まれれば命を落としもするのじゃ」

「そういうもんなのか。ならクーニャとミュウもこれ嫌いだったりするのか?」

「主よ、儂と自分の娘を低俗な輩と比べるでない。似通った特徴があれども儂は高次の存在、その娘とて同様だ。知性など持たぬ者共と並べられるのは心外だ」

「わしも平気だぞ。戦う父上かっこよかったなぁ」

 ミュウはアウラと一緒に買い直したレプリカを構えてポーズを決めつつ他の娘たちに俺の活躍を話している。

「こやつ本当に反省しておるのか……」

「まぁまぁ、まだ七歳なんだし、無邪気でいいじゃないか」

「主は甘いな、ダメな事はダメと躾はちゃんとしないといかんぞ?」

 甘いだけでは駄目だと嫁たちからお小言を頂戴する事になった。だって七年も無駄にしたんだぞ? 可愛がりたい……つい甘くなってもしょうがないじゃないか。


「つまらないー! 旅行行こうよ~!」

 しばらく動けないとなれば当然アウラとミュウ以外の娘たちからはブーイングだ。この町はお土産は豊富だがそれだけで面白いものは少ない、それ故に子供たちは既に飽きている。

 地図を広げてどこか近場で安全そうな場所をとエルフお姉さんズと相談する。

「自国と言ってもここは封印地域だったから私はよく知らないんだが」

「勉強不足ね。ワタル、ここの海岸に新しく町が出来てて海水浴場として人気になってるわよ。安全かどうかは――」

「そうですね……ここにはああいった類いの正体不明の物体は確認されていなかったはずですよ」

 俺たちにじぃっと見られたレヴィが自身の記憶を探って微笑みながら答えた。

「よし、次は海水浴だな」

「ワタル声が弾んでないか?」

「……水着ねっ!」

 ティナの追求に俺は黙って視線を逸らすのだった。嫁の水着姿を見たいと思ったっていいだろう! フィオとティナとは海に言ったことがあるが他のみんなとはそんな経験無いし、俺だってみんなと遊べるのが楽しみなんだ。


『うーみー!』

「こらー! 勝手に走って行ったらダメですよー」

 リオの言葉で娘たちはぴたりと止まる。しかし早く入りたくてうずうずしているのが全身に表れている。

「まずは準備運動しなさい」

 準備運動じゃないレベルの運動を要求するリエルに従い娘たちは激しい運動の後海へと駆けて行く。

「いいのかあれで……」

「いいのよ、あれくらいじゃないと運動にもなりはしないもの」

 さいですか……。

 水際にたったフィアが一気にダイブすると他の娘も真似して飛び込む。きゃいきゃいと騒ぐ娘たちを見てるだけで感動してしまって……俺家族旅行に来てるんだな。

「ねぇねぇボウヤ、この水着どうかしら?」

「……うん、卑猥で一緒に居るのが恥ずかしくなるな」

「やった、褒められたわ」

 あれ……? 俺が無知なのかな、卑猥って褒め言葉じゃないよね!?

「航君、私はどうですか?」

「派手じゃないけど綾さんの綾さんが強調されてて凄いです」

「そ、そういうのは言わなくていいです!」

 どないせぇと……大人組は自身の魅力を強調する水着をロリ組は可愛さを強調する水着を着ている。うん、眼福……満足だ。

「しかしまぁ、クーニャの白スク水にニーソは狙いすぎだろ!」

「ぬ? ダメか? 海に行く事があればこれがいいと秀麿が言ったのだが」

 ナイス秀麿……どこかの空の下にいるオカマに敬礼!


『きゅぷぷぷぷぷぷ』

 父親の威厳を見せつける為か大量の獲物を獲ってきたもさは誇らしげに戦利品を子供たちに与えている。可愛い子カーバンクルがバリバリと生のまま魚を食べるホラー映像…………。

 そして余ったものは俺に差し出すという。

「どうしろってんだよ」

「少し早いですけどバーベキューの準備をしましょうか。手を付けてない物もいっぱいありますし新鮮で美味しいですよ?」

「準備はわたくしたちに任せてワタル様はクロナ達と遊んであげてください。楽しみだったのでしょう?」

「ありがとうクロ、食べ終わったらクロも一緒に遊ぼうな」

「はい! 是非」

 微笑む嫁たちは相変わらず――いや、益々魅力的になっているように感じる。七年の時間が為せる業か会えない時間の恋しさ故か、どちらにしても俺は今最高に幸せだ。


「パパ、パパ、あれやってー」

 他の家族連れを指差してマリアが飛び付いてきた。視線の先には父親に抱えられて放り投げられてダイブしてはしゃぐ少年が居る。

「よーし、遠くまで投げちゃうぞ」

 雷迅を使って強化をしつつふんわり感を出しながら少し遠くへマリアを投げる。

 しかしこの娘普通に落ちるじゃなく、くるりと向きを変えて綺麗にダイブした。流石の身体能力に他の家族連れが唖然としている。

「ルーも、ルーも!」

「父様私もお願い~!」

「ま、待て……全員やるのか?」

『マリアだけズルいー』

「わ、分かった分かった。とことん投げてやる」

 子供とはいえぶん投げるのは結構な重労働だ。改めて軽々やっていたフィオの凄さを実感するのだった。


 綾さんの呼び声で海をあがるとうちの陣地から良い匂いが漂っていた。どうやら他の家族連れがいくつか合流して奥様同士の歓談になっているようだ。

 娘たちは娘たちで新しい友達に声を弾ませている。

「ルーちゃん可愛いね。特にこの尻尾とか――」

「おい小僧、うちのルーシャを口説こうとか百年早いんだよ」

「ひっ!? パパー!」

「ふん、情けないやつめ。男でパパ呼びなやつはろくなやつじゃない――あだっ!?」

「駄目ですよワタル、あの様な幼子を脅かしては……もっと他にやり方があったでしょう?」

 レヴィにとってはこの年頃の子供なんてまだ生まれたばかりのような感覚なのだろう、なかなかに眉を吊り上げて怒っていなさる。だがしかしまぁ、あのガキケット・シーの尻尾について知ってたと思うんだよなぁ。

「いやいやレヴィ、ガキとはいえ男だ。ルーの素敵尻尾を狙っていたに違いない!」

「っ!? 変態、変態なのじゃ! ルーは父しゃま専用なのじゃ!」

 他の家族連れに多大な誤解をされてドン引きされました。


「ママのおっぱい大きくしてあげるね」

「余計なお世話……」

 うとうとした隙に埋められた四姉妹は不服そうだ。娘たちがそれぞれ自分の母親の身体を砂で形作っていく。

「巨乳のフィオかぁ……想像出来んな」

「でもワタル様、産んだばかりの時とかは結構大きくなってたんですよ」

「なん、だと…………」

 シロの発言で思考が凍り付く、身体も固まる。フィオ達が大きかっただと!? 想像つかない……見たかった。ものすっごく見たかった、生まれたばかりの娘たちも見たかった。改めて七年という時間の大きさに打ちひしがれた。

「それってクーニャとリュン子もか?」

「そだな、あたしはミシャとかシロくらいにはなってたぞ。そしてクーニャはこんな感じだな」

 職人らしい素晴らしくリアル過ぎる造形でクーニャの砂の身体が形作られた。

「か、隠せ! こんなもん見られたらロリコンが寄ってくるだろうが」

「ボウヤはロリで母親なんていうマニアックなジャンルが好きなのね」

 砂像に飛び付いた俺をアスモデウスが妙な考察をしている。そりゃ大きいフィオ達に興味が無い訳じゃないが……訳じゃないが!

「あ~、せっかく作ったのに」

「もっと良いものを作れ……」

「その言葉は聞き捨てならないなワタル君、あたしの仕事が不満だって言うのか? よしいいぞ、ワタル君が満足する巨乳ロリを作ってみせる」

 意味が違う。そういう類いを作るなと言っとるんだ!

「待てリュン子、作るなら……家にしよう――そう、別荘とか!」

「っ! おおっ、それは良い考えだな。今の家は気に入ってるけど別の家も良いなと思ってたんだ。いっそ各国に別荘を建てるのも良いかもしれないぞ」

 何かのスイッチの入ったリュン子が黙々と砂の家を作っていく、次第に遊んでいた娘たちも集まって嫁たちと一緒にあーでもないこーでもないと未来の別荘を想像しながら砂遊びを繰り広げるのだった。

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