契約の魔神
「
アリスの喝で動きを止めていた双子がザハルの恐怖を振り払い走り出した。
「ふん、どうだか! そいつも人間、いつ切り捨てられるか分かったもんじゃない」
期待など全く抱いていないと嘯くように声を張るリエルの口の端は微かに上がっていた。
彼女は棒高跳びの要領で宙に舞い、落下の勢いのままに方天戟の月牙でザハルの脳天をかち割った。
「ここに来たのは……そう、私を殺さなかった分を返しにきただけよ」
「ワタルはあんた達との約束を絶対に破ったりしないわ。なにせワタルはロリコンなんだから!」
うぉおおおおおいっ!? 言い方! ここでそれだとなんか欲望にまみれてるヤバい奴な感じがする。お前達を引き込んだ時の俺に雑念なんて一切なかったんだぞ! 助けたい一心だってのに――。
「ロリコン……かっこいい」
シエルが何か勘違いしてますが!? あの無表情が瞳を煌めかせて全身からわくわくが滲み出ている。
ロリコンはかっこよくないですよ! むしろ美少女の敵だと思いますよ!?
「そうよ! ワタルはかっこいいロリコンなのよ。だから付いてきなさい! 全力の! 全開で! この化け物倒して家に帰るんだから、遅いから出番なんて無くなったわってフィオに言ってやるんだから……ワタルは疲弊してる。私たちが鍵よ」
不死であろうと体に命令を下すのは脳、そこが失われれば動きは僅かに止まる。止まった巨体の足を棍が払い倒す。
そこを死神の大鎌が解体していく、桜色の死神はバラした部分を払い、殴り、蹴りレヴィリアさんへ飛ばす。
流石はハイエルフと言うべきか豪速球も戸惑う事なく小分けされた魔王を光に分解して散らせていく。
打ち合わせでもしていたかのような、淀みなく流れるような動作だった。このまま解体してしまえれば不死と言えど――理解する前に駆けアリスを押し倒した。
切り離されようと分解されようとザハルは再生する。それが例え頭であっても……再生しながら現れた頭部がアリスの腹部を喰い破る寸前だった。
「怪物が……おいディーお前何でこんなの起こした!? 母親が大切なら復活させた時点でとんずらすれば良かっただろうが! こんなもん起こしたんだ、算段つけてんだろうな! ――」
『下等ナ生物ハヨク吼エル……ダガ、中々ダ。思ヒ、許ス、人間デナケレバ多少ノ損傷デ死ニハスマイ。許ス、貴様等モ苗床ダ』
生えた豪腕が援護に駆け付けたシエルを一撃の下に吹き飛ばし昏倒させた。
大きく動揺したのはリエルだった。不用意に踏み込み過ぎたその小さな身体をゴミでも払うかのように太い足が薙いだ。
「リエル!?」
「へ……いき、いき……てる。ほしいもの、手に入れ…………」
石柱に埋まったままリエルは目を閉じた。
「わ、ワタル落ち着いて――」
「アリス……俺は、冷静にブチ切れてんだよ」
アリスを遠くに放り投げてザハルにレーヴァテインを向ける。お前が本当に俺の能力を拡張させるなら、もっと引き出せ! 今ここで勝てなきゃ今までの事が全部無駄になるんだよ!
そして見ろ、どこをどう辿れば
頭部を再生中の身体が動き出し彼女を捕らえようと躍起になるが今見える
損傷と再生の繰り返し、こいつに損耗があるならばこれにも意味はあるだろうが……あってくれないと困る。掠りもしなかったが光の軌跡を辿るだけで息が切れる。この襤褸身体もちゃしねぇ。
「レヴィリアさん、一瞬黒雷を解きます。その隙に分解を――」
「ワタルさん、レヴィで構いません。世界最悪の化け物を相手に共に戦う同志、ですから」
「レヴィ……なら俺もワタルで」
「了解しましたワタル、行きます!」
まだだ、まだ……ギリギリまでは解かない。レヴィが触れる僅かな間さえあれば――今だ!
「アリスっ!」
「分かってる! 妹たちが受けた痛み、そっくりそのまま返してやる!」
宙を舞った死神の大鎌がザハルを二つに割り、振り下ろした勢いのままに回転させた柄を叩き込み地にひれ伏させた。レヴィの分解は進み半身が完璧に光に消えた。
だが――。
予想以上の再生力、全く衰えがない。これが不死、そんな事を思いながらアリスを足に引っかけ投げ飛ばしレヴィを抱え込み身を屈めた。直後衝撃が頭上を流れていく。
万全じゃない状態でこいつの相手をするのは不可能なのか? 何か手を――。
「雨が――」
「姉様! 信じてくださるのですね!」
「私は人間を信じられません。すぐには変われないの……でも、
「こんなに……慈雨の大奇跡が――姉様…………」
打ち付けるのは黄金色に輝く雨、それは触れる度に傷を癒し、身体の底から活力を溢れさせる癒しの雫。
『小癪ナ、再生ハ我ガ得手トスルトコロ。矮小ナ生キ物ヲイクラ治シタトテ無意味。ソレニ、
「今私が望むのは息子の無事です。その為であればどのような負担であろうと考慮しません、ディーの生存の為になる者は全て癒します。あなたの気遣いなど受けたくありません!」
『愚カナ事ダ。気ノ狂ウ快楽ヨリモ苦痛ニ溺レル方ガイイトハナ……イイダロウ、我ガ直々ニ破滅ノ恐怖ヲ与エテヤロウ』
奇跡は降り注ぎ続ける。無論浮遊島の外側にも。
慈雨の女神を再び毒牙にかけるべく伸ばされた豪腕が胴体を離れて宙を舞う。
憤怒の戦士が女神を守るべく立ち塞がる。
『ホゥ? マダ手向カウカ? 父ニ反抗シタトコロデ無駄ト学習シナカッタカ? 頭ノ悪イオ前ニクレテヤロウ。特大ノ恐怖ト絶望、ソシテ苦痛ヲ』
『父……だと? 貴様をそのような者と認識した事は一度もない! 憎く、腹立たしく憎悪の象徴、何度母様の目の前で貴様を殺す瞬間を夢に見た事か』
『ソレハ哀シイナァ? 叶ウコトナキ妄執ニ囚ワレテイルトハ。払ッテヤルゾ……オ前ノ命諸共ナ!』
巨碗を真っ正面から受け止め競り合う、だが拮抗したのは十数秒だけで次第に押し込まれリディアへと迫られる。
『奪われてなるものかッ! あの幼き日の
島の外から死界を開くのに使われたものと同質の負の念がディーへと集まり生物を蝕む光線を放った。
『ソレダケカ? ソレデハ届カヌ、我ハ遥カ高キ存在ゾ』
右上半身を失いながら振り抜く拳がディーに膝を突かせた。
「回復した。アリスやるぞ!」
「うん!」
大鎌に細断された肉塊を黒雷で焼き散らし燃え滓すらもレヴィに分解される。
「話せディー、こいつの始末の付け方を!
「ディー」
母の縋る眼差しを受けてディーは不承不承口を開いた。
『奴がこの世界に来る前からの腰巾着の話ではあの巨体が全て消し飛んだ際に緋色の球体を見ている。俺はその核が不死の原因と踏んでいる、それを破壊する』
あの巨体を全て破壊……不死の命に飽かせて防御すら取っていなかったザハルが動きを変えた。なるほど、核の破壊=死というのは間違いではないようだ。
「なにこいつ急に動きが――」
「弱点知られて焦ってんだ。さっきまでの甘い防御じゃないぞ」
『……臭ウ、姑息ナ企ミノ汚臭』
「っ!? 駄目! そっちは――」
レヴィの反応にオークの王は嗤った。立ち並ぶ石柱を倒し持ち上げ振り回し木々の合間に放った。何が押し潰される音が聞こえ、血の臭いが流れてくる。
『封印ハ出来ヌナ? 残リハ後デ喰ラウ』
「ああ、あああああっ!」
「レヴィ焦っては駄目!」
姉の制止を聞かず突き出された石柱を分解してレヴィが突貫した先にザハルは居ない。残酷なまでの笑みを浮かべて降ってくる。
「っ! セイッ! ……あぁもう死んだかと思った! この豚野郎、私とシエルの邪魔するな!」
方天戟が巨体を引っ掛け落下地点をズラし着地の瞬間棍が背後から大きく突き飛ばした。
「死んでた気がした」
平然とそんな事さらりと言うな縁起でもない。
双子は身体の調子を確かめるように地を踏み鳴らし武器を構えた。
『これはこれは、王ともあろうお方が苦戦しておられますねぇ。ワタクシご助力いたしましょうかぁ?』
『外法師ッ……貴様どういうつもりだ』
『どうも、お久しぶりですねぇディー。目的の完遂おめでとうございます? お陰様でワタクシもほらこの通り、あぁいえ
めんどくさい奴が上がって来やがった。
と同時に、至極の魔神が衝撃と共に場を突き抜け圧倒した。
全員受け身を取ったがまた厄介なものが増えてしまった。
『眷属ノ者カ、何用カ。我ガ下等ナ生物ニ敗北スルトデモ思ウタカ』
『いえいえ、それはないでしょう。ですがワタクシあちらの方は
『男ハ要ラヌ、好キニシロ……変ワッタ趣味ダナ』
気持ちの悪いことを言いやがるから双子は疎かザハルまでドン引きしている。
『
ちょっと待てふざけんな!? お前の部下だろどうにかしろよ! ――とか言ってる暇も無いか。
瞬くよりも速くカタラが眼前に現れ堅牢な拳を振り下ろす。軌跡の通りに躱す事は出来た、拳は――。
凶腕が纏っていた衝撃に撃ち抜かれて膝を突く。一瞬で身体の何もかもが破壊し尽くされた感覚、攻撃力だけならばカタラの方が厄介かもしれない。
倒れ込みそうになり追撃を受けそうな俺をシエルがカタラの攻撃を受け流しながら上手い具合に棍で引っ掛け投げ飛ばした。
「ワタル!」
「大丈夫だ。慈雨が降ってる間ならギリ耐えられる。まぁこんな奇跡いくらハイエルフでも行使し続けるのは無理があるだろうし、次はない。リシエルとレヴィはディーに加勢してザハルを、
受け止めたアリスが心配して身体をまさぐるが既に慈雨でダメージは消えている。あるのは僅かに芽生えた痛みへの恐怖だ。
『だから混ぜないで!』
よく頑張った。やれることはやった。俺たちでは魔王にも魔神にも敵わない。
諦める為の言葉が、恐怖に屈しようとする弱い心が邪魔をしたほんの一瞬の隙、辿っていた光の軌跡が変化した。
くそっ、読み違えた。再び衝撃は身体を突き抜け破壊していく。動揺のせいでアリスまで読み違いをさせてしまった。失う恐怖が刷り込まれる。
人間とは遥かに違う凶爪が振り上げられた。駄目だ死ぬ……飛ばされたアリスは回復が間に合うだろう、だが俺は目の前に奴が居る。慈雨の回復は間に合わない。
リオ、フィオ、ナハト、ティナ、クロ、シロ、ミシャ、クーニャ、リュン子――ごめん……俺死――。
(ワタル! 負けないで)
っ! リオ――。
「俺はーっ!」
先に回復した右手で剣を握り凶爪を受け止めた。地は砕け足は沈んでいく。危ねぇ、妄想でもなんでもリオの声がなかったら本当に死ぬところだった。
(ワタル様、どうか、どうかご無事に)
(クロエ様を悲しませるなんて許しませんよ! ……私だってその…………)
(行け行け航、化け物やっつけろー!)
(航さん頑張って! みんな待ってるよ)
(お兄さんなら勝てますよ。だから諦めないで)
声が頭の中に響く、それだけで俺は――。
「力が漲る」
『――ッ!?』
「名前を変えようとお前らディアボロスは俺たちに負ける
「私の大切な人に触れないで」
空から降ってきたフィオが回転を乗せたアル・マヒクでカタラを叩き伏せ湖へと叩き込んだ。
「やっぱ生きてたな。流石フィオだ」
「嫌いになるなんて言うから頑張った。褒めて」
そんな場合じゃありませんが!?
「しょうがないやつだな。諦めないフィオは最高だな、偉い偉い」
こいつめ……戦闘中じゃなけりゃ写真撮っておきたくなるような顔しやがって……フィオのほにゃほにゃ笑顔でまたやる気出た。
「あらあらボウヤ、私は無視なのかしら? 悲しいわぁ~」
「なんで居るんだ……?」
「ボウヤの女達とね、契約を結んできたのよ。それに
フィオを放り投げた後は滞空するだけだった魔神が降り立ち暢気にも背中に抱き付いてくる。
ぞわぞわする、好きじゃない女にやられるとぞわぞわする!
「さーさー早くゴミを片付けて乱交パーティーしましょう」
しないよそんなの!? この魔神何言ってんの!?
「離れて」
「あらおチビさん、私に助けられたの忘れたの? それに、聞いたでしょう? あなた達の初夜に私も参加していいのよ!」
頭が痛くなってきたよ……慈雨でもこれは治らないのな。リオ達が心配してアスモデウスを送り込んできたって事なんだろうけど、とんでもない条件を飲んだなぁ。
(ワタルごめんなさい、それでもアスモはワタルの為に頑張ってくれるって言ってくれましたから)
既に愛称呼びする仲なの!? まぁいいや、フィオも助けてくれたみたいだし。
『暇ならさっさと外法師を叩けアスモデウス』
「ふんっ、彼氏面しないでよ。一回もしてくれなかったくせに!」
『お前に興味はない』
何この茶番……アスモデウスに執着されてたのってディーのせいじゃないのか…………。
「きーっ! いいもんいいもん、こっちのボウヤの方が擦れてなくて可愛いもん! ディーなんかドゥルジにくれてやる――私今話をしてるのよ。紛い物の魔神にはそういう配慮とかはないのかしら!」
鎗の砲撃が音を置き去りにしてカタラの腕を破壊し胴体を貫いた。
『流石真性の魔神、ですがワタクシのディアボロス・カタラはその上を行きますよぉ』
「腕が、生えた……そんなもの生やさないでちんこ生やしなさいよ」
いや何言ってんのこの
『真面目にやれ!』
「そっちこそ、早くお父さんを殺したら?」
ディーを挑発しながらもしっかりとカタラを押さえるアスモデウスに合わせて俺とフィオとアリスの三人で硬い体を削り取る。
ザハルを素材にしたと言っても不死は完全ではなく、休みなく細かく刻まれた体は復元する事なく黒い体液が地を汚した。
『おやまぁ、しかし今正にこの
「悪いのだけれどそんなものを作らせる訳にはいかないわ」
「消え去れ、二度と蘇らないように存在ごと」
手近なハイエルフの死体に触れようとした外法師をティナが八つ裂きにしてナハトが聖火で灰すら残さず焼き尽くした。
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