悪辣魔王ザハル

「待って! 私も……行く」

 走り出そうとした俺を立ち止まらせたのは頭を押さえながら立ち上がったフィオとその妹達、表情には戸惑いがあり記憶は戻っていない事が窺える。こんな状態で連れていくのは――。

「私は……あなたを殺したと思った時凄く痛くて、苦しかった。あんなのは……嫌。私の知らないがあなたを守れって叫んでる、だから一緒に行く。ワタルを守る」

「記憶もないくせに――」

 何も分からないはずなのにこんなに真っ直ぐに見つめてくる。

「無い、でもこの気持ち痛みは本物」

「わ、私も行くわ! あなたが死んだら困るもの、温かい場所に連れていってくれるんでしょ?」

「……目が覚めたら幸せくれるって言った」

「そうね、確かに言ってた。私たちの幸せはどこにあるのよ?」

 相変わらず感情が分からないシエルと不機嫌を装ったリエルがただただ見つめてくる。

 しまったー!? 俺的には二人はもう終戦まで起きないつもりだったのにこんなに早く再会してしまったんですが! 幸せにする準備どころか世界が滅びに向かっている真っ最中ですが!?

「え、えーとな、言った時の気持ちにも言葉にも嘘は無いんだが今は魔王が起きそうでな……ちょっと時間がない。帰ったら、帰ったら必ず――」

「行く」

「それしかないわね。死なれたら約束も何もないし……これはあんたの為じゃない、自分の為よ」

 シエルは真っ直ぐに見つめてくるがリエルは嫌っていたに心を開くのが恥ずかしいようで随分と可愛らしく頬を染めている。

「だ、駄目だよ子供が行っちゃ! お兄ちゃんがお化けやっつける邪魔になっちゃう!」

「大丈夫よ、あの娘たちは強いから……あなたはお姉ちゃんと一緒に脱出しましょ。ちょっとあなた! みんなを運ぶの手伝って! ナハトとこの子は私が運ぶから残りをお願い」

「さ、三人も!? 俺は普通の人間だぞ!」

 襤褸クズだけに聞こえるように脅してティナの指示を聞くように言い付け、ティナと一瞬視線を交わして俺たちは再び最上階を目指す。


「うぉおおおっ!? 待て待て待て待て!」

 ディーを追うために辿り着いた玉座では浮遊島の上昇と移動によって島の底面から突き出て城に接触しそうな程だった塔が離れ始めていた。

 追えないとどうにもならない、ティナの所までまた戻るか? それともクーニャを――。

「任せて」

「フィオ? 任せてって一体……あの~、このロープはなんでしょう?」

「大丈夫、これが正しい…………気がする」

「またぶっ飛び芸ですかぁぁぁあああああっ!?」

 どこからか取り出したロープを俺の身体に結び、塔へと投げ飛ばした。

 本当に記憶なくなってるんだよな!? 何でこんな事だけ分かるんだよ。


 ロープを手繰り合流したフィオ達と一緒に塔にしがみついて早数分、入り口らしき場所が見当たらない。

 穴を開けようにも石造りのはずなのに刃が通らず黒雷も効果がない。ハイエルフの力で特殊なコーティングでもしているようだ。

「これどうするの!? こんなのいつか落ちちゃうんだけど!」

 アリスのアダマスでも破壊不可能となるとどうしたものか。連絡を取ってこっちにクーニャを寄越してもらうか? ニーズヘッグが復活しているのに? ――毒島が気絶しているし無理だ。

「ディーはこの塔に向かったんだ。だからどこかに入り口が――」

「こんな状態でそれを探せって言うの? 馬鹿じゃないの?」

「投げ飛ばしたのは俺じゃないだろ……シエルよぉ、お姉ちゃんが俺に冷たいんだがどうにかならんか」

「知らない」

 双子は冷たい。まぁ記憶があっても仲が良かったわけではないが……フィオもあまり表情を出さなくなってしまってるしアリスは俺たちのやり取りにおろおろしている。これ元に戻るんだろうな? なんとしてもザハル復活前にディーに追い付いて仕掛けたものを解除させないと。

「はぁ、そんな目で見るなよ。探すよ、俺が探しゃあいいんだろ」

 この塔が入り口なのだとすれば地上との行き来をする為の物だ。ならやっぱり先端付近――下の方が開くんじゃないだろうか。


「粗い造りで助かったな、これできっちり組まれた塔だったら手足を掛ける場所も無く落ちてたぞ――っと、うぉ!?」

 滑った……怖っ! もう随分な高さだ、落下すれば助からない。それに、早く中に入らないとこの寒さでやられてしまう。

 塔に張り付き手探りで入り口を探す。ディーが先に侵入したことで開かなくなったとかじゃないだろうな?

「ワタル!」

「ん? ――ッ!? かはっ」

 アリスに呼び掛けられ上を向こうとしたタイミングで横からの突然の衝撃、耐える事は叶わず塔から弾き飛ばされた。

 何が――ディアボロス! 追い付いて来たのか。もう落下は免れない、ならせめてこいつを引き連れて落ちるしか――。

「駄目ッ!」

「フィオ!? 何やって――やめ――」

「アリス受け取って!」

 塔を蹴り俺の元に到達したフィオはこっちを狙っているディアボロスを上手く引き付けその衝撃波を利用して俺を塔の方へと投げ飛ばした。俺はアリスに受け止められたが――。

「放せっ! フィオが――」

「来ないで! これでいい、あなたを助ける事これが私がで選んだ命の使い道」

 落ちる、助からない、失う……? そんなのは嫌だ――。

「諦めんなっ! お前なら、フィオなら出来る――待ってるから追い付いてこい! 早く来ないと嫌いになっちまうぞ」

 雲に飲み込まれる直前フィオは笑った。諦めていた瞳は強い意思で再び燃えていた、大丈夫……絶対どうにかする。また会える、それを信じて今は――。

「邪魔だ雑魚が」

 アリスに支えられた状態で放った閃光は一直線にディアボロスを突き抜けた。


「ワタルワタル! ここ開いてるわ」

 フィオの事でショックを受けているアリスが無理に声を張り上げる。

「アリス、フィオなら大丈夫だ。必ず追い付いてくる、お前の大好きなフィオはこんなことで諦める娘か?」

 不安を押し込め自分に言い聞かせるように告げる。

「……フィオは何でも出来てどんな事だって――てててって言うか何で私がフィオの事好きってなってるのよ!? わ、私は別に――」

 顔を上げたアリスの瞳から不安は消え失せ変わりに頬が染まった。

「はいはい、リシエル行くぞー」

『混ぜるな!』

 石造りの塔の内部に侵入すると延々に螺旋と続く階段を駆け上がる。


 長い階段を抜けるとそこには雪舞う中空に浮かんでいるとは思えない暖かな自然と、そこに溶け込むようにして建つ少ない住居、広い湖に沈むように遺跡が存在している。そして――。

「酷いな……ディーがやったのか?」

 美しい場所に似つかわしくない惨劇、惨殺されたハイエルフの亡骸が点々と転がっている。

「これが全部エルフ? 貴族達なら死体でも欲しがりそう。これを持ち帰れたら――」

 リエルを思わず睨んでしまいお互いに顔を背ける。

 別にリエルが悪いわけじゃない、環境のせいだ。こんな思考を染み付かせた下劣な連中が悪い、俺が――俺たちが変えてやる。

 どの亡骸も胸を一突きにされている。傷口の具合から見てもディーが持っていた剣の幅が合致する。頼む、間に合ってくれ。


 死体を辿り悲鳴が響いた方へと進み、崩れた石柱が立ち並ぶ神殿らしき場所に行き着いた。

 遺跡ではあの時のハイエルフが倒れたディーに泣き縋り、が散乱する死体を貪り喰っていた。

『アア、アアアアアッ! 肉ノナント美味ナ事カ。蒔イタ種ガコノヨウナ働キヲスルトハナ、オマケニ供物ヲコレホド連レテクルトハ……愚カナ行動ヲシナケレバ生カシテオイタモノヲ、惜シイ、実ニ惜シイ事ダ』

 ハイエルフの肉を喰らい復活に打ち震える怪物は他のオークを圧倒する巨体で、醜悪で、邪悪で、悪辣で、下劣で、害意の塊で、何よりも恐怖の象徴のようだった。

 俺たちはそのおぞましさに飲み込まれ動けなくなった。

 巨体とは言ってもデミウルゴス程ではない、精々身長は人間の三倍程度――それでも、太く丸太のような腕と異様なバランスの上半身、肉を引き千切る鋭く突き出た牙が、を求めて鼻をヒクつかせる凶悪な顔が、恐怖を、死の予感を助長させる。

『マァ、ソレホド惜シム必要ハナイカ、マタ作レバイイ。ソノ為ノ雌モ用意サレテイル、同ジ雌ナラ同ジ子供ものガ出来ヨウ。ナァリディア?』

「悍ましい、何故貴方のような存在が――」

 彼女は嫌悪と憎悪を込めて魔王を睨み付ける。ザハルはそれに侮蔑と嘲笑で返した。

『呼ビ寄セタノハ貴様等ダロウ? 感謝シテイルゾ。肉モにくモフンダンニ在ル、思ワヌ能力ちからマデ宿シテイル、我ガ種族ノ繁栄ニ大イニ役立テテヤル。マタオ前カラ始メヨウ、悶エ狂ウ程ニ

 恐ろしい顔が更に醜く歪んだ。直後ディーの母親を狙い突進していく。

 死者だとしてもあの人はハイエルフだ、助けないと――地面に抜い付けられたように動かない足を無理矢理引き剥がして走った。

 間に合わない、これでは届かない、ディーとの戦いで無理をし過ぎた。百パーセントにはとても届かない、精々が六割、無理を通して七割か――命が、目の前で踏みにじられる――。


「させません! 姉様をこれ以上穢らわしき者になど触れさせない」

 ザハルの巨腕がリディアを掻き抱く直前に突如出現したレヴィリアさんが立ち塞がりその腕に触れた瞬間、巨腕は光の粒子となって散らばった。

『良イ雌ガ増エタ。アソコニ在ルノハ小サ過ギテ孕ム前に壊レソウダカラナ、丁度イイ事ダ』

 腕の事を気にした風もなくアリス達に目を向けた事で俺は飛び退き三人を隠すように立ち塞がった。三人はまだ飲まれている、どうにかここから離した方が――俺とレヴィリアさんだけでを殺せるか? あのディーが傷を負わせる事無く倒れているんだぞ、十全じゃない身体でどこまでやれる? レヴィリアさんが奴を消し飛ばせるなら――ッ!? そんな……消失した腕が生えた。

「弱らせ封印していたというのに不死それは衰えていませんか」

「レヴィリアさん!」

「ワタルさん申し訳ありませんがご協力をお願いします。殺され人手が足りていないのです」

 ザハルを警戒しながら目配せしてきた事でなんとなく察した。ハイエルフはまだ残っていて時間を稼げば再封印出来る可能性がある、だから不死と分かっていてもレヴィリアさんは姿を見せたんだ。これを知られればハイエルフを壊しに向かわれる、それは避けないと――足止めが必要だ。


 いけるか? ――いや、いく! 自分に出来る最大限で時間を稼ぐ。性能の落ちてる今接近戦をするのは不利だ。遠距離で絡め取る。

「どうか隙を! 私の分解ちからは全てを解くのに時間が掛かります。解いたところで死にはしないでしょうが、ある程度の時間は――」

 丸太がレヴィリアさん残像を突き抜けた。

 消えた彼女は姉とディーを連れて俺の背後に出現した。ティナの上位互換か?

『面白イ能力ちからダ、ソレモ欲シイ。オ前ニモタップリト種ヲ与エテヤル』

 嗤った怪物は忌まわしさが増し、それは全員を怯ませるには十分だった。

『寄る、な……忌々しき、我が根元よ』

 後方から放たれた力の奔流が襲い来るザハルの半身を飲み込み消し飛ばした。

「ディー!? よかった、生きていますね? もう少し我慢して、母が必ず癒してあげますよ」

「姉様、慈雨で彼らの治療も――」

「人間を、信じろなおせと言うのですか!? レヴィ、あなたは何故人間などと行動を共にしているのです!? 転移あれは彼を座標にしていたでしょう? あれほど嫌悪していたというのに何故っ!」

 リディアは俺に目を向け息子と同じ顔に一瞬戸惑いの表情を見せたもののすぐに困惑に変わり妹に叫ぶ。

「姉様、生きとし生けるものは変わってくものです。変化しないものなどない、在るとすればそれは異常なのです」

エルフみずからが異常だと言うのですか?」

「別に姿形だけを言っているのではありません、わたくしたちだって心は変わっていける。怯え拒み過去に囚われ凝り固まったままでは駄目なのです。世界も、人間も、変わっていく、いつまでも悲劇過去ばかりを見ているだけならば取り残されるだけ、変わる必要があるんです」

 蘇ったばかりの姉を諭すように語り掛けるがリディアの困惑は増していく。

「人間が変わる? オークと同じく醜い心根を持った種族が? そんな事あり得ません」

わたくしたちよりも圧倒的に短い生を生きる彼らは良くも悪くも常に進み変わっていきます。立ち止まってしまってもそれはほんの一時の事、留まり停滞し続けるハイエルフわたくしたちとは違うのです。彼らは前に進み、歩み寄りエルフや獣人と和解した、他を恐れ拒み逃げ続けているのはハイエルフだけです。世界が一つになり脅威まものに立ち向かっているというのにハイエルフだけ逃げ続けるのですか? 逃げてどこに行くのです? この存亡の危機に一丸となれなければ今度こそ私たちは滅びるだけです」

 レヴィリアさんの説得に姉が惑っている間にもザハルの体は再生していく。骨が、内臓が、肉が残った部分から生え繋がり形を成す。気持ちの悪い悪夢のような光景だった。


 黒雷で断面を焼くが再生が止まるのはほんの一時の事、あれの再生力は無限か!? ……無限なのだろう、でなければ不死とは言わない。こんなものが存在する世界も在るのか――。

「俺を無視しようとしてんじゃねぇぞッ!」

 半端な状態の体で黒雷を受けながらもハイエルフ二人に手を伸ばそうとする。

 体は損傷し続けているというのにその動きには何ら衰えがない。体格差を利用して足下に潜り込み巨木のような足を片方刈り取ったが再生中の断面丸出しの足を突き前に進む。

 再度攻撃に転じる為に纏わり付く俺に苛立ったようで牙を剥き出しに吼えた。

『矮小ナ生キ物ヨ、何故ニ死ニ急グ? 肉ヲ喰イ破ラレル苦痛ガ欲シイカ?』

 純然たる殺意が俺を包み込む。殺されるわけにはいかない、帰る場所がある、帰りたい場所がある。待っている人が居る、会いにいかないといけない人が居る。

「俺はまだまだ死ねない、俺の人生はこっからだ! 不死だろうと排除する、みんなとの未来おれがほしいものの為にっ」

「良い釣りです。悍ましきその体を分解します!」

 俺を握り潰そうと左手を伸ばした背後にレヴィリアさんが立つ、大き過ぎる背中に触れて光に変換して散らせていく。

『鬱陶シイ、雌ハ殺サヌト思ウカ? 壊レテイヨウト注ゲレバ問題ナイノダ』

「無視すんなっつってんだろ! レヴィリアさん!」

 俺を掴むために振った手の勢いのままに体を捻り背後のレヴィリアさんにその、戦意を挫くには十分な殺意を叩き付ける。

 勢いを殺そうとザハルの頭部を極太の黒雷が撃ち抜いた。体は無視出来ていても脳天に直接撃ち込まれると流石に影響が出るようで一時動きが完全に停止した。

 その隙にレヴィリアさんは奴の上半身を分解したほどいた。これなら暫く稼げるか?

 ディーは何でこんな怪物を起こしたんだ? 母が目的なら復活させてはい終わりでもよかったはすだ……『殺意を思い出せ、全てを狂わせた愚か者を断罪しろ。お前おれにはその権利がある』父親への殺意か。だが不死相手にどうやって? ディーあれが殺意だけでこんな事をするか? 算段があるんじゃないのか?


「ディーてめぇアリス達の記憶戻しやがれ! 俺の能力ちから勝手に使った代金支払いやがれ」

『うるさい奴だ…………』

「ワタルさん――」

「私たちのワタルに触らないでよ、フィオが戻るまでは私が守ってみせる」

 ディーに怒鳴っていた僅かな隙、残っていた下半身がこちらに倒れ込みながら上半身を再生させた。

 眼前に迫ったのは死臭の吹き出す口腔――だがその牙が届く前にアリスに攫われた。

「ごめんワタル、もうだから、一緒に戦えるから。ここからよ! 未来ほしいものを勝ち取るわ!」

 記憶を取り戻したアリスはとびきりの笑顔を見せた。

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