五つの氏族

「なるほど、なら額に水晶のような物が無い土人形を破壊してもズィアヴァロに異常が伝わる事はないんだな?」

「はい、水晶が目の代わりになってズィアヴァロへと情報を流しているようなのです。それ以外は作り出された際の命令を繰り返すだけです。ズィアヴァロが近くに居れば新たに命令を出す事も可能なようですが、ここは鉱山の最南端ですのであれが訪れる事はないはずです」

 ソレイユの話を聞き、曲がり角の陰から脱走防止の為に立っている土人形へ向けて高出力の黒雷を浴びせる。すると異常に気付いた人形兵が武器を構えこちらに向かおうとする。

「おいなにやってんだ馬鹿! ――おぉっ!? どうなってんだ? 奴ら膝から崩れていくぞ」

「よっしゃ狙い通り、さっき試したんだがここの土は閃電岩を作りやすいんだ。んで、あいつらの関節を閃電岩に変えてやれば脆くなった関節を無理矢理動かしてるんだ、あとは勝手に自滅する」

「閃電岩ってなんすか?」

「閃電岩、または雷菅石、雷の熱で溶けた砂等が作る天然のガラス菅ですね。雷の化石とも言われてとても稀少な物なんですよ、たしか……生成には六億ボルト位必要なんですけど、航君の全力は十億ボルトを余裕で超えているとはいえ自然の神秘がこんな簡単に…………?」

 惧瀞さんは自分で説明しながら信じられないといった様子だ。他のみんなはピンと来ないようで首を傾げる。

「まぁ! ワタルさんは雷石を作れるほどの雷を扱うのですか。なんと心強い、貴方方は他にもこのような能力をお持ちなのですか?」

 ソレイユは期待に瞳を輝かせ惧瀞さんと遠藤に目を向ける。遠藤は居心地悪そうに、惧瀞さんはやや困り気味に目を逸らした。

「私のはこんな感じです。航君と比べるとまだまだ練度を上げないといけないんですけどね」

「これは……剣が縦横無尽に飛び回ってます。これでしたら土人形に近付く危険を冒さなくていいので便利ですね」

 浮遊した武器を操作する様を見て感心した様子で手を合わせ目を見開いている。同胞を助けるという目的に近付くという思いが強くなったようで期待で胸を膨らませているといった感じで次に目を向ける。

「俺のは……これだよ」

「光って……ますね。暗い所でも困りませんね! す、素敵だと思います」

 攻撃的な能力の後の発光能力という事でソレイユはあからさまに落胆した様子で反応に困ったのか無理に声を大きくして捲し立てる。

「あからさまだなコラ、いいんだよ別に! 俺らには銃火器があるんだから」

「銃火器? 今持っておられる物の事ですよね?」

「そうだよ」

 西野さんが惧瀞さんの出現させていたサイレンサー付きの拳銃で通路の先へと発砲した。何が起きたのか理解出来ない様子のソレイユに説明を交えつつ今度は近くの壁に対して発砲する。自己紹介の時には簡単に済ませていたが威力を目の当たりにして起きた事を理解したソレイユは全ての兵がこれを所持しているという事実に興奮した様子で仕組みや作り方についての質問を投げ掛けてくる。

「仕組みは筒の中で爆発を起こして弾丸を発射してるんだけど、作ってるとこは見た事ないから分かんないなぁ」

「そうなのですか……とても残念です。私たちドワーフには無い技術ですのでとても興味があったのですが……そうだ、同胞の説得が終わり落ち着きましたらそれを一つお譲りいただけませんか? 自分たちで調べて再現してみます。接近せずともよいのであれば皆もう一度戦えると思うのです」

「再現って……んな事出来るのか?」

「我々アダマントは戦士と鍛治師を多く排出しております。私自身も鍛治を嗜んでいますので構造さえ分かれば可能なはずです。物作りに関してドワーフに出来ぬことはありません」

 自信たっぷりなソレイユからは物作りに対する誇りが窺える。でも銃なんて作れるようになったら色々問題がありそうだが…………。

「武器開発を待つなんて悠長な事はしてられないと思いますし私たちの方で余っている物を貸し出せるか掛け合ってみるのが現実的じゃないでしょうか」

 知らない技術や武器に興奮気味だったソレイユは惧瀞さんの言葉で落ち着きを取り戻し銃の開発の保留に納得した。

 慎重に進みながらソレイユから他の氏族についての話を聞いていく。ヴァーンシアに召喚されたのはアダマントを入れて五つの氏族、シュタールという氏族は戦士が多く魔物たちとの戦闘では率先して前に立ち戦った勇敢な者達だそうだ。しかし他種族に対しては威圧的、強圧的な者が多く、排他的な考えを持ち、先の戦闘で一番死者を出している為俺たちと協力して再度反攻に出る事に反対される可能性もあり一番説得の難しい氏族という話だ。

 次にゴルトという氏族、細工師が多く美術品や素晴らしい装飾品を多く作り出し、鍛治と並びドワーフの国の収入源を担っているそうだ。そういった自負からか利己主義な者が多く、利になれば種族問わず友好的だが利にならないと判断すればろくに話も聞かなくなり態度も悪くなるらしい。その為慎重に話をする必要がある。

 そしてエルツという氏族、彼らはその多くが鉱夫で鍛治や細工の為の素材を採掘する縁の下の力持ちといったポジションらしい。物事を深く考える者は少なく恣意的な者が多い、だが気のいい者が多いおかげか他の氏族と衝突する事もなく上手くやっているそうだ。彼らへの説得は比較的簡単だろうとのこと。因みに全氏族の中で最も酒に強いらしい。

 最後にレギールという氏族、寡黙で職人気質な者が多く他との関わりに対しては消極的な態度を取る事が多いそうだ。しかしきっちりとした仕事から信頼が厚く、彼らが作った武具は多くの国に輸出されていたとか。魔物への武器提供は不本意に思っているはずなので協力は得やすいかもしれない。

「結構順調に進んでるなぁ、それにしても本当に土人形が多い。魔物は居ないのか? ――あっ、ソレイユちゃんこれ食べる?」

「これは、なんでしょう? 茶色い板? 食べられるのですか?」

「チョコだよ、甘くて美味しいよ?」

 西野さんが食べても大丈夫だと見せるように板チョコの端を割って口に放り込んだ。それを見てソレイユはおっかなびっくり同じようにチョコを口へ運ぶ。

「あ、甘い……美味しい!」

「よかった。笑顔になってくれて、さっきから険しい表情が多かったからね。勿論そういう表情も悪くないけど笑顔だともっと可愛いよ」

「えっ!? そんなやだタカシさん、私みたいな鍛治や武芸ばかりの女可愛いはず――」

「ギザだな」

「ああギザだ」

「ギザですねぇ」

「気持ち悪い」

「恥ずかしくないの?」

 ソレイユは照れて顔を赤くしているが俺たちの西野さんに対する評価は散々だった。フィオとアリスに至っては少しでも距離を取ろうと俺を壁にする始末。

「お前らボロクソだなあ! いいじゃん可愛いものを可愛いって言うくらい! だってこんなに可愛いんだぞ? 笑顔の方がいいに決まってるだろ、笑わせてあげたいだろ!」

「ああはいはい、お前のロリコンが重症なのはよく分かったよ。だから静かにしろって。姫さん照れてないで案内してくれ、こっちでいいのか?」

「あーっ!? 遠藤コラてめぇなにソレイユちゃんの素敵ほっぺに触ってんだ! ロリを見るのはよくても許可なく触っちゃ駄目なんだぞ!」

 ロリじゃなくても許可なく触っちゃいけません! 照れて困ったように両頬を押さえていやいやをしていたソレイユの指の隙間から頬をつついた遠藤に食ってかかる。

「あの、私は怒ってませんから。それよりも年下の方にちゃん付けで呼ばれる方が気になります」

『年下?』

「はい、ドワーフの居ない世界の人間の方には考えられないかもしれませんが私たちドワーフの平均寿命は三百年ですので、このようななりでも私は六十三歳なんですよ」

「六十三!?」

「年上だとよ西野、残念だったな」

「ふ、ふふふふふ……俺は年齢なんて気にしない! 何故なら見た目は完全にロリだから! YESロリ! NO年増!」

 アホな事を宣言して遠藤に殴られている。煩かったし丁度いいだろう。それにしても六十三かぁ、見た目通りじゃないとは思ってたが結構年上なんだなぁ。

「ワタルさんはあまり驚いておられませんね」

「あぁ、見た目と年齢が違うのは慣れてるんで」

不思議そうにするのでエルフについて話すと少し驚いたようだが納得していた。ソレイユたちの世界にはエルフが居ないらしいが他にも長寿の種族がいるらしく受け入れるのが早かった。

「結構上ってる気がしますけど地上はまだでしょうか?」

「すいません、極力魔物や土人形が配置されていないであろう最近では使っていなかった道を選んでいるのでもうしばらく掛かると思います」

 なるほど、進んでるのは使われていない通路でこれでも遭遇してる土人形は少ない方なのか。通りで作業をしているようなドワーフ達を見かけない訳だ。

「この山が国なんでしょ? よくこんな穴蔵に住めるわね」

 お前の好きなフィオも俺と出会った時は穴蔵で暮らしてたけどな。

「いえ、生活する場所等はもっと整備されていますよ。彫工が美しい意匠を配していますので洞窟内とは思えぬ程ですよ」

 説明しながら同胞の事を思い出したんだろう、言葉では自国を誇りながらもソレイユの表情は陰り瞳は不安に揺れている。歩くペースは自然と速くなり確認をせずに曲がり角を曲がってしまいオークとの不意の遭遇を招いた。

『貴様、ドワーフの長の娘! それに人間? 何故ここに――っ!? コヒュー、コヒュー…………』

 オークの手がソレイユに伸びたその時に西野さんが図太い喉と胸に風穴を開けた。

「これ以上ソレイユちゃんを怯えさせるなっ」

「あーあやっちまった。こいつが巡回してたんだとしたらどうすんだ……戻って来ねぇと怪しまれるぞ。死体の処理だってどうすんだよ」

「すいません私の注意不足でこのような……死体はこの先にある横穴に隠せます。鉱石の出が悪く使われなくなった場所なので見回る可能性は低いと思います。それでも時間稼ぎくらいにしかならないかもしれませんが…………」

 見つかった以上仲間を呼ばれる前に処理するしかなかったし仕方ないだろうがこんな巨体をズルズル引き摺りながら移動するのか……っ!? 流石剛力のドワーフ、責任を感じたらしいソレイユがオークの持ち物で手を縛り引き始めた。

「急ぎましょう。これ以上魔物に接触しない為に」


 廃坑となった坑道の一つにオークの死体を遺棄して警戒を強めながら地上を目指す。

「もう少しで地上に出ます」

「やっとか、それにしても随分と深くまで落ちてたんだなぁ。結局魔物をやり過ごす為にうろうろして三時間以上経っちまってる」

「本当に広い坑道ですね。ドワーフの皆さんはこの中で暮らされているんですよね? 危険はないんでしょうか?」

「危険とは落盤などの事でしょうか? そういう事でしたらきちんと対処していますから一度も発生していませんよ。それに、生活の基盤としている周囲は慎重に掘り進めていますから」

 ざっと見ただけでも迷路のように道が分かれてかなり掘り進んでるようだからちゃんとしてなけりゃこんな所じゃ暮らせないだろうな。

「ずっと気になってたんだけど、坑道内を照らしてるランタンの中身って何なんです? 火の明かりとは違う感じがするんですけど」

「これは、そうですね……皆さんなら構いませんね。光源となっているのはアダマンタイトです。アダマンタイトはその異常な硬度だけでも十分に特殊なのですが、それに加え元々魔力を帯びている不思議な鉱石なのです。それを私たちの秘術で特殊な加工をする事によって様々な特殊効果を加える事が出来るのです。坑道内では純度の低い物を光源用に加工して使っているんですよ」

 異常な硬度か……大鎌の紋様の力は異世界の高硬度金属は範疇外だったって事なんだろうか。そんな武器が魔物に供給されてるとなると打ち合うと刃が持たないかもしれないな、その辺りを考えて立ち回らないといけないな。それにしても、魔力を秘めた金属か……ファンタジーだな。アダマンタイト製の武具に紋様を加えたら相乗効果で更に恩恵を得る事が出来たりしないだろうか?

「あっ、そろそろ出口ですよ」

 長かった坑内探索が終わりを告げる。警戒しながら日の光が差す方へと向かい慎重に顔を覗かせた瞬間こめかみに冷たく硬い物が押し当てられた。

「ま、待ってください! 航君を撃っちゃ駄目です!」

 そんな惧瀞さんの言葉が浸透するよりも先にフィオが俺を背中から押し倒しアリスが銃身を蹴り上げ大鎌の柄で相手を転かし踏みつけその後ろに居た者の横顔に切っ先を突き付けた。

「おぉ、早業。調査隊の突入とかち合ったのか……交信出来ても俺たちがどこに出るかまでは俺らじゃ分かんねぇからなぁ。お姫も放してやれよ、撃ってねぇだろ」

「遠藤と惧瀞、それに西野も無事だったか、如月さん達もご無事で何より。そちらの少女が今回助けを求めてきたという子か?」

「まぁ少女だなんて、私これでも六十三なんですよ」

「六十三!? ……あっ失礼、予想外の年齢だったもので」

 隊長らしき人は驚愕した様子で取り乱したもののすぐに取り繕って謝罪した。が、他の隊員は驚愕のあまり硬直している。まぁエルフと違ってドワーフは小さいから年上という事実を受け入れにくいのかもしれない。うちには色んなのが居るせいで俺はあっさり受け入れちゃったけど。

 鉱山からの脱出を伝えると合流した調査隊を護衛に早急に帰還しろと通達を受けた。元々戻る気だったしお偉いさんにソレイユを引き合わせる必要がある。それに……ちょい何を言われるか怖いがティナ達が心配して待っているから戻らない訳にいかない。


『ワタルー!』

「旦那様ー」

 ナハト、ティナ、ミシャに泣き付かれる。それに遅れてクーニャが呆れた視線を向けてくる。

「まったく、無事で何よりだが……目の前で生き埋めになった時は肝を冷やしたぞ。連絡は取れても儂らの声は送れぬし主の声は聞けぬ、こうして姿を確認してようやく落ち着いた」

「その……悪かったな」

「それじゃあ航君、私たちはソレイユさんを陸将たちの所へ案内してきますので」

「それなら俺も――」

「だめ」

「ワタルはこっちに居た方がいいと思うの」

 脱出を図った俺はいとも簡単にフィオとアリスに捕らえられ拘束された。お小言はいやだ。俺の罪悪感をつつくようなお説教と泣き落としで責め立てられるのはいやだ。今回は俺の不注意でも何でもないもの。

「頑張ってください!」

「あぁ待って――はぁ……最初に言っとくぞ待機はしない。待つのも見てるだけなのも我慢出来ないからな、それと俺の不注意でああなったんじゃないから手加減してください」

「なに言ってるの、それだと私たちがワタルをいじめるみたいじゃない。そんな事しないわ、ただ安心できるまで傍に居て欲しいだけよ」

無事は伝わってたはずだが、それでも目の前を走っていた車が地面に飲み込まれる様はかなりの衝撃があったらしくティナとナハトは俺の手を握ったまま放してくれない。

「フィオもアリスも無事で良かったのじゃ。いくら強くとも大地そのものが相手ではどうにも出来ぬからとても心配したのじゃ」

「心配してくれてありがと。私も流石に駄目かと思ったけど丁度良く横穴がある亀裂だったみたいでどうにか助かったわ」

 ミシャとアリスは手を取り合って無事を喜んでいる。その周りを主たちの帰還を喜ぶようにもさふさが駆けまわっている。

「ところで主よ、聞きたい事があるのだが。先程の娘に手を出していないだろうな?」

「そうそれ、女の子が助けを求めてるって聞いて私も心配してたの」

 クーニャの言葉で帰りを待っていた四人の視線が鋭く突き刺さる。何の心配をしてるんだ!?

「何かしてる訳ないだろ! 俺を何だと思ってるんだ」

『女好きの旦那様』

 うん…………ある程度予想はしてたけど、こうもきっちり声が重なると悲しいものがあるな。

「特に何もないからな、仲良さそうにしてたのは西野さんだから」

 それを伝えるとそれはそれで心配だと四人は眉を顰めるのだった。

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