新たな存在

「うっ……どうなった……? 全員生きてるか?」

「こっちはどうにかだ。綾ちゃん大丈夫?」

 遠藤が指先を光らせ暗闇を照らす。酷い体勢だが一応全員打ち身程度で済んだようだ。自衛隊の車両がどうにか通る程度の狭い亀裂を飛び出した岩に何度もぶつかりながら落ちた為一直線に落ちるようなスピードが出なかった事と底にぶつかる前に亀裂が狭くなったせいで車体が引っ掛かったおかげで助かった。

「こっちもどうにかです。洗濯機に入れられたみたいでしたね」

「遠藤俺の心配もしろよ~。フィオちゃん達は大丈夫?」

「ワタルが庇ってくれたから怪我もしてない」

 抱き締めていた二人がもぞもぞと動き歪んだドアを蹴破り目前に迫っていたらしい亀裂の底へと飛び降りた。

「結構長い間落ちたよな? ……落ちてる途中上からガンガン岩が落ちて来てたし……こりゃ駄目だな上からは出られそうにねぇぜ。少し上が既に岩だ、亀裂がうねってて助かったな。狭い場所に上手い具合に大きい岩が挟まって他の岩や土を塞き止めてくれてる。あれがなきゃ俺たち生き埋めだったぜ」

 車外に出て光度を増した指先を上へと掲げた遠藤が苦虫でも噛み潰したような顔で告げる。確かに塞き止められているが僅かに石や土が落ちて来ている、このままだと生き埋めも時間の問題だ。

「連絡入りました。能力で掘り進めようとしているそうですが――っ!? 待ってください! 待ってください! 下手に手を加えると崩れそうです!」

 壊れた無線の代わりに能力で交信しているようだ。通じていれば思うだけで伝わるはずだが、岩がズレて土砂が大量に落ち始めた事で声を上げた惧瀞さんが慌てて上の人たちを制止した。

「どうするんすかこれ……俺たち酸素切れるまでの命っすか?」

「上が駄目なら横に行けばいいんじゃない? 狭いけど人ひとりずつならここ通れそうよ」

 辺りを探っていたアリスが車から降ろした鎌を狭い空間で器用に振るい横穴を隠していた岩を両断した。

「惧瀞はダメそう」

「えっ!? どうしてですかフィオさん」

 全員注目している場所は同じ、狭いからなぁ。横向きに進む必要があるが、確かに引っ掛かりそうだ。

「アリスの鎌も結構厳しくないか?」

「平気よ、こうして刃を地面に突き立てて! あとは進むだけ」

 そうか、万物を切り裂くんだったか。確かに刃を地面に仕舞っている状態なら柄だけだし問題にならないか。

「本格的にヤバいな、崩れる前に行こう。先頭は俺が行くから遠藤は真ん中で前後を照らしてくれ」

「勝手に仕切んな――つってもどっちも照らすなら真ん中が一番か」

「航君先頭は私が――」

「こんだけ狭いと惧瀞さんの能力活かせないでしょう? 何かあっても電撃で対処するんで大丈夫ですよ――っと、急ぎましょう」

 救助の為に動かしたのがマズかったんだろう、微妙なバランスを保っていた空間が崩壊を始めた。俺たちは慌ててアリスの見つけた横穴へと滑り込んだ。


 ガガガガガ、ガリガリガリ、岩を削る音が狭い横穴を進む俺たちを包む。全員が危惧した通り惧瀞さんの胸が引っ掛かった。対処としてその部分だけ短剣で削りながら進む事にしたのだが、狭く息苦しく移動のしづらい中この単調な音は苛立ちを加速させる。惧瀞さんが恥ずかしさと申し訳なさで赤くなっているので言わないが、そろそろこの音にもうんざりだ。横穴に入り込んだ事は伝えてあるしどうにか発見してもらいたいが――。

「おいどうした? 後ろが支えてるぞ」

 しばらく進み、横穴が大きくカーブした所で行き止まりにぶち当たった。万事休すか……横に進むばかりで上ってる感じはなかったし、地中深くというどうしようもない状況に不安が大きくなる。どうすればいいんだ。どこかしらに出口があるのではと偵察隊が探し回ってくれているのも無駄に終わったようだ。

「行き止まりだ。デカい岩で塞がってる。っ! マジか……黒剣の刃が通らない。オリハルコンでも含んでるのか?」

「嘘だろ? ……お姫の鎌でどうにかなんねぇのか?」

 こんな時になんだがなんでアリスがお姫なんだろう……? でもそうだな、アリスの鎌なら切り開けるかもしれない。この岩の先に道が続いていればだが。

「アリス、やってくれるか?」

「任せて、こんな岩簡単に――っ!? んん!? なんでぇ!? この鎌の紋様は特に特殊で何でも切れるはずなのに! ……ワタル、どうしよう? 切れないわ」

 俺と場所を入れ替わり岩の前で鎌を振り上げようとしたアリスだったが、刃が地面から出てくる事はなく柄は岩の手前で止まってしまっていた。微妙に半泣きの状態でしがみついてくるが、アリスの持つアダマスが頼みの綱だっただけにそれが切れた絶望感は半端ない。

「一か八かレールガンをぶち込むか? でもアダマスで切れない硬度だと跳弾の可能性があって危ない……か?」

 短剣で岩を叩いて確認しつつ頭を抱える。入り口が塞がっている以上酸素にも限りがある。悠長にしている暇はない、やるしかない――っ!? 決断して剣を構え直した瞬間、道を塞いでいる大岩が僅かに振動した。

「今の……っ! アリス手伝って、このまま岩を押す」

 後ろで様子を窺っていたフィオが何かに反応して岩を押し始めた。狭い通路に二人が身を寄せ合い巨岩を押す。二人の上から俺も加勢するが動く気配なんて全く感じない、それでもフィオの瞳には希望が宿っている。それなら、やるしかない!

「おいお嬢、大丈夫なのか? いくらお嬢たちでも岩の先が行き止まりだったら――」

「大丈夫、多分この先に道はある」

「如月もっと詰めろ、俺も押す」

 遠藤も加わり不安定な体勢で数分押しただろうか、再び岩が振動した。移動の振動だ。押し込めるということはこの先は空洞! フィオの言うとおりだ。まだ希望はある。

「行けるぞ! もっと押せ、男なら根性見せろ。お嬢たちに負けんな!」

「分かってる、タイミングを合わせろ。行くぞ! …………声? 岩の向こうから声が聞こえないか?」

「は? そんなの――」

「聞こえる」

「私も聞こえた!」

 俺たちが岩の向こうに人の存在を感じ始めたのと同時に岩が少しずつ進み始め、最初の位置から人ふたり分程移動した。助けが来ているのなら連絡が入らないのは妙だが、現に向こう側に誰か居る。ここを発見した隊に通信能力者が同行してないだけだろう。それなりに居るがそれでも十分ではないし。

「如月さん代わります。休んでてください」

 西野さんと入れ替わり順番に休みながら押すこと一時間半、遂に岩の隙間から遠藤のものとは違う光が射し込んだ。こうなれば向こう側に誰か居ることも確信になる。声が響きあと少しだと励まされ残りの体力を振り絞り全力で押す。そして二時間が経つ頃には人ひとりがようやく通れる位の隙間が開いた。横穴から抜け出るとそこには驚きの光景が広がっていた。


『な、なんじゃこりゃー!?』

 男三人の声が開けた空間に反響する。女性陣は驚きで固まり声も出ないようだ。岩の先に居た存在、それは大勢の子供だった。皆フィオよりも小さくクーニャと同じくらいの子十数人が一番大きく、他はそれよりも小さい子たちばかりだった。心なしか女の子が多い気がするが。

「どうなってんだ? この大陸には人間は残ってないはずだろ? それなのに、おい如月! お前こんなガキ共残して脱出しやがったのか!」

「い、いや、道中の町や村は確認しながら移動したはずだし最終確認だって……なぁフィオ」

「ん、間違いなく陣を消す前に確認は何度も済ませた。人間が居るはずない」

「そんな事どうでもいい。君たち、お兄さん達が助けてあげるからね」

 言い切る西野さんに微妙に呆れた視線を向けるが、確かにこんな場所に放置していく訳にもいかない。取り残された子たちなら家族の元へ帰してやらないと。

「待てよ西野、ここにはガキ共しか居ないんだぜ? ならあの大岩を動かす手伝いをしたのは誰だ? お嬢が言うとおり人間がいないならこいつらは魔物じゃないのか? それなら異常な力にも納得がいく」

「はぁ!? こんなに可愛い子たちが魔物とか本気で言ってんのか? 第一魔物なら俺たちを助けてくれる訳ないだろ! この子たちに謝れ」

 子供たちの正体を巡って争う二人を子供たちは困惑した様子で見つめている。遠藤が言うとおりこの大陸に子供が居るのはおかしい、だがこの子たちはどう見ても人間……ん? 耳が僅かに尖っている。一人くらいならそういう違いもあるか、で済ませるが漏れなく全員がこの特徴を持っている。

「なぁ、君たちをまとめている子は居るか?」

 一番近くに居た子に怖がらせないよう目線を合わせて声を掛けた。

「え、ええ、それならソレイユ様です」

 幼い女の子が指差した先にはクーニャと同じくらいの身長で蒼眼の紅く長い髪をして薄いクリーム色のドレスを着た少女が居た。

「ソレイユ、少し話がしたいんだが――ぐはっ!?」

「無礼者、ソレイユ様になんて口を」

 近くに居た女の子に殴り飛ばされ壁に激突して背中をしたたかに打ち付け一瞬呼吸が止まる。凄い力だ。なるほど、人間とは違う。紅眼じゃないから混血者という訳でもないだろう。俺への攻撃に対して全員が戦闘態勢を取り緊張がこの空間を包む。フィオとアリスは今にも子供に飛び掛かりそうだ。だが――

「待て!」

「お待ちなさい!」

 ふらつきながらフィオ達を制止する俺と同じにソレイユと呼ばれていた子が他の子供たちを制止した。

「先程の非礼をお詫びします。お怪我はございませんか?」

「あんなに思いっきり吹き飛ばしておいて何がお詫びよ! 怪我だって無いはずないでしょ! ほら、打ち身になってる!」

「やめい…………」

 怒ったアリスが俺の後ろへ回り服を捲って背中を見せようとする。

「なんて口の利き方、ドワーフのくせにあなた達ソレイユ様を知らないの?」

『は?』

 俺を殴った女の子がフィオとアリスを指して発した言葉に俺たちは固まった。ドワーフ? ドワーフってあのドワーフか? 人間やエルフ以外にもこの世界に人型の種族が居たのか!?

「ドワーフって何?」

「フィオは知らないのか? アリスは?」

「私も知らない」

 二人は揃って首を傾げる。ドワーフという単語すら聞いた事がないようだ。だとしたら、新たにこの世界へ訪れた種族という事になるのか? 封印が破壊された今事故でこの世界へ訪れる者はいないはず……ならディーがわざわざ呼び出したのか? 何の為に?

「説明してもらえないか? 君たちはこの世界の存在なのか? 違うならなんでこんな場所に?」

「説明? そちらの二人から聞いていないのですか?」

「いやこの二人は人間だから、小さいけど人間だからな?」

「まぁ! そうなのですか、私はてっきり同族だとばかり……そういえば私たちの最大身長より少しばかり大きいですね。同胞が立ち上がり遂に助けが来たのかと思っていたのですが糠喜びだったようですね。皆さんすいません、私の勘違いに付き合わせてしまいました」

 子供たちに謝罪するソレイユに次々と慰めの言葉が掛けられる。あぁ、ドワーフだから子供という訳ではないか、それにしても小さい。


「話が脱線してしまいましたね。改めまして、私はソレイユ・ルフレ・アダマントです。他の氏族をまとめるアダマントという氏族の長の娘です」

 なるほど、立場的には姫様みたいなものだったのか、でもいきなり殴るのは勘弁してほしい。ソレイユの自己紹介に対して俺たちもそれぞれ簡単な自己紹介を済ませていく。

「まぁ! では貴方方は私たちと同じく別の世界からいらしたのですね……見たところ私たちの世界の人間と大きな違いは無さそうですが、特殊な能力を得ているというのは私たちには起きていない現象ですので気になりますね」

「理屈もよく分かってないし覚醒者になってない人の方が多いですけどね」

「そーそー、ここじゃ俺だけだけど殆どは普通の人間だよ」

「そうなのですか……ですが戦う力を持ってこの地へと乗り込んでこられたのですよね? …………あの! どうか私たちをお救い願えませんか? 私たちは魔物たちが強力な武器を得る為にと国としているアダマンタイトの鉱山ごとこの世界へ呼び出されたのです。最初は抗ったのですがズィアヴァロの特殊な能力に次第に押され、鉱山から一定の範囲の先には逃げる事も叶わず捕らえられ今はこうして女子供が人質とされ、他の者達は魔物に隷属するしかない状況になっていると聞かされています」

 女子供って事はここには子供も混ざってるのか……見分けつかねぇ。皆どうしようもない状況の中で大岩から金属を打ち付ける音が聞こえ助けが来たと思って協力して大岩を動かしてくれたということだった。ドワーフが剛力だというのは本当だったようだ。

「ズィアヴァロって奴の話を聞かせてもらえますか?」

「ズィアヴァロは魔物たちを統率している存在です。土から人形を作り操る事で無限の兵力を持ちます。ただの人形なら大した苦戦もしないのですが人形を形成していた土に触れると身体が腐り始めるのです。生きたまま身体が腐食し崩れていくという死に様はとても見ていられるようなものではありません。それを嗤いながら眺めるズィアヴァロは本当に恐ろしいものでした。そうやって私たちを少しずつ追い詰め、この地を管理する自分に従わねば殺すと……悍ましい死に方を前に私たちはどうすることも出来ず膝を屈しました。囚われた以外の者は休む間もなく魔物の為の武器を作る日々、動けなくなれば生きたまま腐る死が待っている、皆怯えながら生きているのです。貴方方は魔物を征伐する為にこの地へいらしたのでしょう? どうか私たちをお救いください!」

 襲われた時の事を思い出したのかドワーフ達は顔面蒼白で震えている。ソレイユ自身も恐怖に怯え、涙を浮かべながら助けを求めてくる。そんな様子を目の当たりにして俺たちは顔を見合わせる。管理しているという発言から考えてズィアヴァロというのが次の結界の管理者と考えていいだろう。だとすれば戦う必要があるのは確かだ、だがまだ俺たちが把握してない事も多い。簡単に助けるなんて――。

「大丈夫だよソレイユちゃん、俺たちは魔物を倒す為に来たんだ。必ずズィアヴァロって奴を倒して解放してあげるからね。だから泣かないで」

「おい西野なに勝手に約束してるんだ!?」

「女の子が泣いてるんだぞ、助けたいと思うのが人情! 男ならやるしかないだろ! それに結界の管理者ならどうせ倒すんだ。そのついでに助かるよって伝えるぐらいいいだろ」

 カッコいい事を言ってる気もするが性癖のせいで素直に感心出来ない……まぁいいか、どうせ俺も同じような選択をしてたろうし、ドワーフと分かってもこう小さいと子供に泣き付かれてるようでどうにも断れない。

「本当に、助けてくださるのですか? でしたら先ず他の同胞にも接触してください。ズィアヴァロはこの連なる鉱山のどこかに潜んでいるはずなので案内が必要です。それに、私たちももう一度立ち上がるべきなのです」

「あーあ、どんな被害が出るかも分かんねぇってのに……こいつのロリコンにも困ったもんだな。綾ちゃん連絡は?」

「大丈夫です、全部伝えてます。上もまだ魔物とは接触していないので隠密行動で他のドワーフに接触を図るとの事です。鉱山内だと大火力の兵装は使えないですし、慎重に行動して一先ず合流を急ぐようにとの厳命です。特に航君、いいですか?」

「はい気を付けます…………」

 名指しかよ……俺はトラブルメーカーじゃないぞ…………やれやれだ。

「なら先ずここを出ないとな、こいつらどうする? これだけ多くちゃ簡単に見つかりそうだし守るのは簡単じゃねぇぞ。力が強くても素手だと土人形はやべぇんだろ?」

「私たちは足手纏いにならないようにここで待ちます。ですがソレイユ様だけはお連れください」

 俺を殴ったドワーフの女性が進み出て頭を下げた。

「メリダ?」

「ずっとリュンヌ様の事を案じていらっしゃるのでしょう? 彼らと共に行けば何か分かるかもしれません。それに彼らには案内が必要です。こちらは私たちで何とかしますのでどうかお心のままに」

「ですがっ……いえ、分かりました。皆をまとめて必ず戻ります、それまでお願いしますね」

「お任せください」

 ソレイユを励ますドワーフ達の声に背中を押されて俺たちは牢屋代わりだという空間をあとにした。

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