終章~人魔大戦~

全方位攻撃

 ヴァーンシアへの派兵が決まって半月後に自衛隊以外の人員の移動が完了した。そして今は提供された武器弾薬の使い方を向こうの世界の多国籍軍がヴァーンシアの同盟国が作った連合軍へとレクチャーしている。付け焼き刃も甚だしいと馬鹿にされていたこの講習だったがヴァーンシア側の学ぶ意識は高い、混血者でなくとも、覚醒者でなくとも魔物に対してそれなりの脅威となる銃器の扱いに少しでも慣れようと必死だ。五か国共に大規模な魔物の侵攻を受け、クロイツに至っては二度目、共に存亡の危機だった。そんな目に遭えば誰だって敵を滅ぼすべきだと考えるだろう、だから彼らも死に物狂いなんだ。また侵攻があった時同じようにやり過ごせる保証はない、大切なものを失わない保証はない。だから敵をまとめ上げ異世界の脅威を呼び寄せている首魁を討つ、纏まりを失えば魔物の脅威もかなり薄れるし各個撃破なら対処もしやすい。

「それにしても頑張るなぁ」

 異世界の援助が到着して半月、合同訓練等の場で剣や弓、槍等の武器で戦うヴァーンシアの人間を馬鹿にするやつがどうしても居た。当然そういうのばかりじゃないが、講習の担当がそういうのに回ってたら……連合軍の人たち疲れそうだなぁ、俺なら嫌になる。魔物の大陸へ乗り込む前に連携を図る為に互いを知る事と派兵されてきた者たちが不意に覚醒者になって混乱しない為という名目で一月半前後の期間が設けられたが全部が全部上手く行っているとは言い難い。銃器なんかの現代の武器を使う兵士には剣を持った騎士なんて前時代的なものに見えるんだろうし戦いとなれば命懸け、仲良しこよしじゃやってられないのも分かるがもう少し上手く付き合おうという気にはならんものか……格闘戦に圧倒的に優れている混血者も近付かれる前に撃てばどうとでもなるから自分たちが上って認識なのかなぁ。派兵された中に若干現れた覚醒者は類似の能力のこっちの人間に力の使い方のレクチャーを受けたりもしてんのに。

「ヘイ、ブラックサンダー! 今日もそこで間抜け面かい? 暇なら銃の扱いの一つも覚えたらどうだ?」

 射撃訓練場でヴァーンシアの兵士たちの訓練を見ていると米兵に声を掛けられた。その呼び名サクサクして甘くて美味しそうだからなんだかなぁ……レヴィリアさんが言っていたハイエルフの力のおかげだろう、言葉が通じる分こうして声を掛けられる事も多い。からかうように馬鹿にしてくる者、俺が斬った人の知り合いで怨み言をぶつけてくる者、純粋に興味を抱いている者等様々だが妙に疲れる。この言葉が通じるのってどういう仕組みなのか……レヴィリアさんにもう一度会いたいなぁ、聞きたい事だってあるし――。

「無視か? こっちでは英雄扱いされてようが俺たちにとってお前は――」

「如月さーん! 探しましたよ~、ティナ様がお呼びですよ」

 随分と探し回ったのだろう、若干額に汗を浮かべた惧瀞さんが駆け寄ってきた。揺れてるなぁ、米兵も見てるし……ずっとアドラでの任務に就いていて帰還の時もチラッと見ただけでこうして言葉を交わすのは本当に久しぶりだな。

「久しぶりですね――ん……? なんか惧瀞さん……幼くなった?」

「あっ、分かりますか? ティアさんに時間を抜いてもらったので今十代なんですよぉ~。アドラで活動してる時の私の立場は遊び回ってるお金持ちのお嬢様って体だったのでもう少し若くないといけないって言われて……私まだ若いつもりだったのに失礼しちゃいます!」

 ぷんぷんしてらっしゃる。それにしても金持ちのお嬢様? 奴隷にされた日本人の情報集めの為だろうか? こんなぽやぽやした人が奴隷商に会って情報集めしてたのか。放蕩貴族っぽい立場で下衆な笑みを浮かべて奴隷について密談する惧瀞さん……似合わねぇな。

「それで? ティナはなんて?」

「はい、それが~、どうしてもやっておくべき事があるとしか。如月さんは思い当たる事はないんですか?」

「俺は特に……それより惧瀞さん、前にも言ったかもですけど、いい加減さん付けやめてもらえませんか? 年上にさん付けされると変な感じなんです」

「えぇ~、でもそしたらどうやってお呼びしたら」

「呼び捨てでも何でも好きにしたらいいじゃないですか」

 放置されている米兵を置いて歩き始め混乱気味の惧瀞さんにも手をひらひらさせながら促す。

「そんな事言われましても~……なら、なんて呼んでも怒りませんか?」

「余程ぶっ飛んでなければ」

「航君、なんてどうでしょう? ……すいません、いきなり名前呼びなんてダメですよね」

 君付けで呼ばれる事は稀だからなんかむず痒い……今まで名字呼びだったのに急に名前、自分で言っておいてなんだが落ち着かないな。呼んだ本人もおろおろしてる。

「それはいいんですけど、なんか……君付けされると年上っぽいですね」

「実際年上ですよぅ、如月さんが年上なんだからって言ったんじゃないですかぁ~」

 そうなんだが……元々そんなに無かった年上としての威厳が今は見た目が幼くなってる事もあって全く感じない、そんな状態で年上っぽさを出されると小さい子が背伸びしているようで微笑ましい。そんな俺の視線に気付いたのか少しだけ膨れっ面だ。これが年上か…………。

「おい無視すんなっ!」

 後ろから聞こえた荒々しい足音に身を躱すと肩を掴もうとしていた米兵が空振ってつんのめった。わざわざ追いかける程の用事もないだろうにご苦労なこった。彼は体勢を立て直して忌々しそうにこちらを睨み付けている、俺にどうして欲しいんだ? 怨み言は聞く責任があるとは思うがこの人からは強い怨みの感情を感じない、ただ絡んできているだけなら一々聞いてられないぞ。

「あっ、まだお話の途中だったんですか? あぁでもティナ様は見つけたらすぐに連れてくるようにと……急ぎの用事なら同行してもらえませんか?」

「話なんてないからほっといていいですよ、それよりどこに行けばいいんですか?」

「へ? あの、第二演習場ですけど、いいんですか?」

 いつもの意味の無い絡みだろうと判断し声を荒げる米兵に構う事なく歩を進める俺に戸惑う惧瀞さんを視線で促して移動を始めた。クロイツ駐屯地から北西の人里からかなり離れた場所にある第二演習場への陣に向かうと米兵まで付いてきた。

「これ、何やってるんだ? 惧瀞さん今日何があるんです?」

  移動した先には人が大勢居た。いや、演習場なんだから人が居て当たり前なんだが、訓練をしている訳じゃなく何かを取り囲んでいる感じだ。この輪の中心には何が……? 随分と騒がしいが。

「今日は午前中に訓練があっただけで午後からは何も予定はなかったはず……ティナ様の指定もここで合ってるはずなんですが――」

「来たわねワタル! さぁ始めるわよ、惧瀞も準備なさい」

 感情を昂らせた様子のティナが輪の中心から肩を怒らせ周りの人間を押しやりながらこちらに向かってくる。こいつはこんな大勢の中心で一体何やってたんだ…………。

「始めるってなんだ? というかこれは何の騒ぎだ?」

「それが聞いてよ! 新しく派兵されてきた連中、ろくに知りもしないくせにワタルの事を昼行灯って揶揄したのよ! もうホントに許せない!」

 話しながらその状況を思い出したのか更に憤慨して苛立たしげに周りを見回す。事態を収めようとしていたらしい自衛隊は困り果てたように視線を彷徨わせ、米兵や中国兵たちは自分は関係ないといった感じに視線を逸らした。

「落ち着けよ、いいじゃないかそれくらい。俺たちは遊撃隊って事になってるから実際ここの人たちの訓練には参加してないし訓練の一環でやってる魔物の残党狩りにも参加してない、何かしてる所を見せている訳じゃないし出回った映像だって全員が見てる訳でもないだろうしそう言う人も居るって――」

「いいわけないでしょっ! 愛する人を馬鹿にされたのよ! こんなの私は我慢できない、する必要もない! 大切な人の為に怒れないならエルフとして終わっているわ――というか何でワタルは平気そうなのよ! もっと怒りなさい! あなた今まで自分がどれだけの事をしてきたか忘れたの!?」

 どれだけの事を、と言われてもな……度々無茶をしてみんなを泣かせたりお説教されたり、国を救った何て言われても色んな人がそれぞれに出来る努力を精一杯やった結果だから俺だけが凄い訳でもないしな。

「いや別に……絡まれて何かを言われるのも面倒だが慣れてきたし、それにティナが怒ってくれるなら俺はいいかなって」

「む~……納得いかないわ。ワタルはもっと自分の評価を気にするべきよ、そこで! この催しよ。惧瀞やりなさい」

「へ? 何をでしょう」

 頼み事をするなら話を通しておけよ……話を振られた惧瀞さんは意味が分からないようできょとんとして目をぱちくりしている。幼くなったせいで仕草が余計に可愛くなっている! ん……待てよ、催しと言ったか? この人数はティナが集めたものなのか? 一体何を始める気なのか……嫌な予感しかしない、が、止まりそうにないな。

「さっき自慢してた技をワタルに使いなさい」

「え? えぇぇぇえええええっ!? そ、そんな危ないですよぅ! 私まだ出来るようになったばかりで意図的に外せる程の精度はまだないんですよ。ペイント弾に変更出来るのだって一部で……他は実弾なんですよぅ、それを航君に向けるなんて――」

「ちょっと待ちなさい、何で名前呼びになってるのかしら?」

 こめかみをピクピクさせながら凍り付いた笑顔を向けられる。やだこわい、笑顔ってこんなに怖くなるのな。こりゃ変な勘違いをされてるぞ。参ったな、今の状態だと絶対に話を聞いてくれない。

「年上なのにさん付けだと落ち着かないからいい加減変えてくれって言ったんだ。他意はない、ティナが思ってる事は絶対にないぞ」

「へー、それはそれは……惧瀞やりなさい」

 能面が張り付いたような笑顔で凄みながら惧瀞さんを威圧する。困り果てたようにおろおろしてるからやめて差し上げろ。

「ですからそれは――」

「や・り・な・さ・い!」

「うぅ…………」

「よぅ分からんがやってください惧瀞さん、じゃないとこのティナは止まらない」

 何をさせるつもりか分からんが今のティナは止められない……というか怖くて止められねぇ、ここはある程度言う事を聞いて落ち着かせた後に再度弁明をするしかない。

「危ないんですよ!? いくらフィオさんの訓練を受けているといっても全方位からの射撃への対処は無理ですよぅ――そうだ、せめて剣なら――」

「駄目よ、銃を使いなさい。銃による戦い方を誇ってる相手に見せつけてどちらが上か分からせるにはその方がいいもの、その為に集めたのだから」

 何を始めるのかと思ったら力の誇示かよ。十分に扱えるようになってからは自分の能力を自慢したいって気持ちが全く無かったとは言わないがこんな大勢の前でひけらかすのは――。

「ティナ様そんな無茶苦茶な……航君が大事じゃないんですか?」

「大事だから馬鹿にされた事が悔しいんじゃないの、惧瀞も自分の男が出来たらこの悔しさが分かるわ。それに今のワタルなら絶対に対処出来るはずだから心配無用よ。私がこれだけ言っているのにワタルの事を信じられないのかしら?」

 二人の言い合いにこれから何が始まるのかと注目が集まる。自衛隊の面々からは惧瀞さんに視線が集中している、この騒ぎを止めようとしてたみたいだし意味合いとしては引き受けるなって事だろうな。ホントすいません、今のティナは止まらないです。

「分かりました! 私だって恩人の航君の事は信じています。何よりティナ様がそこまで仰るのであれば、不肖惧瀞綾、全力でやらせていただきます! 展開、百器葬弾! 参ります!」

 惧瀞さんが了承した瞬間に自衛隊員はすぐさま他の兵士たちに退避を促した。俺たちとの距離が十分に開いた途端に空中に『それ』は展開した。なんっじゃこりゃ、惧瀞さんこんな事も出来たのか!? いくつもの銃口がぐるりと俺を取り囲み狙っている。実弾がどうとか言ってたから銃を向けられるのは分かっていたが……もしかしなくてもこれに対応してみせろという事だろうな。

「出せる武器って三十位だったんじゃないんですか? それに、何で銃浮いてんの?」

「分かりません。練度を上げて具現化出来る数を増やしていたら最近出来るようになったんです。ちなみに、私が扱う時と同じで私の精神力が続く限り弾切れはありません」

「ティナー、これどうなったら終わりなんだ? 銃壊したら惧瀞さん困るんじゃないか?」

「惧瀞、これどのくらい持つの?」

「今具現化出来る上限は百になっているんですけど、この状態での斉射はまだ五分位しか――」

 五分か……全方位から百の銃口が狙ってくる、動き回って狙いを絞らせないようにしつつ回避不能なものは剣で切る感じかな。

「ワタル頑張りなさい、頑張ったらいっぱい可愛がってあげる」

「俺が可愛がられるのかよ」

 俺が剣を抜いた事でもう止まらないと判断した自衛隊の誰かが障壁で俺と百の銃器を覆った。なるほど、大勢を覆うよりこっちの方が簡単そうだ、惧瀞さんは障壁の外に居るから切った弾丸の破片が飛ぶ事を心配する必要もなさそうだ。かくしてデモンストレーションが開始された。

 閉鎖された空間を逃げ回り極力銃口が前面に来る位置取りをするが包囲する銃口全てから逃れる事が出来るはずもなく短剣二刀流で降り注ぐ弾丸の雨を切り裂き捌いていく、今のところ銃口の動きも弾丸も見えている。が、凄いな惧瀞さん、これだけの数を同時に操作して俺の死角から嫌なタイミングで発砲してくる。なかなかに嫌な動きをしてくれる、それでも惧瀞さん自身が俺の動きを追いきれていない事で未だ銃弾が掠る事もなく動き続けられる。それにしても練度を上げただけでこれだけの事が出来るとは……紋様の強化で惧瀞さん自身の反応速度を上げればかなりの脅威になるな。

「ぅおっと、あぶね」

「ワタルしっかりしなさい! 一回でも当たったらフィオに言ってもっときつい訓練よー!」

 一回でも当たったら大怪我なんですが……守り一辺倒ってのは結構難しいものだな。次々に撃ち出される弾丸に対応すべく最小限の動きで躱し残りを黒剣で切り落としていくが、僅かな時間で慣れ始めたのか前方と左右を囮にしつつの死角からの射撃のタイミングのいやらしさと精度が上がっている。残り時間は一分もないか、なら――。

「惧瀞さん、これでも狙いを付けられますか?」

 銃声で掻き消されているが驚きの声を上げたのが目を見開いた様子からよく分かる。黒雷を纏った俺の動きに戸惑い銃声が止んだ、狙いが付けられず発砲できないようだ。残り時間、このまま翻弄するっ! 縦横無尽に駆け回る俺を狙った銃弾が標的を外し自身の武器へと当たり崩壊を招く、そんな状況に惧瀞さんは――んんんっ!? 目ぇキラキラしとる!? 程なくして銃声は止み展開していた銃器も霧散した。

「航君凄いです! 今の動きは何ですか!? 私全く追えませんでした、まさかこの技で一度も当たらないなんて! なんて言う技なんですか?」

 障壁が消えた途端に駆け寄り興奮気味に話す惧瀞さんの目は子供がヒーローを見るかのようにとてもキラキラしていた。

「名前なんて無いですよ」

「えぇぇぇ、技名は大事ですよ。名前があると締まりますし、何よりカッコいいです! 付けましょう名前、何がいいでしょうか……雷を纏った迅さ……雷迅というのはどうでしょうか?」

 技名なんて付けられたのこれが初めてだな、気にした事なんてなかったが……技名と言われて子供のようにワクワクした自分がちょい恥ずかしい。

「いやまぁ何でもいいですけど――」

「それなら決定ですね。あっ、私の百器葬弾はどうでしたか?」

「あぁ、それ技名だったんだ――それはともかく凄い技ですよ練度で具現化出来る武器が増えたって事はまだ増やす事も可能なのかもしれないですし、操作もかなり自由に動かしてませんでした? 淀みなく動き回られて結構辛苦しました。惧瀞さん自身の反応速度が上がったらそうとうヤバい技になるのは確実ですね」

「操作の精度や反応速度はどうにかなるかもしれませんが数だけは今が限界かもしれないです。百丁同時の把握やトリガー操作、航君は攻撃をしませんでしたけど実際は回避行動も必要でしょうし、それに今のままだとフィオさん達みたいな動きの出来る敵には対応されちゃいますしまだまだ課題は多いです」

 真面目だなぁ、十分にすげぇ事やってんのに向上心が強いのか満足する事なく先を見ている。

「わ~た~る~、成功よ。周りを見てみなさい」

 背中に飛び付いたティナに耳打ちされて目を向けると驚愕している人、歓声混じりに讃えてくれる人が居た。そんな人達を見てティナはとても満足げだ、ちょい恥ずかしいがティナが喜んでくれるならいいか。見世物が終わって落ち着いたかと思った途端に能力についての質問攻めに遭って俺たちは暫し拘束されてしまうのだった。

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