誓い

「あ~っ! やっぱり航ってば女の人増やしてる。それならあたし達だっていいじゃんよ~。小さいのがダメって訳でもないでしょ~? みんな航はロリコンだって言ってるよ」

 魔物の大陸への出発が近付くにつれて暫く会えなくなる事を気にして頻繁にうちに訪ねて来るになった美空たちが居間に駆け込んで来て中の様子を見て、途端に声を上げた。

「人聞きの悪い言い方をするな、惧瀞さんに失礼だろ。それによく見ろ、男だっているだろうが――」

「え゛っ!? お兄さんもしかして、ホントは男色!?」

「ちっがぁあああう! 俺はホモじゃねぇ、女が好きだ!」

 愛衣にあらぬ疑いを掛けられて全力で叫んだ。これだけは、これだけは何がなんでも広まってほしくない。女好きやロリコンは百歩譲って受け入れるとしてもホモ疑惑だけは納得いかねぇ。

「そんなの今更言わなくてもこの国中の人が知ってるよ~ん。今日はどうしたの? 人多いね」

 美空の言うとおり残念なことに本当に国中がその認識なんだろうな、だから俺の周りに女の人が多くてもさして気にされない。だが男色だなんて嘘が広まった場合、俺たちの関係が嘘だと思われるのは気分が悪い、ここは確実に否定しておかねばならぬのだ!

「私がお呼びしたんですよ、私たちは東の大陸には付いて行けませんから、一度お会いしてちゃんとワタルの事をよろしくお願いしますと伝えておきたかったのでお夕飯に招待したんです」

「本当に如月さん羨ましいっすね、まだ結婚してないのにリオさん滅茶苦茶奥さんしてるじゃないですか。料理も美味いしみんな美人で大きいし……あ~、俺も覚醒者になって活躍出来たらなぁ」

 宮園さんの視線に人達は顔を赤くして隠すように背を向けた。他人の嫁の胸をジロジロ見るなよ……フィオ、アリス、ミシャは自分の胸を見つめてぺたぺたと何かを確認して落ち込んでいる。

「ホントそれな、もっと活躍出来ればカッコいいお兄さんとして小さい子に人気が出るかもしれないのに。まぁ遠藤みたいな能力は使い所が分からなくて困りものだけどな」

 ばか笑いする西野さんを遠藤の隣で焼き魚をつついて居たミアさんが今にも噛み付きそうな勢いで睨み付けている。遠藤にべったりらしく時間があれば常に傍に居るそうだ。遠藤の方も今では惧瀞さんへの想いを断ち切ってミアさんを受け入れつつある、というのは遠藤の風俗仲間の談。

「お兄さんの知り合いは変な人ばかりなんですか? これが漫画に載ってた類友ってやつなんですね」

「愛衣ちゃんそんな事言ったら駄目だよ」

 冷めた眼差しを二人に向ける愛衣を美緒が慌てて止めるが美緒自身もちょっと引いてるのか距離を取ってこちらに回ってきた。

「待て、まともなのも居るぞ。天明と結城さんはまともだ、俺はこっちの部類だ」

「おい待て、何で俺が入ってねぇんだ。俺だって西野や宮園ほど酷くねぇだろうが」

「ほほぅ? つまり隣に居る奥さんに遠藤の趣味を言ってもいいと?」

「うっ、なんの事だ?」

 風俗三人組だったのだ、ばらされて困る事など数え切れないほど知られているのだろう、西野さんと宮園さんの笑顔に引き攣った笑顔を向けているが目が語っている、黙っていてくれと。

「もう少し静かに食事出来ないものかしら、来るんじゃありませんでしたわ。それと、わたくしの天明を貴方と一緒にしないでくださるかしら?」

 庶民の集まりだからある程度想像出来ただろうに、天明に無理矢理付いてきた女王さんは不機嫌そうにしつつも海老っぽい天ぷらを咀嚼して顔をほころばせている。

「そんな事言って、ソフィアも実は結構楽しんでるだろ? こういう賑やかな食事は滅多にないものな」

「この偉そうにしてる人誰?」

 知られていないという事実に一瞬顔を歪めたが流石に子供相手に大人げないと思ったんだろう丁寧に自己紹介をして微笑んで美空たちと握手を交わしている。一国の女王と知った美緒と愛衣は恐縮しているが美空はピンと来ないらしく物珍しそうに見つめている。

「こっちのカッコいいお兄ちゃんもお兄さんの知り合いなんですか?」

「航とは古い知り合いで親友なんだ。君たちの話は聞いてるよ、航を助けてくれた村の人達なんだってね。ありがとう、おかげで大切な友達にまた会えた」

「い、いえ、私たちはお兄さんに遊んでもらってただけで、お世話は美緒ちゃんの家族が……」

 愛衣は天明に笑顔を向けられて真っ赤になって俯いてこちらに逃げてきてしまった。珍しい反応だな、俺にはそんな反応しないのに……お兄さんちょっと寂しいよ。

「はぁ~あ、玖島さんも羨ましい。俺らってもう覚醒者になる見込み無いのかな、新しく来た連中もあまり成ってないようだし」

「覚醒者に成る要因が分かればなぁ、レヴィリアさんなら何か知ってたかもしれないが……ハイエルフの事はやっぱり分かんないのか?」

「すまない、父様に尋ねてみたがハイエルフの存在を認めただけで袂を分かった後の動向は全く分からないようだ。異界者が能力を持つ理由も知っている事はないと……元々持っていない訳だから世界の移動で何らかの変化が起こっていると考えるのが普通だろうが」

 移動自体は安定してるがあの空間を長時間漂うのはまずいだろうな、何が起こるか分からない。そのせいで調査なんかもされてない。進撃開始までもうあまり日数もないし覚醒者が増えたところで訓練する間もないから原因が分かったとことで戦力として数える事は出来ないだろうけど。

「新しく来た人達ってどんな能力なの? あたしみたいな人も居るの?」

「身体能力全体を上げるのは居ないんじゃなかったか? 惧瀞さんが言ってたのってなんだっけ……? まぁ同じ能力ってんなら天明がそうだろうな」

「腕力強化や脚力強化ですよ、あとは身体の硬化とかですね。コミックヒーロー宛らだと皆さん喜んでました。他に戦闘向きなのは……熊に成れる人とか、生成したお札を貼り付ける事で意思の無い存在なら操れるとかでしょうか」

「キョンシーみたいなもん?」

「ああ、丁度そんな感じだったな。死体や人形、あとは気絶してるやつもいけるらしい」

 獣化か……せめて動物全般なら使い道の幅は広そうだが、取っ組み合いとか単体での逃走には使えるか? 似たような能力で触れた人間を動物化させる子が居たなぁ、解除は時間経過で最大一週間という…………。

 同じ能力と聞いた事で興味が湧いたのか美空は興味深そうに天明の腕をつつきながら能力について話をしている。

 異能を手にして意気が上がっている人以外も魔物や魔獣の残党を狩る事で対魔物戦への自信をつけ逸り立つ者も多いと聞いた。時間は過ぎ、準備は確実に進んでいく、ぺルフィディのワクチンが全員に投与され、簡易的ではあるが身体強化の紋様の施された装飾品が配布されている。ナハトが言うには紋様師のエルフ達は終わらない作業に悲鳴を上げていたとか……これについては結城さんも同じで百万人分以上の簡易陣の用意に追われていたらしい、エルフ達は複数人でやったのに対して結城さんは類似の覚醒者が居らず複製も効かないから一人、本当に大変だっただろう。結界がある限り陣は使用出来ないが、解除後に不測の事態が起こった場合の緊急帰還用にと配布されている。また、アスモデウスの言葉を信じなかったお偉いさんがクオリア大陸の東端から無人機飛ばしたそうだが、陸地の上空に差し掛かった辺りで突如として墜落して映像も途切れたそうだ。この事で東の大陸に結界が張り巡らせてあるというアスモデウスの話が事実だと証明された。王都周辺以外の地域の結界はエリュトロンのものと同じで入る事は出来るが出る事は出来ない、先へ進む為には進入した地域の結界をその都度解除していくしかない。管理は拳大のキューブで行っているらしく、能力をキューブ状にして誰でも使用できるようにする能力のハイオークが居るそうだ。こいつに対しては能力を使用しても利用されるから決して使うなと警告されている。

 大きな、この世界の運命を左右する戦いが近付いてくる。こうしてみんなで騒がしく食事をするような時間ももうあまり残されていない――。

「ワタル様? もうお腹いっぱいですか? こちらの煮魚も自信作なのですが」

「ん……もらうよ」

 クロが勧めてきた皿を受け取り身をほぐして白米と一緒に口へと運ぶと甘辛の煮汁と白身魚の旨味が溢れて箸が止まらなくなった。そんな俺をクロが幸せそうに見つめている。美緒たちも席に着き思い思いにおかずをつついて幸せそうに頬張っている。こんな温かい時間とも暫く離れる事になるのか。

「そういえば、惧瀞さんの能力って弾丸変えられるんですよね? ペイント弾がどうとか言ってたし。オリハルコン弾にしたり色んな効果を付加した所謂魔弾みたいな事は出来ないんですか?」

「……無理ですよぅ。私の能力は実在して私の知識にあるものしか使用できませんから、その代わり実在している航君の剣はオリハルコンでもミスリルでも具現化出来ますよ。紋様の効果は出ませんけど」

 そう言って惧瀞さんは自分の頭上に黒剣を出現させた。確かに俺の持つ物と剣身の紋様まで同じに見える、なるほど武器庫だ。銃器ばかりかと思っていたが武器であれば大抵は出せるようだ。そういえば、紋様の効果を再現出来ないのは複製能力者も同じだった気がするな。能力のレベルの問題か、はたまた別の要因か。

「でも存在してれば使えるんですよね? 工作能力者にオリハルコン製の弾丸を一つ作ってもらって実在させればいいんじゃないですか? 惧瀞さんの能力なら弾丸のコスト掛からないんだし」

「なるほど! それならいけるかもしれませんね。再現出来ないのは紋様みたいな特殊なものだけですし、能力で作った弾丸でも実在さえしてれば使える可能性が高いです」

「オリハルコンって異様に硬いやつだよな? ミスリルと違って重みもあるらしいし貫通力が上がりそうだな」

 弾丸について自衛隊組が話し合いを始めてそこに惧瀞さんも混ざっているがチラチラこちらや天明を窺ってくる。

「……? 惧瀞さんどうかしました?」

 今日うちに来てからというもの惧瀞さんの視線が妙なのだ。それがさっきから顕著なってきている。俺何かしたか?

「い、いえ……あの、航君と玖島君は親友、なんですよね?」

「俺はそう思ってますよ」

「まぁガキの頃は仲良かったですよ――ていうか何なんです急に、何かあるなら言ってください」

 そう言うと惧瀞さんがそっと自分のスマホの画面を見せてきた。そこには身を寄せ合い戸惑いの表情を浮かべた俺の頬に手を添える天明の姿が…………。

「おぇぇぇ、何なんですかこれは……食った物が逆流してくる」

「わ、わた、わたくしの天明が…………」

 女王さんはショックのあまり気絶してしまった。天明も顔を引き攣らせて頭を抱えている。親友とはいえお互いのこんな絵は見たくなかった。誰だこんなもん描いたのは!

「あーあ、赤羽のやつやりやがったな。たまにあいつ知り合いを使うんだよ、御愁傷様」

「惧瀞さんその画像は……?」

「今朝会心の出来! って送られてきまして、元々航君をモデルにした絵は見せてもらう事が多かったんですけど、今日のは衝撃が強くて頭がパンクしてまして」

 ちょっと待て、今凄い事言ったぞ。俺の肖像権どうなってんの!? たまに知り合いを使うって何? あの人休みの日に知人をネタにこんなの描いてんの!?

「状況はともかく、上手く描けてるわね。この表情なんていい感じだし、私もワタルにこんな表情させてみたいわ」

「くはは、主が男と睦み合っておるぞ。このような趣味があるのか? 退廃的過ぎるだろう」

「うっさい、黙っておでんの牛すじもどきを齧ってろ。俺にも天明にもこんな趣味は無いからな! 惧瀞さんもそれ消してくださいよ」

「えっ? あ~……それはちょっと――だ、だって綺麗な絵ですし、ティナ様が仰ったように航君良い表情してますし……ダメ、ですか?」

 気持ち悪い! 全身を掻き毟りたくなる衝動に駆られて身を捩った。仲が良いとはいえ相手は男だ、それと見つめ合い困惑と僅かに上気したような表情を良いと言われても……どう返せばいいんだ。

「駄目です消してください。というかなんで俺と天明なんです?」

「美春が言うにはテレビ出演で模擬戦を行った後のお二人がお互いに向ける笑顔にビビっと来たとか」

 そりゃガキの頃は訳もなく一緒に居るだけで楽しくて笑い合うなんて事があったとは思うが、今もそんなのがあるかと言われれば無いはずだと思うんだが……天明も思い返しているのかやや困惑顔、俺が見ている事に気付いて気まずく笑いお互いに目を逸らした。

「そういえば旦那様はタカアキと居る時は楽しそうにする事が多い気がするのじゃ」

「ミシャ達と居る時だってそうだろうが」

「うむむ……それとは何か違うのじゃ、上手く言えぬが入っていけぬ男同士の友情のような、ともかく羨ましいと思う事があるのじゃ」

 ミシャの言葉に嫁全員が頷き納得した。そりゃ嫁と友達とでは態度が違って当然だと思うんだが、俺にどうしろってんだ。友情の部分に反応した惧瀞さんが詳しく聞かせてくださいとミシャに詰め寄っている。

「ともかく消してください。守ろう俺の肖像権!」

「俺からもお願いします。大切な友達ではあるけど、こういうのちょっと」

「綾ちゃん消してやりなよ、マジで。俺も赤羽にネタでやられて出回った時とかマジでへこんだし、仲の良いダチとこんなんやられたら気まずくなるって」

「でも、言い辛いんですけど……これ結構広まってると思います」

「なら今更ね、惧瀞さん私にもそれ送って」

 珍しい遠藤の援護に感謝していると絶望の事実が知らされ俺と天明は真っ白になって頭を抱えるのだった。紅月はそんなの受け取ってどうするんだ……こいつにもそういう趣味があるのか? 目覚めた女王さんはすぐに削除させると意気込んで天明を伴って帰っていった。


「あ~、最悪だぁ。あんなものが出回ってるなんて」

「あら、お風呂上がったんですね。ナハトさんとのお風呂は楽しかったですか?」

 風呂から上がって縁側に寝そべると縫い物をしていたリオに怖い笑顔を向けられた。最後だと温くなってるからナハトの炎で適温にしてもらっただけなのに……そのあと一緒に入る事になったが。

「タオル巻いてたし変な事はしてないぞ?」

「まぁ、ワタルならそうでしょうね」

「分かってるならその笑顔やめてくれ」

「いいじゃないですかこれくらい、分かっていてもやっぱりやきもちは焼いちゃいます。家族は大切ですけど私だけを見てほしいって思う事もありますから」

 俺から視線を逸らしてつんとしながらもどこか楽しそうにリオは縫い物を続けている。う~ん、怒っているのか楽しんでいるのか……やっているのは刺繍だろうか? 脇に置いてる物は結構な量だが、これ全部にやるんだろうか?

「ごめん」

「別に謝らなくていいです。今の関係だって気に入ってますから、一度家族を失ったのに今は大家族なんですよ? 普通の家族とはちょっと違いますけど、それでも私は幸せです。みんなで食事をしたり笑いあったり、こうして穏やかな時間を誰かと一緒に過ごせるんですから……それで、十分なんです…………ワタル、戦うの止めてくれませんか?」

「リオ?」

 手を止めて俺を見下ろすリオの瞳は不安に濡れていて今にも涙が溢れそうだった。

「いいじゃないですか戦わなくても、あれだけ居たものを倒したんです、これからは魔物も東の大陸で大人しくしているかもしれませんよ? 無理に危険な場所に行かなくても――」

「アスモデウスの話を聞いた限りそうは思えない、またあんな大規模な侵攻をされたら……それにこれ以上異世界の脅威を呼び込ませる訳にはいかない――」

「分かってますよっ! あれだけ数を倒しても東の大陸にはまだまだ溢れている、それがいつまた人の居る大陸に現れるかもしれない。そんな危険な状況を放ってはおけない、今が一時的な平和だとは分かって、いるんです。でも、私怖くて……ワタルがここを発つ日が近付いてくるだけで毎日苦しくて、一緒に居る時間が幸せであればあるほどに怖くて、怖くて! もう失うのは……あんな思いは、嫌なんです。何で私はこんなに無力なんですか? ずっと一緒に居られるなら、傍に居られるなら、そればかり考えてしまいます。私もフィオちゃんみたいに強ければ――」

 不安の言葉と共に涙は溢れだして頬を伝う、指先でそっと拭うが涙は止め処なく溢れ続ける。失うかもしれないという不安、これはよく分かる、俺はそれに抗う為に戦っているのだから。だがリオにはその術がなくて必死に耐え続けていたのがとうとう弾けてしまったんだろう。気休めでしかないと理解しつつもどうにかしたくてゆっくりと抱き寄せて落ち着かせるように背中をさする。

「リオ、約束しただろ? 俺はここに帰ってくる。絶対にだ。俺だってリオ達と一緒に居る時間を望んでる、だから何がなんでも生き足掻いて帰って来て見せる。もちろんフィオ達全員を連れてな」

「絶対に、確実に、百パーセント?」

「ああ、絶対に、確実に、百パーセント」

「信じましたよ、ワタル…………」

 落ち着きを取り戻したリオが俺の胸に顔を埋める、もうさっきみたいに震えてはいない。大丈夫、帰ってくるよ、そんな誓いを胸にリオをきつく抱きしめた。

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