世界の選択
「おい、こんなの俺は聞いてないぞ」
「流石にこれは俺も聞いてなかったなぁ」
クロイツ王と女王さんと共に出演した情報番組後、すぐ後のバラエティ色の強い番組にも出演させられた。異世界の様子を知ってもらう機会になるならと天明は引き受けたらしいのだが俺と嫁の話や天明と女王さんの関係を根掘り葉掘り聞かれた挙句に今は俺と天明の能力の紹介を兼ねた模擬戦を強要されている。場の雰囲気的に断る事は難しく、何より応援する側がやる気満々で俺も天明も引けない状況に陥った。
「タカアキは
「それはどうかな、ワタルは日々私やフィオが鍛えているし何度と死線を潜り抜けている。いくらワタルの友人といえど膝を突く事になるぞ」
「異世界に行き超人的な能力を手に入れた二人は共に異世界では騎士です。果たしてどのようなものが見られるのか、楽しみですね」
外野は好き勝手言ってくれる。というかバラエティでこんなの放送して面白いのか? 見世物状態なのはどうにかならんのか……天明の方は部下たちに演武を見せる機会があるせいかこの注目が集まった状況でも動じた様子はない。
「俺たちこんな事してる場合か? 少なくともお前と女王さんは政府の人間と会談を重ねるとかした方がいいんじゃないのか?」
「今日はそういう予定は入ってないから出演する事にしたんだ。こんな状況になるとは思ってなかったけどね…………」
「女王さんとうちの連中はなんであんなにエキサイトしてんだ。やれやれ、ちゃっちゃと始めるか」
流石に真剣を振り回すのは問題があるので佩剣はしているが俺たちが持ってるのは木刀である。開始の合図と共に打ち合い振り下ろした剣を天明が真っ向から受け止め弾き飛ばされる。速さは強化でフィオが驚くほどに高められるようになったが力比べではやはり分が悪い、動き回って八方から打ち込んで隙を作るしか――。
「っ! っとに、重い一撃だな。腕力だけならフィオより重い気がするぞ」
「まさかこれに反応するとは思わなかった。フィオちゃんに扱かれてる成果か?」
天明が腰を低くしたと思った瞬間一足飛びに接近されての横薙ぎを峰に手を添えて両手で受けたが勢いを殺せずに左へと弾かれ数歩分離れた位置で止まる。こんなの受けたら木刀でも大怪我だぞ。
「何本気でやってんだ、こんなのお遊びみたいなもんだろうが」
「闘技大会の時は戦えなかったしな、折角の機会なんだ、俺は久しぶりに本気で航と戦ってみたい。だから加減するつもりはないよ。そして負けるつもりもない! ――今度は躱したか、スピードだけなら相当なものだな」
普段は大剣使いのくせに器用に木刀を振り回し複数の斬撃を次々に放ち俺の動きを制限してくる。
「おまっ、加減しろ。俺は強化してどうにか付いて行ってるんだぞ、ていうか負けろ」
「ソフィアとどんな相手にも絶対に負けないって約束している、たとえ模擬戦といえど負けるわけにはいかない」
「俺だってこんな状況で負けられるかっ。あんなにエキサイトしてんのに負けたりしたら訓練量を馬鹿みたいに増やされるのは確実じゃないか、これ以上スパルタ訓練を増やされてたまるか」
足に力を込めて床を蹴り瞬時に天明の後ろに回り込み右に薙ぐ、防がれるのは想定済みだ。それでもひたすらに回り込んでの攻撃を繰り返す。天明はまだ俺のスピードの上限を知らない、今の状態が限界だと刷り込んだ後に一気に決める。
「何か狙ってるな、俺は航を侮らない。悪いけど何かする前に決める」
天明は俺が薙いだ一撃を跳び上がって躱し俺の上を舞う、そのまま縦に回転しながら勢いのついた剛剣が俺の頭目掛けて振り下ろされる。俺は薙いだ勢いをそのままに右足を軸にして高速で回転して木刀柄で天明の剣を弾き軌道をずらしてどうにか躱した。ったくギリギリだ、格上とばかり戦ってるとこんなのばかりだな。俺から半歩離れた位置に振り下ろされた剣が返す刀で切り上げ変わり恐ろしいスピードで俺の首へと迫る、天明の表情は勝利を確信している。ここで使うしかない、全身に黒雷を纏い一瞬にして天明の背後を取った。これで俺の勝ち――。
『っ!?』
目の前から消えた俺の気配を辿ったらしく背後に回った俺に反応して片手で転回しながら木刀を振り上げてきた。二人の木刀は交差した瞬間弾け飛び場を静寂が支配した。
「す、凄い! 見ましたか皆さん! というか見えましたか!? 僕には後半殆ど何が起こってるのか見えませんでした! これは武術の達人でもついていけない位なんじゃないですか? 凄まじいですね~。提案した人はここまで激しいものになるとは思ってなかったんじゃない? 思ってなかった? まぁそりゃそうだろうね。みんな驚きすぎて喋れませんでしたからね。二人ともガチでやり過ぎですよ」
終わったと判断したのか止まる事なく喋りだした司会者にスタッフは安堵の表情を浮かべているが俺と天明の表情はスッキリしないものになっている。やるからには勝敗を決めないと納得いかないのだ。だが集中が切れた事で冷静になった、流石にこの場でこれ以上やるのはまずいだろう。天明と顔を見合わせるとお互いため息をついた。
「決着はいずれ、だな。今度は真剣で」
「お前の大剣何でも切るだろうが、これはミシャが一生懸命作ってくれたもんだぞ。切られたら堪らん」
「そこは調整するさ、航だってこのままは納得いかないだろう?」
「まぁ、な」
「はー、真剣でって、君ら無茶苦茶だね。異世界に行くとそういうのが普通になるの?」
「境遇や得るもので変わりますよ」
模擬戦を経て、興奮した様子の出演者から騒がしくも次々と質問を投げ掛けられたが気が抜けた事で俺は億劫になりその後の受け答えなんかは殆どをエキサイトしていたナハトたちに任せて番組の終わりを迎えた。
「ワタル、こっちに居られるのもあと僅かですしお出かけしましょう?」
「いーやーだー、俺は引きこもる」
あの放送後更に注目度が高くなって出歩くのも困難になり俺は家へと戻り残りの日数を引きこもって消化する事を決意した。クロイツ王や使者団は日本政府関係者や来日した他国の政府関係者との会談で忙しくしているそうだ。ティナやナハトもそっちに参加しないと駄目なんじゃないかと聞いてみたが最初に必要な事は伝えたと言って結局俺の帰省についてきた。会談の合間に送られてくる天明からのメールで知らされる経過報告では援助についての話し合いは上手くいっているとは言い難い様子のようだ。この世界にも影響のある可能性を信じない国、魔物の能力は理解しつつもこの世界には影響はないと高を括る国、武器の提供の代わりにミスリルやオリハルコン等のヴァーンシア特産の資源の提供を求める国、援助の見返りに法外な代価を要求する国、この件を無視してヴァーンシアに無い技術の供与や新たな資源の発見などを提案して自国の利益を求める国、理解を示したが自国の被害を懸念して物資提供のみを申し出る国など反応は様々だが、異世界に乗り込んでまで戦おうという国は現れていないそうだ。日本政府もこの件については答えを出しあぐねているようで未だに明確な回答はないようだ。
「天明たちは大変そうだなぁ……まぁ俺が残ってても何の役にも立たんからどうしようもないけど」
「き・い・て・い・る・ん・で・す・か? 大体、引きこもりなんてダメです。不健康です」
椅子に凭れてスマホを眺めていると隣にやってきたリオに頬を引っ張られてお説教をくらう。実際長年にわたって引きこもっていた俺には耳の痛い話だった。こんな田舎で出掛けるって言ってもなぁ……都内じゃないんだから面白い場所もそうそうないぞ。
「やっぱり私の話は聞いてくれないんですね。いいです、クロエさんに頼みますから」
「うわっ違う、聞いてる聞いてる! ちゃんと聞いてた! この辺に出掛けて楽しい場所なんてあったかと考えてたんだって」
反応の薄い俺に拗ねて寂しそうに離れていくリオを慌てて引き留めて弁解する。慌てて必死になる様が面白かったのかリオはくすりと笑い、冗談ですと微笑んだ。心臓に悪い……傷付けたかと思ったじゃないか。
「あ~……時期が少しズレてるからどうか分かんないけど花見でも行くか」
墓のある山を更に奥に登った所にヤマザクラが何本か自生していたはずだ。小さい頃にじいちゃんに連れられて登ったきりだからはっきりとは覚えていないが開けた場所に桜があったのは覚えている。
「お花見ですか? 日本の街を回るのも楽しかったですけどそういうのもいいかもしれませんね」
「となれば買い出しだな、弁当とか頼める?」
「はい! 腕によりをかけて作りますね。買い物に行くならみんなに声を掛けないと、アリスちゃんとクーニャちゃんはスーパーは初めてだからきっと驚きますね」
こうして俺たちは大所帯で買い出しへと出掛けた。まだまだこの世界に慣れないアリスとクーニャは品揃えなんかにも驚いた様子だったがクロ達は前に数日過ごしただけだというのに勝手知ったるといった具合に手早く必要な物を集めて会計を済ませた。必要でないカップ麺なんかも多分に含まれていたが…………。家に戻ってからはリオ達は手際よく準備を開始して手伝おうとした俺は一人追い出された。手持ち無沙汰になりメールの確認をしていたが新着のメッセージは入っていなかった。天明たちはヴァーンシアの為に奔走している中俺たちは暢気に花見か……あの大陸に乗り込んだらこんな事もしてられなくなるんだし少し位いいか。テレビ出演で世論には多少の変化が起きて魔物への不安から打倒すべきだという声も増えているがこれが政府を動かす要因になってくれるだろうか。ネットで見られる意見も様々で俺や天明の能力を見た人の中には自分も異世界に行ってみたいというものもある。その殆どは好奇心によるもののようだが中には魔物の来寇を不安視したものもあり、戦う力が得られなくとも協力したいといった意見もそれなりに見られ、外国でも同様の意見があるようだ。
「ワタル様、準備終わりましたよ。クロエ様も楽しみにされてますし私も楽しみですので素敵な場所へ連れて行ってくださいね?」
「う、うん」
やべぇ、これで山登って葉桜だったらどうすればいいんだ!? 頼むからまだ咲いていてくれ。家を出発して途中墓参りをして更に山の奥へと登る、人が通る為の道がある訳ではなく獣道だから少々歩き辛いのでクロは大丈夫かと振り返り様子を見るとわくわくした様子でリオ達と談笑しながら歩いている。リオの方も森を歩き回ったりしてた事もあるからか平気そうだ。問題なのは――。
「クーニャ自分で歩けよ、俺は荷物だって持ってるから結構疲れるんだぞ」
「嫌だ、儂が一番小さいのだぞ? 皆とは歩幅が合わぬから疲れる。それにこれしきで疲れたなどと情けない事を言っておるとまたフィオに扱かれるぞ。儂が一番小さいのだ、このくらい軽々運べ」
後ろへと視線を向けると下りる気はないとばかりに首にしがみ付かれた。お前もドラゴンのくせにこれしきで疲れるとか言うなよ……他のみんなは気にした風もないがナハトとティナの二人からは不満の視線を痛いほどに感じる。
「ワタルその荷物を貸せ、私が持ってやる」
「あ、ああ、ありがとうナハト。助かるよ」
「違うそれじゃない、そっちだ」
「へ?」
持っていた飲料の袋を差し出すと、受け取らずに俺の背中を指差した。なるほど、クーニャが引っ付いているのが気に入らないから引き剥がしに来たわけか。まぁそれでもいいや、荷物よりはクーニャの方が重いし。
「フッ、小娘よ、儂が乗るのは主だけだっ!」
何を威張り腐って宣言してんだ。宣言通りナハトにおぶられる気はないとばかりに首に回された腕と腰に回している脚へと力が込められて全力で下りる事を拒否している。
「お前は一番の年長者だろう、それが自分で歩かず情けないとは思わないのか!」
「ふん、主の背中が心地いいのが悪い。故に思わぬ!」
「ならこうしましょう」
「やめろ動けん」
正面からティナに抱き付かれて身動きが取れなくなり、やれやれまたかといった感じでみんなに呆れられる。賑やかに騒ぎながらも山登りを続けてうろ覚えな獣道を辿りようやく目的の場所へと到着した。二本ほど葉桜になりかけてはいるが残りの三本は散っておらず未だ満開の状態だ。聖樹と比べてしまうと見劣りするが中々に綺麗だと思う、シロの期待に応えられただろうか?
「なんだ、クロイツの大樹の小さい物か。あれと比べると見劣りするな」
「うぐ…………」
「これクーニャっ! せっかく旦那様が連れて来てくれたというのにそのような事を言ってはならぬのじゃ」
いいんだいいんだ気を遣ってくれなくても、見劣りするのは事実だしもっとマシな場所を思いつかなかった俺が悪いのだ。
「ワタル様、
「クロエ様が楽しんでおられるので合格です」
「そうですよワタル、こうしてみんなで出掛けるのはとても良い事だと思います。落ち込んでないでお弁当食べましょう? 今回はフィオちゃん達も手伝ってくれたんですよ」
リオ達は落ち込んでいる俺を励ましつつテキパキと桜の傍にレジャーシートを敷いて持ってきた物を並べて準備を完了させた。俺を追い出して全員で何やらやっていたとは思ったが、フィオが料理……? イメージ出来ん。広げられた弁当にはおむすび、卵焼き、唐揚げ、ミニハンバーグ、春巻き、ポテトサラダ、ほうれん草の胡麻和え、そして大葉とハムとチーズを巻いた物が詰まっている。あの短時間でこれだけの量を作ったのか……流石だな。
「で、どれをフィオが作ったんだ?」
「これ」
「食べていいのか?」
「ん、食べて。その為にリオに教えてもらって作った」
フィオが差し出してきたのは一つのおむすび、形は綺麗な三角で海苔も綺麗に巻かれている。ではさっそく……うん、しっとりとした海苔がいい感じだ。中身はイクラの醤油漬けか、寿司食べた時に気に入ってたみたいだしなるほど納得。
「醤油の加減が丁度いいな、美味しいぞ」
「ありが、とう」
やだかわいい、褒めてやると頬を染めて上目遣いではにかんでもじもじし始めた。これが見られただけでも来た甲斐はあった。絶対に今顔がにやけてるな、リオ達もフィオの様子を見て微笑ましそうにしている。
「ワタル次は私のだ。私が私の炎で自ら炙ったたらこは美味いぞ」
ナハトに渡されたおむすびを一口齧り俺は思わず片手で顔を覆った。なんてこった……たらこは表面だけを炙ってあり内側は生のプチプチした食感が残っていてマヨネーズとピリッとした味がとても良い、良いのだが……飯が甘い! こんな、こんな漫画みたいな失敗をするとは。
「ナハト、大変言い辛いんだが……米が甘い。甘い米がたらこの味を駄目にしている」
「なん、だと……そんなはずは――甘い……すまない。これは私がたべ――何を!?」
「いや、一生懸命作ってくれたんだから食べるけど、次はもっと良い物を食わせてくれるんだろう?」
ナハトに取り上げられていたおむすびを奪い返して口へ運んだ。数個くらいならどうにかなるだろ……ナハトがこういうドジをするのは意外だったなぁ。
「っ! ああっ、もちろんだ。リオ達の技を盗みワタルを唸らせてみせる」
愛情料理だと思えば食べれない事はなかったが結構な甘さだった。それからも料理得意組以外がチャレンジした手料理への感想を伝えつつ愛情たっぷりの弁当に舌鼓を打った。この先に控える魔物に侵された大陸での戦いの不安を打ち消すかのように俺たちは一緒に居る時間を目一杯楽しんだ。
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