切なる思い

 ここはテレビスタジオ、異世界の君主というVIPが二人も訪れている事などを含めて場は異様な緊張が支配している、そしてこの俺も。嫁との触れ合いだったり王様との謁見だったり戦闘など形は違うが緊張する事は数あれど、これほど緊張するのは初めてこっちの世界に帰ってきて魔物の件でカメラの前に出た時以来である。身体はガチガチに強張り何事かを喋っているスタッフの声は耳に入ってこない。なんでうちの連中は緊張してないんだ? 立場的にナハトとティナは人前でも平気だとしても、他も機材を珍しそうに見てるくらいで大して緊張した様子もなく自然体でいるのはなんでだ? 天明も騎士団長なんてやってるだけあって平気そうな顔してるし、紅月に至っては他人事のようにこちらを眺めながらコーヒーを飲んでいる。

「旦那様? 大丈夫なのか? どのような魔物にも臆する事なく立ち向かうというのに、今はなんとも心許ないといった具合なのじゃ」

「あぁミシャ~、もう俺帰りたいんだけどいいかな? いいよな!?」

「良いわけないだろ、航はクロイツの騎士の代表みたいなものだぞ? 陛下がいらっしゃるのにそんなの許されるわけないだろ。それに自分で決めたんじゃないか、往生際が悪いぞ」

 ミシャの肩を掴んで揺すっていたら話を聞いていた天明が厳しい顔で割って入り正論をぶつけてくる。

「ふざっけんなよ、お前は慣れてるかもしれないけどこっちは人目に晒されるだけで精神ガリガリ削れてんだよ。クロイツの騎士なら紅炎の騎士様が居るだろうが! ものっそい余裕そうだし紅月に任せても大丈夫なはずだ」

「そろそろ本番入りまーす!」

「っ!? か、帰る――」

「観念なさいな、貴方とて騎士でタカアキの友人でしょう? 少しは泰然として構えているタカアキを見習いなさいな」

 今回の為だけに用意されたであろう人数分あるクラシックな一人掛けソファーに姿勢の乱れもなく優雅に座った女王さんが呆れた視線を向けてくる。なに言ってんのこの女王さんは!? 俺と天明を一緒にすんな、スペックが違いすぎるわ! 大体、ここに居る人間だけなら我慢できた。でもあのカメラを通して大勢の人達が俺たちを見てるんだと思うと……あぁ最悪だー、誰か代わってくれー! 怖い、怖すぎる。

「大丈夫よワタル、私が隣に居てあげる」

「もちろん私も居るぞ」

 エルフ二人に挟まれているという状況は更に目立つ、何も大丈夫じゃない。頼むから腕に抱き付くな、リオ達を見習って大人しくしててくれ――お前は俺の膝に乗ろうとするな! あぁ、頭痛くなってきた。なんでリオ達まで呼ばれたんだろう? ヴァーンシアの話は帰還者や移住したごく少数の混血者から聞けたりしてるんだからうちの人間全員呼ぶ必要なんてないと思うんだが。

「はい、今日も始まりましたザ・情報ワイドショー。今日は特別なゲストの方にお越しいただいておりますのでいつもと違う特別な構成でお送りします」

 始まってしまった……。司会者はクロイツ王と女王さんに話を振り、二人が交互に談笑を交えつつ世界を語り、映像と共に自国を語り、アドラの奴隷の件で印象の悪くなっているヴァーンシアと異界者との関わりについて語る。帰還者や自衛隊の報告などから異世界の様子はそれなりに知られているが、異世界の君主自らがカメラの前に立ちそれを語る様は司会者を含めこの場に居る異世界を訪れた事のない人間全てを惹き付けているようだった。今回の帰還で新たに出回るようになった水晶宮の映像や何度となく使われている聖樹の映像でもやはり興味は尽きないようで質問が飛ぶ。

「我々日本人はクロイツの壮麗な王宮と超巨大な大樹という光景にも驚いたものですが、この水晶宮もまた雄大で素晴らしいものですね。全てが水晶で出来ているのでしょうか?」

「外側は水晶で出来ていますが内装には金剛石も使われていて共に我が国の特産品で自慢の一つですわ」

「これだけの規模の城が出来てしまうというのは産出量がとても多いのでしょうか……想像もつきませんね」

 いくつかの質問の後、話題は次第に魔物の件に変わっていきそれを語る者も聞く者も表情が険しくなっていく。地平の彼方まで大地を埋め尽くす魔物、荒らされた町々、民の不安、そして俺たちの記憶を覗き知った赤い悪魔と異世界の魔神や異形の巨人との戦闘についてもクロイツ王は語り、自衛隊の魔物掃討の協力に感謝を述べつつもヴァーンシアの人間だけでは根本の原因を排除するのが難しい事を伝えた。それには姫さんも同調して天明や騎士団に所属している他の異界者に支えられている現状を話しディーを討つ為には更なる助力が必要である事を語った。

「今語ったように我が国は敵を退ける事も、その後の復興も多くの異界者に助けられておる。その事に対して感謝もしておるし死の危険を経験している者たちにはすまなくも思う、このような頼みは厚顔無恥と言われる類いのものだろう。だが、それを承知の上でこの世界の住人達に頼みたい。どうか我が世界を蝕む禍乱を払う為の力を貸して欲しい、余は民が穏やかに暮らしていた静謐なる世を取り戻したい。その為にどうか……本来であれば我らの世界の問題は我ら自身が解決すべきものだろう、だが此度の敵は異世界に通ずる術を持つもの、放置すれば他世界にも害意を振り撒き兼ねん。だからどうか……切に頼む」

 威厳ある重々しい声で語り、突然頭を下げた王様にスタジオ中がどよめき焦る中、女王さんもクロイツ王に倣い頭を下げた。君主が他人に頭を下げるなどあってはならない、だというのにこの場では二人の君主が低頭している。その事の重さを理解した司会者は青ざめ慌てた様子で二人へと声を掛けた。

「りょ、両陛下お顔をお上げください。私どもでは判断できるものではありませんが、確実に両陛下のお気持ちは伝わりましたので、ですからどうか…………」

「ん、困らせたようですまぬな。ここでの様子は世界に広く伝わると聞いたのでな、何事かを頼むのであれば頭を下げるのが普通であろう? 余は立場上そのような事は殆ど経験した覚えがないが、礼儀としてこれが正しかろう。驚かせてすまなかった」

「い、いえ! とんでもございません!」

 これ以上二人の君主に何かあってはいけないと司会者の矛先は俺たちへと定められた。その視線からはこの空気をどうにかしてくれという切実なものを感じる。そんなに見られてもどうしようもないぞ?

「で、では! 異世界の為に戦っておられるお三方にお聞きしたいのですが、何故命を懸けてまで戦えるのでしょうか? お三方の経歴を拝見したんですが特に武術をやっていたという訳でもありませんよね、恐怖はないんでしょうか? 特に如月さんは陛下のお話にあったようにとても危険な経験をされてますよね? それなのに何故戦えるのですか?」

 俺に来るかぁ……王様が救国の英雄だとか誇張して持ち上げて話すもんだからこんな事に…………。

「俺は――そうですね…………」

 魔物の封印の騒動に関わった事は内密にと言われているから話せないし、他の理由と言えば俺には一つしかない。

「俺には何もなかった。夢も、生きる希望も、目的も、引きこもってたから学もない、友達も恋人もいない。家族は失った。空っぽで無気力、母さんの命の代わりにおりた金を浪費する生きた屍、毎日死んだように生きていた。そんな時向こうの世界に飛ばされて殺されかけて、罰なのかなって思いました。そんな状態でふらふらと彷徨った果てにこんな俺を助けてくれる人に出会いました。その後もそういう人達と出会って、今ここに俺は居ます。だからその人達出会えたあの世界を、その人達の為にも魔物脅威から守りたい、その為に出来る事は何でもする。……もう、後悔するような選択は二度としたくない。それだけです」

 勢いで色々言ってしまったが今更だろう。天明なんかは本当に驚いた様子で目を見開いているしリオ達も少なからず驚いたようで――いや、あまり気にした風じゃないな。まぁあまり気にしないで居てくれるのはありがたい、引きこもってる間は酷いもんだったし。

「その……言いにくいですが、如月さんが今まで置かれていた引きこもりの状況を考えますと陛下のお話にありました腕の切断や一月以上の昏睡状態などを経験を経て尚立ち向かえるというのは不思議なのですが」

 言いにくいですがって……言ってんじゃん。こう言われて仕方ない生活してたけども……言うべきかどうか迷いつつ視線を彷徨わせるとこの場の全員がこちらに視線を送っている事に気付いた。ここで回答無しは駄目だろうな、かといって他に上手い理由は思いつかない。えぇい、言ってやれ!

「失いたくないからです。誰だって好きな女の為ならなんだって出来るもんでしょう? だから俺は戦います」

「なるほど、今傍に居る女性たちの存在が如月さんを奮い立たせているんですね。玖島さんや紅月さんは如何でしょう?」

「あたしは……成り行きって部分が多いけど、まぁそうね、あっちに妹も友達も居るし、あたしにも何か出来るだけの力があると思うから――ま、馬鹿が友達を泣かせないように手伝ってやろうってところかしら?」

 何故俺を見る……紅月がこちらにちらりと視線を向けたが一瞬心配とは違う感情が混ざっているように感じたが、気のせいか?

「俺も航と似たようなものです。大切な人を永久に守ると誓いましたから、それに五年以上ヴァーンシアで暮らしたのであの世界への愛着もありますし平和であってほしいんです。それから、アルバ陛下も仰いましたが敵は異世界と通じる力があります。俺たち日本人が向こうへ飛ばされた原因も魔物ですし、魔物を放置すればこの先どんな被害がこの世界にも降りかかるかも分かりません。その危険を排する為にも魔物は討つべきなんです」

「魔物の力が異世界に飛ばされる原因だとは聞き及んでいます。帰還者もかなりの数に上りましたし、もしかすると魔物が自らの意思でこの世界に来る事が出来るという事も考えますと、確かにヴァーンシアの方々に協力して魔物を排する必要があるように思えますね。そろそろお時間となりました。両陛下、今日は貴重なお話をありがとうございました」

「うむ、有意義な時間であった。こちらこそ礼を言おう」

「この後は場所を変えて如月さん達の能力の紹介などがあります。視聴者の皆さんが気になっているドラゴンについても紹介させていただきますので引き続きご覧下さい」

 能力の紹介って何!? そんなの聞いてない――って、スタッフが何事かを喋ってたのはこれか……王様も女王さんも退場したんだから俺も帰らせろよ。リオ達がまだ喋ってないのを考えると嫌な予感が…………。


「能力など何もない頃から如月さんはそのような無茶を?」

「はい、敵うはずなんてない混血者に立ち向かって捕らわれていた私を助けたくれたんです」

「もしかしてリオさんはそれで如月を?」

「はぃ……きっかけはそれです」

 女性アナウンサーの質問に頬を染めながらリオが答えてそれを聞いた野次馬が騒がしくなる。クーニャの顕現した姿を撮りたいとのことでスタジオ近くのビーチに出てきたがすぐに顕現とはいかず女性陣との馴れ初め話へと移行した。

「それではナハトさんとも最初は敵として出会ったんですね。それがどうして婚約者になったんでしょうか?」

「私は元々私より強い男と一緒になるつもりだったからな。初めて私を打ち負かしたワタルを夫にと決めたのだ」

「エルフにはそういった慣習があるんでしょうか?」

「あははははははは! そんな訳ないじゃない。ナハトが変わってるだけよ。他のエルフはこんな選び方しないわ」

 アナウンサーは信じられないといった様子で苦笑いをしているがティナは爆笑している。まぁ俺も初めてこの話を聞いた時はあんな顔をしてたんだろうな。

「ミシャさんは獣人、なんですよね? 失礼ですがその耳や尻尾は本物ですか?」

「本当に失礼じゃな、本物に決まっておろう」

「触らせてもらうことは――」

「む~、たまに無礼なやつが居るのじゃな。そなた達にとっては珍しいのかもしれぬが駄目じゃ、妾たちケット・シーは添い遂げると決めたものにしか触らせぬ。妾の尻尾は旦那様専用じゃ」

「そうなのですね、もしうかっり掴まれてしまったりしたらどうなるんでしょうか?」

「その相手と添い遂げるか不名誉を受けるしかなくなるな。因みに妾前者なのじゃ」

 ミシャの言葉でテレビクルーや野次馬がなんて酷い事をするんだと俺を睨んでくる。やらかしたの俺だけじゃないですよ。自衛隊でも遠藤を含めて数人がやらかしてます。

「最初は茫然としたものじゃが今は旦那様の事大好きなのじゃ、じゃからそんな責めるような目で旦那様を見ないでほしいのじゃ」

 ミシャのおかげで女性陣から攻撃的な視線は弱まったが男性陣からの羨望は強まったような気がする。これだけ綺麗所が集まってたら当然か。

「クロエさんとシロナさんは元お姫様とメイドさんで如月さんに誘拐されたとの事ですが、一体どういう事なんでしょうか?」

 おい言い方! クロ達どんな説明してんだ!? アナウンサー笑ってるからちゃんと分かってて態と言ってるよな? 頼むからもう少しマシな言い方してくれ、何も知らない人たちがドン引きしてるんですが。

わたくしの国は異界者の方を忌み嫌い排除する国でした、ですのでヴァーンシアでは稀有で異界者の特徴である黒髪と混血の証の赤い瞳を持つ私は異界者の子ではないかと疑われて幼い頃から幽閉されていました。そこへ偶然世界移動で現れたワタル様と出会って、永く囚われていた籠から連れ出してくださったんです」

「なるほど~、お二人にとっては恩人といったところなんでしょうか? それで惹かれていったんですね」

『はい!』

 うわ~良い返事、シロは恥ずかしそうにしているがクロはニコニコと楽しそうに当時の話をしている。そんな主をシロは恥ずかしさに頬を染めながらも微笑ましそうに眺めている。クロにとってあの誘拐発言は大きな出来事だったんだろう、嬉しかった事や驚いた事を身振り手振りで伝えている。

「続いてはアリスさん、アリスさんはなんとフィオさんより年下だとか……犯罪ですよ如月さん」

「十八だからギリですよ! というか手を出してないし!」

『えー』

 何だその疑いの声は!? というか天明と紅月まで野次馬に混じってんじゃねぇよ。紅月はリオと話してんなら知ってるだろうが。

「そうなの、私にだけ何もしないの……フィオとはキスするくせに…………」

「それはダメですね、アリスさんが寂しい思いをされてますよ?」

 アリスはこんな場で何言ってんの!? 野次馬の一人が叫んだのを皮切りにキスコール、なんだよこれ……俺は芸人じゃないぞ? なんでこんな公衆の面前でアリスのファーストキスを奪わにゃならんのだ。こういうのは雰囲気が……なんでうちの連中までキスコールに混ざってんの。

「分かった、その事につていは帰ったら話し合おう。だからこの場では勘弁してくれ、テレビ見ただろ? あれに映るんだぞ?」

「……わかった」

 不満そうにしながらも納得したアリスとは違い野次馬は不満爆発で酷いブーイングが起こった。あんたら俺をどうしたいんだ!? 犯罪ですよとか言いながら追い込むし、俺は公衆の面前でいちゃつくバカップルにはなりません。

「仕方ないですね、帰ったら存分にアリスさんを甘えさせてあげてください。それではお待たせしました! ずっと気になっていた方も多いはず、ドラゴンのクーニャさんです!」

「おい待て小娘、その名は主に近しい者にしか許していない愛称だぞ。次に口にしたら焼き払うぞ」

「す、すいません! 皆さんにそのお名前でお聞きしていたもので……なんとお呼びすればいいでしょうか?」

「クルシェーニャ、若しくは雷帝と呼ぶがよい」

 紹介と共に顕現したクーニャが愛称で呼ばれた事に怒り、食うのではないかという程に顔を近付けてアナウンサーに文句を言うもんだから可哀想なほどに青ざめて震えてしまっている。野次馬も生での巨大ドラゴンに言葉を失ってただ見上げていたが、興奮の声が上がり誰かがカメラのシャッター音を鳴らした事で一斉に写真を撮りだした。そこからはミシャが蔓草で作り出したゴンドラにカメラマンと適当に選ばれた野次馬が乗り込み上空を旋回、ブレスや電撃を放ってみせた。その凄まじさにはカメラマンも思わず漏れた声が入る程だった。

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