異世界会談

「ふむ、これは凄い……聞きしに勝る高度な文明だ。異界者たちから異世界の様子を聞いてはいたがよもやこれ程の物とは、自動車や銃などを見てかなりの技術力を持った世界だとは思っていたが……我らの世界など比べ物のならぬほどに先進的な世界だ」

 都内を移動中のバスの中から外を眺めるクロイツ王とその従者、南の四国の使者たちが感嘆の声をもらしてビル群や行き交う大量の車に目を向けている。それはクーニャやアリス、ソフィア女王も同様で一番後ろの席で若干興奮気味に天明と言葉を交わしている。

「次の機会にとは言ってたけど女王様同伴で帰還とはなぁ……ラブラブだな、ロリコンめ」

「ちょっと、わたくしのタカアキを変な風に言わないでくれるかしら? それに、ロリコン騎士は貴方の方でしょう。更に二人も増やして……タカアキの友人とは思えないほどにとんでもない色魔ね。それにタカアキに同伴しているのではなくて、タカアキが私に同伴しているのよ? 私だって今回の会談には出席するのだから」

「それなんだが他の国は使者を派遣してるのになんでドラウトは姫さんが直接来たんだ?」

「あのねぇ、私はもう姫じゃないの。そういう呼び方はよしてくれないかしら?」

「うちは魔物の後処理も順調に進んで安定しているから余裕があったんだ。他の国はまだ残党が人里周辺をうろついたりするらしいし国が落ち着いていない状況でトップが留守にするわけにはいかないんだと思う」

 ついうっかりと出た姫様呼びにご立腹な女王様を宥めつつ説明してくれるが、国のトップと騎士団のトップが同時に留守にしていいのか? まぁ、いいからここに居るんだろうが。流石はいち早く魔物を処理した国なだけはある、一騎当千の天明が戦況を安定させた後はヘカトンケイルの兄弟によって窮地に陥ってたバドに行ってそれを退けたらしいし。

「そっちは被害があんまり出なかったんだっけか。一騎当千の団長様が率いるだけあって流石ってところか、魔獣母体の破壊後は他国に出向く余裕もあったみたいだし、話聞いたらおばさんびっくりするだろうな。ま、一番びっくりするのは息子がロリコンになって嫁さん連れてくる事か」

「いやいや、航には負けるよ。まさかあれから更に二人も小さい娘を増やしてるとは思いもしなかった。その上重婚を続けてるなんて、その好色っぷりには呆れるよ。女は敵とか言ってた頃が懐かしいね」

「うぐ……言っとくけど歳の差だったらお前と女王様の方が上だからな? 俺とフィオは六つ違いだけどそっちは八つなんだから、その点で言ったらお前の方がよっぽどロリコンだぞ」

わたくしはこうしてタカアキと釣り合いのとれる外見ですし見た目で言えばどう見ても貴方の方がロリコンではなくて? ロリコン騎士さん」

 天明の腕に抱き付きアピールをしようとした女王様が窘められている。俺たちだけならいいが他国の使者もいるから天明もそこは気を付けているようだ。こういうのはティナにも見習ってほしい。それにしても……釣り合い、取れてるかなぁ? 綺麗だとは思うけど女王様も結構小さいぞ、背の高い天明と並ぶと余計にそう感じる。じっと観察していると天明が女王様を椅子の陰に隠して一言――。

「駄目だぞ?」

「そんなんじゃないわ! なんでお前らジト目なんだよ、俺そこまで節操無しじゃないぞ。それに友達の大事なお姫様を奪うわけないだろ」

「嫁がこれだけ増えている時点で十分に節操無しなのじゃ」

 ミシャの言葉に全員が無言で頷いた。味方がいない!? というか話した事のない他国の使者まで同意してらっしゃる。居心地の悪さを感じつつ迎賓館まで同行ししばしの間離れる事をぐずるティナを説得してリオ達と共に近場のホテルへと向かった。


 あの後すぐに会談が行われヴァーンシアの状況が報じられるようになり同時にクロイツを襲った魔物や魔獣の映像の一部が世界に広まる事となった。異世界の君主や使者の来日は注目を集め日本政府の今後の対応に世界中が注目している。世論はまだ帰還出来ていない日本人も居るだろうから助けるべきと言う者とそんな危険な場所からは自衛隊を完全に撤退させるべきだと言う者とで真っ二つに割れた。指示通りに自衛隊が帰還出来なかった事も一部では問題視されていて政府も魔物掃討の為の派遣については簡単には答えを出せず話し合いは難航していてはっきりとした回答は得られていないそうだ。この機に異世界に取り入ろうと動きを見せる国もあったそうだが大地を埋め尽くす魔物の映像が流れるとともにその動きは小さくなり、確定ではないが武器の供与に留まりそうだという話をナハトから聞いた。供与されたところで訓練されていない人間が扱うには無理があると思うんだけどなぁ。どうしても一枚噛みたいというのはやはり善意からではなく、異世界の資源を得られる事を狙ってなんじゃないかと勘繰ってしまう。ヴァーンシアに派遣されていた自衛隊全員にクロイツから感状と褒賞としてミスリル製の短剣が与えられた事と、それとは別に日本政府へと送られた感謝状と結構な量のミスリルインゴットの話も出回ってるからな。ヴァーンシアの調査をしていた自衛官の話じゃあっちは地下資源がかなり豊富らしいし、鉱物以外にもこちらの世界とは比較にならないくらいの埋蔵量がある可能性が高いそうだ。そういった物を得たいという思惑が申し出た国には少なからずありそうだ。だが危険は冒したくない、その結果が武器の供与って訳だ。まだ滞在予定の日数は残っているがこの先どうなることやら――。

「ねぇワタル、お出かけしませんか? 長くこちらに居られるわけじゃありませんしアリスちゃんもクーニャちゃんも日本は初めてなんですから色々回ってみたいでしょうし閉じこもってばかりというのは私もちょっと……宿だとお料理もしてあげられませんし」

「う~ん……めんどい、というより映像が出回ったせいで色んな人に見られるのが嫌なんだが、掃討戦で暴れ回ってるのも少し流れちゃってるし」

 日本に来て三日目の朝、リオの言葉で出掛けた場合を考えてみるがやはりめんどくさいの一言に尽きる。それに、俺の処遇は結局未だに保留の状態だ。お咎めなしになりそうだという話を聞いて以降それが進展したというのを聞かないからこの件も判断が別れているんだろう、そんな奴が女連れで遊び回るというのは……前の時はお忍びで観光したが今は出回った映像なんかのせいで嫌に目立ってるしなぁ。あぁでもティナとの約束があるし……本人酒のせいで覚えてないとはいえ俺が覚えている。反故にするのは気分悪いしなぁ、紅月が居ればみんなの引率とか頼んだのに戻って早々アパートの解約やら身辺整理をするって言ってどっか行っちゃったし、優夜と瑞原は相変わらずまだ帰れないの一点張り、恋はあっちの方がいいとか言って帰還を拒否るし――。

「ワタル、コウヅキが出てる」

 フィオにそう言われてベッドの上でごろりと寝返りを打って見る気もないのに点けっぱなしにしていたテレビへと目を向けると苛立たしそうにした紅月を俺が釈放された時に現れたのと同じ女性リポーターが質問攻めで追いかけている。

『紅月さん、紅月麗奈さん! 少しでいいのでお話を、クロイツという異世界の王国の窮地を救ったお話を、どうして関係のない世界の為に地を埋め尽くすほどの化け物に立ち向かえたのですか? 帰還のタイミングは何度かありましたが今回が初の帰還ですよね? 何か留まる特別な理由があったんでしょうか? クロイツ国王の救援要請についてどう思われますか? 紅月さんは戻られる予定なんですよね?』

『あなた達、人の迷惑とか考えないのね。いきなり押し掛けてつけ回す、あたしは今片付けで忙しいのよ。ネタが欲しいなら嫁が九人に増えてる如月の所に行けばいいでしょう、元姫やらメイドやらドラゴンやら色々いるから話題には事欠かないはずよ』

 おい何言ってるんだ、厄介事を俺に回すなよ。紅月のやつ酔ってた間の事が恥ずかしいからって更に冷たくなってる。それにクーニャも完全に嫁認識されてるし……もういいや、どうでも。

『嫁が九人!? 一緒に行動されている女性達が目撃されていましたがもしかして全員ですか!? ティナ殿下からは如月さんは四股しているというお話がありましたが五人も増えたのですか!? フィオさんと同じように小さいお嬢さんも二人居たという情報もあるんですが、それにドラゴンとはどういう事でしょう!?』

『詳しく聞きたければさっさとあいつの所に行って聞けばいいでしょう? あたしは今日中に片付けを済ませたいから帰って』

 テレビクルーの興味が移ったのを確認して荷物を運び出し片付けを再開する紅月が映ったところで映像はスタジオに戻った。スタジオでは嫁九人発言で騒ぎになり不誠実だとこき下ろす女性タレントとまだ増えるのか!? と面白がる芸人なんかが意見を交わしている。僅かに出回った掃討戦の映像で怖がられてるかと思ったんだが好き勝手言ってくれるなぁ。

「レイナは余計な事をしてくれたわね、これでまたあの女につけ回されるんじゃないかしら?」

 ティナもあの時のしつこさを覚えているらしく俺の隣に寝そべりながら渋い顔をしてる。

「だよなぁ、出掛ける気が失せる」

「ちょっと、抱き枕なら隣に柔らかく包み込んであげる私がいるでしょう? なんでわざわざフィオを引き寄せてごろごろしてるのよ」

「でもワタル様、せっかくこちらに来たのですから――」

「分かってるよクロ……みんなで出掛けようか」

「無視しないでよ~。腕を広げて待ってる私が馬鹿みたいじゃない」

 目立ちたくないのも気が咎めるのも俺の個人的な都合だからな、クロ達にとってはまだまだ見知らぬものが多い場所、見て回りたいって気持ちも強いだろう。連れ出したのに俺が閉じ込めるような事をしてたら駄目だよな。それに口には出さないがアリスとクーニャも物珍しそうに窓から外を眺めてるしせっかくの異世界、楽しませてやらないと。

「私が言った時は『面倒』で済ませたくせにクロエさんには甘いんですね?」

「二人に言われたから考え直したんだって、そんなに拗ねなくてもいいだろ」

「いいないいなー、私は拗ねても構ってもらえないのにリオは撫でてもらえて羨ましいわぁ」

「ほらティナも、そんな俺を挑発する恰好から着替えて出掛けるぞ」

 拗ねる二人を宥め裸ワイシャツだったティナを着替えさせ暇そうにしていたナハト達にも声を掛けて街へと繰り出した。


「予想はしてたが……やっぱりこうなるよなぁ」

 観光名所を回りつつ適当に目に付いた店を食べ歩きをしていたが目立つ目立つ。角の生えてるクーニャと耳はひょこひょこ尻尾はゆらゆらしてるミシャが物凄く目立つ、物珍しさからすれ違う人たちから無遠慮な視線がガンガン向けられ行儀の悪い人間なんかはへらへらしながらスマホのカメラを向けてくる。流石にそういう輩は殺気で威圧した上でお引き取り願ったが、それでも握手してくださいや写真いいですか? なんてのがよくある。ティナ達は芸能人じゃないんだが……だが丁寧に頼んでくる相手に対してはみんな逐一対応している。

「妾のせいで目立ってすまぬのじゃ」

「ミシャのせいだけじゃないわ、私もナハトもエルフだから目立ってるしワタルと居るだけでどうしても目立つもの」

「そうそう、うんざりするだろうが気にすんな」

「ふにゃぁあああ!? だ、旦那様! こんな往来ではよすのじゃ、恥ずかし過ぎる。うぅ、また更に目立ってしまったのじゃ」

 自分のせいだと落ち込むミシャの尻尾を鷲掴みにしてやると跳び上がる程に驚き自分の尻尾を抱きしめ隠している。今の旦那様発言でひそひそと話す声が増えてしまった。人の多い土地である以上この問題はどうしても付いて回るから気にしてもしょうがないと割り切るしかない。

「お洋服と帽子で隠したらいかがでしょうか? 私たちはてれびという物に映っていませんから少しは変わるのでは?」

「それはダメだシロ」

「どうしてでしょうか?」

「俺が好きな時にもふれない」

「ふにゃぁあああ!? だ、だからここではよすのじゃと言っておるにょに、旦那様わざとやっておるじゃろう?」

「もう目立つのはどうにもならんから可愛いミシャを自慢しようと思って」

「人の多い場所で可愛いなどと……照れるのじゃ」

 照れて頬を染めつつも嬉しいのか尻尾は激しく揺らめいている。そんなミシャを見て道行く男どもは歩を止めて見入り、その後周りにも視線が移り美人美少女ばかりな状況に羨望の眼差しを向けてくる。

「ねぇ、ずっと気になってたんだけど、それ私も触ってみてもいい?」

「駄目なのじゃ、妾は旦那様専用なのじゃ!」

 アリスが手を伸ばした途端に尻尾を抱きしめて隠し微妙に恥ずかしい一言を……遠巻きに見ていた見物人にどよめきが起こり、あいつはどうなっているんだという視線を向けられなんであんなにモテているんだという声が聞こえてくる。うっかり尻尾を掴んだり酔った勢いで結婚を申し込むとこんな事になります。

「猫尻尾が気になるなら猫カフェでも探して行ってみるか」

『猫カフェ?』

「もしかして猫が働いているカフェがあるんですか?」

「いいえ、きっと猫を食べるカフェよ」

 リオやクロは目を輝かせティナは恐ろしい事を口にしてナハトはそれに納得する。猫を食べるとか……怖い絵面だなぁ、そんなカフェがあったら愛護団体に速攻で潰されるだろう。

「主よ、妙な物が居る」

 空を見上げるクーニャが睨み付けているのは飛行機雲の先端、さっきから黙ってると思ったがあれを見てたのか。あっちの世界じゃあんなもの出来ないし珍しくもあるか。そう思って説明しようとした瞬間――。

「敵かもしれぬ、見てくるからしばし待っておれ」

「ちょっ!? 馬鹿待て!」

 止める暇もなくドラゴンの姿を顕現させたクーニャが空へと飛び立った。突然巨大なドラゴンが現れたので周囲は大パニックである。だがそれを気にしている場合じゃない、物凄い勢いで飛行機目掛けて飛翔するクーニャを止めないと大変な事になる。

「ティナ! 跳んでくれ! 飛行機にぶつかったら大惨事になる」

「もう、一番の年長者なのに世話の掛かる娘ね」

 数度の跳躍の後クーニャに追いつき角を掴み声を上げてようやく制止に成功するがかなりの高度に上ってしまったせいで震えるほどに寒い、ティナと身を寄せ合うが耐えられそうになくてすぐに降下するよう催促する。

「クーニャ早く下りてくれ、凍え死にそうだ」

「そうよ、早く下りなさいおバカクーニャ」

「ぬぅ、そこまで言わずともよいではないか。こちらでは見るもの全てが珍しい状況でどのようなものが在るかも知らぬのだ。主に危害を加えるものだといかぬと思って様子を見ようとしただけなのだ」

「分かった、分かったから拗ねないで早く下りてくれ」

 ある程度降下した後は人の姿に戻らせてティナの能力で地上へと帰還したが下では大変な騒ぎになっていた。怯えるて逃げる人に、興味をもって遠巻きにこちらを窺う人、それに加え警邏中だった警官に詰め寄られた。そんな状況で観光など出来るはずもなくニュースで流れていた映像に出てた魔物と戦っていたドラゴンで危険は無いのだと釈明をして俺たちは逃げるようにしてホテルへと戻った。当然その日の夜のニュースはどの局も視聴者投稿の映像付きでクーニャの事が取りざたされた。当の本人は『儂が変な板に入って動いておるぞ、この世界の板は凄いな!』と騒ぎの原因である自覚はなかったので全員でクーニャの頬を突き回すふにふにの刑に処した。

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