お前は誰だ!?

「これは…………?」

「酒盛り?」

 フィオが可愛らしく小首をかしげる。抱き寄せて撫で回したい衝動に駆られるが今はそれよりも自室の状況が気になる。

「それは見りゃ分かる。そうじゃなくて! なんでみんなこんなへべれけに酔ってんだよ。俺が居ない間にどんだけ飲んだんだ」

「祝いの席なのにワタルが姿を消したのが悪い。みんな拗ねた」

 誰だって一人になりたい時くらいあるでしょうよ! 俺が不思議な出会いを果たしている間に全員がろれつが回らなくなる程飲むなよ。ティナとナハトには聞きたい事だってあるのにこの調子だと今日は無理そうだ。というかティナはもう一切禁酒を守っとらんな。

「あ~、旦那しゃまなのじゃ~。ほれほれ、旦那しゃまがだいしゅきなわりゃわの尻尾なのじゃ、好きなだけもふもふしてよいのじゃぞ?」

 普段あれだけ人前ではダメだと言うくせに顔が赤らむ程に酔ったミシャが今はこちらに尻を突き出し揺らめかせている!? 酒の力恐るべし。お言葉に甘えて軽くもふったら色っぽい声で鳴いて熱い視線を向けてくるもんだからすぐに解放した。フィオの視線が痛いです。じっと睨みながら握った手に力が込められてちょっと痛いくらいだ……微妙にこいつも顔が赤いんだが同じく飲んでるのか?

「もしかしてフィオも飲んでた?」

「リオが薦めるから少し、でもナハト達が持ってきた酒は強過ぎてみんながおかしくなり始めたのに気付いて止めた」

「そんなに強い酒なのか、この場に居なくてよかった。もう酔いたくないし」

 前と違っておかしなテンションではないがフィオも酔ってどこかふらふらした状態だ。少しで止めたフィオがこんな状態になる酒をもし俺が飲んだりしてたら……絶対にまた変な騒動を起こす事になってたに違いない。本当にここに居なくてよかった。

「わたりゅ~」

「わたりゅしゃま~、どこに行ってらしたんでしゅか? 折角のお祝いでしゅのにわたりゅしゃまがいらっしゃらないからしゃみしかったれす」

 リオとクロに飛び付かれそのまま押し倒されて覆い被さられる。垂れてくる二人の長い黒髪からは花のような良い香りが漂ってきて俺の鼻腔をくすぐり俺の理性を揺さぶりにかかり、更にはリオは俺の胸に鼻を押し付けクロは頬を撫でてくる。酒が入ってるせいで二人ともスキンシップに全くの躊躇がない。

「ちょっと思うところがあって気分転換に――あのリオ、弄られるとくすぐったいんだけど」

「落ち着きましゅ、しゅきな人に触れていられるのはこんらにもしあわしぇな事なんれすねぇ」

「ほんとどれだけ飲んだんだ。ろれつがおかしいぞ? 二人とももう休んだ方がいいんじゃないか?」

 二人を抱えたままどうにか起き上がり酔いの回った二人に部屋へ戻るよう促してみるが――。

「ダメれすよ。折角のお祝いれすよ? まだまだ飲んで食べてみんなとしゃわぎましゅ。ほらほら、わたりゅも! れいにゃ~、こっちにもおしゃけ回してくらさい~」

「ふふん~、今日はいける口ね。普段は誘ってもあまり飲まないくせに――っ!?」

 酒瓶片手に上機嫌でこちらに来た紅月が俺の顔を見た途端硬直して微動だにしなくなった。なんかめっちゃ凝視されてるんですけど、何? 俺何かした? 最初は驚きで目が点になってる状態だったのが段々と鋭い視線へと変わってきたんですが……さっきまでの上機嫌どこ行った?

「た、タケル!? なんでこんな所に……いや、今はそんな事どうでもいい。結婚したいくらい好きな相手ができたとか言ってたくせに私の友達に何してんのよ、この娘はもう人妻よ!」

 タケルって誰!? リオはいつ結婚した事になった!? そしてこいつはどうして俺の胸倉を掴んで揺さぶってるんだ。明らかに俺を誰かと勘違いしている、紅月も完全に酔いが回っとるな。

「何とか言いなさいよ、このすけこまし! 聞いてんの!?」

「や、やめ――揺さぶるな、首ががっくんがっくんなってるだろうが、あ~くらくらする」

「たけりゅ? わたりゅじゃにゃいんでしゅか!?」

「どうしましょう、わたりゅしゃま以外の男性に抱き付いてしまいました」

「旦那しゃま以外にもふられた……わりゃわは穢れた女なのじゃ…………」

 リオは驚愕に凍り付きクロはショックで顔を青くしてよろめきながら後退り、ミシャに至っては床に手を突いて絶望のどん底に居るといった様子だ。そしてフィオはこいつら何言い出してんだ? みたいな顔をして距離を取っている。わざと? わざとやってんだよぇ!? 何このノリ、タケルって誰だ。誰か何とかしてー。

「あ~、先輩がんばっ」

「恋! お前はまともなのか――そうかまだ飲めないから。早くお前の姉どうにかしろ、というかタケルって誰だ!?」

「無理だよ~。今この場にはタケル先輩が必要なんだよ、生贄として。先輩が来るまで私がタケル先輩やって絡まれてたんだから今度は先輩がやってよ~」

 意味が分からんわ。実の妹を男と勘違いするってどれだけ酔ってんだよこいつは、うぅぅ、飲んでもいないのに揺さぶられ過ぎたせいで気持ち悪くなってきた。マジで誰かこいつを止めろ。

「何とか言いなさいよ、大体何でタケルがこっちの世界に居るのよ。彼女はどうしたのよ? 帰還組に入らなかったの?」

「彼女なら全員ここに――」

「ほほう? それはなに? 冗談のつもりかしら、ぜんっぜんっ笑えないんだけど! まさかタケルにこんな一面があるなんて思いもしなかったわ」

「うぐぅぉぉぉ、ギブ、ギブギブ死ぬ死ぬ。窒息する」

 胸倉で腕を交差させて俺の服で首を締めにかかってきた。こいつ目が据わってる、このままだと落ちる。

「れ、麗姉ぇ落ち着いて、流石に首締めるのはマズいって」

 恋が割って入り意識が落ちる寸前で解放されて咳き込みながらも酸素を求めて大きく息を吸う。あぁ、マジで落ちるところだった。タケルって一体何者だ? 普段きつい態度でも俺はここまでされたことはなかったぞ。

「先輩大丈夫? 麗姉ぇ浮気されて一方的にフラれたからタケル先輩への当たりがきついんだよ。あれで結構純情なところあるし、幼馴染で小さい頃から好きだったからまだ気持ちも残ってるみたいで、因みに先輩はかなり顔つきが似てる」

 咳き込んで立ち上がれない俺に顔を寄せ恋が耳打ちして紅月の秘密を暴露する。このきつさはタケルへの気持ちの裏返しなのか? そういえば初めて紅月に会った時に誰かと似てるって反応をしていたな、それがそのタケルとやらか。

「もしかして普段から俺への態度がきついのって――」

「うん、八つ当たり。似てる相手が女の人に囲まれてるのは気になっちゃうみたい。あっ、でも悪い事してる自覚はあるんだよ? お酒入ると先輩への態度をどう直すかとかお詫びの事とか相談されるし」

 悩むくらいなら最初からするなと、気になってた事が分かってすっきりした反面似ているから、なんて理由ではどうする事もできない事実に釈然としないものを感じる。

「ぬわぁ~にあたしの大事な妹に顔寄せてんのよこの裏切り者。今度は恋に何かする気じゃないでしょうね?」

 恋を押し退けようやく呼吸が整い始めた俺を再び締め上げにかかる紅月の瞳は僅かに悲しみの色を帯びている。

「落ち着け、俺はタケルじゃない」

「……あんた何ふざけてるの? どっからどう見てもタケルでしょうが~!」

「れいにゃしょのままやっちゅけてくだしゃい。わたりゅのふりをして私達を抱き締めるなんて酷い人でしゅ」

「しょぉなのじゃ、しょいちゅをにゃき者にすればしゃっきの事はにゃかったことに出来るのじゃ! わりゃわもてちゅだうのじゃ」

 首を締め上げられながら蔓草で手足を縛り上げられ完全に身動きが取れなくなり止めようとした恋にも蔓草が巻き付いた。こいつらマジか、冗談じゃないの? あれだけ想ってくれてたのに見分けがつかないってどゆこと!?

「遺言くらいは聞いてやるのじゃ」

「待てマテまて、何剣抜いてんだ!? ふぃ、フィオ助けてくれー」

「タケル?」

 首をかしげてしばらく逡巡した後そっと俺から目を逸らした。最後の砦がー!? 待て、まだだ、こっちの騒ぎを無視して飲み続けているティナ達に一縷の望みをかけて必死に呼び掛けた。

「にゃははははははは、クロエ様クロエ様、変な方が縛られていらっしゃいます。不審者は~、剥いて外に捨てましょう」

 何言い出してんだ。シロが壊れとる……次だ次、ティナは完全に酔い潰れてるだろうがまだナハトとアリスがいる、どちらかだけでも正しく俺を認識してくれたら――。

「アリス」

「気安く呼ぶんじゃにゃいわよ、わらしをありしゅってよんれいいにょはかじょくだけなんらから! にゃんでわたりゅがいにゃいのよ~」

 そう叫ぶと酒瓶を抱えて再びちびりちびりと飲み始めてこちらには視線すら向けなくなった。俺ここに居るんですけど、お前らの目はどうなってんの!? 俺って今どう映ってんの?

「往生際が悪いわねタケル~? 安心しなさい、一人では逝かせないから」

 なんで無理心中みたいになってんの、死ぬの決定なの? 紅月が優しく首へと手を添えて徐々に力を込め始めた。

「な、ナハト! ティナでもいい、こいつらどうにかしてくれ」

「ワタルかどうか確かめたいと言うなら……味噌汁を被せるといいと思うぞ? 程良い玉ねぎの甘さが心地良くなってきて我慢出来ないはずだ。私は白味噌が好きだ」

『…………』

 何言ってんのこの人!? ナハトが一番壊れてるんですけど、認識以前に言ってる事が訳分からん。残りはティナだけ、ぷるぷると小動物のように震えながら視線を送る。ティナは酔っ払っても俺が分からなくなるって事はなかったはずだ。

「ふっふふ~、ワタルなのかタケルなのかですって? そんなの確かめるなんて簡単じゃない。シロが言ったみたいに剥いちゃえばいいのよ。私もフィオも見た事あるからばっちり見分けるわ」

 ティナの悪い癖出ちゃったよ、全員が一点に視線を注いで喋らなくなった。おいお前ら何考えてんだ、というか恋は爆笑し過ぎだろ。睨み付けると私も縛られてるもん、とゆるゆるの蔓草がぶら下がった手を見せてくる。

「待てマテまて、何だこの状況――というかティナは俺の事分かってるだろ」

「え~? 何の事かしら、私はあなたがワタルなのかタケルなのか全然分からないわ」

 顔が分からないのにナニは分かるってどういうことだよ。手をわきわきさせながらティナがにじり寄ってくる。その様子を全員が固唾を飲んで見守るという変な状況が生まれた。そして遂に俺のズボンへと手が掛かり――。

「ティナ、デートしよう。明日の自衛隊の一時帰還で日本に行くし、な?」

「本当?」

「この場を何とかしてくれるなら」

 ズボンを僅かに下ろしたところでティナの手はピタリと止まりきらきらした瞳でこちらを見上げてくる。やっぱりティナは俺を正しく認識してやがったな。俺の瞳を覗き込み少し悩む仕草を見せた後すくっと立ち上がり顔を寄せて――顔を寄せて?

「あの、ティナさん?」

「黙って、ん……ちゅ、ん。ほ~らみんな、ワタルにべた惚れな私がキスするって事はこれはワタルで間違いないわ! それにコウヅキ、そのタケルって人髪長いの? 私こんなに髪の長い日本人の男見た事ないんだけど」

「髪? ……タケルあんたいつの間にこんなに伸ばしたの?」

「だからタケルじゃねーって言ってるだろ」

「いいえ、どー見たってタケルじゃない」

 目の据わったまま俺を睨み付け納得できないのかぺたぺたと身体を触りまくる。ミシャ達はティナのキス一発で納得したようで蔓草の拘束も解かれ剣も収めて落ち着き始めている。だがまた何かの拍子に変な事を言いだされてはかなわないと自室を脱出する事にした。

「あっ、こら待ちなさーい」

 紅月の声が響いたがあの酔った状態では追いつく事は出来ず諦めたようだった。俺の部屋は占領されて戻れない為空いているリオ達の部屋で一晩過ごして朝を迎えた。大きなあくびを一つ目をこすりながら起き上がると隣に全裸ロリが……昨日ここに来た時は居なかったよな? 酒盛りの場にも居なかったはずだし。

「おいクーニャ、服を着ろ。というかお前どこに居たんだ? 昨日居なかったろ」

「自室では良いと言ったのは主であろう。ナハトの持ってきた酒を飲んだらすぐに眠くなったのでな主のベッドで仮眠をして途中で戻ってきたのだ。リオ達はまだ主の部屋で寝ておるはずだ」

 昼には帰還なんだが、みんな大丈夫だろうか? ティナだけはどうしても来てもらわないといけないが他のみんなは駄目そうなら置いて行く事も考えないとな。

「クーニャは大丈夫か? 二日酔いとか」

「なんだそれは? 儂ならすこぶる調子が良いぞ」

 立ち上がり伸びをした後腰に手を当て胸を張る一連の動作を頭を抱えながら見る。なんでこいつは服を着たがらないかなぁ、あっちではすっぽんぽんは厳禁にしないと俺が確実に変質者にされる。

「クーニャ、日本では人の居るところでは絶対に脱ぐんじゃないぞ?」

「分かっておる。主の恥になるのであろう? リオにも散々言われておるからそのような事はせぬ。しかし、援助の要請など上手くいくのであろうか? 話を聞いた限りでは日本という主の国はこの世界に関わる事から手を引こうと考えておるようだが?」

 アスモデウスから齎された情報によれば、ディー達魔物は滅びたディアの王都を根城として東の大陸に魔物の国をを建国しているとの事でその勢力は全土を埋め尽くすほどに増殖しているという話だった。クロイツの魔獣母体破壊後他国でも魔獣母体が発見、破壊され状況が落ち着き始めた頃に一度同盟国間で魔物討伐についての話し合いが持たれ連合軍の結成が検討されたが魔物の規模に対して人間側の戦力の不安と補給の問題からどの国も踏み切れずにいた。特に問題なのが攻め入った場合の補給だ、東の大陸にはエリュトロンが使っていたような結界が地域毎に張り巡らされていて一度上陸した後は帰還が困難になる。その地域の要を破壊すればその周辺での陣の使用も可能にはなるそうだがそれも簡単ではないだろう。少数精鋭をクーニャに運んでもらっての強襲作戦も提案されたがアスモデウスに聞く限りではそれも難しいらしい、北側周辺は広範囲に特に強固な結界が張ってあるため陸伝いに進む以外に侵入方法はないらしいのだ。つまり人間側は東の大陸の南に上陸して魔物が跳梁跋扈する大地を縦断する以外にディーの元へ到達する道はないとの事だった。その為にも戦力が要る、クロイツ王は能力弱体化なども危惧していて影響を受けない銃火器を持つ戦力の協力が不可欠だと考えていてその援助を求める為に今回の自衛隊の帰還に同行する事になっている。成り行き上仕方なかった今までとは違い積極的に異世界へ助けを求め異界者をこれまで以上に流入させる事を不安視する声もあったが魔物の勢力がこれ以上増えて手が付けられなくなる前に何としても倒すべきだという結果に纏まった。

「お~い、起きてるか?」

「うぅぅ~、ワタル~、頭痛い~」

 自室に戻って扉を恐るおそる呼び掛けるとすでに起きていたらしいティナが青い顔をして立ち上がりふらふらと歩み寄ってきた。船酔いの時みたいになってるんだが大丈夫か? 会談にはエルフの代表として同席するって話だったのに。

「二日酔いは自業自得だ。ほれ水」

「ありがとう~」

 持ってきたポットから水を注いでやると俺に凭れながら一気に飲み干しておかわりを要求してくるので再び注いでやると今度はちびちびと飲み始めたので軽く肩や首をマッサージしてやると幾分改善したようで気分よさそうにし始めた。やれやれ、こんなので大丈夫なんだろうか? 不安を抱えながらもみんなを起こして久々の日本行きの準備を始めるのだった。

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