異形再び

「はぁ、ぃっつ……ぁくっ…………」

「痛い? 大丈夫? ワタルぅ…………」

 フィオが泣き出しそうな顔でこちらを覗き込む。不安に揺れる瞳には悔しさも滲んでいる。表情から察するに、俺の体調は芳しくないらしい。まぁ左腕が完全に折れちゃってるしなぁ。態度はやせ我慢で誤魔化せても様子としては脂汗が額を伝うのが現状、そんな状態を俺を見慣れてるフィオが見ればやせ我慢何かもバレバレな訳で……こんな顔させたくなかったな。

「平気、とは言い難いけどな……もう気にするな。お前がそんな顔してたら心苦しいぞ。お前のせいじゃない、俺が足りてなかっただけだ」

 ナハトや紅月たちの応援にと王都を出て既に二日、俺たちはクロイツ東端と王都の間の東寄りにある大きな森を王都を目指して彷徨っている。紅月たちを追っていた魔物の殲滅には成功して、後は帰るだけだった俺たち、そこへ連絡が入り千里眼の能力者が東に妙に大きい何かを見たと。だが詳細は分からず危険度も分からないから、帰還前にそれの調査に行ってくれないか、との事だった。結城さん達と先に合流したティナとミシャと避難民、それと結城さんは合流した時点で先に陣で無事帰っていたので俺、クーニャ、フィオとアリス、紅月の五人で確認に向かった。向かったまでは良かったんだが……千里眼の能力者が見た物、それは異形の巨人だった。クーニャ程の巨躯に無数の頭部と数多の腕を持つ異形の巨人、それを視界に捉えた途端に巨人から巨岩の雨の様な投石を受けた。雨あられと降り注ぐ大岩をクーニャの電撃で撃ち落とし撤退を試みたが投石とは別方向から飛来した何かに片翼を切り裂かれて墜落した。落下中クーニャはその身を盾にして俺たちを守ろうとしてくれたが、大岩の当たった衝撃で俺とフィオが吹き飛ばされそこへ飛んできた岩からフィオを庇った拍子に左腕がぽきりと逝った。そんな事しなくてもよかったと言われてしまったが、俺だってフィオを守りたいし咄嗟に身体が動いたんだからどうしようもない。着地は紅月が爆発を起こして爆風で吹き上げる事で事なきを得た。

「俺よりクーニャの方が心配だ。フィオのアゾットを借りて持たせてはあるがまだ背中に血が滲むし、早く治療を受けさせてやらないと」

「すまぬ。儂が飛べればこの様な土地すぐに離れられるというのに……主にも怪我をさせて情けない。やはりこれは主が持っていた方がいい」

 アリスの背で痛みに耐えながらそう呟くクーニャは悔しそうに顔を歪めている。

「だーめーだー。硬いお前の身体が切断されかけるって大怪我だぞ。血が止まるまでは肌身離さず持っておくんだ」

「それにしても何なのかしらねこの土地……ナハトの地図に如月の居場所が表示されなくなってるみたいだし、フルーゲルの声も途切れ途切れでしか聞こえないからこっちの居場所も上手く伝えられないし。やっぱり魔物の能力?」

「だろうな、空気が澱んでる気がするし。ここら辺一帯結界みたいな物で閉じられてる感じなのかもな」

 だとすれば、原因を排除しない限りここを離れる事が出来ないか? ちゃんと伝わっているかは不安だが一応こっちの状況は伝えているからティナやナハトの事だから近くには来てると思うが……ここに居たんじゃ合流出来るか怪しいな。

「何で結界なんて必要とするのかしら……拠点に結界が張られるなら分かるけど、どう見ても進軍中でしょ?」

 紅月の言う通りだ。結界って護りの為のものってイメージだから拠点にする場所で使うなら理解出来るが、魔物の軍勢は緩やかに王都方面へ向けて西進している。移動中に結界何か作る意味なんてあるのか…………?

「ワタルは空気が澱んでるって言った」

「……? 言ったけどそれがなんだって……いや、まさか…………そういう事なのか?」

「私はそう思う」

「二人だけで通じ合ってないで説明をしなさいよ。どういう事なの?」

 少し苛立たしげにアリスが説明を求めてきた。それに対して簡潔に答えを教えてやる。

「花粉対策だ」

 そうだよ。聖樹の花粉がある限りクロイツでは魔物は弱体化し続ける。魔物が現れたと分かっているんだから風に乗せて花粉の散布を強化してるはず、それの対策として結界を張って花粉から身を守ってるというなら納得がいく。だとしたらマズいな……王様が進軍の準備を進めているのは花粉に因る弱体化を考慮した上での事のはず。混血者も居るとはいえ弱体化されてない状態の魔物の大群や量産ディアボロスと戦うのは分が悪い……前回の二の舞になってクロイツが蹂躙されるかもしれない。

「花粉ってなによ? ちゃんと説明しなさいよ」

「なるほどね。あれの対策って訳か……王都にある聖樹の花粉は魔物を弱体化させる効果があるの、だからそれを避ける為に妙な領域を作り出してるって事よ。千里眼の能力者が見通せなかった事や通信障害、地図の異常もその副次効果ってところか……他にも何かあるかしら?」

「ある。出られない」

 そう言ってフィオが何もない場所でノックするような仕草を見せた。何かあるのかとそこへ手を伸ばすと見えない壁の様な物に触れた。獲物を逃がさない効果もある、と……これで原因の排除は最重要課題になった。

「でも入るのは自由みたいね」

 アリスが結界の向こう側からやって来た兎の様な小動物を指差した。っ!? 少し離れた所から地響きがして驚いた小動物が逃げ出し結界にぶつかり倒れ込んだ。やっぱり入る事は出来ても出る事は出来ないのは動物も同じ様だ。

「この地響きってあの巨人、よね? はぁ……めんどくさい。何なのよあの化け物、頭も腕も異常な数ぶら下げて気持ち悪い」

 俺はお前の魔物の倒し方の方が気持ち悪いが……多頭多腕の巨人か、そんなのがどっかの神話に居たような? ヘカトンケイルだったか? …………。

「主、変な顔をしておるぞ。やはり痛むのではないか?」

「あ~、痛いけどこれは違う。嫌な事思い出しただけだ」

『嫌な事?』

「あの巨人どっかの神話のヘカトンケイルってのに似てるなぁって」

「それがどうしたのよ。似てるくらい――」

「ヘカトンケイルって三兄弟なんだけど」

『…………』

 俺の一言で全員が固まった。アリスは顔が引き攣ってるし紅月は頭痛がするのか額に手を当てている。フィオとクーニャは何か考え込んでいる。今は止んでいるが巨岩の大雨を降らせる化け物だ、それがあと他に二体も居るとは考えたくない。考えたくはないが……あれは他所の世界から呼び出されたものなのか、外法師が創り出したものなのか。神話の化け物が居る世界なら三体共居そうだし、外法師が創った場合も奴は本を読んだとか言ってたからそこから着想を得たとしたら三体共再現してそう……どちらにしても居る可能性はありそうだ。

「まぁ、今重要なのはあれじゃない。結界を作ってる奴だ。これがあったんじゃティナ達と合流出来たところでここから離れられない」

「そうは言ってもね。あんただってあの大群は見てるでしょ? あの中から結界を作ってる奴を探すなんて至難の業、この前みたいに全滅させようにもこっちの方が規模が上だし今回は巨人と、他にもクーニャを撃ち落としたよく分らないものまで居る。簡単じゃない。おまけにこっちは怪我人が二人」

「それは――わっ!?」

「ワタルー! よかった、無事ね。碌に連絡が取れないしナハトの地図は役立たずだしですっごく心配したんだから!」

「ああ、二人共来てくれたんだな。ありがとう」

「ワタル……本当によかった。セラフィア早く治療してやってくれ」

「う、うん」

「その前に下りてくれ……滅茶苦茶痛い」

 突然結界を越えてティナ、ナハト、セラフィアさんが降って来て押し倒された。ナハトは右、ティナは左に乗ってて折れた腕を下敷きにしてるから痛くてしょうがない。

「ご、ごめんなさい。すぐに退くわ」


「セラフィアさんありがとう」

「うむ、痛みが消えた。感謝するぞ娘よ」

「ナハトの頼みだったので、気にしないでください」

 治療を受けて一段落したが、結界を消さないと帰還出来ない状態はそのままだ。戦力は増えたがどうしたものか……やっぱり全滅させるしかないか? 魔物の殲滅はすべきだが前回よりも大規模、俺たちの能力がいくら強くてもこの戦力では無理がある。

「さぁ帰りましょ」

 そう言ったティナが胸の間から大きな布を取り出して広げた。どこから取り出してんだ……っ! これは陣か? 布に描く事で結城さんの陣を持ち運び可能にしたのか。

「これって使えるのか?」

「勿論よ。私が思いついてちゃんと試させたもの。ほら! …………」

『…………』

 布の上に立ち固まるティナとそれを見て黙り込む俺たち。結界の外には出られないってルールは能力にも影響するものなのか。これだと空間を切り裂くティナの能力でも脱出は出来ないのかもしれない。

「こ、こんなはずじゃ――そうよ、あいつが失敗したのよ!」

「いやいや……たぶんこの結界のせいだぞ」

 今分かっている結界の効果をナハト達に話して聞かせると、ティナは自分の能力が使えないなんて事あり得ないと言って空間を切り裂き跳躍を行った。が、さっきの小動物のように結界に激突して落っこちてきた。

「危ねぇな。無茶するなよ」

「いった~い! 何なのよこれー! 私のおでこが~……ワタル慰めて」

「はいはい、よしよし」

 降ってきたティナを受け止めた状態のまま抱き寄せてあやす。こんな状況で何やってるんだか。

「ティナ甘えるな! さっさとワタルから離れろー」

「なんて緊張感のない……あんた達こんな時に何やってるのよ。これからどうするのか考えなさいよ!」

「それなんだけど、私たち跳んでる時に変な物みたの。気持ちの悪い巨人と魔物の群れの真上に滞空してた血塗れになったみたいな真っ赤なディアボロス、あれは関係ないかしら?」

 白い量産型の次は赤かよ……外法師はディアボロスに相当拘りがあるようだ。赤いのがオリジナル同様障壁を作れるとしたらそれの応用で結界を作り出す事も出来るか? 巨人の方は特殊能力って感じでもないし可能性があるのはディアボロスか。他に手掛かりはないしやってみる価値はあるな。どっちにしろディアボロスなんて兵士じゃ倒せないだろうし狩っておくべきだ。

「赤いのが怪しそうだな。腕も治ったしいっちょやるかー。オリジナル程強くないといいんだが」

「大丈夫、ワタルは私が守る」

 決意の宿った瞳でフィオが俺の手を握る。繋いだ手から力強さを感じる。今回は最初からフィオも居るし俺も成長してる、あの時とは違う。オリジナルに近しい強さでも対処出来る。

「私たちだって居るぞ。全て殲滅してやろう!」

「殲滅はクロイツの軍と合流してからの方がいいんじゃない? 私やナハトの能力は殲滅力高いけどそれでも数が多過ぎる。クーニャには頼れないし」

「何を言う、儂とて戦うぞ。主が戦うというのに儂だけ黙って見ておれるものか!」

「クーニャは待機だな。また撃ち落とされたら大変だし」

 一応陣があるとはいえ、布に描いてあるのを使うのは初めてだし、不具合があるかもしれない。結界がなくなった時にクーニャは動ける状態の方がいいだろう。

「ぬ? 何故だ主! 儂の力は知っておるだろう? 大量の魔物と戦うのだ、戦力は多いに越した事はないだろう?」

「いや、狙うのは赤ディアボロスだから、大群とは真っ向勝負しないから。だから目立つクーニャは待機、ティナと一緒に森に潜んでセラフィアさんを守っててくれ」

「私も待機!?」

「妥当だろうな。ティナは私と違ってそれ程訓練をしていないんだから。何かあった時ワタルが庇ったりして危険に陥るかもしれないし大人しくしていろ」

「む~……いいわ、ワタルを治してくれた子を危ない目にあわせられないから」

 ナハトに訓練の事を突かれた後セラフィアさんに目を向けて納得したようだ。ティナも弱いわけじゃないが大量の敵を相手するのには向かない能力だからな。

「あの、すいません。姫様にご面倒を――」

「気にしなくていいわ。ワタルを助けてくれたのだから、私が責任を持って守るわ」

「……仕方ないな。儂もこの娘に助けられたのだ、恩を返すと思って護衛をしよう。だが何かあれば呼ぶのだぞ? 主の黒い雷を空高く撃ち上げてくれればすぐに向かうからな」

「分かった。まぁ何も無いのが一番だけどな。行ってくる」


「一発か。あの赤いのがアタリだといいんだが」

 一際高い樹の上から森を眺める。魔物に侵され踏み荒らされて動物たちが逃げ惑っている。森の端にはあの巨人の姿もある。クロイツが、また魔物に蹂躙されている……こいつらを排除しなければまたあれが繰り返される。樹上から大群の上空に居る赤いディアボロスに向けてフィオがアル・マヒクを構える。今回携行しているアル・マヒク用の弾丸の短剣は一本のみ。失敗は許されない。

「ワタル、撃っていい」

「よし、さっさと結界破ってクロイツ軍と合流してこの大陸からこいつらを排除してやる!」

 右手から荒れ狂う黒雷を迸らせて剣身に触れた。瞬間、剣身が爆ぜて黒い閃光が赤いディアボロス目掛けて空を走った。しかし、黒い閃光は見えない壁に阻まれディアボロスの正面に大きな波紋を作るだけで貫くには至らない。

「クソッ! なら連射で――」

「ワタル!」

 何かを察知したフィオが俺に飛び付き樹上から突き落とした次の瞬間、俺たちが居た大木は衝撃波に飲まれ大きな音を立ててへし折れた。俺たちは落ちた先で別の木の枝を掴んで落下速度を落として無事着地した。下に居たナハト達も回避して無事のようだ。

「助かった。ありがとな」

「ん。絶対守る」

「マズいぞワタル。さっきの攻撃で私たちの居場所が完全に知られてしまった。魔物が押し寄せてくるぞ!」

「何なのよアイツ、白いのとは大違いじゃない! 障壁を作れるかもって話だったけど、あれを防げるってどうなってるのよ。あんた前回はどうやってあんな物破ったのよ?」

「レールガンの連射で障壁を歪ませたところを天明が切り裂いたんだが、今回も同じ手が通じるかどうか…………」

 考える時間は与えないとばかりに木々の間から魔物が押し寄せてくる。迷ってる場合じゃない、いくら強くてもこっちは五人、体力に限界がある。雑魚に構ってはいられない、時間を掛ければ巨人まで合流してしまう。

「ナハト、ここは任せていいか?」

「大丈夫だ。奴を狩りに行くんだな? フィオ、ワタルを頼むぞ」

『おやおや、見たことのある光だと思って来てみたら……黒い雷使いのあなたでしたか! これはこれは、お久しぶりですねぇ。もしや完全版ディアボロスをご覧になる為にいらっしゃったとか? どうです!? 素晴らしい出来でしょう? 再びこの地を惨劇で埋め尽くす存在ですよ!? ディーが異世界から様々なものを呼び出したおかげで新たな素材が手に入りましたので前回よりも素晴らしいものに仕上がったのですよ! ああ、そういえばワタクシたちの後方に控えている巨人はご覧になりましたか? あれもワタクシの作品なのですよ。その名もヘカトンケイル! 以前読んだ本に記されていたものを再現してみたのですが……創ってみるとなんとも面白く、ディアボロスを創ったのと同じくらい熱中してしまいましてね。大きいというのも良いものです。人を踏み潰した時の血の飛び散り方! 音! そして潰れる瞬間の意味を成さない声などとても心地いいのですよ!』

 ディアボロスの元へ向かおうとしていると悪魔の様な翼を生やし血で汚れた杖を持った歪な顔の醜い魔物が現れた。この耳障りな声、不快な話し口、姿形はかなり違っているが間違いなく外法師! あの時俺が仕留め切れていなかったせいで今こんな事に……こいつも確実に殺しておかないといけない。

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