炎雷に包まれる大地

 謁見の間に着くと重々しい空気に迎えられた。事態が事態だけに急迫した様子で通信能力者がどこかと連絡を取り続けている。

「ワタルよ、早速で悪いが事は急を要する。東部の町八つが突如魔物に襲撃を受けた。陣で避難してきた住民によれば東の空に白い影の大群を見つけたのと同時に突然虚空より魔物が溢れ出てきたらしい」

「避難? 住民はみんな避難出来ていたんですか?」

「いえ、避難を完了出来ていたのは八つの町の内二つの町のみです。残り六つの町に繋がる陣からは魔物が現れたのですが、近場に居合わせた紅炎の騎士とナハト様によって倒されました。しかしその間に町側の陣に何らかの被害を受けたようで六つの内四つの陣が使用不能の状態です。それぞれの町、周辺の村落に駐在する兵士とも連絡が取れない状況ですので恐らくは魔物に……残り二つの陣は今も使用可能で紅炎の騎士とナハト様がそれぞれの町へ向かわれました」

 クロイツ王から説明を引き継いだ側近の通信能力者のフルーゲルさんから説明を受ける。六つの都市とその周辺の村落が既に魔物に潰されている? 一体どれ程の規模で襲って来たんだ? いくら紅月やナハトでも単騎では……俺たちもすぐに応援に向かわないと――。

「っ! 大変ですっ。紅炎の騎士とナハト様が向かった町とを繋ぐ陣までもが使用不能になったそうです! お二人は現在生き残っていた住民を連れて町からの脱出を図っているそうです」

「っ!? アリスはクーニャ呼んで来い、フィオは結城さんに事情を説明して同行を頼んできてくれ」

「分かった」

「ん」

 俺の指示を受けて二人は謁見の間から駆け出していった。王都に陣を設置して二人の所へ向かえば救出は出来ると思うが…………。

「二人の居場所は? それに魔物の規模は?」

「紅炎の騎士が向かったノニムは王都の東北東の山間部にあります、ここですね。ここから現在北西に向かって逃げているそうです。ナハト様が向かわれたテルンは王都から東南東の海沿いにあります。今はここから海沿いに南南西へと向かっているそうです。数は、詳細は不明ですが地を埋め尽くす程と…………」

 地図を広げフレーゲルさんがナハトたちの居場所を指し示す。二人の居場所が離れ過ぎている……どちらか一方に向かっている間にもう一方が魔物に飲まれる可能性もある、出来れば同時進行で救出に向かいたい。

「ここは? この町にも陣は設置してありますか?」

「はい、このロームの町と周辺の住民に避難指示を出しましたから全員王都へと移動してきているはずです」

 目を付けたのは紅月の進行方向の河を渡った先にある町、陣を使ってここまで向かい、そこからティナの能力で駆け付け避難民の護衛をする。クーニャと結城さんが居るんだ、時間さえ稼げればどちらも助ける事が出来るはず。

「すぐに紅月たちの元へ向かいます」

「ワタルよ、現在兵たちが出撃準備を進めている。ナハト様たちの救出が済み次第そなたもこれに加わり魔物の侵攻を阻止してもらいたい」

「分かってます。折角復興したんです、絶対に守り抜きます」

「すまぬ……逃げ遅れた民たちを頼む」


「フィオはクーニャ側、結城さんの護衛を頼む。ミシャとアリスは俺と一緒にティナの能力で紅月の応援に――どうしたフィオ?」

 不服そうというか不安そうな顔をして服の裾を掴まれた。戦える人数はこっちの方が多いから心配されるような事はないと思うんだけど。

「なんで私はワタルと別々なの?」

「フィオなら分かってるだろ? 結城さんの護衛は重要だ。フィオにしか頼めないんだよ。それにナハト側を回収したらこっちと合流するんだし、そんなに心配するな。ミシャやアリスだって居るんだし無茶はしない」

「…………ワタルは守りたいものがある時ほど無茶をする」

『…………』

 図星を突かれて黙り込みフィオと見つめ合う。よく分かっているというか……バレバレだな。だと言っても俺だって好きで無茶してる訳じゃない、目的の為に自分に出来る限界が必要だったからというだけだ。俺だって死ぬつもりはないから生き抜く努力はしてるつもりなんだけどなぁ…………。

「フィオ、私が居るんだからそんなに心配しなくていいじゃない。何かあれば私が守ってあげるわよ」

「っ!? フィオ!」

 前触れもなくフィオがアリスの後ろに回り込みナイフを突き込んだ。アリスはそれを大鎌の柄で受けて流しそのまま薙ぎ払いフィオを遠ざけ構え直した。こいつらはいきなり何を始める気だ!?

「……合流した時にワタルが傷一つでも作ってたら許さないから」

 そう言ってフィオがナイフを収め、アリスも警戒を解いた。アリスを試したのか……俺どんだけ心配されてんの…………? 過保護にも程がある。今はそれなりに強くなったつもりだったのに自信無くすぞ。アリスもフィオの過保護っぷりに目を丸くしている。

「フィオ、気持ちは分かるけどあんまり心配し過ぎるとワタルが落ち込むわよ」

 ティナが冗談っぽく窘めるが、俺割と本気で落ち込んでます。フィオからしたら俺の身体能力なんてまだまだなんだろうけど、ここまで心配されるか……普段の行いのせいだが。

「ん。ちゅ……ん……気を付けてね?」

 急に手を取ったかと思ったら引っ張られて屈まされ唇を重ねてきた。唐突に瑞々しい唇を押し当てられて頭が真っ白になった。それでも身体はフィオを感じて自覚できる程に顔が熱くなる。

『なっ!?』

「何してるのよーっ!」

「何してるのじゃーっ!」

「や、やっぱりそういう関係なのね。し、知ってたけど……フィオもキスとかするんだ…………」

「ワタル、私も! ん~」

「何を言っておるのじゃ! 人前でするなど止すのじゃー!」

 ティナが抱き付き顔を寄せてくる。それをミシャが必死に引き剥がそうとしている。こんな時に何やってんだ!? クーニャと結城さんが呆れ顔だ。アリスなんかは顔を真っ赤にして目を逸らしている。

「クーニャ行こう」

「ちょっと待てフィオ、ティナをどうにかしろ」

「急ぐんでしょ? 遊んでないで出発して」

「お前のせいだろー。ティナ、帰ってからだ。帰ってからならいくらでも――」

「いくらでも!? 行きましょう、すぐ終わらせて帰ってきましょう!」

 口が滑った……やる気に満ち溢れたティナに手を引かれて俺たちは陣へと飛び込んだ。


 住民が避難してもぬけの殻のロームから南東へ向かってティナに跳躍してもらう。俺がティナの左手に掴まりその俺にアリスとミシャがしがみ付いている。アリスはティナの能力での移動に驚いたようでさっきから口が開いたままになっている。空間の裂け目に入るって妙な感覚だもんな……アリスの気持ちも分かる。

「ちょっと! ボーっとしてないでちゃんと周囲を見張ってなさいよ」

「妾と旦那様が左右を見張っておるから一人くらいボーっとしていても問題無いのじゃ」

「あなた達は慣れてるかもしれないけど私からしたらこんな移動方法初めてで落ち着かないのよ!」

「ははは……そうだろうな――っ! おいあれ!」

 暫く進みノニムに大分近付いた頃、地平線から土煙が立ち昇っていた。この距離で土煙が確認出来るなんて一体どれだけの大群がこちらに向かっているのか。ハイランドに現れた物の比ではない。それに加えて、遠くてはっきりしないが空の方にも何か居る様に見える。っ!? 空が爆発した。紅月が近くまで来ている。

「ティナ! あそこなのじゃ! 馬車が追われておる!」

「見えたわ! 行くわよ」

 ティナが虚空を切り裂き、出来た裂け目を潜ると五台の内最後尾の馬車の真上に出て天幕へ落下して突き抜けた。天井が突き抜けるとは予想してなかった俺たちは対処出来ず俺を下敷きに折り重なるように倒れ込んだ。乗ってる人は皆端に寄ってて真ん中が空いた状態だったのが不幸中の幸い、他人を巻き込まずに済んだようだが……アリスの大鎌がきわどい位置に引っ掛かっている。それにしても、一つの町からこれだけしか逃げて来れなかったのか……四頭で引く大型の馬車とはいえ馬車五台というのは少ない。

「如月! あんたどっから降って来てんのよ!」

 馬に乗って馬車の後ろを走っている紅月から怒鳴られる。応援に来たのにこの言われよう……俺だって好きで天井ぶち破ったんじゃないわ!

「俺が知るか! ティナに言え……あー重い」

「わ、私じゃないわよね?」

「妾たちの中ではティナが一番大きいからの、ティナの事ではないか?」

「やっぱり私……私が重いのは胸の分とワタルへの愛が詰まってるからよ!」

「それなら妾とて旦那様への愛でいっぱいなのじゃ!」

 突然人が降ってきたってだけでも避難民はあっけにとられているのに降ってきたやつが惚気だしたものだから完全に固まっている。

「あんたら何しに来たの……惚気てないで仕事しなさい!」

「ど、怒鳴らなくてもよいではないか。ほれ、これでよいのじゃろ?」

 ミシャがそう言ったかと思ったら馬車に迫っていた土煙の進行が止まった。……最前列が止まったせいで後ろから押し寄せる魔物がドミノ倒しのように折り重なっていく。

「何したんだミシャ?」

「奴らの足元に蔓草の罠を作ってみたのじゃ。思いの外上手くいって驚きなのじゃ」

「よくやったミシャー! 偉いぞ」

「ふにゃん!? な、撫でながら尻尾をもふもふするのは止すのじゃ~」

「ありがとうございます。これで逃げられる」

 近くに居た中年男性がお礼を口にすると避難民たちは口々にミシャへの感謝を口にした。希望を見出し不安に染まっていた表情がいくらか明るくなっている。

「如月なに安心してんの! まだ厄介なのが残ってる!」

 紅月の怒鳴り声と共に耳を劈く爆音が轟き空から迫る何かを吹き飛ばした。空に居るのは一体……っ! あれは、ディアボロス!? 王都で戦った物に酷似した化け物が群れを成して馬車を追っている。オリジナルと違い体表が白色化していてペルフィディのように所々膿疱の様なものが――まさか、ペルフィディを素材にディアボロスを量産したのか!? 俺たちや紅月、王都に居た者はワクチン接種を受けているが避難民は…………。

「紅月やめろ! もし瘴気が出たら――」

「分かってるわよ。だから瘴気が出ない程に焼き尽くして吹き飛ばしてるの! 黙ってなさい。上はあたしがやるからあんたは下の奴らを相手しなさい。倒れてたのが動き始めてる」

「はいはい、わーってる。やりゃいいんだろ!」

 俺が後方に向かって黒雷の雨を降らせ、紅月が爆炎で空を覆う。迫る魔物の大群、鳴り響く雷鳴と爆音、異なる轟音と共に雷と炎が周囲を包み込み宛ら世界の終わりのようだ。紅月の炎に焼かれた量産型ディアボロスが魔物の大群の中へと落ちていく。普通に焼けてるって事はオリジナルと違って障壁を作る事は出来ないのか? 形だけ似せて作った紛い物って事なのか――。

「避けなさい!」

「え……? きゃぁあああ!?」

 何かに反応したアリスが紅月に呼び掛けた瞬間、紅月が乗っていた馬ごと吹き飛ばされた。これは、ディアボロスの衝撃波か!? 量産型も使えるのか!?

「紅月!」

「くっ!」

 吹き飛ぶ紅月へと手を伸ばし馬車から離れる寸前の所で掴まえて引き寄せた。障壁を使っていないからと完全な劣化版と見ていた俺のミスだ。ディアボロスの能力について紅月たちにも話しておくべきだった。

「た、助かったわ……ありがと」

 素直に礼を言ったと思ったら、柄にもなく照れたのか頬を薄く染めてそっぽを向いている。なんか調子狂うな。

「一体何が起こったのじゃ?」

「衝撃波だ。あれは前に戦ったディアボロスを量産した物みだいで、障壁が無いなら他の能力も無いと思ったんだが、衝撃波は使えるようだ。奴の事を伝えるのが遅くなって悪かった」

「ディアボロスって如月と玖島君が苦戦したっていう合成魔物でしょ? 作った奴が生きていたって話は聞いたけど、空に居るあの白いのが全部そうなの? あたしはぺルフィディの変異体なんだと思ってたんだけど」

「あの姿はディアボロスだ。恐らくぺルフィディを素材にしたんだろ。厄介な物を量産しやがって、鬱陶しいったらありゃしない。あー、やるしかないか」

 そう言って馬車を飛び降りた。雑魚はどうとでも出来るが量産ディアボロスの衝撃波に狙われたまま逃げ続けるのは厳しい。馬車が破壊されればそれだけで避難民は逃げる手段を失う。俺に大勢を運ぶ力なんて無い以上ここで足止めする他ない。

「ワタル!?」

「ティナ達は先に行け。俺はここで足止めをする」

 黒雷で超巨大な檻を展開してディアボロス達を閉じ込める。一先ずは上手くいったが、檻を展開したまま地上の魔物の相手をするのは骨が折れそうだ。

「でも!」

「そっちにも護衛は必要なんだ。そっちは任せた!」

「私も残るわ。フィオと約束したもの」

「あたしもあの人たちを無事に王都に送るって約束しちゃったし残るわ。雑魚はあたしが焼き払ってあげるからあんたはしっかりディアボロスを閉じ込めておきなさいよ」

 俺の隣に大鎌を構えたアリスとハルバードを器用にクルクルと回す紅月が並んだ。このメンバーならクーニャ達と合流するまでくらいなら持ち堪えられるだろう。

「ん……そう……。今連絡があったんだけどナハト達の方は無事回収出来たらしいわ。今からこっちに向かうそうだからそれまで持ち堪えればいいわ」

「そうか。ナハト達は無事か……よっし! それまで大掃除といくか!」

 紅月が後方に炎の壁を生み出し魔物が馬車を追う事は出来なくなった。進む先を失った魔物は俺たちに群がってくる。俺はカラドボルグを抜き放ち魔物の群れを斬り伏せていく。俺に続きアリスも大群へと突撃して次々と首を刎ね飛ばして血の雨を降らせる。紅月に横薙ぎを食らった魔物は斬り口から発火して全身を焼かれ悶え苦しみ、刺突を浴びた物は内部から弾け血肉を飛び散らせた。――というか汚い! 血は我慢出来るが肉片は嫌だ――うわっ、こっちに飛んできた。魔物の攻撃を回避するより肉片を回避する事に躍起になる。

「紅月破裂は止めれ。ばっちぃ」

「この方が恐怖になるでしょ。人間を襲おうなんて気がなくなるまで叩き潰すべきよ」

 そりゃ分かるんだが肉片や内臓が飛び散る様は俺もダメージを負うんだが……いやアリスがやってる首ちょんぱも十分グロいが内臓何かよりはいくらかマシである。

「主ー!」

「っ! 来たか!」

 クーニャの声が響いた瞬間俺がやったのより大規模な落雷が発生して魔物を薙ぎ払った。流石は雷帝、今のでかなり吹き飛んだ。俺たちに加え巨大なドラゴンまで現れた事で魔物の勢いがかなり落ちてきている。

「撤退の目処は立った。全開で行くわよ!」

 そう叫んだ紅月が力を使いきる勢いで今まで以上に爆炎を発生させて一帯を焼き尽くす。そこにクーニャのブレスも加わり辺りは炎の大地と化した。

「残りはお前らだけだ。消え去れ!」

 黒雷の檻を収束させて包み込み大放電して量産型ディアボロスを破壊した。オリジナルと違って防御面が貧弱で助かった。能力を使いきった俺と紅月はアリスに連れられてクーニャの背中に乗った。

「ワタル、怪我無い?」

「無いよ。フィオも大丈夫か?」

 無いと言っているのに確認しようとぺたぺたと触りまくられる。一通り確認して安心するとほにゃっと破顔して嬉しそうに抱きついてくる。

「ん、大丈夫」

「そっか。なら早く帰ってリオ達を安心させよう」

 これでこっちに来た群れは大方壊滅させる事が出来たが、まだ他の町を襲った物が残っている。回復したら残りも早く狩り尽くさないと……二度とあんな状態にしてたまるか。燃え続ける魔物の群れに背を向け俺達は王都への帰路についた。

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