混沌の戦場

「なんなのよもー! なんでドラゴンが喋ってこいつに従ってるのよ! イライラする、イライラするー! 邪魔、邪魔、邪魔ぁー! さっさと殺されろ! スヴァログは早く戦場を焼き尽くしに行きなさいよ。自分よりも小さい相手にいつまで手間取ってるの!?」

 クーニャがスヴァログと応戦している隙に奴へ取り付こうとしている俺を大鎌で牽制しながら癇癪を起したようにアリスが喚き散らし怒りに任せた大振りを俺の首目掛けて振るってくる。大きな得物を全身で器用に振り回し付け入る隙を与えてくれない。躱し切れず斬り上げを構えていた剣で受けて身体を打ち上げられた。

「空中なら身動き取れないでしょ! このまま首を刎ねてあげる!」

 狂気に染まったような恍惚の表情を浮かべて俺の元に跳び上がってきた。宣言通り正直に首を刎ねに来た一撃を受け空中で更に吹っ飛ばされる。言った通りに狙ってくれたおかげで防ぐのはやりやすかったがこの威力は殺せず、剣を突き立てる物もなく飛ばされ宙を舞ったせいでスヴァログからは一層遠ざかっていく――せめてこの空中にいる間にアリスを感電させて無力化をさせようと電撃を放った。

「もうその雷は嫌い!」

 長いスカートの裾を捲りナイフを数本取り出し電撃へ投げ付けて避雷針代わりにして回避した。身動きの取れない空中でこれを躱せるのか……アリスが大きく身を翻して着地し俺も同じ様に着地したところへアリスの兵が鋭い突きを放ってきた。

「シャッ!」

 喉元に迫る剣を身体を反らせ後方に回転しながら振り上げた足で剣を蹴り飛ばした。ギリギリだった、もっと気を付けないと……どの攻撃も一撃必殺だがこいつらの剣やナイフは毒や薬が塗ってあるから掠る事すら許されない。

「アドラ以外にあのような巨大なドラゴンを操る者が居るのは許されない、あれを従え殺す事も出来る貴様は確実に殺す」

 道具として使われているのなら尽くす価値なんてないだろうに……そうあることを刷り込まれているのか男は無表情のまま隠し持っていたナイフを構えジグザグに走り狙いを付けさせないように突貫してくる。動きは見えている、フィオやアリスに比べれば対応するのは容易、残りの二人が背後から俺を狙っているのも分かっている。フィオと同等の力を持った少女とクーニャよりデカい化け物の相手が残ってる、こいつらに手間取ってる暇はない。

「悪いがお前らの相手をしてる余裕なんてない。さっさと寝てろ!」

 黒剣の先から電撃の鞭を発生させて前後の敵を薙ぐ。正面の男は間一髪で跳んで躱したが後ろの二人は絡め捕り感電させ倒した。倒れた仲間に動揺する事なく間近まで迫った男が白刃一閃、俺の首を掻き斬ろうとナイフを振るった。

「フィオに比べたら全然遅い!」

 振るわれた凶刃を屈んで躱し驚きに顔を引き攣らせている男の顎へと電撃を纏わせた剣の柄頭を思いっ切り打ち込んだ。

「がはっ!? ぁぁぁあああああああああああああっ!?」

「俺は人殺しが仕事じゃないんだ、いちいち真面目に相手してられるか」

 崩れ落ちる男の脇を抜け疾走しアリスに弾かれた剣を回収してスヴァログを目指す。片腕のスヴァログにクーニャが組み付き首元へ噛み付き上を向かせる事で俺へブレスが来ないように押さえてくれている。体長が倍ほどあっても力ではややクーニャが優勢か、今の内に首輪を破壊するか討ち取らないと――。

「行かせないわよ。なんなのあなた、本当に異界者よね? さっきから異界者の動きじゃないんだけど、完璧じゃないにしろ私の攻撃に対応してるし、あいつらだってそこそこ強いはずなのに捉えきれてなかった。剣の紋様は何かしらの強化効果があるんでしょうけど、それだけであの動きとは考えられない……聞いた事がないけど二種類の能力持ち?」

 癇癪を起していた先程とは打って変わって真面目に悩むような仕草をしたアリスが立ち塞がった。調子狂うな……こうして困ったように考え込んでいる姿は可愛らしく大鎌を持っている事を除けば普通の少女に思える。…………これなんだよな、さっきからある躊躇い。訓練では散々女の子と戦っているが実戦で傷付けるとなると無意識に能力を加減してしまっている。だから最初の感電で気絶させる事も出来なかったんだ。

「……なぁ、やめないか? お前だって好き好んでアドラの兵士やってるんじゃないだろう? そうだ、フィオと闘いたいならこっちに来ればいい。訓練でなら俺も散々闘ってるしそれならフィオも――」

「あなた馬鹿じゃないの? ここは戦場、殺すか殺されるかしかない。降伏なんてあり得ない。そして私は殺す側、でなきゃ生きられない。言い渡された命令は確実にこなさないと生きる場所を与えてもらえないんだから!」

 あぁ、やっぱ無理か。俺の発言にイラついたアリスが舞うような乱撃を放つ。自分でも馬鹿な事言い出したと思ったよ! ……無力化すればいいんだ、俺がここに居る理由はスヴァログ討伐、それ以外はやる必要の無いはず!

「あっ、フィオが戻ってきた」

「えっ!? どこよ!?」

 うわぁ、嘘なのが申し訳ないほど見事に引っ掛かった。やたらとフィオに拘ってるとは思ってたがここまでちょろいと罪悪感が…………そんな事を思いながらアリスの脇を抜けて走り出す。やりたくない事はやらない、めんどくさいし精神的によろしくないしな。

「ちょっ!? フィオはどこよ! …………騙したわね! 待ちなさい嘘吐き異界者ー!」

 騙された事が恥ずかしかったのか真っ赤になって追ってくる。アリスの方が速い以上待たなくたって簡単に追い付かれる。背後の殺気を察知して大きく跳ぶと真下を空を切る鋭い音と共に紅い刃が通過する。

「~っ! なんで当たらないのよ!」

「回避と攻撃を流す訓練は嫌というほどフィオにさせられてるんだ、そうそう当たるかよ」

「フィオに鍛えられたからって異界者が反応出来るなんて納得いかない! さっさと首を刎ねさせなさい」

「嫌だっての!」

 背中を向け続けるわけにもいかず、振り返って高速でぶん回される深紅の刃を受けて吹っ飛ばされる。受け方を調整したおかげでスヴァログの方向へと吹き飛ぶ、この調子で吹っ飛んで移動するか?

「いい加減それも鬱陶しい!」

 力任せに斬り上げて俺の剣をかち上げた。マズッ! 両手が上にあがって完全にがら空きだ、電撃で防御を――。

「うわっ!?」

 大鎌を振るうと思いきや身を低く屈め足払いを放ってきた。かち上げられバランスの崩れた状態では対応出来ずに倒れ込むと素早く大鎌が振り下ろされ切っ先が右頬の真横の地面に突き刺さった。

「ふふふっ、その邪魔な腕、このままスヴァログのように右肩から先を削いであげる! その後ゆっくり解体してあげる」

 アリスが大鎌を引くより先に左へゴロゴロと転がり間一髪右腕を斬り落とされる事は免れた。跳ね起きアリスを無視して全力で走る。

「主! この首輪硬すぎて砕けぬ。留め具があるが儂では外せぬ、儂が押さえている間に外すなり止めを刺すなりしろ!」

 切り札とも言えるスヴァログをコントロールする物だ、簡単に破壊される材質なわけないか。どちらにしてもアリスから逃れてスヴァログの元に辿り着かない事には……消耗が激しいが障壁を張って電気による強化で一気に駆け抜ける!

「あーっ! ズルいー! それじゃ攻撃出来ないじゃない!」

 障壁を張った事に憤慨したアリスがナイフを投げてくるが大鎌の一撃に比べたら弾く事は容易い。スヴァログに組み付いているクーニャの尻尾を駆け上ってそのまま噛み付いている首元へ――。

『ギャォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

「っ!? うるっせぇ、耳が…………」

 首輪を掴んだ瞬間、超至近距離での絶叫の様な咆哮。耐えられず剣を握ったままの拳で耳を塞いだが何の役にも立たず轟音を防げない。刹那、スヴァログが暴れ出しクーニャを振り解いて天に舞った。

「主ー!」

「く、っそ」

 スヴァログは俺を振り落とそうと戦場の上空を無茶苦茶に飛び回り、首輪に掴まった状態で振り回され外す余裕を与えてもらえない。このスピード、クーニャに乗ってる時より凄い風圧だ。死に物狂いの獣はこうも手強いのか。

「くぅ……止まれ! 止まりなさいスヴァログ!」

「げっ!? なんでアリスも居るんだ!?」

「あなたを止めようとスヴァログに飛び乗ったらこの有り様よ! あなた本当に疫病神ね!」

 俺より少し下の肩口付近の鱗を掴んでアリスも暴風に吹かれていた。この暴風の中じゃアリスも掴まっているのが精一杯のようで睨み付けては来るが攻撃はしてこない。

「お前その腕輪で命令できるんじゃないのか!?」

「私が貰ってるのは命令の優先順位が高くないから効力も低いのよ! こいつ腕を落としたあなたが接近したのを怖がって混乱状態だからもう私の言う事は聞かない。こんな大きな体して人間が怖いなんて情けない――」

 アリスの言葉が聞こえたのかこちらをチラリと見た後自分の正面に炎を吹き出しそこへ突っ込んだ。

「うわっち!? 燃える燃える!?」

「きゃあああああっ!? な、何するのよこの馬鹿トカゲ!」

「馬鹿! 聞こえてるんだよ!」

 より一層スピードを上げて俺たちを振り落とそうとするスヴァログに為す術無くしがみ付いているだけの俺たち。しばらく飛び回り組み付こうとするクーニャを振り払い炎の中を散々潜られ二人ともボロボロの状態でジリジリと皮膚が焼ける感覚を味わっているとスヴァログがピタリと止まり下降して今度は戦場を焼き始めた。

「アドラが押され始めてるからスヴァログ自身の脅威排除から戦場を焼き払う事に命令を切り替えたのね。この状態なら動ける、さぁ! あなたはもう終わりよ。この逃げ場のない空で首を刎ねてあげる」

「それはどうか、な!」

「ああっ!?」

 アリスが迫るよりも早く首輪の留め具を切り裂き破壊した。首輪が外れた途端にスヴァログはブレスを止めた。覚醒者からの支配から外れた、これで――。

『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 支配から外れ大人しくなるかと思ったのも束の間、咆哮を上げて暴れ出し俺は振り落とされた。空中に投げ出された俺を喰らおうと巨大な口が迫ってくる。

「やっぱり殺すしかないか。操られているだけだから解放されたら去ってくれるかと思ったんだが……甘かったか。悪いな、死んでくれ」

 空中で剣を構え、大きく開かれた口へとレールガンを撃ち込んだ。漆黒の光が頭部を貫き空へと消えた。羽ばたく事のなくなった巨大な生き物が落下して行く。

「主ー!」

「っと、助かった。ありがとな」

「よい。この程度で礼など言うな」

 スヴァログと共に落下していた俺の足元へクーニャが滑り込みその背へと着地した。

「…………あっ!」

「どうした?」

「いや……アリスがあれに乗ってたんだが…………」

「ピンクの小娘か? あれは敵であろう」

「まぁ、そうなんだが…………」

 自分たち混血者が大切にされるなんてあり得ないと言った敵方の少女を心配してしまうのはやはりおかしいだろうか?

「ともあれスヴァログは打ち倒した。儂らの仕事はこれで終わりだな。フィオ達も待っておろうこのまま戻るぞ」

「いや、スヴァログが倒されて混乱してるんだし追い打ちでクーニャが脅かしてやればこの戦闘も早く決着が――何だあれ?」

 虚空に黒い裂け目のようなものが現れた。ティナが空間を切り裂いた時のものに似たそれが徐々に大きくなり広がり始めた。戦場でも異常に気付いた者が居るようで両軍とも動きが変わってきた。裂け目の巨大化が止まりそこから何かが零れ落ちた。あれは……オーク!? いや、それだけじゃない。オーガやラミアなど、裂け目から夥しい数の魔物が現れ、あるものは死体を漁りあるものは人を襲い始めた。

「なんだよこれ!? なんで急に魔物が――くそっ、どうなってるんだ?」

 魔物の出現で戦場は混沌とした状態に陥った。敵味方入り乱れて魔物に応戦しているが完全な奇襲に両軍とも対応し切れていない。アドラにいたってはスヴァログが倒された動揺も重なって満足に戦えてすらいない。スヴァログさえ倒せばアドラの勢いも衰えて戦争も収束するかと思っていたが、魔物が現れた事で人間対魔物へと様相が変わった。これを収束させるには魔物を倒すしかないのか?

「クーニャ下ろせ」

「どうする気だ? 主」

「魔物を倒して撤退を支援する。もうアドラとの戦争どころじゃないだろ、両軍合わせても魔物の数の方が尚多い。その上完全に奇襲を受けた状態で勝つのは無理だ」

「ふむ……こうも入り乱れていては儂が共に戦うのは難しいぞ?」

「一人でどうにかするよ。ただ、ヤバくなったら連れて逃げてくれ」

「頼もしいのか情けないのか分からぬな」

「行ってくる」

 降下したクーニャから飛び降りて手近な魔物から斬り伏せていく。数が多過ぎる、その上死体のせいで足場も悪い。それでもアリスを相手している時よりはやり易いか。

「た、助かった。あんたクロイツの……どうなってるんだこの魔物は!?」

「俺が知るか。混血者や覚醒者が居てもこの数は対処しきれないだろ、撤退を進言しろ。ダニエルはどこに居るんだ?」

「わ、分からない。この混戦じゃ居場所なんて分かるはずない」

「なら撤退の合図か何かは?」

「……団長が持ってる彩光弾が――」

 助けた兵士と背中合わせで話していると空に赤い光が上った。恐らくこれが今兵士の言った彩光弾。

「これか?」

「ああ!」

「ならさっさと退いてくれ」

「あんたは?」

「撤退が済むまでここで暴れてるよ。味方が周りに居ない方が俺の能力は都合が良いしな」

「すまない!」

 兵士が駆け出し周囲の兵も撤退に向けて動き始めた。アドラ側も敗走を始めている。あとは暴れまくって追おうとする魔物の注意を引いて適当な所で俺も逃げる。すぐ近くに大きな地響きが一つ、人間が居なくなった地点目掛けてクーニャがダイブしてきた。その足元には巻き込まれた魔物が潰れている。それでも怯む事無く巨体を誇るミノタウロスやオーガが斧や棍棒を手に突っ込んで行く。

「矮小なものどもが身の程も知らず儂に刃向かうか!」

 暴れ回る俺とクーニャに引き付けられて魔物が群がってくる。良い調子だ、このまま撤退まで時間を――。

「うわぁあああああああああああ!?」

「助けてくれー!」

「な、なんだよこれ、来るなぁ!」

 っ!? なんだあれ……赤いゼリー状の巨大な物体が戦場を飲み込んだ。もしかしてスライムか? スライムらしき物体の中には人間、魔物問わず凄まじい数が浮かんでいてもがいている。逃げられないのか? クーニャすら飲み込めそうなスライムなんてどうすりゃいいんだ!?

「きゃあああああああっ!? 何よこれ何なのよ! 何で切れないの!? 腕が抜けない! 気持ち悪い!」

 悲鳴のした方を見るとアリスが大鎌を持った腕ごとスライムに飲まれかけていた。あの高度から落ちても無事だったのか……流石と言うかなんというか。

「主退くぞ。あのよく分からぬ物体に飲まれると厄介だ。撤退支援はここまでだ」

「でも…………」

「あれは敵だ。放っておけ」

「だ、誰か……助けてぇえええええ! 死にたくない、こんな死に方嫌ぁ!」

 その声を聞いた途端に反射的に駆け出した。馬鹿な事をやってる。さっきまで殺し合いをしてた相手だ。それでも動き出したら止まらない、考える事を放棄してアリスに駆け寄り脇に腕を入れて羽交い絞めの様な状態で引き抜こうとする。

「あ、あなた、なん、で…………?」

「知らん。いいから踏ん張れ! くそっ、なんで抜けないんだ――うわっ、どんどん飲み込まれて行く!? ちゃんと踏ん張れよ! それでも最強か?」

「……や、やってるわよ。でも抜けないのよ! 嫌、いやぁ!」

 抵抗する俺たちにスライムが覆い被さり飲み込んだ。よく考えてみれば俺なんかが引っ張りに行ったとしても抜けるはずがなかった、フィオクラスの怪力の持ち主のアリスが踏ん張っても抜けないのだから。息が出来ないこのまま溺死して消化されるのか? ……いいや、こんな場所で死にたくない。物理的なものが駄目なら、これならどうだ! 俺とアリスを包むように電撃を放つと俺たちを避けるように外へと吐き出した。

「うぇえええ、げほっげほっ、うぅぅ、気色悪い」

 抜け出せた。加減をせずにやったせいで自分の能力なのに身体が痺れ意識が朦朧とする。そうだ、アリスは!? おぼつかない足取りで歩み寄った。

「おい起きろ、助かったぞ――」

「まだ助かってはおらぬ。このまま逃げるぞ」

 ふらつく俺とアリスをクーニャが掴みあげて大空へと羽ばたいたところで意識が途切れた。

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