凶刃乱舞

 ピンクの長いツインテールにピンクと黒のゴスロリ風衣装、この戦場では少女自体も異彩を放っているが、一際目をひくのは彼女が持っている大鎌。フィオの持つアル・マヒクにも劣らない大きさのそれは、柄はオリハルコンと同じ輝きを放ち、刃は濃い血のような深紅……まるで斬った者たちの血を啜ったかのような色をしている。混血者兵の中でフィオが異質なんだと思っていたが、フィオと同じくらいの背格好少女が他にも居るのか。

「フィオ、知り合いか?」

「…………」

「ふふん、このアリス・モナクスィアの新たな武器に驚いて声も出せないみたいねぇ。なんでこんな所にフィオが居るのか知らないけど、ここで会ったがなんとやらよ。今日こそ私が勝って最強になるわ」

 フィオに勝つ? フィオを知っていてそんな事を言える程の実力者なのか――フィオは真剣な表情のままアリスと名乗った少女から視線を外さない。少しでも目を離すと危険って事か。フィオにそこまでさせるなんて、少女でもやっぱり危険なのは変わらな――。

「…………誰?」

『…………』

 俺とティナはずっこけそうになるのをギリギリのところでお互いを支えあった。少しも目を逸らさず少し困ったような真剣な表情をしているから余程の強者なんだと思ったら、誰か分からなくて悩んでただけかーい! アリス怒ってるよ。肩を震わせて、握った拳はプルプルさせてるよ。名乗った上で誰? なんて言われたらしょうがないかもしれないが……名乗っても思い出せない程度って事か? ならさっさと退場してもらってスヴァログ討伐に戻らないと……クーニャが高い高度で足止めしてるとはいえ、いつ地上に奴の攻撃が向くかも分からない。

「あ、あああ、ああ、あのねぇ! 私今名乗ったでしょ。忘れてるなんてあり得ないけどそれなりに久しぶりだし、これから死に逝くあなた達に気を遣って名乗ってあげたでしょ!? なのになんで思い出せないの!? しかも『誰?』ってどういう事!? 私名乗ったじゃない、これ以上ないくらい分かりやすく名乗ったじゃない!? というかなんで覚えてないの!?」

 おぉう、フィオのせいで敵さん混乱中だ。余程ショックだったのか少し涙目になってるし、自分は覚えてるのに相手は覚えていない、ここだけ見てるとなんか可哀想だな……とか同情してる場合じゃない!

「アリス、今はそんな事よりスヴァログを落としかねないあの覚醒者の始末――えっ?」

「そんな事? そんな事ですって!? フィオが私の事を覚えていないのよ? それをそんな事なんて、ふざけるんじゃないわよ!」

 一瞬の出来事だった。激昂したアリスが俺の始末を進言した者の首を大鎌であっさりと刎ね飛ばし残った身体を縦に両断した。躊躇なく仲間を斬った……この光景を見て俺は初めてフィオに出会った時の事を思い出した。フィオは感情は出していなかったが一瞬で人を肉塊に変えた。やっぱり育ちのせいでそういう躊躇いが無いんだろうか? ……今の動き、訓練時にフィオが本気を出した時に近い速さだった。あの娘は相当危険と考えて動く必要があるな。

「フィオ、本当に覚えはないのか? 今のかなり速かったぞ」

「……思い出した。ピンク嫌い」

「好きか嫌いかは置いといて、どういう奴なんだ? 混血者ではフィオが最強だったんだろ? なのに今のフィオと同じくらい速かったぞ」

「……知らない」

「あのねぇ……フィオさっきからそんなのばっかりじゃない。本当は思い出してないんでしょう?」

 呆れ返った様子でティナがそう指摘するが、動じた風もない所を見ると本当に知らないのかもしれない。

「アドラに居る時に二回会っただけ――」

「二回じゃないわよ! 小さい頃から何度も何度も訓練相手をしてたわよ。他の雑魚はあっさり死んじゃって訓練にならないから優秀な私が相手をしてたでしょ! そりゃあ毎回私の事なんて見向きもしない感じではあったけど、本当に覚えてないの?」

「?」

 やだ可愛い。フィオは本当に覚えていないらしく、こてっと首を傾げて不思議そうな顔をしている。小さい頃からって言ってるのに覚えてないってのはどうなんだろう……よっぽど興味が無かったとかか?

「~っ! そんな顔してられるのも今の内よ! 今は私が超兵最強なんだから、スヴァログだって私が捕獲しに行ったんだから……失敗して逃げ出したフィオとは違うんだから!」

 そう叫ぶとこちらに突進してきて俺たちの居た場所を一薙ぎした。全員後方に跳ぶことで回避したが俺とティナはかなりギリギリだった。フィオはともかく、俺とティナが相手するにはあの速さは厄介だ。どうやったのかは知らないが、この娘がスヴァログを捕獲したというのも嘘ではないのかもしれない。

「フィオは私が相手する、あなた達は女は捕えて男は殺しなさい」

 ティナがエルフだと気付いたか? このままここでこいつらの相手をして時間を潰されるよりティナの能力でこの場を離脱してスヴァログを討つ事を優先した方が良い。

「フィオ、ティナ、逃げるぞ! スヴァログ討伐が優先だ!」

「っ! 逃がすわけないじゃない。黙って死んでなさい!」

「ワタル!」

「ぐぅ!?」

 フィオの相手をすると言ったそばから逃走を口にした俺へと矛先を変えてきた。他の者に指で指示してフィオの足止めをさせて俺に斬りかかってきた。大鎌の横薙ぎを剣二本で受けたが力の差が圧倒的で堪えきれず吹っ飛ばされて二人から引き離される。あの大鎌を軽々と振り回しているんだ、腕力もフィオ並か……この速さ、この力強さ、フィオを敵に回している気分だ。

「何を呆けているの? あなたがフィオを大事とか言った異界者ね? 道具の価値を理解出来たのは褒めてあげるけどフィオはあなたが使いこなせるような物じゃない。さっさと手放しなさい、そうすれば命だけは助けてあげない事もないかもよ。余計な事をしないように手足は斬り落とすけど――」

 瞬く間に俺を吹っ飛ばした先へ回り込み鋭く尖った石突を構えている。何が『命だけは助ける』だ。このまま行けば突き刺さるのは心臓部分じゃないか。

「手放すのも斬り刻まれるのもお断りだ! 脅されて自分の女を手放す馬鹿が居るかよ。それに、俺はフィオを道具と思ったことなんか一度もない」

 左手の剣を地面に突き立てブレーキにしつつ右手の黒剣から電撃を撃ち出しアリスを狙ったがあっさりを躱されてしまった。やっぱりフィオ並、こんなのが他にも居るなんて思いもしなかった。アドラが作ってる混血者ってのはどうなってるんだ!?

「お、お、お、女ぁ!? ま、ま、ままま、まさかあなた、フィオと淫らな事をしてるんじゃないでしょうね?」

 回避後すぐに左側面に回り込まれたから次の攻撃が来ると身構えていたというのにアリスは顔を真っ赤にして突っ立ってぷるぷると震えている。あんなに簡単に人を斬るのにそういう話題には初心なのか? というか何故フィオの事でそんな反応をするんだ。

「さぁな、凄い事してるかもな」

「しゅ、しゅごい事!? ……この変態異界者! 死ね! 斬り刻んだ後に肉片は焼却してやる」

「うおっ!?」

 アリスは突然ブチ切れて力任せに大鎌を振るい始め襲い掛かってきた。大振りな分動きは読みやすいが、身体に似合わない怪力から繰り出される一撃一撃が重く、躱し切れず受ける度に右へ左へと吹っ飛ばされる。今はまだ剣で受ける事が出来ているが、少しでもタイミングを間違えれば身体のどこかがさよならだ。鎌という慣れない相手にどこまで持つか…………最強を自称するアリスが率いているだけあって、他の連中も強い。勝てないまでも上手く連携してフィオを足止めをしている。ティナの方は少し押され気味か、加勢に行ってやらないと――。

「余所見してる余裕があなたにあるの? とっても不愉快、このまま肉塊に変えてあげる! ――きゃぁあああっ!?」

 難なく幾度も打ち込み続けた事で次も簡単に通ると思ったのだろう。その油断を突いて剣に電撃を纏わせ感電させることに成功した。だがそれも一瞬の事で、既に距離を取って体勢を立て直している。体勢を崩した状態で追い討ちしたかったが、上手くいかないな。

「あなたさえ居なくなればフィオは夢から覚めて帰ってくる。混ざり者が大切にされるなんて絶対にあり得ないんだから!」

「ぐぅぅぅっ!?」

 振り下ろしてから即座に斬り上げる瞬撃、先程までより威力が格段に上がっている。『大切にされるなんてあり得ない』か…………育ちのせいだろうな。それが当然として染み付いているんだ。…………なんとかしてやりたい気もするが、今の俺にそんな同情をしている余裕はない。

「チッ、さっきからふらふらと器用に防いでっ……覚醒者とはいえなんで私の動きに付いて来れるの!?」

 のらりくらりとやってはいたが防いでいるとは言い難い、猫が獲物で遊ぶかのように攻撃の度に吹っ飛ばされ、今の斬り上げでは剣の割れ目に大鎌が引っ掛かって左手に持っていたのを弾き飛ばされてしまった。どうにかして二人と合流してこの場を離脱しないと――。

「きゃあっ!?」

「ティナっ!?」

 叫び声に反応して振り返るとティナが右腕から血を流していて、七人の敵に囲まれていた。移動に特化した能力のティナが追い詰められている!? 利き腕を負傷している、あれじゃ剣を振れないかもしれない。すぐに助けに行かないと。

「平気! 掠っただけ、だか、ら……あれ? どうして…………?」

 剣を構え直して無事だと返事をしたそばからティナは膝を突き倒れ込んでしまった。剣を支えにしてさえ立ち上がれない様子だ。一体何が? まさか毒か!?

「私たちは敵を仕留めるのが仕事なの、一撃で殺せなくても次へ繋げる為に剣やナイフには毒や体を麻痺させる薬が塗ってあるわ。あの女は捕獲だから麻痺させたのね。そして余所見をしたあなたはこの一撃で終わり!」

「ティナに触んなぁああああああああっ!」

「ひゃぁ!?」

 ティナを囲んでいた敵兵の一人がティナに触れようとしたのを見て俺の中で何かが切れた。身体から四方八方へと滅茶苦茶に電撃を発し、漆黒の光の奔流がティナの周りに居た敵兵数人を飲み込んだ。だが流石と言うべきかアリスは俺に最も近い場所に居たにも関わらず電撃を躱し、竜がのたうつかのように暴れ回る電撃が周囲を薙ぎ払い地面を抉り、引き連れていた兵を半数ほど倒した今も回避し続けている。やっぱりアリスは別格のようだ。

「ティナ! 大丈夫か? 喋れるか? 症状は?」

 電撃を発したままティナに駆け寄りティナの元に着くと自身を中心に檻のように囲む形に切り替えてフィオが内側に入ったところで障壁とした後ティナを抱き起した。

「ワタル……ごめんなさい油断したわ。全身痺れてて今は自分で立つ事も出来そうにないわ」

 この状態で戦うのは無理だな。使われた薬の事も心配だしすぐに治療を受けさせないと。

「フィオ、俺が足止めをしている間にティナを連れて本陣まで下がってくれ」

「ワタルを一人にするなんて駄目よ!」

「ピンクは他の混ざり者とは違う。ワタルを一人に出来ない」

「どんな薬が使ってあるか分からないんだ、早く治療受けた方がいい。俺よりもフィオの方が速い、フィオにしか頼めないんだ!」

「ワタルはどうするの?」

「二人が逃げ切ったと分かったら合図の黒雷を撃ってクーニャと合流してスヴァログを討つ。失った右腕部分は鱗も無いからそこを攻める」

「そう……分かった。ティナ、行こう」

 フィオは暫く俺と見つめ合った後キレてはいるが暴走状態ではないと判断したようでティナを背負い上げた。

「ティナを頼むぞ」

「ん」

「ちょっとフィオっ、あのアリスはワタルでも――」

 ティナがフィオを制止するも障壁を解除するとフィオは全速力で駆け出した。信じてこの場を離れてくれたんだ、俺もやるべき事をやる。

「ちょっ!? 待ちなさいフィオー、逃げるなー!」

「悪いが相手は俺だ。二人は追わせない」

 跡を追おうとするアリスの前に電撃を鞭のようにしならせ立ちはだかった。足を絡め取って感電させるつもりだったが、やはりそう簡単にはいかないようだ。

「~っ……まぁいいわ。当初の目的はスヴァログを落とせる覚醒者の始末だもの。あなたの首を狩っておけばフィオは取り戻しに来そうだし、何も問題なんて無いんだから!」

 フィオを逃した怒りからか先程よりも強烈な薙ぎ払いが放たれる。長大な大鎌を器用に振り回し踊るかのような乱撃、ドラゴンの爪が地面を抉ったかのような跡を付けながら迫ってくる。躱す、躱す、躱す――タイミングを見計らって大鎌へ剣を打ち付けようとすると躱される。感電を警戒して一時的に距離を取られナイフが飛んできた。正確に俺の胸へと飛来する豪速球を黒剣で切り裂き防ぐ。

「っ! 追わせるかっ!」

 俺とアリスの脇を抜けて駆け出した兵たちへ向けて電撃の檻を放ち、取り囲んだ後に収縮させて感電させた。逃れたのはたった三人、俺の追撃を警戒して動けないでいる。アリスにさえ注意してれば時間は十分に稼げ――。

『グォオオオオオオオオオオオオオオッ!』

「っ!?」

「なんでスヴァログがこっちに!? 私が居るのよ!? ――全員待避!」

 スヴァログ!? いつの間に真上に!? この距離はマズい。スヴァログの口元で炎が踊っている。アリス達が、味方が居るのに全て焼き払う気か?

「でも、この距離なら!」

 この距離ならアル・マヒクじゃなくても奴を狙える、右肩の傷口は角度的に難しいが頭部は射程内、ブレスの前に目を潰してやる!

「脳天ぶち抜け!」

 外した!? 今の反応、目を狙っている事に気付かれてたのか!? 俺の放った一撃はスヴァログの顔を掠めて空へと消えた。

『ガァアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

「マズッ――」

「主ー!」

 ブレスが放たれた刹那に炎と俺との間にクーニャが身体を滑り込ませ盾となるような形で地に下り立った。着地の勢いの風圧と振動で膝を突きクーニャを見上げた。クーニャは俺をその身で覆うようにして地に伏して炎を防いでくれている。どうやら間一髪消し炭になるのは免れたようだ。

「クーニャ、助かった」

「すまぬ。奴め腕を落とした主に対して相当怒りを燃やしているらしく主の黒雷を見つけると儂を無視してこっちに来おった」

「そりゃいい。俺が戦場に居る限り俺一人を狙うなら被害が減るだろ」

「笑っておる場合か! 何やら変な模様が浮き出ておるし動きも普通ではないのだぞ。今とて儂が間に合わねば死んでおったかもしれぬのに――ぬ?」

 炎が止んだ? だが去ったわけじゃない。羽ばたきの音が真上から聞こえている。直接攻撃に切り替えるのか? ブレスが無いなら奴に取り付いて傷口に直接レールガンを撃ち込んで――。

「ぐぬぅううううううううっ、下等な存在でありながら儂を踏み付けるか!」

 突然クーニャの体が降って来て圧し潰されそうになるも、どうにか抜け出したところで奴と目が合った。クーニャで俺を圧し潰そうとしたらしい。確かにクーニャの言う通りかもしれない、奴の目にはただならぬ殺意を感じる。俺を殺したくて仕方ないといった感じだ。

「待ちなさいスヴァログ! それは私の獲物よ。フィオをおびき寄せる為に必要な首なんだから、焼くのも喰らうのも許さない。さっさと戦場を焼き払いに行きなさい」

 アリスが手を掲げてスヴァログに怒鳴り付けている……なんで腕を掲げる必要が…………? ん? アリスが腕に身に着けている腕輪とスヴァログの首にある装飾具の模様が似ている。もしかしてあの首輪が制御装置なのか? なら首輪を破壊すればアドラに使われる事は避けられるはず。

「させない! 私があれを捕獲するのにどれだけ苦労したか分かる? それを無にしようとするあなた達は絶対に殺すわ」

「……という事はやっぱりあの首輪で制御しているんだな?」

「ふぇっ!? そ、そそそ、そんな訳ないじゃない。あれは貴重な物だから破壊されたら怒られるから、だから邪魔したのよ。べ、別にあれで操ってるとかじゃないんだから!」

 首輪へ狙いを付けた俺を血相を変えて邪魔しに来たアリスに鎌をかけたら見事に自爆してくれた。これでやりやすくなった、仕留められるならその方が良いだろうが先ずは首輪を破壊してアドラの支配下から外せばこの場を去る可能性も出てきた。

「クーニャ、やるぞ。首輪を破壊するんだ!」

「承知した!」

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