巨獣と希望

 最悪だ、最悪の状況だ。俺たちが港町へと着いた頃には港はもぬけの殻となって町はディアの難民で溢れていた。取り残された住民が言うには、国境からの早馬でペルフィディの事を知った責任者は通信能力者に他の町へ情報を飛ばさせた後は早々に逃げ出す事を選択したそうだ。乗り切れない住民を置いて……人の数に対してそれを乗せきるだけの船が無いのだから仕方ないとはいえ、やるせない。

 その後はディアの難民と取り残された住民とで南下して他の港町を目指したが情報が回っていて見事にどこも小舟一つ残っていなかった。逆に内地の船に乗れなかった人々が合流し難民の行列は長大になっていった。船を求めて東奔西走するうちにペルフィディも確実にデューストへ入り込み広がって行き、俺たちは逃走の末に最南端の町に籠城する事となった。大きめの町だが各地から集まった難民を収容する事は出来ず町の外にも人が溢れている。その周囲を十日以上掛けて優夜の氷で壁を作って囲みペルフィディを阻む形をとった。守りはそれなりだがもっと重要な事がある。食糧だ。この大所帯で元々食糧を所持していた人たちの物と町に残された物を分け合っていたが防壁を築く間に底を突きかかている。

「結城さんの能力があればなぁ」

「やっぱり私が一人でクロイツまで跳んでみるわ」

「駄目だ。クロイツの東に位置していた港町からだって相当疲れるって言ってただろ。南下してこの大陸の最南端からクロイツまでなんてティナでも無理なんじゃないのか?」

「それは……でも他に方法がないじゃない。私は嫌よ、ワタル達があんな化け物になるのを見るのなんて。だったら無理でも何でもするしかないじゃない!」

 それしかないのだとティナが訴えてくるがティナ自身無理があると分かっているからか真っ直ぐに見つめると瞳を逸らす。行けばいいだけじゃない、クロイツに着いたら結城さんを連れてここまで戻ってこないといけないのだ。片道は可能かもしれないが往復となるとやはり無理がある…………でも、いざとなったらティナと数名だけで逃げてもらわないといけない。身内だけ逃がす卑怯者だと言われたとしても俺だってティナ達があんな物になるのは絶対に見たくない。

「空でも飛べたらなぁ」

「飛べるかもしれないわよ」

「は? 何言ってんだ紅月、合流した日本人の中には覚醒者は一人も居なかっただろ。目覚める可能性はゼロじゃないだろうけど、現状ほぼないのと同じだろ。それともまさか誰かが飛行能力に目覚めたとか?」

「あたしもそれには期待してないわよ。そうじゃなくて外を回ってる時にこの近くに住んでたって人に昔話を聞いたのよ」

「昔話ぃ?」

 こんな時になんで昔話? ティナがそうだが俺も変な物を見る目になっているに違いない。困った時の神頼みとかそんな感じだろうか?

「何よその目は、あんたの好きそうな話だってのに……ドラゴンよ、ドラゴン、ドラゴンに乗ってクロイツまで行けるかもしれないって話よ」

「そりゃ好きだし興味もあるけど、こんな状況でドラゴン捕獲に行って調教してる暇なんてないぞ。食糧だって切り詰めてあと二日位だったろ? 二三日なら食わなくてもどうにかなるだろうけど」

「その必要はないらしいわよ。雷帝と呼ばれて人語を解する高位のドラゴンだそうだから普通に頼めばいいはず。この世界に魔物が現れた時には人間を守ったって話もあるそうだから協力してくれる可能性はあるでしょ……たぶん」

 人語を解するドラゴン! そういうのは大好きだが本当にそんな物が居るのか?

「というか、魔物が現れた時って三百年くらい前だよな? そのドラゴン生きてるのか? もしその昔話が事実でも今居なきゃ意味ないぞ」

「ここから東の山脈の奥地の神殿に住んでるって言ってたけど、そこへ行った記録があるのは二百年以上前らしいわ。でも基本こういうのって長生きじゃないの?」

 居たのは事実なのか。行ってみてデカい骨が転がってるってオチじゃないといいが……どうせ他にいい案も浮かんでないんだ。行くだけ行ってみるか?

「行くの?」

「うおっ!? ……何度も言うが気配を消して傍に寄るなよ」

「読めるようになればいい」

 無茶言うなぁ……背中に重さを感じたのと同時にフィオの声が耳に入ってきた。背中にしがみ付き、頬がくっつく位に寄せているから中々に恥ずかしい。

「行くか。食糧も尽きかけてる。化け物にならなくてもこのままだと氷の壁の中で餓死決定だからな、可能性があるなら動いておかないと。そうと決まればすぐ出発だな」

「私も行く」

 出発を口にすると即座にフィオがそう言った。また俺だけだと危ないとか心配されてるんだろうか。毎度ながら情けない、そう思いつつもなんとなく嬉しさも感じてしまう。

「なら私とフィオとワタルの三人で出発ね」

「ティナも来るのか?」

「時間が無いのよ? 私の能力で移動した方が効率的でしょう? ナハトとミシャが駄々を捏ねる前に出発するわよ」

 こうして俺、フィオ、ティナの三人でドラゴン探索に向かう事になった。


 俺たちはティナの能力で山脈の奥地に辿り着き、山肌にポッカリと空いた洞窟の入り口の前に立っている。奥地にある大きな洞窟が神殿への入口とは聞いていたが……これは、自然の洞窟とは違うのか? 広さが一定だし壁には彫刻が刻まれ紋様が描かれてる。

「ドラゴンが住む神殿なのに人間用の通路があるのね」

「助けてもらったことがあるって話だったし、崇めて奉ってたんじゃないのか?」

 もしそうなら、ちゃちな相手じゃここまでしない。こんな人里離れた場所にこんなものを作らせるだけの強大な存在だってことか。期待出来るか?

「…………」

 隣を歩くフィオの表情がやけに固く強張っているように感じる。それだけ警戒する必要のある相手だと考えているんだろうか? 人間を守った事があるって話から危険は無いんじゃないかと思ってたんだが、そんなフィオ横顔を見ているとこちらの気持ちも自然と引き締まる。

「ん? 着いたか? 奥が開けてるな」

 洞窟の奥は巨大な空間になっていて、そこへこれまた巨大な石の台座がある。台座には丁寧な彫刻が彫り込まれている。天井は半分ほど穴が空いていて陽光が差し込んでいる。ここの台座がドラゴンの寝床とかなんだろうか?

「ここが最奥だよな? ドラゴンどころかその残骸もないな。ハズレか――」

『貴様ら、何故儂の寝所に入り込んだ?』

 陽光が陰り強烈な風圧と共に頭上から声が響き、見上げるとそこにそれは居た。白銀に輝く鱗に覆われた巨躯、頭部には四本の角、人間など一飲みにしそうな口、こちらを射竦める鋭い金の双眸、これはマズい。想像以上の大きさと威圧感だ。五十メートル以上ありそうだが、翼を広げている分余計に大きく感じる。こんな物とまともに対話が出来るのか?

「俺たちは頼みがあってここに――」

『フンッ、頼みだと? 勝手に奉り用が無くなれば訪れる事すらしなくなった貴様ら人間が今更何の用だ?』

 人間に対して不快感を持っているのを感じるがまだ何もしてこない。一応話は聞いてくれるようだ。

「今この大陸に人やエルフを異形へと変える奇病が蔓延している。それから逃げる為に力を貸してほしい。このままだとこの大陸に残った人達は化け物になるか餓死するかの二択しかない。そこで大勢を移動する手段を持つ人を迎えに行くために背中に乗せて飛んでほしい」

『フッ、フハハハハハハハッ、儂に人間を背に乗せろと? いきなり寝所に入り込んだ上になんと不躾な小僧か!』

「お願いします。それ以外に他に全員を生かす方法が――」

『貴様らの都合など知った事か。……それほど必要だというなら力ずくでこの儂を従えて見せろ、儂を跪かせる事が出来たならどこへなりとも飛んでやる』

 マジか…………この巨体を跪かせる? そんな事出来るのか? まともに打撃を与える事が出来そうなのはフィオのアル・マヒクだけだぞ。

『遊んでやろう、小僧ども――』

「ティナ跳んで!」

「っ!」

 フィオが叫んだ瞬間ティナが空間を切り裂き俺たちはそこへ飛び込んだ。入り込む瞬間ドラゴンの口元に荒ぶる炎が見えた。フィオの判断がなかったら俺たちは今頃消し炭になっていたかもしれない。ドラゴンの後ろに回り込んだ位置に出ると、さっきまで俺たちが居た場所が黒く焦げ付いていた。

『そちらの小娘は小賢しい能力を使うようだな。だが、逃げているだけではいつまで経っても儂を跪かせる事は叶わんぞ』

「私がやる」

 フィオはアル・マヒクを持って駆け出すと一瞬のうちに距離を詰めドラゴンの足へと打ち込んだ。だが、ぐらりともせず奴は立っている。俺から見たらスピードの乗った渾身の一撃に見えたのに少しも効いていない。

『人間にしてはそれなりにやるようだ。誉めてやろう小娘、これは返礼だ』

「っ!?」

 ドラゴンが電撃を発し、荒れ狂う電撃がフィオを襲った。これが雷帝――。

「フィオー!」

「生きてる、ワタルとの訓練が役に立った」

 そう言ってガントレットを付けた手を掲げてみせた。なるほど、弾いてやがったな。ビビらせるなよ。こんな巨獣相手だというのに流石はフィオだ。

『面白い小娘だ。だがそう何度も躱しきれるものではないぞ』

「ふんっ」

『賢しいわ!』

 放たれた電撃を殴り弾き雷帝へと返したがダメージを負った様子はなく掻き消えた。それでもフィオは距離を詰め大剣の一撃を打ち込み続ける。

『効かぬと言っておろう』

 雷帝の巨体を回転させての尾のフルスイング、全員躱したが風圧はどうにもならず壁へと打ち付けられた。傍に居たティナを引き寄せ咄嗟に庇ったが、全身酷い痛みだ。こんなものを従わせる事が出来るのか? ……跪かせるというルールがあるだけマシだが、それでも。

「ティナ、大丈夫か?」

「ええ、ワタルのおかげで。ワタルは大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

 痛みを堪えて立ち上がり剣を抜く。フィオにばかり任せていられない。雷帝を従わせるには跪かせるしかないのなら、やるしかない。剣先から電撃を放つが直撃したというのに何の効果も見られない。雷帝と呼ばれるだけあって奴には黒雷も効かないか。フィオの剣でさえ弾かれる、能力も効かない、雷帝にとって矮小な存在でしかない俺に出来る事はないのか?

『小僧、面白いものを使うではないか。黒い雷なぞ初めて見たぞ。通常の人間を遥かに超える動きを見せる小娘に、よく分からぬ能力で移動する小娘、そして黒雷の小僧か。面白い者どもが入り込んだものだ』

「ワタル、あれを撃って!」

「あれ? あれってレールガンか? 殺したら駄目なんだぞ。レールガンはミスリル玉に限りがあるから全力でしか撃った事ないから調整だって利かないんだぞ」

「こいつは硬すぎる。ワタルのでも撃ち抜けないから大丈夫」

 何が大丈夫なのか分かんないんですがフィオさん……レールガンも駄目とか役立たず宣告と同義じゃ――いや、撃ち抜けなくても衝撃は伝わる。それでどうにかしろって事か。

「やるだけやるけど撃ち抜けちゃったら怒るぞ!」

 駆け出し、荒れ狂う雷帝の電撃を黒雷で別の方向に流しつつ雷帝の側面に回り込み足を狙い一撃撃ち込んだ。確かに撃ち抜けない、だがあの巨体がぐらついた。これならいけるかもしれない。

『調子に乗るなよ小僧』

 低くイラついた声だった。その声と共に視界が真っ赤に染まりかけたところで世界が暗くなった。ティナに空間の裂け目に引っ張り込まれたようだ。

「助かったー。サンキューティナ」

「気にしないで、さっき庇ってくれたお礼よ。私だって役に立つんだから、回避は私に任せてワタルはどんどん撃ち込んであいつを跪かせちゃいなさい!」

「了解だ」

 空間の裂け目を出るとフィオが雷帝を翻弄していた。付かず離れずを繰り返し、放たれる電撃は弾き返しブレスは雷帝の下に入り込んで回避している。それでも決定打がない。フィオが翻弄してくれている間にどうにか跪かせないと――。

『それは二度と撃たせん』

「っ!?」

 俺が構えたのを察知した雷帝が腕を振り下ろした。既の所で躱したが石の地面が抉り取られて人が数人入りそうな穴が開いている。宛ら墓穴だ。全てが一撃必殺、気を抜けば死が待っている。

「っ! ハァ!」

 雷帝の電撃を自身の電撃で別方向へ流して避ける。電撃に耐性があってもあんなものを受けたらただじゃ済まない。こいつ……完全に俺に狙いを定めている。電撃の奔流に飲まれ防ぐのに手一杯でレールガンを撃つ暇を与えてもらえない。

「ワタル!」

「分かってる!」

 雷帝の口に赤い光、ブレスが来る。奔流から抜け出し雷帝に向かって疾走する。

『消え去れ』

「遠慮する!」

 ブレスが放たれるギリギリで雷帝の下に滑り込んだが、真上で炎を吹き出しているせいで凄い熱を感じる。熱だけでやられそうな高温、それから逃れる為に下から雷帝の顎目掛けてレールガンをぶっ放した。

『グ、ォ…………潰れろ!』

 顎へ衝撃を受けブレスが止んだ。頭部への一撃は相当に効いたのか怒気を孕んだ声で叫び俺を踏み潰すべく足を踏み出した。さっきまで俺の居た場所が踏み抜かれるのを見ながら地面を転がり砂利に塗れて立ち上がった時には既に次の一撃が頭上に用意されている。

「のわっ!?」

 俺が駆け出すよりも速くフィオが俺の服を掴み雷帝から引き離し狙いを付けさせないよう駆け回り、襲い来る電撃を俺が逸らす。クソッ、初期から考えたらかなり強力になっている黒雷でも相殺まではいかず逸らすにとどまっている。早めに終わらせないとこのままだとジリ貧だ。

「ティナ!」

 ティナを呼び寄せ近くに現れたティナと手を繋ぎそのままフィオに引かれ逃げ回る。

「ティナ、奴の上に行きたい。頼めるか? フィオにはその間奴の気を引いて欲しい――ブレス来るぞ!」

「任せて!」

 ティナが切り裂いた箇所に入り込みブレスをやり過ごし、雷帝の右側面へ出たところでフィオに上へ投げ飛ばされそこから更にティナの能力で天井の穴の先の空へ飛び出した。ここから頭部目掛けて連射して一気に跪かせる。

『矮小な身で儂を見下ろすか!』

「雷帝、約束覚えてるだろうな! 跪かせたらどこへなりとも飛んでやる。この言葉違えるなよ!」

 黒剣を雷帝の頭部に狙いを付けて構え叫んだ。これでやれなきゃもう他に手はないんだ。これで決める!

「頭擦り付けて俺に跪け!」

『小僧が! 燃え尽きろ』

「させない!」

 フィオが電ノコのように回転して鋭い一撃を上空へ向けてブレスを行おうとしていた雷帝の鼻先へ叩き付け阻止してくれた。

「いけぇえええええええええええええええええええええっ!」

 黒い光が一直線に雷帝の頭部に落ちる。一撃では足りない、手を緩めてはいけない、跪かせなくてはいけない。幾条もの黒き光を落とす。自分が落下するまでの間ひたすらに乱射し続け煙る神殿内に着地した。なんか足場がグラグラする……なんだこれ? 確かめるように地面を踏み付けた。

『敗者を足蹴にするとは本当に礼のない小僧よ』

 地面だと思っていたら倒れている雷帝の鼻先だった…………。

「そっちの言う通りにしたぞ。協力はしてもらえるのか?」

『約束は違えぬ。しかし貴様の攻撃は大分効いた……意識が朦朧とする。少し休まねばまともに飛べもすまい。人の身で儂を平伏させるとは大した者どもよ』

 そう言うと雷帝の体が光に包まれ――。

「はぁあああああああっ!? なんじゃそりゃー!?」

 光が消えた後に現れたのは白銀の髪と金色の瞳をして、側頭部左右に二本ずつ角を生やしたフィオよりも小さいすっぽんぽんの女の子だった。

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