春来たる
「逃げてきてしまった。あの程度で……まんまガキだな」
かと言ってすぐにあの場へ戻るのも気まずいし、暫く散歩してから戻るか。人が増え状況が一変しつつあるからか元々居た人たちの表情が明るくなってきている気がするな。にしてもだ、明らかに西洋風な城内を自衛隊が歩いているっていうのは妙な感じだな。エルフや獣人も居るから違和感がとんでもないぞ。
「ん? あれって、遠藤?」
「よぉ! 大怪我したとか聞いてたんだけど元気そうだな」
「…………そっちも元気そうでなにより?」
「なんで疑問形なんだよ」
「いや、だって……どうなってんのそれ、くじょ――」
「っ!? その名前は出すな」
惧瀞さんの名前を出そうとしたら慌てて口を塞がれた。
「ねぇねぇ、どうしたの?」
遠藤の腕に抱き付いている茶髪の猫っぽい耳と尻尾の獣人の女の子が不思議そうにしている。一体北の大陸で何があったんだ? 惧瀞さんが好きなんじゃなかったのか?
「なんでもないなんでもない、なんでもないから気にするな」
「えっと……その娘は?」
「あ、申し遅れましたぁ。私ユウキの妻のミアです」
「妻ぁ!? えっ、えっ? だってく――」
「言うなって言ってるだろ!? 色々あったんだよ。覚醒者ってのにもなったし」
「マジか……それでどんな能力なんだ? 結城さんみたいに便利なもの?」
「それは…………」
「体がパァッって光るのよ!」
「…………は?」
体が光る? ……それに一体何の意味が? 暗所を歩く時くらいしか役に立ちそうにないぞ? それともその光に特殊効果でもあるんだろうか?
「体が、光るのよ!」
二回言われた、しかも自信たっぷりな表情で。当の遠藤はなんか気まずそうだ。
「え~っと、それは何か特殊な光線だったり?」
「ただ光るだけよ!」
『…………』
「ぷふぅ! 要らねぇー。電球かよ……ぷくくくくっ」
「うっせぇな! 俺だってこんな能力欲しくなかったわ!」
「なんで笑うのよ!? どんなところでも自在に光らせられるのよ!? 凄いじゃない!」
いや、だからなに? って感じなんですが…………。
「ぷぷぷ、そうですね」
「それ以上私の夫を笑うようなら――」
「っ! 俺忙しいから、落ち着いたら酒でも飲もうぜ。ほら行くぞミア」
「えっ!? ちょっと――」
遠藤は奥さんとやらを引きずって去って行った。
「なんなんだ?」
自衛隊は北の大陸で何やってたんだ? 嫁探しか? というかこっちの人を嫁にしていいのか? 連れ帰るのは問題があるんじゃないのか? 永住するつもりなんだろうか?
「訳が分からんな…………にしても、猫の話題を出された後に猫耳娘か……触ってみたかったなぁ」
「のぉ、そこの、黒髪のそなた、玉座の間の場所を知らぬか?」
人々の表情が明るくなっている事で気分が良くなって散歩を続けていたら声を掛けられた。銀髪黒メッシュでオッドアイの獣人娘だ。ん~、猫だな。右目が青紫で左が赤紫の瞳にふさふさふわふわしてる長髪、その上でぴこぴこ動いている猫耳、後ろにはこちらを誘うようにゆらゆらと揺らめく尻尾が見える。ヤバいな、揺らめく尻尾の魔力が半端ない、モフりたい。
「? 聞こえておらぬのか?」
「あ、あぁ、玉座ならこの通路の突き当りを右に行った先にある大階段を上って左にある大扉を入れば行けるけど」
「おぉ、そうか。すまぬな、助かった。一緒だった者が先に行けと言っておいて説明もロクにせぬままどこかに行ってしまいおったのじゃ」
「あ~、そりゃ無責任ですね」
「そうなのじゃ、まったく困ったものなのじゃ。しかし人間と話すきっかけになったのじゃからこれはこれで妾にとっては良かったのかもしれぬ。自衛隊と言いそなたと言い異界者は親切な者が多いの。異界者に会ってからというもの人間への印象が一変なのじゃ」
「そんなにですか…………」
目の前で揺れる尻尾が気になって話しが入って来ねぇ!
「そんなになのじゃ。まぁ、ちと変わった者も居るという話じゃが、今のところ出会った者は皆良いやつだったのじゃ」
「へぇー」
ヤバいなぁ、こっちをおちょくるかのようにゆらゆらゆらゆらしてる。掴めるものなら掴んでみろと言われているようだ。
「さて、妾は行く。こっちじゃったな? 助かっ――ふにゃぁあああああああああああああああああああああああああああっ!? なな、な、ななな、何をするのじゃ!? こんな、こんな……もう嫁に行けぬのじゃーっ!」
走り去ってしまった。去ろうとこちらに背を向け尻尾が突き出された瞬間、尻尾の魔力に負けて掴んでしまった。もふもふに飢えていたとはいえ、軽率過ぎたか? ていうか――。
「謝らないとマズいだろ!」
猫耳と尻尾が付いているとはいえ相手は人間で女の子、その身体をいきなり掴んだとなれば……痴漢!? ヤバい、広まる前に謝って許してもらわねば――てか速いなあの娘、後姿は見つけたが全く追い付けない。それどころかどんどん離れていく。
「おーい! 止まってくれ!」
「っ!? 何故付いてくるのじゃーっ!?」
俺に気付いて城から抜け出し庭を駆け回る。速すぎる、剣が無いと言っても能力で強化して走ってるんだぞ? 肩の痛みで多少遅くなってるのを考慮しても追い付けないってのは…………。
「止まれー」
「嫌なのじゃーっ! っ!」
「止ま――ふぐっ!? いでぇー」
何かに足を絡め捕られて思いっきりずっこけた。一体何が――罠? 長めの芝生を結んで罠のようにしたものが足元に在った。子供の悪戯だろうか? っ! あの娘は!? ……居ない。終わった…………。
「あらワタル、遅かったわね。気分は落ち着いた?」
今はこれ以上追いかけてもどうにもならないと思って部屋に帰って来た。
「落ち着くどころか堕ちて地面にめり込んで行ってる気がする――その子誰?」
部屋には先程の顔ぶれとは別に小さい子が増えている。フィオよりも小さく、くせっ毛なのか少しはねたセミロングの金髪、紅い瞳、エルフ耳……少しだけ雰囲気がティナに似ているような?
「ワタルの娘」
「はぁ…………はあ!? いやいやいやいや、意味分かんない」
「だから、私とワタルの娘」
何言ってんのこのお姫様…………。
「俺の子なわけないだろ。ティナと出会って半年も経ってないし、もし出来ててもフィオより少し小さい程度に成長してるのおかしいだろ。俺がこの世界に出てきたタイミングがティナ達とは違うから時間的誤差があったとしてもこの成長はおかしい。そしてそもそも子供が出来るような事してません」
「ふふん。この子の能力は触れた生命の時間操作よ。生まれてすぐに母親からある程度の時間を奪って自分の成長に使ったの。そして、出来ちゃうような事はワタルが眠っている間にちょちょっと…………」
っ!? ちょちょっとってなに……寝てる間に襲われてたのか? なんで起きなかったんだ!? 勿体ない――じゃなくて、えぇー…………というかみんなの視線が痛い。これって責任は俺にあるのか? 傷心のところに急展開過ぎる。
「初めまして、お父様。ティアです」
ティアと名乗った子が澄んだ紅い瞳で見上げてくる。
「…………分かった。納得いかない部分が多々あるが、結婚しよう」
自分の意思が反映されてないのは不本意だが、親が居ないなんて状態は可哀想だし、本当に自分の子ならいい加減な親をするわけにはいかない。あいつみたいな親には絶対になりたくない。
『ぷっ、くくくく、あっははははははははは』
なんで大爆笑されてるの? 俺そんなに恥ずかしい事言った?
「ごめんなさい。少し姉様の戯れに付き合っただけなのです。改めまして、初めましてお兄様、ティナ姉様の妹のティアです」
俺の一大決心をどうしてくれる…………穴があったら入りたい。
「嵌められた…………」
「ふふふ、ごめんなさい。拗ねないで、今の申し出は受けるから」
「取り下げだ」
「ええー!? なんで!」
なんでって……そりゃそうだろ。
「男が一度言った事を取り下げるなんて情けないわよ」
「どさくさに紛れて何を言ってる、あくまでワタルが責任を取れる男か確認するという事だっただろうが、芝居なのだからさっきの言葉は無効に決まっている」
抱き付こうとしたティナをナハトが押さえ込んでいる。何やってんだこいつらは……この二人はともかく他のみんなまで付き合って俺を嵌めるとは。
「なんで急に妹が出て来たんだ?」
「姉様に呼ばれました。お父様たちもこれからは人間との交流を、と仰っていて人間の世界を見るのも勉強になるという事で送り出してくださいました」
「呼ばれたって――んんん!?」
ティアにいきなり手を握られたかと思ったら、ティアが大きくなった――というか俺が縮んでないか?
「わぁ、先輩可愛い~」
「そうそう、こんな感じだった。懐かしいな」
「これ、どうなってるんだ?」
「さっき言ったでしょ。ティアがワタルの時間を吸い出したのよ。吸い出した時間は今ティアの中にあってその分またティアが成長してるのよ。タカアキにワタルの事を聞いて小さいワタルが見たかったのよね~」
ナハトの腕から逃れたティナに抱きしめられて膝に乗せられてしまった。
「ワタル、私より小さい」
そりゃそうだろ、天明が懐かしいって言ってるんだから小学一年生だぞ。
「なんというか、団長様にお聞きしてましたが本当に女の子に見えますね」
「これだと同級生の女の子たちもいじりたくなるでしょうね」
俺はそれが一番嫌だったんだ。喧嘩の理由だってそれ絡みが大半だったし。
「可愛いわね~。ワタルとの子供が出来たらこんなに可愛くなるのねぇ」
「でも成長したら捻くれた感じになるんじゃない? 先輩少し目つき悪いし」
ティナに撫で回されながら恋に頬を突き回されている。
(婿殿婿殿、聞こえているかな?)
っ!? なんだこれ? 頭の中に声が……この声って、ナハトの親父?
(正解! 久しぶりだな、ナハトをその気にさせておいて行方をくらますとは意地の悪い)
(ティナを連れ去って手を出していたのだろう?)
こっちの声は王様? なんで?
(ミトス、ナハトの父の能力で私の声も送っている)
頭の中に声がガンガン響いて不快なんですが…………。
(うむ、慣れぬ者は皆そうらしい。長々と話す気はないので安心すると言い。ただ一言だけ言いたかったのだ)
《孫はよぉ~》
うっさいわ! わざわざ声を送って来て何を言うのかと思ったら。前も言ったがそんな気はない!
「なぁワタル。父様たちから言伝があったのを忘れていた」
『孫はよぉ~』
「だそうよ」
「だそうだ」
…………娘に伝言を頼んでおいて自分からも声を送って来たのかよ。
「暑苦しい…………」
「その割には幸せそうな寝顔でしたけど?」
ティナとナハトに抱き枕にされ、それをリオに見下ろされた状態で目が覚めた。
「ガキの姿でロクな抵抗が出来ないんだからしょうがないだろ? いい加減元に戻りたい。助けてくれ」
足掻いてみたところで腕力で敵うはずもなく、下手に動けば色っぽい声が聞こえてしまうから動けない。
「ティナさんがティアちゃんに時間を返さないようにって言っちゃってましたからね。よっぽど小さいワタルが気に入ったんです、ね!」
「ふ~、抜け出た」
リオに引っ張ってもらって二人の腕からどうにか抜け出した。
「巨大樹について凄い事が分かったと皆さんが忙しそうにしてましたよ?」
「怪樹か、沈静化出来たのか?」
「私は詳しく聞けてませんから、ワタルとお二人も報告に参加するようにって事だったんですけど…………」
「起こすと面倒だからほっとこう。俺は気になるから行く」
「戻ってくる頃に朝食を食べられるようにしておきますね」
「ん、ありがとう」
だぼだぼの服をずるずると引き摺りながら部屋を出た。歩き辛い、大人しく子供服を貰えばよかっただろうか? ……そういえば場所を聞いてない。玉座の間でいいんだろうか?
「このような場所でどうしたのじゃ? この先は玉座で子供の行っていい場所ではないぞ?」
昨日の獣人娘……なぜこんな状態で出会うかなぁ。縮んでいるから昨日会った俺だと気付いていないようだ。
「えっと、怪樹について凄い事が分かったって聞いて」
「ふむ、妾はまだ責任者にしか話しておらぬのじゃが、どこから漏れたのじゃ? ……まぁ良い、後で発表されるまで黙っておけるのなら、そなただけに特別に教えてやろう。どうじゃ? 約束できるかの?」
なんでこの娘がそんな事知ってるんだ。昨日も玉座の間に用があるみたいだったし、怪樹の調査をした人なのか?
「う、うん」
「よし、では教えてやるのじゃ。あの巨大樹の沈静化に成功して近付いた生き物を捕食する状態から無害化出来たのじゃ」
「ふ~ん」
「なんじゃ、反応が悪い。ではこれでどうじゃ、あの巨大樹の花粉には魔物を弱体化させる効果があって効果を高めた状態で風に乗せて大陸中に行き渡らせる事で魔物掃討の効率が飛躍的に向上するのじゃぞ」
なるほど、弱体化の原因は花粉だったのか…………あんな姿になってまで能力者は魔物と戦っていたって事か。そういえば魔物が空気が悪いって言っていた気がするし、魔物版花粉症って感じなんだろうか? 風に乗せて大陸中にって事は芦屋の能力も役に立つんだろうし、効果を高めるのなら今までよりも更に弱くなるんだろうから、大陸中の魔物を駆逐する事も可能なんじゃないのか?
「むぅ~、凄い事だと思うのじゃが、そなたは子供のくせに反応が悪いのじゃ。可愛い顔をしているというのに態度は可愛くないのじゃ」
「あぁ、ちょっとびっくりし過ぎて、教えてくれてありがとうお姉ちゃん」
「はぅ、なんなのじゃ、急に可愛い笑顔を見せおって」
ややこしい事になる前に礼だけ言ってその場を離れた。
「ワタル、食事の準備出来てますよ」
部屋のベランダから怪樹を眺めているとリオに声を掛けられた。沈静化されたからなのか、血のように赤かった花びらは薄い桜色に変わって舞っている。少し日本の春のようだ。
「こういう事を言うのは不謹慎ですけど、綺麗な光景ですよね」
「うん、日本の、俺の生まれた国の春みたいな景色になってる」
「そうなんですか? 綺麗な国なんですね……ワタルは、帰りたいですか? 帰る方法はあるんですよね?」
手摺に座る俺を抱きしめながらリオが聞いてきた。縮んでからというもの、みんな俺の事をぬいぐるみ扱いしてる気がするんだが…………。
「帰らない。行き来の為に一時的には戻るだろうけど、あっちに居場所なんて無いし」
魔物解放に関わってしまってるし、こんな状況を知った今、放置しておく事なんて出来ない。償いを含めて出来る限りの事をしたい、その為にもこの世界に居続ける。
「そう、ですか…………」
少し嬉しそうな声音の優しい声が後ろから聞こえた。
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